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働く勇者



 太勇はスタート地点、あるいは拠点とも言える町からそれなりに離れた道を歩いていた。

 人里離れた場所に出るというマミー集団の討伐を済ませ、ようやく街道まで出たところである。


 ……普通に移動に時間掛かるのがネックだよな……。


 同行者が大型だしこっちは魔法で歩く速度を上げれるから良いけれど、そうじゃなかったらもっと時間が掛かっていただろう。

 考えるだけでゾッとする。


 ……そもそも野宿ってのが! 現代人にはキツイ! 俺別にレジャーする方じゃないしキャンプするタイプの大学生でも無いし!


 惚れた相手にメールを送り続けたり生活のアレコレを色々と記録したいタイプなので分類としてはインドア寄りなんだ、俺は。

 勇者のチートがあるから魔法で諸々を整える事が出来、そのお陰で清潔感なども保てているが、そうじゃなかったら発狂していてもおかしくない。



「…………というかマミー退治、俺が行く必要あったか……?」


「あったろ」



 身長四メートル前後であり、現代人にはまあまあハードルの高い蜘蛛ボディな下半身をしているシラが当然のように言う。



「勇者様がやってくれる、ってのは人間にとって強い安心感をもたらすもんだ。

 出来るヤツの誰がやっても討伐したって事実は変わらねえだろうが、勇者様が助けてくれたって事柄は人間からすりゃ奇跡に近いモンなんだぜ」


「なにより、人外がやると人間はプレッシャーを感じてしまうからね」



 こちらは身長五メートル前後な見た目からしてわかりやすく竜人してるドラーゴだ。

 見た目の厳つさに比べると、思ったよりも穏やかな声色でドラーゴは言う。



「勇者が一瞬で倒したなら、勇者様ならば当然だ、となる。対して吾輩達人外が一瞬で倒した場合、恐ろしい化け物だ、という扱いになるのさ。

 勿論共存している存在相手に真正面から言う程馬鹿正直では無いけれど、彼らは確かな愚かさを持っているからね。聞こえるように陰口を言ったり、聞こえないと思っての陰口だったりは多いよ」


「…………人間である俺への嫌味か?」


「まさか。そもそも君は異世界人だから厳密には人間じゃないだろう?」



 何を言ってるんだろうこの子、という顔で見下ろされる。



「人間達だって、勇者は人間の味方という認識をしているだけだ。勇者という肩書きを重視しているせいで、同じ人間扱いをするかといえば微妙だよ。

 人間はどうしても自分と違う肩書きの人間に対して、同じ生命体と認識しているかも不思議な言動や行動を取る時が多いしね」


「人間ってのは容易く他人に押し付けるからな。自分に出来ないから他人に押し付ける。

 ニンジン嫌いがニンジン好きにニンジン押し付けるってんならともかく、自分はマグマに飛び込めないけどお前なら勇者だから大丈夫だろうって他人をマグマに放り込むのは違うだろうに」



 頭上から響く男女の声がとっても真理だ。

 何というか、正論だから反論出来ないけど耳が痛いという感じ。

 しかし耳が痛いという事は、俺自身が見ない振りをし続けた部分でもあるんだろう。


 ……実際マグマに放り込まれてるわけだからなあ……。


 普通に全然無事だったけど二度と御免被りたい。

 無事なら良いだろうという話じゃないのだ、こっちのメンタル的には。

 だが当事者じゃないとこの感覚は伝わらないし、実践させたら相手は無事じゃない確率が高過ぎるので無理というジレンマ。

 人外に至ってはマグマが大丈夫系種族だと本能的に大丈夫とわかっているので全然躊躇わないみたいだし。

 散歩の時に溝の金網を怖がる犬や幼児が居たりするが、大人から見ると全然大丈夫なのに何が怖いんだろう、みたいなアレだろうか。わからん。



「……それでもドラーゴが一掃してただろ、今回」



 マミーというのは見た目ミイラだったが、ミイラは魔族なので魔物はマミー呼びらしい。

 どうもどこぞの墓場の蓋が開いたらしく、ぞろぞろ出てきたんだとか。

 昼間は引っ込んでるので夜間しか出てこないが、人間を襲ってくるので旅人などが危ない云々で依頼された。

 そして乾燥死体だからかドラーゴが吐いた炎で文字通りに一掃され、マジに塵一つ残らず消え去っていた。

 俺居る意味あったかと言いたいくらい一瞬だった。



「そもそもお前達が有能過ぎて、俺が一緒に行く必要無いんじゃないかと思い始めてるんだが……」


「俺はそこまで有能でもねえよ。多少の応用は出来るし狩る事自体は得意な方だが、魔族とはいえ虫に近いからな。虫人(むしんちゅ)よりは耐性があるとはいえ、環境変化には弱い。あと熱いのにも寒いのにも空飛ぶヤツにも弱い」


「そういった弱点を補って尚余りある有能さがあるじゃないか」


「まあな」



 当然のように頷かれた。

 俺は日本人なのでその堂々としている頷きにちょっとばかりうわあと思ったが、事実ならばそのくらい当然のように胸張っても良いのか、と考え直す。

 いけない、優れた人間がそれを恐縮しない場合ちょっと引く、という日本人の悪癖が出ている。

 こちらの世界に来てからそういった人間特有のアレコレや日本人特有のアレコレに気付いてきたが、癖づいていてどうにも改めるのが難しいものだ。

 まあ利き手の矯正やら箸の持ち方の矯正が難しいみたいなのと同じだろうから気長にやろう。

 どうせ帰れないんだし。



「吾輩は確かに有能だけれど、あくまで勇者様の付き添いだから気合いを入れているだけでね。か弱い人間でもある勇者が居るから、積極的に動いているだけさ。

 別行動だったらあの程度は放っておいているとも。人間に実害が出たならともかくまだ出てないし、あの程度なら吾輩基準では大した害でも無いし」


「竜人基準の大した害だった場合が怖すぎるな。いや、それ以前に俺はか弱くないだろ。地球に居た頃ならともかく、今は素手でも大木をへし折れるような勇者チート持ちだぞ」


「素手で大木をへし折るくらいで強いと思っている辺りがか弱さの証拠だよ、勇者様」



 それはそう、とシラまでドラーゴの言葉に頷いた。

 大木素手でへし折るくらいは当然という顔をしている二人にビビるわ。


 ……人間基準じゃ化け物レベルなんだけどなあ……。


 人外スケールは桁違いだったらしい。

 つかそれなら一体どのレベルならか弱いポジションから脱却出来るんだ。


 ……人間ってだけでか弱い扱いしてくるから難しいか……?


 人間からすればチワワもグレートピレニーズも犬であり愛玩対象、みたいな事だろうか。

 確かにグレートピレニーズはデカイけれど犬でもふもふしてて犬好きからしたら愛でる対象でしかないだろう。

 つまり人間である限り庇護対象扱いなのか。くそう。





 依頼してきた村人達に報告し、村にある簡易的なギルドにも依頼クリアを報告した。

 あの町のギルドは王都だっただけはあって庶民街の方のギルドでも相当な大きさだったのだが、村とかのギルドは本当に簡易な建物だ。

 体育祭の救護テントとかそういう簡易さ。

 いや、流石に普通の建物ではあるけれど、受け付けくらいしかない簡易さなのでそう思ってしまう。


 ……ま、良いけど。


 そして続けざまに頼まれたのは、最近この近くで旅人が失踪する事件について、だ。

 元々マミーの集団が居たとはいえ、居るだけで実害は無かった。

 念の為にとドラーゴが確認したし、やり方を教わって俺自身も魔法を使い確認したが、マミー達が失踪に関わっているという証拠は無かった。

 乾燥死体に知性は無さそうだったので、隠したりもしていないだろう。

 つまり完全に無関係。


 ……だからってマミー退治した直後の勇者一行を休ませもせず見送るか? 普通。


 同じ人間という扱いをしていないのがよくわかる。

 完全に使い勝手の良い社畜扱い。

 ルーエもそんな事を言っていたが、本当に勇者というのは万能道具扱いらしい。

 誰が百均製品だちくせう。



「にしても失踪か……」



 街道に戻ってきた俺は周囲を見渡してみるが、何がどう変化しているのかなんてサッパリだ。



「魔物って可能性もあるだろうが、人為的なアレコレって可能性は」


「高いだろうね」



 誘拐なのではと暗に言ってみれば、ドラーゴはさらりと肯定した。



「吾輩とシラは種族的に人外にも恐れられる事が多いから聞き込みには向いていないけれど、出来ないわけではないから聞いてみたのさ。勇者様が人間達と話している間にね」



 パチリとウインクをされたけれど、話してる間ってやたら被害者ぶった懇願をされていた事についてだろうか。

 断ったらこっちが見捨てた扱いになって加害者呼ばわりされそうという、完全に拒否権が無いタイプの言い方だった。

 もう少し普通の頼み方をしてくれたなら明日からと言えたのに、ああも切羽詰まってるんです感を出されては一刻も早く対応せねばとなってしまう。

 結果、休む間もなく街道リターン。

 ちょいちょい関わる人外が性格かなりまともで色々暴露した言い方をしてくれる分、人間の回りくどいながらもねちっこく相手の善性をつつくようなやり口が嫌になる。


 ……人間のやり口ってのがなあ……。


 人外達のそこまで暴露するか? と思うような開けっ広げな言い方の方が後々の諍いやらが無くて楽そうなのが羨ましい。

 人間であるが故に、そして本心を隠す事を美徳と刷り込まれた日本人故に、中々それが出来ない自分を自覚しているなら尚更だ。



「で、聞き込みの結果誘拐の可能性が高いっていうのは?」


「発生はここ最近。しかし突如として目撃が確認された魔物は居ない。マミー集団はもう少し前から居たようだしな」



 シラが端的にそう答えた。



「痕跡や匂いからすれば、ほぼ確実に人間がやってる。恐らくは歪んだ奴隷使いが奴隷にと攫ってるんだろうな」


「……歪んだ奴隷使い」



 脳裏に浮かぶのは、喜美子の姿。

 思い出すと異世界基準での普通の服、つまり露出多めでノーブラな格好だったのが浮かんでちょっと男心が興奮し掛けるもどうにか抑える。


 ……喜美子も奴隷使いだっけ。


 俺が勇者とわかれば歓喜した城の奴ら。

 対して、喜美子が奴隷使いだと発覚したと同時に敵意を向けた城の奴ら。

 国王はまだ、ううん、アイツはどうにも表情変化が微妙なのでわからないが、敵意とかは見せて無かったのでまだマシ、だと思う。

 ただぼんやりしてただけに見えたのでアレだが。



「ところで勇者様」


「どうした、シラ」


「さっきからもぞもぞと動いているが、用を足したいなら俺達に構わず行って良いぞ。そこらで済ませろ。突然の戦闘が始まって漏らすよりは済ませておけ」


「デ! リ! カ! シー!」


「人外にそんなものを求めるな」



 思わず叫んだが面倒臭そうな顔でそう返された。



「吾輩とか吸血鬼系の魔族のような、地位が高い種族であればもう少し歯に衣着せるんだけどね……まあ基本はそういうものだから」


「フォローされるとより一層微妙な気分になる! わかった今すぐ用を足してくるから待っててくれ!」


「生き物ってのは用を足してる時が一番無防備になるから警戒はしとけよ。失踪者が多いのは大体この辺りだぜ」


「わかってる!」



 思春期では無いが、そして喜美子以外の性別・メスを女として認識もしていないが、それでもこうあけすけに言われるとどうにも厳しいものがある。

 顔が赤くなっているのを自覚しながら、街道を逸れて近くの森へと入った。

 流石に尿意だけとはいえ開けた場所で用を足す趣味は無い。


 ……にしても警戒って……。


 大げさだとは思うが、しかし実際忍者なんかは便所で待機してたりもしたという。

 昔ながらのぼっとん便所なんかだと下の部分にスペースがある為、そこに控えて暗殺のチャンスを待ったりもしていたとか。

 成る程汚れ仕事。

 長時間の待機となると目や鼻なんかがイカれそう。

 そう思いつつこの辺なら見えないだろうと前を寛げようとして、



「誰だ!」


「チッ」



 投げ込まれた小さな魔石を咄嗟に蹴り飛ばせば、直後に仕込んであった魔法が放たれたらしく魔石が砕けて煙が広がる。

 その煙を吸わないよう、そして触れないようにと煙が来る前に距離を取れば、その煙に触れたか吸ったかしたらしい虫や鳥が木の上から落ちてきた。



「…………寝てるのか?」


「睡眠魔法仕込みの魔法石ってのが俺の常套手段だってのに逃げるのかよ畜生」



 ぶつぶつ早口で言いながら姿を現したのは、こちらではまず見ないような着膨れした格好の男だった。

 エスキモーを連想させるようなやたらモコモコした冬仕様の男は、フードの向こうからぎょろりとした目でこちらを見る。

 下から見上げるように、ねめつけるように。



「ああ、ああ、どうせお前だって優れてんだろ。恵まれてんだろ。わかるんだよそんな事は。俺達奴隷使いじゃないだけで優れて恵まれてのうのうと暮らしてるんだろ羨ましい。俺達は碌に生活出来ねえのに。法に従わない方法でしか稼げねえってのに。いっその事これがまかり通れば俺達は一気に金持ちになって笑えるってのに、いつだってお前らは高みに居て俺達は底辺だ」


「何だいきなり」



 本当にいきなり出てきて何だコイツ。

 漫画とかでしか見た事無いが、まさか危ないオクスリなんかを服用してるタイプの方だろうか。

 そう思ってしまう程に初っ端から情緒不安定が過ぎる。



「だが、優れてるなら良い事だ。その方が高値がつく。高値で売れる。高値で売れれば俺は生活出来る。飯が食える。酒が飲める。風呂に入れる。温かい寝床で眠れる。どうせやってる事のせいで俺に与えられる物には限度があるだろうが、それでも、お前らのような優れたヤツを売った金を得られれば、ざまあみろって笑ってやれる。あの瞬間は良いモンだ」



 そうだろ?



「アレはとっても、良いモンだ」


「いや知らんが!?」



 口の端を引き攣らせたような笑みを見せられても、そうだね! なんて爽やかな返しが出来るはずない。

 寧ろこの場でそんな爽やかな返しが出来る方が異常者だろうというレベル。

 つまり混乱する俺はとってもまともという事だがまともなので打開策をどうしたらいいものやら。



「…………ってお前か旅人失踪の犯人!」



 少しばかり冷静になって考えてみたら、歪んだ奴隷使いが犯人である可能性が高いとシラは言っていた。

 そしてコイツの言動からして確実に奴隷使いとかその辺りであり、わかりやすい歪み方をしている時点でお察しである。

 小学生向けの問題でももう少し難しい。



「ああ? だったら何だ!? 奴隷使いが人間捕まえて何が悪い!」



 いや悪いだろ。



「法律上それが許されてなくとも! 法律に縛られてもねえのに俺達奴隷使い適性持ちは散々な人生なんだ! 法律の外で迫害された! 法律に守られる事も無かった! なのに何でお前達ばかりが守られる!?

 ああそうだアイツもそうだったあの女! 俺と同じ奴隷使いの癖に! 人間の奴隷使いの癖にのうのうと生きてたあの女! 情報屋ミッドガルドが介入する時点でおかしいが人間の癖に人外の奴隷使いと同じように真っ当な扱いを受けてる事が腹立たしい! 恨めしい! 俺は逃げ去るしか出来なかった! いつだって俺は! 俺達は!」


「だから何なんだいったい!」



 自分語りがしたいなら適当なバーで管を巻いてろ。

 そう思いつつ、早口で何かを愚痴りながらも小さな魔石を放ってくる男から距離を取る。

 放たれる魔石は蹴って違う方向へ逸らしているが、本気で小さい魔石を使ってくるのでやり辛い。


 ……これで小石サイズならまだやりやすいんだが、ピーナッツサイズをいちいち蹴り飛ばすのはなあ……。


 銃弾の勢いならばまだしも、普通に投げられた程度の勢いなので、より一層反応に困る。

 蹴った時の反動が無さ過ぎるのだ。

 しかし近くの鳥やら虫やらが爆睡してるのを見る限り、魔法自体の威力はある様子。


 ……鑑定魔法の応用で解析してみるか。


 見てみれば、どうやら魔石は普通加工もされないようなクズ石扱いのシロモノらしい。

 一定以上の魔力を入れれば砕け散る魔石でありながら、その魔力容量が極端に低い。

 故に寝かせる魔法を発動すると同時に砕けているのだろう。


 ……でも魔石ブーストの結果、本人自体が直接魔法、というのよりも負担が少なくなってるのか。


 更に使用している魔法の効果も、僅かではあるが効果が高まっている。

 状態異常無効化な魔法が付与された装飾品を全身に身に着けているので直撃してもまあ平気だろうが、それを見せるとただでさえ情緒不安定な目の前のヤツが本気の発狂をしかねないのでいけない。

 人間の奴隷使いは歪んだヤツが多いらしく、金持ちの間では特に警戒すべき対象みたいな扱いだというのを城での勉強の際に聞かされたが、こんなSAN値ピンチなヤツが普通だというなら喜美子が警戒されたのも納得だ。


 ……だからって喜美子を害そうとしたのは許せないが。


 喜美子本人が全く気にせずケロリとしていたから良かったものの、惚れた相手に万が一があれば全力で報復をしていたところだ。

 俺は自分で言うのも何だが、惚れた相手の為だとちょっと頭のネジが外れやすいので本当危なかった。



「っていうか失踪の犯人なら、どの道ここで仕留めるしかないのか……」



 捕まえて他の人達の居場所やらを吐かせなくては。

 犯罪者奴隷を扱うのが奴隷使いのメインの仕事であり、売買もまたその一環。

 喜美子のように慕ってくる相手自ら奴隷になりたがって奴隷にしてそのまま一緒に生活、というのはわりと珍しいらしい。

 というよりも一応一緒に居たがる奴隷は居るらしいが、基本は手伝いとして雇うみたいな感じだとか。


 ……奴隷を購入して家族として可愛がる、それこそ人間がペット飼うみたいな感じはあるらしいけど……。


 奴隷使いがさらっと奴隷の自由行動を認めたり奴隷側の仕事の都合を考えてくれたりというのは珍しいらしい。

 勿論真っ当な奴隷使いならそういうものだが、関わり方がわりとビジネス感出るのであそこまでファミリー感強いのは珍しいそうだ。

 喜美子と関わりある者同士、というか程度は違うとしても喜美子に好意を抱く者同士、ドラーゴ達にそれらを教えてもらった。

 そして、そういった理由もあって喜美子は奴隷志望者が多いとの事だった。


 ……つまり、コイツみたいなヤツが居ると喜美子の悪評に繋がりかねない、と。


 適当な噂を鵜呑みにする人間は居る。

 まともな人も居るのに、寧ろまともな人の方が多かったりするのに、罪状は何であれ犯罪者が出れば保育士も医者も教師も警察も、全部が全部後ろ指を差される。

 オタクだってそういう扱いだ。

 あの犯罪者はオタクだったから、オタクは全員そういう事をしかねない精神土壌が築かれている、というアレ。

 だったら犯罪者が出た学校の卒業生は全員犯罪者予備軍だろうがという話。


 ……まあ俺はあんまり何も言えないんだが。


 惚れた相手や恋人に対してはストーカーとして訴えられたら勝てないレベルでしつこいメールなんかをしていた自覚はある。

 というかコイツはコイツでしつこく魔石を投げてきているが、一体どれだけストックを持ってるんだろう。

 周囲の小動物達に睡眠魔法が重ね掛けされてる状態だけど大丈夫なんだろうか。

 ま、蹴り飛ばしてる俺が思う事でもないか。



「とりあえずは捕縛、っと」



 顔面に向かって投げられた魔石を避ければ、チャリ、とピアスのチェーンが揺れた。

 後方で魔石に仕込まれた魔法が発動して煙を放っているのを感じながら、ゴツめの指輪に彩られた拳を握る。


 ……背中に背負ってる大剣は流石になあ。


 勇者チートのお陰で強敵もなぎ倒せるが、対人間用の手加減はどうにも苦手だ。

 元々刃物なんて料理の時に握るくらいしか覚えが無いので、戦闘用として仕込まれればそう覚えるしかないわけだし。

 というわけで手加減しやすいパンチを決めようと思い、ぐ、と踏み込む。



「なっ……!?」



 軽く跳んだ程度の力だが、勇者チートのお陰で一瞬にして男の目前まで近づけた。

 相手から見れば瞬間移動したかのように見える事だろう。

 フードに隠れたギョロ目が零れ落ちるのではと思う程に見開かれ、ギザギザの歯が驚愕に噛み締められる。



「手加減パンチ!」


「ぐえぇっ!?」



 思ったより飛んだ。

 本当、思ったよりも飛んでしまった。

 個人的にはあと二発入れて気絶するくらいだろうというレベルに抑えたのだが、



「うっわ細……っ」



 感触から違和感を感じ、木にぶつかって目を回している男の上着、真冬用にしか見えないもこもこのコートの前を軽く寛がせると、ゴボウみたいな細い体が顔を見せた。

 というか素肌コートだったらしくていきなりの肌色に驚いたが、それ以上にとんでもなくガリ。

 流石に骨格模型に皮張り付けただけとは言わないが、それに比べれば多少の肉もついているが、それでもわかりやすくあばらが浮いているくらいにはガリ。


 ……通りでパンチした感触が軽かったわけだ……。


 もう少し身の入った感触を想像していたが、思った以上に細い感覚が拳から伝わってきたので驚いた。

 成る程、これだけガリなら耐久度もマイナスレベルだろう。


 ……服がやたら分厚いのは、中のガリを隠す為か?


 わからないけれど、このままというわけにもいくまい。

 しっかりとしょっ引いて、詳しい話を聞かなくては。



「よい、しょ」



 勇者チートもあるし相手がガリという事もあって分厚いコートがあるにしても簡単に担ぐことが出来た。が、


 ……何か臭いな。


 もしかしなくともまともに風呂入れてないんだろうかこの男。

 歪んでる奴隷使いは言動も行動も聞いてた話も全面的に悪党だったが、奴隷使いを取り巻く環境やらについて詳しく聞いた方が良いかもしれない。

 そう思いつつ、街道へと戻る。



「ただいま。これ戦利品」


「用は足せたか?」


「足す前に襲撃されたから結局出来てない。良いよもう尿意吹っ飛んだし」



 突然の襲撃に驚いてか、音に驚いて家を飛び出す猫ばりにどっか行ってしまった。



「とりあえず、コイツ奴隷使いだってさ。この辺の失踪の犯人らしい」


「らしいな」


「聞こえてたよ」



 成る程、流石に人外は耳も良いらしい。

 そこまで離れていなかったし、魔石が砕ける音やコイツ自身が叫ぶ声などが響いていても不思議ではない。

 成る程成る程と俺は頷く。



「ちなみに助太刀に来なかったのは」


「用を足しに行ったところにわざわざ顔見せられたら嫌だろ、人間は特に。恥ずかしがりやだからかどこか露出してるってだけで騒ぐしな」


「用を足せてないのがわかってるだけで、排出用のモノが露出状態にあるかはわかってなかったからね。露出状態だったら助太刀に来られても嫌かと思って」


「「人間くらい、勇者様なら問題無く迎撃出来るレベルだろうし」」


「仲良く声を揃えて気遣いどーも……」



 気遣いなのか微妙なところだが、彼ら基準では気遣いの範疇なんだろう。





 その後は怒涛の展開だった。

 奴隷使いの名はシュライエンと言うらしく、シュライエンから聞いた砦の情報から奴隷として売られる為に捕まった旅人達をまず解放した。

 一部人外も居て、彼らはこっちがカギを使って枷を外す前に自力でバキッと壊していた。

 どうやらちょっとしたおままごとに付き合うような感覚で大人しく攫われてたらしい。


 ……そういうところだぞ人外……。


 ガチで逃げようとしても逃げられない人間側からしたらふざけんなよと激怒一択な行動だ。

 そして次にシュライエンは元々派手に人を捕まえては売りさばいてとやっていたらしく、指名手配されていたらしい。

 指名手配犯という事もあり、裁判するまでもなく有罪扱い。

 歪んだ奴隷使いという事で犯罪者奴隷コースと至るとか。

 まあ流石に多少手続きが必要となるし、余罪などもしっかり聞き取りが必要な為、今すぐにというわけでは無いらしいけれど。


 ……で、その聞き取りやらの為に俺か。


 聞き取りは設備がしっかりしたところでやった方が良い事、捕まえた場所から遠い位置で奴隷として扱う必要がある事などから、俺の転移魔法であの町へと戻る事になった。

 捕まえた町に近いと仲間が潜伏している可能性もある為、不意打ちで襲われて確保した相手を解放、となりかねないから迅速に移動させた方が良いらしい。

 奴隷として扱う際も同様だとか。


 ……まあ犯罪やらかしてもやたら過保護だったり罪を認めようとしない身内の場合、ただ有罪判定出された奴隷を扱ってるだけの奴隷使いに支離滅裂なクレーム入れかねないか。


 いわゆるモンスターペアレント。

 魔物よりもよっぽどモンスターな存在だ。

 まあ俺は元々この失踪事件が解決すればこの村に長居する理由も無かったし、喜美子に会えるチャンスが増える事もあってあの町に戻るのは全然賛成だから良いのだが。





 そんなわけで戻ってきて、ギルドにシュライエンの身柄を引き渡し、一応の進捗報告を兼ねて今回の件をルーエ辺りに報告しようと城へ移動した。

 日暮れ前頃だったが、後で報告するよりは早い方が一部の変な輩からの変な言いがかりをつけられずに済むだろうと思っての事だ。

 したら、珍しく国王がルーエに何かを教わっていた。



「……え、いっつも人間のお偉いさんに言われるがまま机仕事して空いた時間で俺に技とか仕込んでて仕事の際はルーエと話すけどそれ以外は人外とほぼ関わろうとしてなかった国王が……? 天変地異の前触れか?」


「まあ勇者様が召喚された事実自体が天変地異の一種のような扱いでしょうね」



 酷い事を言うこの伏し目エルフ。



「それで、何をしてるんだ?」


「……教わってる」



 いつも通り、国王が着るような豪奢な服を身に纏った国王がぼそりとした声でそう答えた。

 国王が着るような服にしては謎の露出があるけれど、まあこの世界はそんなものだから良い。

 国王がどんな格好をしていたところで俺に問題は無いし。



「………………」



 相変わらずこの国王は会話が続かなくて困る。

 端的に答えて、後は放置だ。

 聞けばその分は答えてくれるけれど、何だかAIとでも喋ってるような気になってくる。



「マリク様は人々の生活を知らなくては王として手配しなければならない諸々に気付けないから、と時折変装して自分の足で庶民街の方を歩かれるんです。

 変装をしたところで地元の方には顔が割れているので、金持ち目当てな旅のごろつきに絡まれない程度の効果しかないのですが」



 本当に人外は相手の目の前であってもずばずば言うな。



「そうしたらどうも本日は良い出会いがあったらしく、色々な人の意見を聞いて知識を得、どれが真実でどれが一番しっくり来る考えで自分で考えた場合どういった結果になるか、などを考えたいと仰られまして」


「へえ」


「…………本当は、ルーエと仕事以外の話をするの、教育係達が嫌がる」



 珍しく、国王の方から話し始めた。



「それを相談したら、脳内で会話可能な魔法が使える存在が居るなら、それをやれば良い……って言われた」


「それが何で個室で授業みたいな事に?」


「人払い程度の魔法は初歩の初歩ですから」



 にっこー、と笑うルーエに、こちらは微妙な顔になってしまう。



「……つまり、いつでも個人的な話が出来る環境を作る事は出来たのにしなかったし、それを伝える事もしなかったと……?」


「本人にその気が無い事をわざわざ開示する必要は無いでしょう。人払いをする必要がある内容の場合、人払いをしてほしい、と頼まれた事はありましたし」


「普通の人払いだと思ってた……」



 そう零す国王の声には微妙に不満げな感情が乗っており、おお、と思う。

 今までわりと淡々とした声色だったのに、そこに色が乗っている感じだ。



「まあ、そういった事情で現在は勉強のお時間というわけです。まずはマリク様が幼少期の授業時間、質問を許されなかった箇所についての掘り下げですね。

 どうしてこの歴史的事件の被害者達はこういった目に遭ったのか、などの真実の部分です」


「うわ、とびきり隠蔽されてそうなジャンル」


「ええ、歴史書でも殆どの部分が端折られてますよ。何せ一方的な私利私欲や迫害の結果、ただそこに居ただけの集落が壊滅させられその歴史を絶やす事となり、挙句に後世では彼らの方が悪だったから必要な事だった、という扱いになってますから。

 まあ嘘は重ねるとバレやすくなるからか、内容についてはそういった最低限の嘘以外、殆どが伏せられていますが」


「すっかり乾いた血によって真っ黒なタイプの歴史の闇……」



 地球でもよくあったヤツだ。

 何が酷いかって、本当にヤバい話となると授業でも取り扱われず忘れ去られていくのも多い部分。

 完全に過去にした上で闇に葬ろうとしているヤツだ。



「…………なあ、その勉強のお時間に俺も混ぜてもらえないか?」



 喜美子に会えるかもしれないからと庶民街の方を少し歩くつもりだったが、学べる時に学んだ方が良い事もあるだろう。



「大前提として俺はこっちの歴史についてはまだ付け焼刃だけど、責任が圧し掛かる勇者って立場もあるし知っておきたい」



 責任が圧し掛かるというよりも責任を押し付けられる立場な気もするが、どう言ったところで現状は変わるまい。

 そう思いつつ言えば、ルーエはにっこり微笑んで頷いた。



「はい、良い判断だと思いますよ。現在では悪名高い勇者とされていますが、実際はとても頑張った勇者であり、守り抜いたはずの国に裏切られて悪行を全て擦り付けられて処刑された方の話もしましょうか。あ、ちなみにこの事件があったのは他国ですのでご安心を」


「何も安心出来ない!」



 っていうかこのエルフの言い方からして、俺が自分から参加すると言わなかったら誘いもしなかった気がする。

 そういう本人の意思を尊重し過ぎるところが、助長し切って精神腐った人間のクズを発生させるんではないだろうか。



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