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お屋敷



「すっごーい!」


「ひっろーい!」



 ミレツとニキスの言う通り、庶民街の方の屋敷も相当な広さだった。

 あの後貴族街の方の屋敷にある扉からこちらの屋敷まで移動し、エルジュの言葉が真実だった事を確認した。

 そしてすぐにギルドへ言って奴隷登録をして、宿屋でチェックアウトをして食堂で待機。


 ……皆討伐やら仕事やらで出てたしね。


 食堂で待っていれば集合するので、ホンゴに言って待たせてもらった。

 ちなみに荷物類は元々皆冒険者気質という事もあり、それぞれの着替えやらはそれぞれのアイテム袋に収納されていた為、特に回収するものは無かった。

 拠点ではあれどホームではない宿屋だからか、カトリコも借家から持ってきたハルピュイア用の止まり木は出る時毎回アイテム袋に仕舞っていたのである。

 感覚的には、持てる物はホテルに置きっぱなしにはしないという感じ、なのだろう。

 そうして夜が更けた頃に全員が揃った為、こうしてエルジュの屋敷へと移動した。

 先にちらりと見ていた私やクダと違って内装初見状態であるミレツとニキスは言わずもがな興奮状態で、イーシャとカトリコも玄関の広さに驚いたように見回している。



「外から見た広さと明らかに違うという事は、空間拡張魔法か」


「ええ」



 カトリコの言葉に、エルジュがにっこり微笑んでそう返す。



「お館様がわりとその気なのはわかってたから、後は押すだけだったもの。だから先に魔法で全体の広さや清潔状態を整えたんだけど、久々に思いっきり魔法を使ったせいか寝過ぎちゃったのよね」



 頬に手を当て、ほぅ、とエルジュは目を伏せ溜め息を吐いた。



「まだまだ若い方だけれど、やっぱり三百も目前ってなると衰えが出始めちゃうのかしら。百代の時はもうちょっと魔力を使ってもすぐ回復したんだけど……」



 三十代目前だと衰えが出始めちゃうわよねって語るOLみたいだ。

 百代云々については、多分人間的に言うと十代の時ならもっと運動量多くても翌朝には元気回復してたんだけど、みたいな事だろう。



「まあ森とかの自然が豊かな場所に比べて、地脈や水脈を流れる魔力量もあまり多くないのよね、人里って。だから無理もない事……だと良いんだけど」


「とりあえずエルジュが私の為にめっちゃ張り切ってくれたのはわかった。ありがとう」


「あら、良いのよお館様ったら! だってこれは私が勝手にやった事で、私の満足感の為なんだもの!」



 でも嬉しいわ、と抱きしめられた。

 感触を確かめるようにそのまま頬をもにもに捏ねられたが、肌質に関してはエルフとそうも変わらないと思うのだけど。

 なんならエルフの方が滑らかだと思う。

 獣人とかならまあ、人間の肌に興味を持つのもわからないではないけれど。


 ……でもゴールデンレトリバーとラブラドールレトリバーの毛質は全然別物だし、柴犬含めたらまたもや別物だもんね。


 色んな犬猫を撫でてみると結構個体差もあるので、そういう感覚で触っているのかもしれない。

 触られる事はすっかり慣れたし別に嫌という感じでも無いのでされるがままだ。



「ねえ飼い主様! 俺達それぞれの部屋とか見たい!」


「同じく! これから使う部屋とかも確認したいし!」


「あー、確かにこの広さだと迷いそうだもんねえ」


「「いやそれは別に。俺達鼻と耳で大体の把握出来るし」」


「そうだった人外は五感も優れてるんだった」



 つまりうっかり迷子になった時は誰かを呼べば良いという事か。

 頼もしくてなによりだ。


 ……まあ流石に毎回毎回大声で呼ぶのは成人済みの身として恥ずかしいし、魔法でどうにか出来るかをまず試すだろうけどね!


 前に聞いたらミレツとニキスは十五歳だったので、うちのメンバーじゃカトリコ以上の最年少だ。

 ウサギ獣人は十歳で成人らしいけれど、十五歳の子を奴隷にするとか大分ヤバい字面である。



「まあ、実際あまり使わないでしょう物置き部屋とかはともかくとして、よく使うと思われる部屋は紹介した方が良いわね。

 あ、物置き部屋は別に入っても良いけれど、昔の魔道具とかが適当に詰まってるから触らないようにしてちょうだい。最悪記憶全部をまっさらにするようなのもあるし」


「待って何でそんな怖いのが適当に放置された釘みたいなノリで置かれてんの!?」


「あんまりやらかす人間、それも改善が見込めないような子だと諸々全部を白紙化した方が話が早いのよ。人間って寿命が短い分、たったの数年を無駄にするだけでその後のエンジョイ度に関わってくるから」



 厄介なアプリをインストールしちゃったけど修理とかちまちまやるのは時間掛かるから手っ取り早く初期化みたいな言い方だし、実際その方が話早いのもわかるけれど、中々にとんでもねえ話を聞いている気分だ。

 これ人間が聞いても良いヤツなんだろうか。


 ……まあ聞いちゃ駄目でも気にしなきゃ良っか!


 言いふらすような相手も居ないし、言いふらすような話題も無いのでモーマンタイ。

 それを使われるような人間にならないよう精進すれば良い話だろう、多分。





 見て回ったが思った以上に部屋があるし整っている。

 驚いたのは服だけの部屋や本だけの部屋があった事だ。



「ひえ……金持ちのコレクションルームだ……」


「部屋が余ってたから同じジャンルの物は同じ部屋に詰め込んだの。その分、魔道具なんかは効果が違うのも色々混ざっちゃって中々片付けられないんだけど」



 私も押し入れなんかが大変な事になりがちなタイプなので気持ちはわかる。

 トラウの屋敷の片付けはしたが、仕事場や他の人の家の掃除をするのと自分の家の掃除はまた別なのだ。

 まあ私の場合、ストーカーさん達が知らない内に色々仕分けた上でわかりやすく整えて仕舞ってラベルまで貼っといてくれたのでめちゃくちゃ助かったわけだが。

 思わず誰がやってくれたかわかりませんがありがとうございます、と恐らく盗聴器かカメラが仕掛けられてるんだろうなという花瓶にお礼を言ってしまった。

 元々動物の世話はともかく植物系のお世話はあまり出来ない方なので花瓶は埃が積もるだけになりがちだが、あの花瓶はストーカーさん達がお世話してるのか、枯れる前に新しい季節の花が飾られるので心に素敵な栄養をくれたものだ。


 ……我ながらカメラか盗聴器がついてるだろうなって花瓶(しかも買った覚えも貰った覚えも無くいつの間にか置いてあったヤツ)を普通に受け入れてるのはどうかと思うけど、心の癒しにはなれど害が無いからなあ……。


 こういうところが危機察知能力の欠乏部分だろうか。

 でも綺麗な花が飾られてる事に癒されたのは事実なので、うん、良しとしよう。

 今は異世界だからもうあの花瓶も飾られる花々も見れないだろうけど。



「ところでこの本部屋、こっちの棚のヤツとか文字読めないけどどの国の文字?」


「ああ、それは感情移入した上で理解すると精神崩壊が起こる呪いが掛かった本よ」


「焚書案件!」


「人外ならそこまでのめり込まないし何についてを語りたいかわかるから大丈夫なんだけど、人間が読むと精神崩壊が起こりがちなのよねえ。疑心暗鬼に飲み込まれて自殺しようとするっていうか」


「……文字が読めなくなってるのは」


「理解したら危ないタイプの子が見ても文字自体を認識出来ないよう魔法が掛けてあるの。

 大丈夫ならそのまま読めるんだけど、危ないなら読めないように、ってね。私のところに流れてくる前に、盗みに入った人間がうっかり発狂して自殺しかけたみたいだから念の為」


「その精神崩壊患者はその後……?」


「元々結構なアレコレを盗んでた罪状があった事から奴隷になったわ。記憶を白紙化しても足りない程の罪状だったのよね。

 好き勝手動かない子をひたすらお世話したいって願望の人外が買っていったはずだから、至れり尽くせりで生活出来てるんじゃないかしら」


「それご本人のメンタルは崩壊したままだよね」


「手を出しちゃいけないものって、あるわよね。その危険性がわかるから普通は手を出さないんだけど、出しちゃったらもう終わりだから」



 命があるだけ儲けものという副音声が聞こえたような。


 ……実際、人間ってままやらかすからなあ……。


 押すなと言われたボタンは押したいし、破るなと言われても障子を破りたい欲は出るし、課金を禁止されても次こそはと追い課金をしてしまったり。

 その後に良い結果があるかどうか、数年後に回想してそれは間違いじゃなかったかどうかとか、そういう色々を考える事が出来れば良いのだけれど、残念ながらそうもいかないのが人間である。

 結果精神崩壊からの奴隷落ちお人形さんコース。

 やっぱやっちゃ駄目って言われる事はやっちゃ駄目なんだな、と実感する出来事だ。





 次に案内された部屋は、広かった。



「うっわひっろ!」



 思わず開口一番そう言ってしまう程には広かった。

 宿屋の個室も広かったが、何というか、お城でルーエに色々説明受ける時に案内された個室みたいな広さがある。

 あそこ数時間も居なかったし、室内をゆっくり見るような時間も無かったが。


 ……でも、あの時ルーエが助けてくれたお陰でこの今があるんだもんなあ。


 向こうは相当忙しいだろうけれど、また会えた時はまたお礼を言おう。

 薄っぺらいお礼をしつこく言うのはどうかと思うが、更新される感謝を告げるのは薄っぺらくはあるまい。多分。



「っていうかベッドがとても大きい……」


「これなら全員で寝やすいでしょう?」



 勿論一部は体の作り上、別の寝床になるでしょうけど。

 そう言うエルジュはこちらを見てパチンとウインク。

 成る程、一緒に寝られるよう考えてくれてのこのサイズなのか。



「……ん? えっ待ってまさかこの為だけに新しく買ったとかじゃないよね!?」


「勿論、しっかり作らせたに決まってるじゃない! ほら見てここにドワーフ印!

 エルフって植物寄りだから植物を妨げる鉄系のドワーフとは多少ならともかく一定以上仲良くなれない傾向にあるんだけど、仕事はやっぱり別だものね! 折角だからこの辺の細かい装飾とかに物凄く注文つけたりしたのよ!」



 キャッキャと少女のようにベッドに施されている細工を紹介するエルジュの様子を見るに、エルジュ自身の希望もかなり通したらしい。

 本人が乗り気のようなら、ありがたく使わせてもらうのが良い、んだろうか。



「っていうか、ドワーフ印?」


「魔物はドヴェルグで、魔族はドワーフ。主様、ドヴェルグの事覚えてる?」


「イーシャが無双してたヤツだよね。確かその時に落ちてた首飾りでちょっと色々あったけど」



 結果的にメニデと出会えたから良い思い出だ。



「そう、そしてドヴェルグが作る物は人の心を奪う物が多い。それこそ細工や装飾の美しさ、性能の良さとかだね。ドワーフもそれと同じ性質なんだよ」


「つまり、めちゃくちゃ心惹かれる素晴らしい作品がオンパレードみたいな?」


「そういうこと」



 にっこり笑ってクダが頷く。



「実際、ドワーフ印って凄いもんね!」


「極稀に古物商とかに流れたドワーフ印があったりするけど、見るからに出来が違うもんね!」


「性能も原理やらが一体どうなっているのかと気になる程に優れているからな」


「あれ本当凄いよねえ。携帯式の大船とかもなかったっけ。あとアイテム袋の原型作ったのもドワーフだったような」


「ああ、風呂敷型のヤツね」



 イーシャの言葉に心当たりがあったらしく、エルジュが反応した。



「元々は大きな布状で、包むと手のひらサイズになるって物だったの。ただ、何か一つを出す度に開かないといけないし、開くと全部元通りのサイズになるのよ。

 結び直すのは全然手間じゃないんだけど、毎回カバンの中身を全部出すっていうのは手間でしょう?」


「手間だね」



 自然にカバンの中に持ち物が戻ってくれる仕様があるとしても、毎回カバンを逆さにして全部出して、とやるのは手間だと思う。

 まあ、それ以上にとんでもない量を仕舞えるという事の方が重要だろうけど。


 ……山奥で土木作業とかする人からしたらめっちゃ助かるだろうなあ……。


 いざ仕事する時は丸太を運ぶ必要があるだろうけど、材料を運ぶ際の負担が無いのは良い事だ。

 とはいえこっちの世界では乗り物が基本馬車な代わりに人間より力持ちな方々がいらっしゃるので、言う程大変でも無いのかもしれないが。



「そこでドワーフ式のアイデアを基に、エルフ他魔法を得意とする者達によって袋の内部を魔法で空間拡張して固定、ってやったの。それがまた大成功! ってね」


「あ、そっか。ホンゴが言ってたけど宿屋の空間拡張はアイテム袋の応用みたいなもので、そういうの出来るエルフとかに頼むって言ってたし」


「そう、大前提としてそれらのシステムを作った中にエルフが居るから、っていうのがあるわ。だから宿屋とか食堂とかだと私達を呼ぶ事も多いわね。全種族対応なら尚の事」


「中、広いもんねえ」



 お陰で三メートルサイズなイーシャでも余裕というのはありがたい事だ。



「ちなみに空間拡張だけど、この屋敷も空間拡張適性がある作りよ」


「え、適性とかあるの?」


「伸縮性の無い布を引っ張れば破けるけれど、伸縮性のある布なら引っ張っても破けないでしょう?」


「成る程わかりやすい」



 それは確かに適性が無いと内部からの圧で風船がパァンする感じになってしまう。

 詰め放題でキュウリを詰めるプロの方も袋を職人芸でうすーく伸ばしたりしているが、適していない袋の場合は伸びないので詰めれる容量に限りが出来る。


 ……実際ちょっと太ったりした時、デニム系のズボンやスカートは融通利かないもんねえ。


 ゴム製の服は内容量が増えても大丈夫だが、デニム系は判定がとってもシビア。

 そう考えると、適性というものは実際問題重要な部分だろう。



「だからアイテム袋の原材料として使用されるものは、糸や染料も空間拡張魔法との親和性が高い物を使用してるの。布自体にもそれらが朽ちないよう細工をしたりしてね」



 ちなみに、とエルジュは綺麗に整えられた爪でこちらの腰にあるアイテム袋を指差した。



「お館様が持ってるソレは使用されている材料が高価、かつ施されている刺繡の糸と込められた魔力と描かれている模様自体によって発動する魔法効果で時間経過が無いようになってるわ。口を閉じる糸の部分で出し入れの際のサイズ問題も無しになってるわね」


「も、模様自体が魔法……?」


「普通はそれを仕込みとして魔法を使ってそこに定着、固定させるの。ようするに型ね。でもその刺繍はそれ自体に力が籠もる。実際は全く違うものだけど、原理としてはルーン文字に近いわ。ルーン文字はわかる?」



 二次元知識しかないが、ふわっとなら知っている。



「確か文字自体に力があって、その文字を刻めればそれで成立する魔法みたいな……」


「それの模様バージョン刺繍型がソレ」


「成る程模様自体が魔法!」



 この模様を施す事で成立する魔法であり、それを刺繍によって施しているという事か。

 刺繍に魔法を掛けるのではなく、刺繍自体が魔法そのもの。

 二次元の中ではタトゥーや焼き印を施す事で特殊な技を使うキャラとかが居たが、系統としてはああいう感じなのだろう。



「この屋敷も同じで、屋敷に使用されている木材や石材などが魔法との親和性が高いものなのよ。

 だから四方八方からどんな種類の攻撃が来ても大丈夫なようにって防御魔法を重ねる事も、一室が爆発した衝撃で屋敷ごと被害に遭ったりしないよう扉や壁自体に強い守りを付与する事も、ちょっと部屋が足りないから新しい部屋を増やしたりも可能ってわけ!」


「シェルターか何かなの? この屋敷」


「本拠地は自分好みに整えれるだけ整えた方が住み心地が良いんだもの。エルフは魔法の扱いに長けている分周辺の魔力状態に左右されがちでもあるから、本拠地に通る地脈や龍脈、水脈なんかの魔力状態も潤滑にしておきたいのよね」



 溜め息を吐き、エルジュは自身の腕をさする。



「そこが詰まると肌がむくんじゃうし」



 地脈やら龍脈やらはサッパリだが、魔力に聡い者からするとリンパ的な扱いらしい。

 そりゃ確かにリンパが詰まると大変な事になるので、潤滑にしたいというのは理解出来る。

 乙女にとってリンパは美に関わる重要ポイントだ。


 ……まあ私はあんまり気にした事ないけど。


 地球ではストーカーさんが寝ている間にマッサージしてくれたし、今はクダがこまめにお世話してくれているお陰でとっても潤滑。

 気になる状態になる前に対応してもらっているとも言う。



「んでも、空間拡張に適した家がどうのこうのっていうのはそういう事だったか。だから適当な家は紹介出来ないってリャシーが言ってたんだね」


「基本的に空間拡張が施されたお店っていうのは人外客が多い全種族対応の店ばっかりだから、人間は意外と知らないって子が多いんだよ」



 イーシャが苦笑しながらそう教えてくれる。



「あと、人間じゃあかなり高位の魔法使いじゃないと空間拡張なんて出来なくてさ。だから人間が作る人間向けの家はそういうのが施せるように、って細工は無い。そもそも出来ない前提だからね」


「なーるほど」


「あと普通に生活する分には必要ないってのもあるよ!」


「従来の広さで問題無いし、広すぎても持て余す場合があるからね!」


「自分が借りていたハルピュイア用の部屋が空間拡張されていなかったようなものだな。まあアイテム袋という仕舞う先があるからこそ、広さが欲しいといった気持ちは大して無かったが」



 確かに広さが欲しい部屋が欲しい、というのは服やら何やらを仕舞うスペースが欲しいから、なパターンが多いだろう。

 次点では子供が大きくなって自分の部屋が欲しいと言う場合等。

 つまりコレクションルームが欲しいとか、本は本棚に並べたい派、とかでもなければアイテム袋でスペースは賄えるわけだ。

 この屋敷は余っている部屋の有効利用としてか、専用の部屋があるけれど。


 ……うん、空間拡張可能な人の強みだよね。


 人じゃなくてエルフだけど。



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