私なりの答え
ジュースを一口飲んで唇と喉を湿らせる。
「なんか脱線しちゃったけど、私が奴隷使いでありながらまともなのは、そういった周りの環境によるものってとこが大きいかなって話」
「……環境」
「そ、環境。大事に育てられれば自分がそうしてもらったように相手を大事にする。虐げられるように育てられれば虐げるようになる。勿論そうじゃない人も居るけど」
「決まってないの?」
「人間の個人差なんてそれこそ那由他の数程あるでしょうよ」
どころか不可思議や無量大数レベルかも。
今までの人類を含めれば、そのくらいの個人差は発生しそうだ。
「その人自身にブレない軸があれば、どんな環境であろうと美しい生き様を貫くだろうね。対してその人の精神性が良くないものであれば、大事にされた事によって増長して他を虐げ始めるかもしれない。
しかも場合によっては周囲が当人を大事にするあまりその他を雑に扱ったせいで、それを見て覚えるってパターンもあるから尚の事」
「……多様性」
「いえーす」
数字には疎いが、四桁の数字が何通りあるかと考えればわかりやすい。
その四桁に入る数字によって本人の資質が変化するとすれば、一体何通りの人間が出来上がるだろう。
たった四桁でそれだけの個体差が出るとわかる以上、家庭環境や周囲の環境、教わる内容や目にした人々の態度等によってどれだけ人の在り方に変化が出るかなどわかったものではない。
時代によっても、それは変化しうるものだろうし。
「私の場合は奴隷使いとかそういうのが話題に出ないようなのんびりしたトコで育った。いや正直言うとのんびりとは違うかもしれないけど、少なくともそういう文化が無かったんだよ。
だから奴隷使いの適性があるからって理由で迫害された覚えが無い。まあこっち来てからはあるけど、人格形成に重要な時期と言える幼少期にそんなのは皆無だね」
そもそも奴隷使い云々という世界でも無い。
「…………私は、奴隷使いとは悪だと教わった。死刑ではなく、場合によっては永遠に等しい時間、自由を奪われて過ごす。
それが奴隷。それだけの罪を犯した存在。奴隷使いはそれらを扱うけれど、それはとてもおぞましく、卑しいものだって」
「部落問題みたいな事を……」
……血は穢れだからと言い、差別している相手に屠殺をさせたりっていう、ああいうアレコレを何かで見たっけなあ……。
屠殺などを仕事にしている人は差別されがち、みたいな事だ。
肉食ってその恩恵にバリバリ預かってて、何ならその人達がその仕事してくれなかったら私達だって美味しいお肉食べらんないじゃんという話。
その人達が居て初めて今の水準になっているんだろうに。
……魔物討伐とかクダ達に任せきってるけど、だからこそ討伐出来る人達は凄いなって思うし、その魔物の肉とかを買い取ってくれるギルドの人達も解体仕事したりするんだろうし、それは自分で出来るかどうかで言えば出来ない枠だから、すっごく凄いって思うよ。
しかし魚は切り身で泳いでるんだと思う子供が居るように、そういった部分を知らない人も多いんだろう。
私だって誰がどういう仕事でどこまでをやってるのかなんて詳しくない。
……でも、卑しいってのは違うよね。
今の話で出てきた奴隷使いは、正式な仕事として罪人を取り扱う存在だ。
シュライエンみたいな非合法系じゃない。
つまり分類としては政府のお仕事の一つと言える重要ポジション。
……それが政府側、とはいかなくても政府側に近いだろう金持ちから卑しい仕事扱いされてるってのはなあ……。
マリクがそう思っているというか教育係がそういう偏見を持ってるんだろうけど、子供によくまあそんな偏見を押し付けられたな。
しっかり考える時間を設ける事無く、思い込みのままにそして正義の為にと行動した結果、悲劇を迎えた物語とかあっちこっちにあるだろうに。
泣ける絵本の代表であるごんぎつねとか正にそれ。
食べ物を持ってきてくれていたのにその側面を知らず、かつての悪戯狐という印象しか抱いていなかった結果の悲劇。
ああいう悲劇を起こさないようにする為には、きちんと情報を得て何が真実かを見極めなくてはあるめえよ。
「んー……私は先生じゃないから、教えるのは得意じゃないんだけどね」
どっちかというと聞く側だし。
が、だからといって答えないわけにもいくまい。
「まず私の考え方としては、色んな人の話を聞いて、それがその人の主観によるものだって事を学ぶってとこかな」
「主観?」
「うん。私に聞いたところで私の主観でしか話さない、っていうか話せない。だって私の中にある考えだもん。
それはあくまで私の中での意見であって、世界の意見ってわけじゃない。あと大多数が言ってるから世界の意見ってわけでも無いと思う」
「……よくわからない」
「えーっと私も考えが纏まってるわけじゃないから説明出来るかわかんないけど……まずカラスって黒いじゃない?」
「それはわかる」
「うんうん」
良かった、と再び足元の枝を手に取って丸を描く。
「でも世界中の、そうだなぁ、十割とまではいかないけど九割以上がカラスを白いと言ったとする。これ、カラスは白い?」
「カラスは黒い」
「うん、それが真実。でも多数決でカラスは白いんだと言われた時、真実を言ってる方は負ける。数で負けてるから」
「カラスが黒い……っていうのが真実なのに?」
「でもカラスが仮に絶滅した時、カラスは白い羽の鳥だったって書き残された物しかなかった場合、本物のカラスを知らない人はどう思う?」
「…………白い鳥だと書かれている以上、白い鳥だと思う……?」
「だろうねえ」
実際、地球では恐竜なんかがその最たるもの。
あれだって本物はとんでもないサイケデリックな柄だったかもしれないのだ。
まあそんな大昔の事なんて知らないからそれを裏付ける証拠なんて無いけれど、逆に言えば一般的に想像するような色合いであるという証拠も無い。
未確定という名の可能性と言えよう。
「だからまず、真実と正しいは別ものって感じかな。真実は文字通り本当の事だったり、真理だったり。
対する正しさは本来もっと違う、それこそ正しさがハッキリしたものだったんだろうけど、今の正しさっていうのは人工物に近いんじゃないかな」
「……そういうもの?」
「さあ」
ジュースを飲みながらそう返せば、どういう意味だという目で僅かに目を細められた。
表情がいまいち変わらないし声色も淡々としているのでわかりにくいが、よく見てみれば以外と目は雄弁だ。
声色はテンション高いのに無表情になりがちなミレツとニキスに比べれば混乱せずに済むし。
「これは私が考える真実と正しさ。他の人に聞いたらまた違う真実と正しさになると思うよ。だってその定義は定まって無いんだもん」
無駄に理論や理屈や理由を求めてでっち上げる人間と違い、本能的にわかる人外であれば違う答えを渡せただろう。
しかし残念ながら私はそこに意味などを無意味に見出してしまう人間なので、こういった言い方しか出来ない。
「重要なのは色んな人に話を聞いて、その人の主観で見た物の価値観を知る事だと思う。そうやって色んな人の感覚を知っていけば、自分の中の定義も定まるんじゃない?」
「…………」
マリクは少し無言で視線を彷徨わせたが、困ったように眉を下げた。
「……私は、与えられる答えを覚えろと言われた」
「うん」
「自分で考えたりなどせず、ここに正解があるのだから、その通りにしろと言われた」
「うん」
「これは間違い?」
「私の主観での返事になるけど、場合によるかな」
本当、場合による。
「それがマリクの意思と一致していて、マリクが責任を取るぞと思ってるならそれで良いと思う。マリクの意思と一致してないけどその人の案を受け入れて、失敗したらその人の罪、ってなるなら良くないと思う。
勿論、その人の案を受け入れた結果利益はその人が持って行って失敗したらマリクに全部おっ被せて来る、とかもアウト」
「……よくわからない」
「自分で決めて自分で考えて自分でシミュレートして自分で責任取れる事をしろって事。勿論そこでシミュレートする際は、他の人にどういった負担があるのかも加味してね」
無責任な上司や傀儡染みた上司程、一般社員から見て恐ろしい存在は無い。
「まあ、結局は色々知れって事になるかなあ。食べてみないと何が好きかなんてわからないように、色々食べればこれが好きな味だとかがわかってくるわけだし。
合わないヤツを食べたらこれは合わないなって思って、また別のを食べて合わなかった場合、こういった系統が合わないんだなって学べば良い」
そうやって人は自分の中での物差しを決めていくものだ。
……第一、平均なんて他の人が居てこそわかるもんでしょ。
平均身長なんて、当人だけの世界だったらその人が平均だ。
身長が十センチしか無かろうとその人だけの世界ならそれが平均なのだから。
……だから色んな人の身長を知って、何が平均かを割り出したりね。
「あと申し訳ないけど、私はマリクの人生に対して責任が取れないから」
「責任」
「その人の生き様や考え方に関わる事を言ったとして、そして致命的な程に歪んでしまったとしても、私は責任が取れない。取らない。だって結局無責任な他人だもん。
自分の仲間……んん、奴隷に関する事なら私の責任でもあるから、そっちなら状況がどうかとかも考えて関わるんだけど」
でも他人の場合、当事者じゃなくて野次馬にしかなれないから。
「野次馬の言った事を真に受けてもさ、それで致命的な事があったとして、それで野次馬は責任を取ると思う?」
「…………」
マリクは僅かに首を傾げて考える素振りを見せる。
「……よく、わからない」
「わかんないか」
「わからない……というより、考えられない。違う。考えるって事が、私は出来ない。させてもらえなかったから」
「……断定的な事を言われ続けたから、とか?」
「というより、質問は許されなかったから。とにかく言われた事を覚えるよう言われた。それに従うようにって。尊いお方は何も考えずに居る事が許されるのです、って」
「それは言われた通りに動く傀儡になれって言われてるようなものじゃ……」
「そうなの?」
「……ごめん、今のは私の主観。その人の中では全く違う考えがあって言ったのかもしれないし、あるいは私が言ったままかもしれないけど、そこはその人の内心を覗きでもしない限りわかんないから断定は無理」
「そっか」
普通の会話であればもう少し気楽に話せるしおどける事も出来るのだが、マリクは本当に物事を知らない幼女のよう。
そこに適当な答えを詰め込むわけにはいかないので、出来るだけ誠実かつ正確にいこう。
その結果とても曖昧な言い方になってしまうが、本当にそうなのかを知らない身でそれらを勝手に断定するわけにもいくまい。
……っていうか、考えられないっていうのがなー……。
「……マリク、小説とか読んだ時、場景とか浮かんでる?」
「伝承なら読む。娯楽小説は私には必要のないものだからって最初から選択肢に無い」
「おっと。じゃあ絵本」
「勇者の伝承とかは読んだ。私に必要な知識だから。でも子供が読むような、それこそ意味が無い絵本は見せてももらえなかった。
私はもっと優先すべき事があるからって、内政についての本を与えられた」
「選択の自由は子供にも認められてるはずなんだけどなあ……」
勿論親のお金の問題とかもあるだろうが、彼の場合はお金持ちっぽいのでそういう問題では無さそう。
そしてこちらとしては、そう、例えば漫画の神様の炎な鳥さんの漫画を子供が読みたいと言っても反対する親の場合、それは仕方ないと言える。
あれは内容が子供には重すぎる。
大人でもメンタルに大打撃を受けるような内容、どころか大人の方がメンタルに致命傷を受けるので、禁忌が何故禁忌なのかがわかるとしても子供には見せたくない、となるのはわかる。
なのでそういう場合であれば、こちらとしても致し方ないと言えるだろう。
……でも内政についての本かあ……。
勿論そういうのに興味があるとか、それらを理解出来るだけの頭脳があるとかなら全然オッケー。
しかしこうして話す限り、彼は中身がかなり子供だ。
親や先生に言われた通りにしては親や先生の気分によって変わる答えに混乱して、最終的にただ従うだけの子になったような幼児。
何だろうなあ、この自由意志に関する虐待を受けてる子と話してるような気分は。
「んんっとねー……要するにマリクはマリク自身で判断しないとって事かな。そのままじゃ誰かのスケープゴートにされかねない。
そうなれば人を苦しめる悪人はそのまま甘い汁を吸って、マリクだけが損をしかねないし」
「それはよくないこと?」
「私の基準からみればね。悪と言える欲張りがふんぞり返って、善悪を知らない無欲な子が犠牲になるっていうのはどうにもこうにも」
「私、子供じゃないけど」
「例え例え」
「そう。なら、納得する」
ううん素直過ぎる。
実際、例えでもあるから嘘は言ってないけどさ。
「さっき言った野次馬の例えだけど、例えばマリクが王様だったとする」
「………………うん」
「そうして色々な人の意見を聞くとするよね。それこそ野次馬のように集まった人達からの意見を。
そうだねえ、王家とかにありそうな超高級アクセサリーとか、そういうのを欲しがったとしよう」
「うん」
「それはそのアクセをあげるべきだと思う?」
「…………身分の低い者に与えるものなど慈悲以外に必要ありますまい。そう言われた」
「じゃあ身分が高い相手」
「………………あげる、と思う。欲しいなら。そう従うよう言われてるし」
「そっか」
本当にどういう教育なんだと思いつつ、私は続ける。
「その結果、そのアクセを欲しがった人達で奪い合って殺し合って欲しがった人達全員が死んだ時、誰が悪いって言われると思う?」
「…………そんな事になるの?」
「例えばだよ。絶対じゃない。でも可能性の一つではあるよね」
「……きっと、私が非難される」
「それはどうして?」
「私が争いの種をまいたから」
「でも欲しがったのは奪い合った人たちなんだよね」
そう、欲しがったから渡しただけなのだ。
「欲しがらなければ奪い合いにはならなかっただろうけど、欲しがる心は誰にでもある。
あと仮に奪い合わなくても、それを売りさばこうとした悪党に狙われるって事もあるかもしれない。どのくらい身を守る術を持ってるかによってはアウト」
「……確かに」
「んでもってここの怖いところは、誰かが生き残って勝ち取った場合、その人は殺人者。
でもその人が王様に責任があるって言ったら、今度は王様に非難が向かうだろうね。より上の立場に不満は募るものだし」
「うん…………知ってる」
「仮に奪い合いが起きなくても、誰かが貰えたって事実は、同じような立場の人達からしたら自分も貰えるんじゃないかってなっちゃう。
あの人が貰ったのに自分達だけ貰えないなんて差別だって言ってくるかもしれない。そしたらどうする?」
「渡す」
「そうして全部無くなっても、まだ欲しがる人が居たら……どうして自分達にはくれないんだって言うだろうね。他の人達はあんなにも貰ってるのに、って」
「私のものが無くなっても?」
マリクの問いに、私はコップの中身をくるりと回すように揺らして笑う。
「例えば私が無一文だったとして、それによってマリクの人生に何か変化ってある?」
「……無い」
「そゆこと」
結局はそういう事なのだ。
「他人である以上、その人がどうなろうと本人の人生が破滅するわけじゃないからね。だからどこまでも厚顔でいられる。
さて、そうやって王様が無一文になって破滅寸前になった時、人々はそういった諸々を返してくれると思う? 自分が良くてもあなたが破滅してしまうのは、って返してくれるかな?」
「貸すは与える事。与えるはそのまま相手の物になる事。だから私は返してもらった事はない」
「うーんそういうのも貸すって形であれば返してもらおっか。相手の事情的にそれが無いと終わるんですって感じならともかく、相手の私利私欲の為だけに奪われるっていうのは良くないと思うから」
「私は困らないけど」
「マリク相手にまかり通った結果、他の人が同じように奪われるかもしれない。その人にとって奪われたら困る物を奪われるかもしれない。
他の人がそうされないよう拒絶するっていうのは大事だよ。わがままを言っても許されたから自分はわがままを言っても良い、っていう頭おかしい人は居るからね」
クレーマーとかはそういうのが多い。
「私なりの答えを言うなら、そういうタイプの人間は自分の物になったからって言って、それに対する恩を返したりはしてくれないよ」
はなさかじいさん、の隣の意地悪じいさんとかが良い例、否、悪い例だ。
借りた犬を怒りに任せて殺し、借りた臼を怒りに任せて燃やす。
自分の物では無いのにそんな事が出来る辺り、他人を思いやる気持ちが無いのがスッケスケ。
「そうやって自分の物を渡すよう言った人が、自分の考えが間違っていたせいでこうなってしまってごめんなさいって謝る?」
「……教育係が言う事は絶対に正しいから、間違いなんて無く、間違いと思う方が間違いなんだって教えられた」
「それは教育係の主観だね。私の主観で言うなら、人間に絶対なんてものがあると思ってるヤツ程信用ならないものはない。強いて言うなら絶対的に愚かな種族ってくらいだよ」
「それは人外と話す事が多いから?」
「というと?」
「人外は、人間の正しさを否定するから、あまり話さない方が良いと言われた」
「確かに人外と話してるとそういった話題が出る事は多いね。でも残念ながら、私が今まで人間と関わってきて、人間の歴史を勉強して、人間としてまあ確かになーって納得しちゃってさ。
自分なりに考えて、自分にわかりやすく解釈して、納得出来ちゃったなら仕方がない」
「…………そういった答えを自分で出す為に、私は多様性を覚えた方が良い?」
こてりと首を傾げたマリクに、おや、と思う。
どうしたら良いかという問いは変化なしだが、答えを自分で出すべきかという発想に至れたのは進歩だろう。
「マリクがそれを覚えたいか、自分で判断出来るようになりたいか、ってとこだね。マリクが今のままで良いって言うんなら仕方がない。
でもその前に、多様性を覚えなくても良いから、マリクが今のままで居る事で誰が得をして誰が損をするか、そしてその結果周辺の人達が幸せになるか不幸になるか。その辺考えてみたら?」
「……むつかしい」
「あはは、私もこんなんいきなり言われたら普通に混乱するだろうからねー」
笑いながらジュースを飲み干せば、少しだけじとりとした目で見られた。
最初に比べて実に雄弁な目になっていてとてもよろしい。
言葉を使わないならボディランゲージを使うのが、知性ある生き物としての矜持だろうさ。
「まあ簡潔に言うならまず、ああすべきだこうすべきだって言う人間と距離を取って見てみる。近過ぎると見えないものもあるからね」
「そうなの?」
「んじゃこれ、その距離のまま見れる?」
アイテム袋から地図を取り出し、マリクの睫毛に触れる程の位置で見せてみる。
「…………ブレる」
「そーいう事」
地図を仕舞えば、マリクは何度か頷いていた。
「次にあまり喋らない人……そうだね、距離を取った方が良いタイプの人と話してる時に、マリクの方をちらちら気にするようにして見てる人は居る?」
「使用人に、数人」
「そういう人とちょっと話してみると良いかも。気になっている事があるのか、って感じで。意見の一つとして正直なものを聞きたいって言えば言ってくれると思う」
「…………わかった」
「最後に、人外の意見も聞いてみること。今まで聞きたかったけど拒否された事とか聞いてみたら?
人外って人間を可愛がってはくれるけど、愚かなままでも可愛いよとか言ってくるから、積極的に色々聞いた方が良いよ。情報知ってる癖に無知なままでも可愛いから大丈夫、って言って自分から教えてはくれないしさ。聞いたら教えてはくれるんだけど」
胸元の七十五分の一クダの頬を指先でつついても、にこにこした笑みを返されるだけだった。
……本当、愛玩動物ってなるとコンテストに出すぞっていうのでもないと積極的に芸を仕込んだりしないもんねえ……。
おすわりや待てを教えても、ひらがなから教えて絵本を音読してあげたりはしないように。
人外から見た人間はそういった扱いなので、こっちから積極的に教えを請わないと教えてくれないのだ。
まあ人間も愛犬にねだられたらボール遊びに応じたりするので大体そんな感じなのだろう。
「…………人外とは、あまり接触しないようにって言われてる」
「んー……魔法得意な人外とかって居る?」
「エルフなら、一番話す頻度が高い人外」
「なら丁度良いね。出来るかわかんないけど魔法で脳内会話出来ないか聞いてみたら? 脳内で色々質問して聞く分には接触じゃないでしょ。関わりにはなるけど証拠無ければオッケーオッケー」
「…………そういうこと、して良いの?」
「証拠が無ければ良いって考えは良くないけど、質問する相手を選ぶのは別にこっちが決めて良いんじゃない? だってマリクがしたい質問をするんだし。
こういう返答が欲しいからそう言ってくれそうな相手に相談する、じゃなくて、どういった発想や説があるかを聞く為だもん。色んな視点から聞いた方が良いでしょ」
「そういうもの?」
「セロリ好きな人とセロリ嫌いな人とセロリを知らない人にセロリについて聞いた時、同じ答えが返ってくると思う?」
「…………セロリ、って答えるんじゃないの?」
「そりゃセロリだろうけど、この場合は印象や味についてかな。好きな人は味を褒めるかもしれない。嫌いな人は香りだけで吐きそうになるって言うかもしれない。
そしてセロリを知らない人に聞いたら、まず食べ物なのかを質問してくるかもしれない。そういうのじゃ、セロリが何なのかってわかんなくない?」
「わからない」
「そこでマリクがセロリを食べて、どう思うかだよね。美味しいと思うなら好きなんだろうし、無理って思うなら嫌いなんだろうし、特に感想を抱かないなら好きでも嫌いでも無い枠って事なんだろうし。
別に誰がセロリ好きでも嫌いでもマリクの味覚とは繋がらないんだから、そこはマリクの主観だよねー」
マリクは物凄く困ったような顔をした。
「…………あなたの言う内容は、難しい」
「そんなに難しい?」
「私は、決まっている答えを与えられてきたから。自分で考える前提で話すあなたの言葉は、難しい」
でも、
「人を苦しめる存在は、良くない。そう教えられてるから、私がそうなっていてはいけないから、そうなっていないかを確認する為に、色々と聞いてみる」
「おお、自分で答え出せたじゃん!」
「うん」
頷き、マリクはぎゅ、と僅かに眉間に皺を寄せて胸のすぐ下を手で押さえるように撫ぜる。
「…………やった事が無いから、すごく、この辺りが気持ち悪い」
「自分で選択しただけで胃に違和感持っちゃったか……ストレスが続くようならやめときなね。マリク自身が体壊しちゃ意味無いし。健康大事」
マリクは目が零れ落ちるのではと思う程、その目を見開いた。
「…………体を壊す可能性、を、心配されたの、初めて」
「マジで?」
「私は存在自体が有用だから、体が壊れても、私の存在があれば良いって言われた。使用人とはそもそも話さない。
体を壊している時は人外が居る事で悪化するかもしれないし、良くする魔法は毒かもしれないから、隔離されてる」
「……ええと、まあ、うん、私はこの町で生活してるし冒険者やってもいるから、困った時とか相談ある時は言って。
あんまり役には立てないと思うけど、人外友達多い分紹介は出来るし。とにもかくにも自分を大事にして」
「やった事が無いからわからないけど…………言われたなら、頑張ってみる」
「うん、頑張って自分を労わって」
言えば従うならマジでご自愛下さいという気持ち。
大分マジでそう思っていると、マリクは彼の分のコップをこちらに渡した。
「買い物の仕方は知ってるけど、やったのは初めてで、あとがわからないからお願い。慣れてないから飲み切れなかったけど」
「あいよ」
受け取ってみれば三分の一しか減ってない。
こっちのコップはとっくに空っぽだったのに。
「話してくれてありがとう、キミコ。奴隷使いなのに沢山話してくれて、教えてくれて、嬉しかった……と、思う」
「そりゃ私は自他共に認めてもらえるまともな奴隷使いだからね。喜んでもらえて良かったよ」
そう告げると、マリクはほんの少し、ほんの僅かに目尻を下げて口の端を緩ませた。
「じゃあ」
言い、マリクはくるりと身を回してこちらに背を向け去って行く。
風通しの良さそうな服と長い髪が風に揺れ、先程までの浮世離れした雰囲気も相まってふわふわした歩き方に見えてしまう。
よくよく見れば、とても綺麗なウォーキングなのに。
「…………クダ、私の言った事ってさあ」
「違うなって思ったら、流石にクダだって割って入るよ?」
それはつまり、人外視点でもそう外れてない意見だったという事か。
良かったと安堵しながら、残っている三分の二が勿体ないと思い口をつける。
「ぬっる」
マリクが大事そうに両手で持っていたコップの中身は時間経過か、それとも木の器越しでありながら体温が伝わったのか、随分ぬるくなっていた。




