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敬いとは



 飲み終わったコップを屋台に返して考えるのは、この後の事。

 マリクとの会話で思ったより時間が経過していたので、新しい手伝い依頼を受けるか受けないかどうしようかなあという感じのアレだ。



「まあ皆帰ってくる時間はまちまちだし、適当な依頼でも受けるかなあ」


「ならば我との時間を設けさせようか」



 まだ夕焼けには早い日差しを遮る影と頭上からの声に顔を上げる。

 身長が高い人外が多い為、頭上からの声やらには今更いまいち驚きもしない。



「あ、ザラームだ。久しぶり」


「うむ」



 そこに居たのは、五メートルという巨体でありその正体は魔王様なザラームだった。

 布を巻き付けただけみたいな前とは違い、今日はしっかりしたお洋服をお召しになっている。


 ……うん、思わずお召しになってるとかいう表現になるようなお洋服だ……。



「…………ザラーム、その着てる服、めちゃくちゃ良い布だし良い飾りなのでは……? あとデザインも凄く高そう」


「これでも動きやすさを重視させる事でかなり華美さを減らしてある。

 城で服飾を担当している者に人間と会うための服を注文したらおかしな暴走を見せて、ここまで抑えさせるのに時間が掛かった」



 まったく、とザラームは溜め息を吐く。

 その吐息ですぐ近くの木々が風に揺られたようにざわめいていたが、やっぱり肺活量とかも桁違いなんだなあと実感。



「…………お陰で貴様に見せるのが酷く遅れた」


「や、一から作らせたなら相当早いと思う」


「ならば良い」



 ふん、と多少機嫌が良くなったようにザラームが頷いた。

 身長高いのでこちらが立っても相手のお顔は大分遠いが、まあそこまで問題は無い。

 流石に慣れた。


 ……犬猫はこの身長差で人間と生活してるんだから凄いなあ……。



「それでも凄く豪奢というか……よくまあ前回まであんな布切れで……」


「人間が気にする箇所さえ隠せば良かろう」


「うーん人外発想。でも今の恰好の方が格好良いし似合ってるよ」


「そうか」



 ふ、とザラームは口角を上げてこちらの頭を撫でる。



「しかし、世話を掛けたな」


「え?」


「ココノツの事だ。貴様のところへ顔を出したと聞いている」


「あー」



 豪奢な服に土がつくのも構わないのか、それとも魔法で土汚れがつかないようにでもなっているのか、ザラームは躊躇い無くベンチの隣である地べたに座り込んだ。

 恐らく立ったままだと私との身長差があって話しにくいからなのだろう。


 ……こういうさりげない気遣い、ありがたいなあ。


 人外達は人間との身長差に慣れているのか、とても自然に目線を合わせてくれるのでありがたい。

 お陰で首を痛めずに済むわけだし。



「あやつは人好きなのだが、どうにも過激なところがある。面倒を掛けてはいないか」


「ザラームを裏切るなって言われた感じかなー」


「…………そうか」


「うん。あ、そうそう私この町にお家ゲットしたから大体この町に居ると思うって報告しとくね」



 旅立つ事を言わなかったらココノツが仕留めにきそうなので、その辺りはしっかり伝えておこう。



「依頼によっては遠出する場合もあるかもだけど、現状町の外で寝泊まりはしてないから多分無いと思う」


「わかった」



 こくり、とザラームは頷く。

 五メートルなのでそんな可愛らしい動きでも無いが、体格から考えれば動きとしては控えめなものだ。

 二メートル未満の身からすると大きな動きに見えるだけで。



「……ところで今更なんだけどさ」


「何だ」


「ココノツから色々聞いちゃったんだけど、アレって問題ある?」


「人間からすれば風化した古い話であろうが、長命な人外からすれば対して昔というわけでもない。少しの聞き込みでわかるような事を咎めると思うか?」


「なら良っか」



 まあ、とザラームは少しばかり遠くを見る。



「ココノツはアレで誰かの気持ちを読み取る事に長けておる。故に浮かれた我が裏切られた時に受ける衝撃、そしてその結果を考えたのであろうよ」


「アレで、って……」



 思わず苦笑してしまったが、そのくらいの扱いが妥当だ、とザラームは指の背でこちらの頬を撫ぜた。



「元来、狐狸の類は他者の気持ちを読み取る事に長けている。そうする事で相手が望む物を出したように見せて化かすのだ。化かすとはすなわち、馬鹿にするという事でもあるがな」


「わあお」


「ちなみにクダが補足しておくと、狸は読み取った上で同情心を誘う事言ったりちょっとした脅しを使って自分の都合の良いように話を進める癖があるんだよねー」


「ねえクダそれって狸のイメージダウンキャンペーンでは?」


「否、実際にそんなものだ」



 ザラームが何故か膝を叩いたので、とりあえずその膝に座ってみる。

 正解だったらしく、満足気な頷きと共に頭を撫でられた。



「狐は神へと至る者が多い。勿論悪とされる所業を為した狐も居るが、ただの畜生に収まらんのが狐だ。

 人を間違いで殺めた罪滅ぼしとして誰かを助けると決め、狐でありながらかなりの高位へ至った者も居る」


「あー、確かにお坊さんに成りすました系の話は聞くけど、どの逸話でもしっかりとお坊さん務めてる率高いもんなあ……違和感抱かせないくらい」



 高位なお坊さんに化ける事が多いイメージだが、それでも違和感を抱かせずに普通にお坊さん業が出来る辺りかなり凄い。

 ただの畜生に収まらんと先程ザラームも言っていたが、成る程確かに獣の枠を超えている。

 それも良い意味で、だ。



「対して狸だが、化け狸は居れども神の狸はおらぬ。狐は神の使いとして働いておる者も多い事から考えれば、それなりに差が開くものだ」


「まああんまりよくないのは化け狸系で、狸獣人とかはまともなんだけどね。一応筋通す化け狸なら話はできるんだけど」


「はあー……」



 確かに神の使いで狐は聞いた事あるが、狸が神の使いというイメージはいまいち無い。

 どちらも化け狐とか化け狸の印象はあるのに、だ。

 カップ麺などでは大体対立しているイメージだったが、意外にもその戦績には差があったらしい。



「わかりやすく狸の業を説明するなら、狸の中には神の怒りを買って化けの力と金玉包みの力を没収された者も居るくらいだ」


「ザラームの口から金玉包みて言葉が出た方が衝撃デカイけど……クダ、それどういうレベル?」


「化け狸なのに金玉で相手を包んで思考をぼやけさせる事も、そして化かす事も出来なくなるわけだからね。言うなれば両腕と両足を没収される感じ?」


「重傷!」


「そのくらいの事をやらかした狸も居たんだよー」



 手を出しちゃいけない事くらいわかるだろうにねえ、とクダはこちらの胸元で溜め息を吐いた。

 地球というよりもこちらの異世界で発生した事件とかのアレソレなんだろうけど、人外界では有名な話なんだろうか、ソレ。





 そんな風に話をして日が暮れ始めた頃、ザラームの膝から降ろされた。



「楽しい時間を過ごせた。礼を言おう」


「いえいえ、こっちこそ色々聞けたの楽しかったし。っていうか今更だけど敬語完全に取れちゃってて申し訳ない」


「構わん。構うならば我が先に指摘している」



 なにより、と立ち上がったザラームの大きな手がこちらの頭を撫でる。



「種族によって礼儀など幾らでも変わる。人間が礼儀を弁えるなどとも思っておらぬ。

 そも、敬語が無い事と不敬であるかどうかは別物だ。貴様は世間話をする相手を足蹴にするのか?」


「しないけど!?」


「ならば良い。悪意を持って足蹴にするような者こそが不敬者であり、引き寄せ膝に乗せ座らせたのは我である以上、貴様が我の膝に腰掛けていた事は不敬とはならん」


「まあ、うん、ザラームがオッケー出してるんだし膝乗ったのはセーフなんだろうなとは思ってたけど……足蹴って相当に極端な判断じゃない?」


「敬語があれば敬っているとはならんだろう。言葉が雑であろうと言語を持たぬ者であろうと、相手の意思を尊重しようとする気があればそれはきちんと敬っている証拠だ。貴様が我の望みに応じ、膝の上で大人しくこちらに身を委ねたようにな」



 人外は基本的に距離が近いので、慣れもあって背を預けただけなのだが。

 まあでも安心感抱いてなければ背を預けても気は抜けないので、普通に気を抜いて喋ってた時点で気は許してるのか。

 これが敬うに値するかはサッパリだけれど。


 ……犬とか膝の上に乗せられたら大人しく座ってる子とかいるけど、感覚的には同じだろうしなあ……。


 この人は自分を膝に乗せたいっぽいし別に嫌でも無いし他にやるべき事があるわけでも無いから良っかー、みたいな。



「第一、敬いなど受ける側の独断でどうにでもなる。敬いが足らぬと叫ぶ者はそやつ自体が敬う対象ではないという事であろう。敬うに足らぬ自覚があるだけマシだ」


「あー」



 確かに嫌なタイプの上司とかそういうイメージだ。

 敬われたいなら敬うに足る言動と行動せえやという感じ。


 ……クレーマーとかもそうだよねえ。


 お客様は神様だろうがと言うが神様は皆理由ありきで怒っとるしお前らの八つ当たりや鬱憤晴らしとは違わいと言ってやりたい。言うと泥沼なので言わないが。結果言われ続ける悪循環よ。

 日本人のそういう別方面の泥沼感はどうかと思う。



「そしてなにより、敬うというのは相手を大事に思うという事だ。可愛がるのは好意だが、敬うというのは大事にする事。わかりやすく言うなら気遣いが一番わかりやすいか」


「成る程、気遣いイコール敬う」


「全てがそうとは言わぬが、端的に言えばそうなる。

 遅くまで働いている者に差し入れをする、寒がっている者に上着などを貸す、重い荷物を運ぶのと手伝う……それらは気遣いであり、同時に相手を敬っているからそれをやりたいと思うもの。敬える対象で無ければ、積極的に動こうとは思わぬであろう」


「うわすっごいわかりやすい」



 確かにぎゃいぎゃい喧しいクレーマーババアが重い重い言っててもうっせえなとしか思わないだろうが、普通のおばあさんが自力で重い荷物を頑張って運ぼうとしていたら手伝おうとするだろう。

 それは気遣いと呼ばれるが、相手に対しての敬いがあるから実行に移そうと思えるものだ。


 ……つまり、相手が口には出さずとも自力で頑張ろうとするその姿があるから敬う対象になって、気遣いとして手を貸そうってなる感じかな?


 敬う相手と認識するだけのモノがある、という事か。



「なんというか本当勉強になるなあ……」


「こちらも、積極的に質問して掘り下げようとするキミコは好ましい。普通の人間は興味も持たずに流す」


「あっははは」



 そうして本質を理解してない表面だけの人間が大量に発生するわけか。


 ……学校の先生とかも、当たりの先生は良いけど殆どの先生は内容いまいち理解してなかったりするんだもんなー。


 授業では教科書の内容をなぞるだけで、その人が何を成し遂げた人なのかとかを詳しく聞いても、そんな事よりもテスト勉強をしろと言ってきたりした。

 多少授業時間はオーバーしがちだったが、わかりやすい例えや多少の脱線はしているものの関係した掘り下げ話などが多い先生の方が生徒人気は高かったものだ。

 そういったところから興味が出て授業外でも話を聞きに行って成績上がった子も居たし。


 ……やっぱり本当に頭の良い人やちゃんと理解してる人っていうのは、わかりやすい説明が出来るんだろうなあ……。


 きちんと理解出来ているから、そういった応用が利く。

 理解出来ていない人はレシピ通りにしか作れないしレシピなどが無いと途端に作れなくなるようなアレ。

 ソクラテス曰く、知識人ぶってる人は自分が賢いと思ってそこの掘り下げをしない為、自分が実は何も知らない事を理解していないとのこと。

 そんなソクラテスはお偉いさんにより有罪にされ、人々が逃げれるようにしてくれても正しさを説いた自分が法に背くわけにはいかない、と毒を呷って死んでいる。

 悪法でも法は法。


 ……ソクラテスって紀元前の人なのに、当時からお偉いさんとかの人間性が変わってないってのが人間の愚かさを実感するよね……。


 まず悪法をやめろやという話じゃないか。



「では我は行くが……そうだ、忘れていた」


「?」



 日が落ち殆ど見えなくなった中でこちらに背を向けようとして、ザラームはピタリと止まる。



「ココノツが言っていたのだが、貴様の事は首領(ドン)と呼んだ方が良いのか?」


「魔王様に首領(ドン)呼びされるとか何者なの私!?」



 ちょっと生活をストーカーさん達頼りにしてて巻き添えで異世界トリップして奴隷使いとして異世界で生きてるだけの一般人なのに。

 駄目だ羅列すると一般人じゃないラインナップ。

 いやでも本当魔王に首領(ドン)呼びされるのはそれ以上に一般人らしさから遠退いてしまう。

 現在時点で東京タワーレベルの一般人離れだとしたら、魔王からの首領(ドン)呼びはスカイツリーレベル。

 一気にヤバさのレベルが変化してしまう。



「流石にザラームからの首領(ドン)呼びは戸惑うから普通に名前でお願いしたいかな……反応にも困るし」


「貴様の性格上、何度か呼べば慣れそうだが」


「自覚はしてるけど抗わせては欲しい!」



 本当ごもっともだが抵抗は自由だと思うのだ。

 そう思い拳を握ると、クククと喉を鳴らされた。



「フハハ! そういうところが面白いのだ貴様は!」


「ええー……」



 乙女ゲームの俺様系みたいな事を言ってくるこの魔王様。

 魔王様なのでわりとしっくりくるけれど。



「まあ、首領(ドン)呼びはしないでおこう。下手な誤解から貴様が狙われても面倒だ」


「わあい……それ言っちゃうとこうして仲良く話してる時点で手遅れのような気もするんだけど」



 首領(ドン)呼びから狙われるなら、仲良くしてるだけでも狙われるには充分に条件を達しているような。



「そう細かい事を気にするな」


「細かいかなあ」



 そうぼやいてはみるが、頭を撫でるザラームの手の大きさに納得させられてしまう。

 このサイズならそりゃこのくらいは細かい事だろう。



「では、面白い事を教えてやろう」


「え?」



 適当にぼやいただけだったが、拗ねた子供を相手するようなニヤリとした顔でザラームは言う。



「次にココノツと会った時、あやつをイナホと呼んでやれ」


「イナホ?」


「他の呼び名はココノツがかつてやらかした物事に関連する為面倒ごとに関わるが、これならば反応するのはあやつだけであろうよ」



 ザラームはそう言い、こちらの胸元に居るクダに声を掛ける。



「では我は行くが、人間には既に暗い。住処まできちんと守れ」


「もっちろん。夜はクダの得意な時間だからだいじょーぶ!」


「ならば良い」



 最後にぐしゃりとこちらの髪を乱すように撫で、ザラームは去って行った。

 去って行ったというか、背丈が大きいのでしばらくその背は見えなくならなかったけれど。



「…………っていうか、イナホってどういうワード?」



 呼び名らしいが、昔の黒歴史的なネームだったりしないだろうか。

 悪戯心が透けて見える表情だったので普通にありそう。

 ココノツという名前自体偽名らしいし、中には黒歴史扱いのものがある可能性は高い。


 ……まあ良いか。


 ザラームが言ってみろって言うならちょっと面白い反応が見れるかもよ程度だろう、多分。

 そもそもココノツとまた会うかもわかんないし。



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