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雰囲気幼女男性



 まだ時間があるので適当な依頼をこなしても良いのだが、草むしりの後に水分補給をしていないのは事実だった。

 なのでまずは休憩を入れてから考える事にする。


 ……っていうか今更だけど、お手伝い系の依頼って人外が出してる事が多いなあ。


 ギルドを出て歩きながらそう考える。

 恐らくはギルドの仲介料が結構高めである事、ある程度なら自分でやった方が安いから、という判断なのだろう。

 対する人外達は人間以上に何でも自分達でやれそうだが、やれるからこそ収入に困らない人外が多い。

 つまり出費が他より多くても何とかなる、痛まない懐をお持ちという事。

 そしてそうやってお金を回す事で経済は動くし、ギルドの方も色々賄うお金を捻出する事が出来る。

 討伐以外の依頼も随分豊富に張り出されているのは、そういう事なのかもしれない。



「で、どの屋台の飲み物買うかなー」



 幾つか出ている屋台のどこを狙おう。

 お酒の屋台もあるが、流石に昼間からお酒は駄目だ。

 飲み過ぎると寝落ちるし。



「やっぱ吸収率が良さそうな果物のジュース系……」


「……それが飲みたいの?」


「うおっ」



 気付いたら真後ろに男性が立っていた。

 思わず腰が引けたままわずかに距離を取れば、男性は不思議そうに首を傾げる。



「…………要らないの?」


「や、えーと……」



 誰だこの人は。

 というか見た目や身長とかが人外染みていないので人間っぽいが、パルトのような前例もあるのでどっちかわからん。



「あの屋台のリンゴジュースにしようかな、とは思ったけど……」


「……なら、奢る」


「いやいやいや待った待った。理由が無い」


「ある」



 長い前髪を右側だけ垂らし、左側は後ろへと流し、ハーフアップになっている部分を三つ編みにしている男性。

 彼は私の寝癖のような癖毛とは違う、緩くウェーブした髪を揺らして首を横に振った。



「…………あなたは、奴隷使いのようだから」



 ……ふむん?


 ココノツに教わってからは、ステータスを少し弄ってジョブを見えないようにした。

 見えるのはそれを知っても害が無い存在、という設定にしてある。

 だからわかりやすく人外な人がそれを見抜く分には違和感も何も無いが、見た目が人間なのにそこを見れるという事は、やはりパルトと同じように人間と見た目がほぼ同じなタイプの人外なのだろうか。



「私は、人間の奴隷使いはまともに会話も出来ない悪だと教わった」


「はあ」


「だから人間の奴隷使いに対しては、まず犯罪者である前提で接するよう教えられた」


「さようで」


「でも、あなたは違うみたいだったから」



 何を考えているかわからない、それこそお人形のように変化しない表情。

 デコルテラインが大胆に開いた風通しの良さそうな、本当袖とかそれ意味あるのかという謎のスリットが開いている服に、足のラインが見えるズボン。

 ズボンの方も外側を縁取るようにダイヤ柄の穴が開いて地肌が露出しており、全体的に布はあるのに肌色も多いというよくわからん印象を抱く。

 が、それらから覗く関節は人間らしい皮膚に覆われていて、人形系の魔族というわけでは無い事がわかる。


 ……表情変化の無さはそれこそ人形みたいなんだけどなあ。


 しかしカトリコもミレツもニキスもそこまで派手な表情変化は無い方なので、個体差レベルのものだろう。

 実際人形系の魔族が居るか、そして関節に特徴があるかどうかなど知りもしないが、イメージイメージ。



「人外は人間と違う考え方をするから、人外に質問をしてはいけません。私はそう教えられている。

 自主的な問い掛けも、答えがあるならそれが全ての真実でしかないからと取り下げられる。しかし、私はこの件に関しての答えを知らない」



 言いたい事がよくわからないが、とりあえず聞きたい事があるというのはわかった。



「この件、っていうのは?」


「人間がまともな奴隷使いとして存在している事。……それは何故?」


「何故って言われても存在してるからとしか……」


「私はそれに納得すれば良い?」


「んー…………」



 そうとしか言えないので、納得してもらわなければ困る。

 しかし先程のこの人の弁からすると思考の自由を奪われた教育をされてるご様子。

 それを見ない振りして思考の固定化に協力してしまうのは、何というか、ちょっと嫌だ。



「……腑に落ちないなら、納得しなくて良いと思う」



 そう言うと、彼はきょとりと目を丸くする。

 そんな顔も出来るのか。



「…………答えは答えなのだから、納得も何もそれが事実。そうとしか教えてもらえなかったから、そう言われたのは初めて」



 ……ん?



「近くに人外さんは居なかったの? 人外ならめちゃくちゃその辺説明してくれると思うんだけど」


「居た。けれど、質問するのは人間の教育係にだけと言われたから。人外に質問などしてはならないと、そう教えられたから。

 私は人間の為の知識を学ぶべきで、人外の偏見など入れるべきではないと言われた。人外との会話は、最低限でなければ叱られる」


「……叱られるって、誰に?」


「教育係」


「何で?」


「教育をするのは教育係なのだから、私は教育係の言う通りにしなくてはならない。言う事を聞かないのは間違っていると教えられた」


「んんん……」



 今の私はとても難しい顔をしていると思う。

 何だろう、この、こう、親や教師に自主性をひたすらに否定されてお人形のようになってしまった子供と話しているような感覚は。

 でも実際お偉いさんはわりと色々アレな感じらしいし、風通しの良さそうな服とはいえこの人の服は随分と上質そうな生地だし、多分この人はお偉いさんのご子息とかそういう感じなのだと思う。


 ……で、多分人間だよね。


 人外は嘘に気付き本質を見抜く。それも本能的に。

 それをせずただ相手の言葉を鵜呑みにしているという事は、人間だろう。


 ……シュライエンも他人の影響バリバリに受けた結果の歪んだ奴隷使いコースだったみたいだし。


 つまり、人間は周囲の環境や育て方によって変質する。

 彼は普通の人間とは何だか違う雰囲気だけれど、それは上っ面だけの教育に違和感を抱く事が出来ているからだろうか。

 全くもってわからないが、少なくとも彼は教育係とやらの言葉にとにかく従ってきた様子。

 それでも、止められた行動の中の抜け穴を突いてこうして私に問いかけてくれたのだ。

 こっちの意見だって十割正しいとは到底言えないし、勝手な偏見が混ざる事もあると思うが、それでも意見の多様性は知るべきだと思う。

 これは勝手なエゴでしかないが、自分に合った答えを得るには多様性が必要だと思うのだ。


 ……計算の式だって、足し算でもひっ算でも暗算でも、なんでも良いから自分に合う方法を見つけるのが大事だもんね。


 それこそが多様性。

 その人に合うものを探す為に必要な、多様性。

 様々な色が無ければ、その人に最高に似合う色を見つけ出す事など出来ないように。

 ただの一色では、似合うかどうかなどわかりはしない。



「…………うん、良し、ちょっと腰を据えて話そうかお兄さん。私は喜美子。お兄さんは?」


「………………」



 無言で恐らく何かを考えているのだろう間を空けた彼は、ああ、と頷く。



「旅人も多い冒険者……そして興味が無いものはとことんこちらを知らない事がある、だっけ」


「あ、有名な方?」


「…………私というよりも、家が有名」


「うん、申し訳ないけど田舎の出なもので常識も知識もちょっと足りてないので全く知らない」


「そう」



 気にする様子も無く、彼は口を開く。



「私は、マリク。敬称が必要な場じゃないから、そのまま呼んで」


「了解、マリク」



 名を呼べば、全く動かなかったマリクの目元が僅かに緩んだ。





 質問代としてジュースを奢ってもらったがマリク自身の飲み物は買う様子が無かった為、マリクの分はこちらが奢った。

 そうして適当に日陰のベンチへ腰掛けたわけだが、ゴクゴクとジュースを飲むこちらに対し、隣に座ったマリクは手に持ったジュースを珍しい物であるかのようにまじまじと見つめている。



「飲まないの?」


「……自分を贔屓してもらう為にって、お返しを貰う事は多い」


「贔屓してもらう事も無ければ理由も無いしそんなつもりも無いんだけど」


「だから、不思議」



 時々掲げたりして見ているが、後で屋台に返しに行くタイプの木のコップだ。

 そう眺めても中身は見えないと思うけれど、どんな行動をして本人が満足を得るかは個人差だろう。


 ……特にこの人、なんかさっきから喋り方がたどたどしかったりして幼女に見えるんだよなあ……。


 知っている語彙で気持ちを伝えようと頑張ってるのが伝わってくる。

 そう考えつつ、胸元に居る七十五分の一クダにもジュースを一口。



「それで、何の話だっけ?」


「あなたがまともな奴隷使いである理由」


「そりゃ周りの優しさに助けられながら、他の人を邪険に扱わないように、って育てられたからじゃない?」



 ここまでの間に、頭の中で纏めた答えをそう返す。

 流石にさっきの返答は雑だったので、自分はどうしてまとも、というかこういった性格に育ったかを考えてみた。



「例えるなら、ニンジンとかの野菜って地中に小石とかがあると変形して二本足みたくなるらしいのね。

 つまりほんの些細なものでもそのくらい変化する。周りの環境っていうのは大きいよ」


「…………ニンジンは、足があるの?」


「待ってニンジン知らないの!?」


「このくらいの大きさ……なら」



 指で大きさを示されるが、これは、



「……切って調理した後のニンジンサイズかな」


「ああいう形じゃないの……?」


「元はこういう形」



 近くに落ちてる枝を拾って地面に落書き。

 ピカソの絵を真似ろとかいう無茶ぶりは普通に無理だが、ニンジンは子供でも描けるだろう優しいデザインなので助かった。



「ここから下、ああ下っていうのはこっちの細くなってる方ね。こっから下が地面に埋まってる根菜類。食べるのは主に地中に埋まってるこの辺の部分」


「……土の香りは無かったと思うけど……」


「そりゃ洗って土落とすもん。あと人によっては皮も調理するけど、基本は皮剥いて捨てて中身だけ使うね。

 ここから上は放置する事が多いけど、ニンジンの葉は食べれないわけじゃないから、食べる人は調理して食べる」


「そうなんだ……」



 地面に描かれた原寸大サイズのニンジンを見つめながら、マリクはようやくジュースに口をつけてこくりと喉を動かした。



「私には必要無いから、材料の生態を教わったのは初めて」


「まあ確かにニンジンの生態知らなくっても死にはしないけど……ニンジンは知ってたんだよね?」


「他のお家で食べる時、料理名と材料を知ってないと、下に見られるからって。

 でも作り方を知っても、私は作る立場じゃない。だからどういう物かは、具体的には知らない」


「なるへそ」



 今時の子は魚が切り身状態で泳いでいると思っている子も居るらしいので、知らないってのはこういう事なんだなあと頷いた。



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