そんなに駄目なのかサロペット姿
あの安宿を借りるのは今日までだったらしく、クダはカギを返していた。
ならば荷物が多くなるのではと思いきや、こちらの世界ではどうもメジャーらしいアイテム袋を持っていた為、特に大荷物になる事は無かった。
……まあ、仮に大荷物でも私の持ってるアイテム袋に入れれば良い話なんだけど。
本当にルーエ様様だ。
もしまた顔を合わせる機会があれば、是非ともお礼を言いたい。
「そういえば」
「どうかしたの? 主様」
「いやさ」
尻尾をくねらせてこちらを振り向くクダに、ふと思い出した事を聞く。
「クダって背ぇ高いよね」
「主様よりは高いよ」
そういう話ではなく、マジで背が高い。
目測からすると多分187センチくらい。
しかし、
「確か故郷で調べた管狐って、マッチ箱……このくらいのサイズだったと思うんだけど」
「それ七十五分割した時のサイズだねー」
指で大きさを示すと、クダは歩きながらケロリとした顔でそう言った。
「……七十五分割?」
「管狐は七十五匹まで増える、って話知らない?」
聞いた事はある。
「それは増えるっていうか、分裂とか分身とかの系統なの。こういう感じ」
「うわ可愛い」
クダのもふっとした毛とぷにぷにした肉球がある手の平の上には、小さなクダが乗っていた。
手乗り人形のようなサイズで上目使いするその仕草にキュンとくる。
「こういう姿になれば、どこそこの富を持ってこいって命令された時に色んなルートから入ったり、あるいは違う場所から持って来たりも出来るからね! あと違う事頼まれた時も対応可能!」
「おっと分裂理由が思ったよりシビアだったぞ?」
「主様がそういう事して欲しいって命令するならクダもやるよ?」
ぴっとりとすり寄るようにして、クダはこちらを抱き締める。
ぎゅう、と抱き締められると共に、クダの胸とふわふわな毛がこちらの顔を包み込んだ。
「ただまあ、それやるとクダの存在が呪い寄りになっちゃって主様を破滅させちゃうかもなんだけど」
「絶対頼まない」
「わあい!」
本気で嬉しいらしく、腕の力が強まった。
あと尻尾の風を切る音がひゅんひゅん聞こえる辺り、尻尾もかなり高速状態になっているらしい。
「あ、でも一緒にご飯食べたり、時々で良いからブラッシングしてくれると嬉しいな! 汚れは穢れだから、放っておかれても呪い寄りになっちゃうし!」
「いや、主ならそのくらいはするもんじゃない?」
ペットを飼う際、そのくらいは飼い主の当然の義務だろう。
そのくらいやらずに命は養えん。
「…………流石主様、心を掴む才能があるね!」
「えっ何で!?」
「えっへへー、何でだろうねー?」
よくわからないが、クダが嬉しそうな笑顔なので良いとしよう。
というかそれ以前に抱き締められながら歩くの普通に歩きにくいので止めて欲しい。
・
「ここが服屋!」
ようやく解放してくれたクダが示すのは、結構しっかりした服屋。
中も結構繁盛しているというか、聞こえるのは女性の声色ばかりな辺り、女性向けの店らしい。
……こういうファンタジー系の世界だと男女両方の服を取り扱ってるイメージあるけど、やっぱり女性向けとかあるんだなあ……。
まあそういうもんか。
「クダ、結構この町に詳しいんだね」
「ううん、前の主が時々この町来てたから最低限知ってるだけだよ」
クダはにっこりと笑う。
「このお店は昨日の夜に三匹くらい分裂体作って情報集めさせた!」
「ガッツポーズは良いし情報集めてくれたのも嬉しいけどそこまでする!?」
「だって主様のその服、ぶっちゃけて言うとあり得ない」
「あり得ない!?」
確かに異世界産の服だし、着古したVネックの長袖となるとオシャレなデザインが多いこっちじゃ微妙な見た目になるだろう。
でも一応裾がひらひらしたサロペットはセーフだと思うのだが。
「……どのくらいあり得ないかは店員さんが教えてくれると思うけど、能力が付与されてない服の時点で町の外に出るのは止めた方が良いって言われると思う」
「そこまで……?」
……っていうかこっちの世界の服って能力が付与されてる系なんだ……。
ゲームによっては武器や防具に能力を付与出来る系も多いので、わからなくはない。
確かにそれがデフォな世界だと考えると、ゲーム開始直後な初期装備はちょっとキツイ。
幸いお金はあるので、良い感じの物を用意した方が良いだろう。
……冒険者ギルドに登録するって言ってたし、ゲームやアニメみたく町の外で魔物とバトルしたりって展開があるかもだしね。
バトれる気はしないが、守りを固めれば即死はすまい。
「…………ん? あれ? ちょっと待って前の主がそれなりの頻度で来てたって事は最悪元カレ今カレが鉢合わせで超修羅場、みたいな事にならない?」
「主様は主様だし、前の主はもう終わってるから大丈夫だと思うよ?」
「終わってる?」
「管狐が取り憑いている上で管狐を御せなく、っていうか扱えなくなったお家は断絶するからね」
えっへん、とクダは胸を張る。
……そっかあ……断絶しちゃったかあ……。
今更ながら初手で物凄い子と契約しちゃったんじゃないだろうか。
「それよりほら、初めての場所に怯えてるかもしれないけどお店にゴーゴー! ちゃんと店員も客も人外率高いお店だから大丈夫!」
「ねえ本当に人間へのその期待の無さ今までどういう実績あったらそうなるの!?」
クダはそのままこちらの背を押し、店の扉を勢いよく開けていた。
・
いらっしゃいませ、と呼び掛けてくれた店員をクダが呼び止める。
「ちょっとお願いしたいんだけど」
「はいはーい、何ですかー?」
にこにこの笑顔でそう答える店員さんは、わかりやすく人外の見た目をしていた。
豊満な胸を持つ人間女性の上半身に、蛇の下半身というラミア体型。
しかし額にあるダイヤモンドや表現ではなくマジにガーネットで出来ている両目と、背中に生えているドラゴン系の翼から察するに、ラミアでは無いという事がわかる。
いやマジにどういう種族だ。
「って、あれめっずらしい! 人間のお客様だ! わあーいかーわーいーいー!」
「ぎゃっ」
むぎゅう、と思いっきり抱き締められた。
いやまあ手加減はされているんだろうが露出多めの格好という事もあり、豊満なお胸がダイレクトに頬を包み込んで来るのがどうにもこうにも気恥ずかしいというか何と言うか。
これがもふもふの毛に覆われているならまだしも、店員さんの上半身が人間という事もあって気まずい。
「え、あれ、大人しい……」
店員さんは慌てたように身を離す。
「もしかして抱き締めた拍子にオチ、ては無いね!?」
「意識オチはしてないですギリ」
「じゃあまさか純粋に逃げなかっただけ……? やだ大人しくて良い子……」
物凄いキラキラした目で感動したように撫でられたがどういう事だ。
あれか、猫に抱き着いたら逃げられず大人しくしてたから感動する猫好きみたいなアレなのか。
「あ、っといきなりごめんね人間ちゃん。このお店人間のお客様なんて来ないからつい。しかも女の子だから可愛すぎるんだもーん」
うりうりと頭を撫でられ続けていたが、ようやく彼女は頭から手を離してくれた。
「私はこの店の店員やってるヴィーって言うんだ。種族はヴィーヴルだから、種族でも名前でも好きに呼んでね!」
「あ、はい、どうも人間のキミコです」
「うん! それでそっちの狐さんは何かご要望がある感じかな?」
クダは毛と肉球がある指をこちらに向け、爪の先でこちらを示す。
「クダの主様を落ち着いて見て貰えばわかると思うけど、ちょっとコーディネートして欲しくて」
「主様って、人間ちゃんご主人様や…………って…………るの……」
こちらの服装を見下ろしたヴィーは、視線が下にさがるにつれてどんどん目が見開かれ言葉が小さくなっていった。
宝石の目が零れ落ちそうだが、それを指摘出来そうにもない空気が満ちている。
……え、そんなにこの格好駄目?
暑くも寒くも無くて結構気に入ってる服なのだが、能力が付与されてないとボロ布巻いてるように見えるんだろうか。
しばらく無言だったヴィーは、口元を手で押さえてふらりとよろめく。
「…………人間ちゃん、何この格好……え、拷問……?」
「拷問!?」
……とんでもない単語が出て来たけどこれそんなに酷いの!?
「ヴィー、さっきから客相手にどういう失礼な」
こちらにやって来た腕がドラゴン系の翼でトカゲのような尻尾部分以外の下半身が鳥の姿をしている店員さんが信じられないと目を見開く。
「……拷問……?」
「えっ他の人から見ても!?」
具体的にどこが拷問扱いされてるのか皆目見当がつかない。
え、サロペットはそんなに罪深い服装だったっけ。
「おい貴様ら、他の客を放置して一体何を騒いでお拷問……?」
「あらあらパルトったらそう怒らずとも良いで拷問……?」
「語尾みたいになる程酷いの!?」
人間らしい見た目の店員さんとダークエルフだろう見た目の店員さんにまで言われた。
そこまでなのか。
「いやだわ、いけないわ。よく見たら本当……」
「え、あれ標準で? 嘘でしょ?」
「拷問じゃねーか……」
他のお客さんにまで衝撃顔で呟かれたのが聞こえる。
上からケモミミとツノと足がヤギっぽいお姉さんと、上半身は人間っぽいが関節や下半身がアリっぽい多足の女性と、明らかにワオキツネザルだとわかる獣寄りのもふもふ系ビジュアルなお姉様。
そしてそんな三者三葉が過ぎる人達にまでドン引きされる程の見た目なのか己は。
……今までよくまあスルーされてたなあ……。
スルーされていたのか、よく見たら、とヤギ獣人さんが言っている辺りよく見ないとわからない部分なのか。
この世界初心者にはわからん。
「ねえ、ちょっと、この子……」
まるで虐待被害者を前にした人のように、ヴィーは恐る恐るといったようにこちらからクダへと視線を向ける。
「主様ってすっごい僻地出身でその格好がデフォルトみたいでね」
「えっ嘘でしょ!?」
「ひょえっ」
ガッと肩を掴まれた。
「人間ちゃん!」
「喜美子です!」
「キミコちゃん! キミコちゃんってお洋服に能力付与されるって知ってる!? 最安値で五百ゴールドくらいするけど、五百ゴールドでも三種類は確実に能力付与されるって事は!?」
「きょ、今日知った……」
「ならば」
先程やってきた店員さんの内、腕がドラゴンの翼で下半身が鳥の人が前に出る。
「布地が薄い、あるいは少ない程同じ値段でも付与される能力が増えるという事は?」
「えっ何ソレ」
「何と言う事だ……!」
店内が騒然とし始めたが今のはこっちも初耳だ。
……え、こっちの世界の人の露出やたらと多いなとは思ってたけど、そういう事?
ファンタジー作品やラノベ、ゲームなんかでは登場人物の格好が露出過多なのは珍しくない。
見栄え重視だからそういうものだ。
しかし、
……この世界だと露出度高い服であればある程バフが増えるって事? エロゲの世界か何か?
マイクロビキニとか最強アイテムじゃないか。
ビキニ鎧とか身を守れないにも程があると思っていたが、まさかそういう事だったのだろうか。
「では我も聞かせてもらおう」
「あ、はい」
見た目が人間っぽい店員さんが言う。
「人間、お前はブラジャーをしているな?」
「え、はあ、まあ、そりゃあ」
「まさかまだそんな人間が居たなど……!」
嘘だろ泣かれた。
いきなり何を聞くんだと思ったら泣かれた。
「……私はダークエルフのダアルと申します」
「は、はい?」
「よろしいでしょうか、キミコ」
肉感的なセクシーさを有している店員さん、ダアルは泣きそうな顔で言う。
「ブラジャーなどという胸を支えるだけの道具は、今やほぼ現存していない代物……どころか、現代においては拷問具の一種とさえ言われる程の物なのですよ」
「はい!?」
えっ何ソレ。