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エルフの思考回路ナチュラルにこわーい……



 ドラゴニュートの討伐から数日が経過したが、至って平和なものだ。

 ミレツとニキスが野生気質なのか、寝ている時に目を開けて寝てるのをうっかり夜中に起きた時に見てビビったりはしたが、特筆すべきイベントはそのくらいな辺りで平和度はお察しである。



「いやーありがとう首領(ドン)! すっごく助かっちゃった!」



 貴族街のとある屋敷。

 そう言って紅茶を出してくれたのは、家主であるトラウ。



「本当、これは依頼出したくなるなって感じの散らかりようだったからね……」


「適当に放り込むだけってのはやっぱ駄目よねー」



 トラウは大きな椅子に飛び乗って小柄な体をすっぽり嵌め込むように座る。

 そう、今日はトラウからの依頼で彼女の屋敷の掃除をしたのだ。

 とはいっても宝物庫の掃除だけなので、そこまで広い範囲というわけでは無いのだが。



「一室だけでもかなり広いってのは置いとくにしても、大前提として人間相手に宝物庫の整理とか頼む? 普通」


「普通は頼まないわよ、勿論。攫いたいって思うくらい可愛い子なら多少盗っても可愛い悪戯程度でチップ扱いにしてあげるけど、気に入らない人間って判断しちゃったらそこでアウトだもの。妖精は好き嫌い激しいって知らない?」


「時々聞くけど、具体的にはどのくらいのレベルで?」


「気に入った子は自分の物にしたいし、気に食わない子はちょっとからかってから惨たらしく殺したりするわ。まあ、気に入り過ぎた相手をうっかり死なせちゃうタイプの妖精も居るんだけどね」


「穏やかなティータイムに出て来る話題じゃない!」


「長命であり、寿命とはちょっと違う次元で生きていながらも刹那的な思考をしてる妖精相手にまともさとか求める方がおかしいのよ。妖精はキュートにポップでありながら刹那的で短絡的。そういう生き物なんだもの」



 どういうこっちゃ。



「……なんか、それだけ聞くと人外から見た人間の印象のような」


「わりと似てるわ。だって妖精はそれこそ色んなタイプが居るけれど、基本的には子供のような精神性だから。

 まあいつまでも子供な考え方って自覚がある分、人間よりはマシだけれどね。自分がやりたい事、イコール正しい事って考え方もしてないし」



 楽しい事をやりたいのであって、正しい事だなんて思わないわ。

 そう言ってトラウは蜂蜜をたっぷりと乗せた輪切りのバゲットを大きな口で頬張る。



「人間は自分のやりたい事を正当化して、正しい事だからやっても良い、って事にしちゃうのよ。しかも年を取れば大人だなんて考え方だし。

 数百年経過しても子供のメンタルな妖精だって居るのに、たかだか百年程度の寿命すら無い人間のどこが大人なんだか。そこに自覚が無いのが人間の駄目なところね」



 そんなところも可愛いから、つい甘やかしちゃうんだけど。



「うん、前から思ってるけど人外のそういう甘々対応が人類を駄目にしてると思う」


「駄目にならない子は駄目にならないから大丈夫! 首領(ドン)だってそういうタイプでしょ?」



 クスクスと微笑まれたが、駄目にならないタイプかはちょっと自分では断言出来ない。

 そういうのは自分が一番わからないものだし。



「駄目になるのは、駄目になる子。駄目になる子はどんな生き方をしても駄目だったりするのよね。

 勿論私達が色々と導ければ良いんだけど、あんまり手取り足取り教えすぎちゃっても、ね。そこは自分で気付いて、自分で歩いて、自分でそこまで到達しなくっちゃ」


「まあ……それはそうだろうけどさあ」


「ちなみに駄目になる子っていうのは、その場の欲に目が眩んでそれ以外が考えられなくなるタイプの子の事。

 例えば、私が頼んだ宝物庫の整理整頓作業の時、埃が積もってるこの辺りの物なら盗んでも良いんじゃないかって考えて実行しちゃう手癖の悪い子なんかは駄目になる子。っていうか、これはもう駄目な子ね」


「そりゃ実行してるしね」


「駄目にならない子っていうのは、欲に目が眩まない子。首領(ドン)がそうであるように」



 明らかに高級品とわかる物が山のように、しかし乱雑に置かれていて、その財力にドン引きして腰が引けてただけなのだが。

 っていうか盗んだところでどうしようも無いし、というのもある。



「そういう冷静さ、一歩引いて見る事が出来る客観性。それらが大事なの。盗んだところで売る伝手が無かったりするのに、目先の欲に目が眩むとやっちゃうのよねー」


「待って今私心の声漏れてた? それとも心読んだ?」


「顔に出てた、が答えかしら」


「ううむ……」



 ミレツやニキス程とまではいかずとも、ポーカーフェイスを身に付けるべきだろうか。

 それともイーシャのように仮面を被るべきか。


 ……どっちも向いて無さそうだなあ私……。


 仮面は多分似合わないし、ポーカーフェイスに向いてない自覚はある。

 別に腹芸出来るような知能も無いし、読まれたところで会話がスムーズに進むっていう利点くらいしか無いから良いとしよう。

 少なくとも思春期ボーイのような知られちゃ困る劣情的なのも無いのだし。





 仕事も終わったからとトラウの屋敷から出て庶民街に向かう門、というか壁へと向かうが、これ大丈夫なんだろうか。


 ……なにせ、トラウによって連れてこられたわけだし……。


 指名どころか攫うような勢いで連れてこられたので、これちゃんと正規の手続きになってるんだろうか。

 お前不法に貴族街入ってきたなとか言われないかな。


 ……まあトラウに抱えられてるのを門番の人も見てるからわかると思うけど、ううん……。


 まあ多分入るのはともかくとして出るのは大丈夫だろう、と思う。

 前に聞いた話では貴族街の方へ入るには結構な高額の入場料が必要だが、貴族街から庶民街へ行く分には問題無かったはずだし。



「あら、首領(ドン)じゃない」


「あっ、エルジュ!」



 声を掛けられて振り向けば、ハァイ、とエルジュが目を細めて手を振ってくれた。



「わー、久しぶり……って程でも無いけど、久しぶりエルジュ!」


「ええ、久しぶり。でもそんなに経ってたかしら?」



 頬に手を当ててきょとりと首を傾げるエルジュに苦笑を返す。



「前に話してから十日は経ってるよー」


「あらあら、そうだったのね。久々にぐっすり寝ようと思って寝たら五日くらい経過してたみたいで。

 本当は首領(ドン)のところに顔を出して私付きの屋敷を貰う事についてその気にさせようと思ってたんだけど、時間の流れが合わない程の寿命差があると駄目よねえ」



 せめて週一くらいで顔を出してサブリミナル的にその気にさせようと思ってたんだけど、とエルジュは溜め息を吐いた。

 週一でサブリミナル効果が出るかはわからないが、雑誌とかで毎回同じようなページがあると気になったりはするので、ああいうタイプのサブリミナルだろうか。



「あんまり時間が開くと人間の記憶も薄れちゃうわけだし、いっそ魔法で軽く精神を操作してその気にさせた方が良いのかしら」


「待って今物凄く不穏なワードが!」


「ふふ、大丈夫よ。痕跡を残さなければ良いだけだし、人間の魔法使いにだってわからない程のちょーっぴりな細工しかしないから。

 それに人格全部を変更するんじゃなくって、買おうかどうしようか悩んでる部分を買うに確定させる程度の、背中を押すくらいの操作」



 で、とエルジュは微笑む。



「一応聞くけれど、やっちゃって良いかしら?」


「まずはこの十日で結論出したかどうかを先に聞いて欲しいな!?」


「あら、もう結論が出てるの?」



 早いのねえ、と感心したように言われたが、エルジュがたった今やろうとしてた事の方が諸々早いヤツだと思う。

 思案をすっ飛ばしたスキップボタンじゃないかそんなの。



「じゃあ、話を聞く為にもうちへいらっしゃいな。貴族街にもあるのよ、私の屋敷。何かを、それこそ精神操作とかをやる事になった場合も人目が無い方が誤魔化しやすいものね」


「そんな不穏過ぎる事言われたら普通行かなくなると思う」


「うふふ」



 胡乱な目でそう言えば、にこにこ笑顔を返された。



「っていうかエルフ大体そんな思考回路してるの?」


「まさか。ただエルフは長命である事、人間が拒絶を起こしにくいレベルで人間に似た見た目である事、魔法の扱いに長けている事、書類整理や外回りも可能としている事等から重要職に選ばれやすい種族なの」



 エルジュは何故か少し照れたように微笑む。



「だからまあ、ボスに据えてる人間がやらかしそうになった時用のアレコレについてはちょっとね」



 つまり人間の意識を操作するのに抵抗が無いという事じゃないだろうか、ソレ。

 まあ極端な事を言えばわがまま言う人間をまともにするのもエルフ側のエゴとも言えるし、エルフ側の理想という名のエゴを押し通そうとしているのだから多少思考の誘導するくらいはセーフ、となっているのかもしれない。

 いや普通に怖いなその思考回路。





 エルジュの屋敷だと言うお屋敷は、何だかとってもお屋敷だった。

 トラウの家もかなりの屋敷だったので、貴族街は根本的に色々が違うんだなあと実感する。


 ……お店とかもちょっと見ただけでお値段の桁が違ってたし、一生分が一時間で使い切れそうなもんだから気軽な買い物ってわけにもいかないしねー……。


 バブル期の東京かよ。当時生まれてないので何も知らないけど。



「お茶は要る?」


「お気遣いなくー。さっきまで依頼人のとこに居て、そこでお茶と食べ物ご馳走になったし」


「わかったわ」



 促されるまま一人用ソファに腰掛ける。

 トラウの屋敷の椅子もふっかふかだったが、こっちも負けじとふっかふかだ。

 お金が掛かってる感触がする。



「それで、私付きの屋敷を貰うって話は結論が出たのかしら?」


「貰いたい、って結論が出たよ」



 大分早めにその結論に至ったが、エルジュと会う機会が無くて言えなかっただけで。

 まあ待ち合わせとかも何も無しに会えるのを期待するなら、十日で会えた事自体大分早めだと思うが。



「ただ、エルジュはその場合私の奴隷に」


「なるつもりで言ってるわよ?」


「やっぱりかー」



 さらっと肯定された。

 脱力してソファの肘置きにもたれかかり、溜め息を吐いて頬杖をつく。



「……エルジュとしてはそれで良いの?」


「勿論。ちょっと数十年の間人間の奴隷として、それもまともな人間に仕えて侍って暮らすだなんてとっても楽しそうじゃない? 人間の奴隷使いでまともな子なんて滅多に見つからないらしいし!」


「人間にわかるよう説明お願い」


「ペットとしては中々出ない種類の子がお手軽なお値段で売り出されてて、十数年の寿命だけど一緒に居られたらとってもハッピーだし一緒に居られるならお世話も何も苦なんて無いどころかやりたーい! って感じかしら」


「うっわわかりやすっ……」



 確かにお世話にはなってるし、寿命が人間よりずっと長い人外達なのだ。

 感覚的には人間がペットを飼うのと変わらないのだろう。


 ……犬猫だって一生一緒とはいかないもんねー。


 そして長命種族からすれば、数十年くらいは大した時間ではない、と。

 人間基準からすると十年から三十年くらい生きる動物を飼うか飼わないか、くらいなんだと思う。


 ……しかもレアな種類ってなるとなあー!


 オスの三毛猫なんかはとんでもない値段が付くレベルでレアとされている。

 多分、まともな奴隷使いというのはそういう扱いなんだろう。

 前に会ったシュライエンの話や、今までに聞いた罪人奴隷の話なんかからするとまともな奴隷使いは他にもいるっぽいが、どうも人外の奴隷使いらしいし。


 ……人間の奴隷使い(まとも)ってなると、相当レアなのかな?


 反応的にはそうなんだろう。



「つまりエルジュ的にはそうも重く考える事じゃない、と」


「そうなるわ。実際人間がペットを飼う時ってお家が一緒になるわけでしょう? なら私が持ってる屋敷を提供するくらい、大した問題でも無いのよ」


「普通は提供するの飼い主側な気がするなあ」


「まあそこはちょっとした差異よね」



 人外の差異判定結構ガバガバでは。



「私としてはすっごくありがたいし助かるのもわかるんだけど、エルジュは本当に良いの?」


「人間はまともな上司ってわかってる仕事場に入る事についてそんなに心配するかしら?」


「わかりやすいけどさあ~!」



 仕事場にしてはめっちゃ距離近いしアットホーム過ぎると思うが、人外からするとその程度なんだろう。

 ならばこっちもぐちぐち躊躇う事は無い、か。



「……うん、じゃあ、エルジュ」


「ええ」


「良かったら契約してください」


「もっちろんよ!」


「むぎゃうっ」



 エルジュはテーブルを隔てた向こうのソファに座っていたはずが、一瞬で目の前へ移動してその豊満な胸にこちらの頭をホールドした。

 まさかハグの為だけにテレポート魔法使ったのかこの人。人じゃないけど。



「じゃあ、今からこの屋敷もあなたの物ね!」


「えっ庶民街の方の家じゃないの!?」


「そっちもだし、こっちもよ? だって私の所有物だもの。両方あなたの物になるのは当然じゃない?」


「当然かなあ!?」


「それに今は廃れた技術だし壁の意味が無くなるからって事で秘密扱いになってるけど、持ち家同士を繋げる魔法が施された扉があるの。

 だから、ここから一瞬で庶民街にあるお家の中、っていうのも出来るのよ。実質一軒みたいなものと思ってくれれば良いわ」


「実質一軒の内容やっば……」



 二世帯住宅とかそういう次元じゃ無い。



「うふふ」



 胸から解放してくれたエルジュが、乱れたこちらの前髪を指先で軽く整えながらゆるりと微笑む。



「これからよろしく頼むわね? お館様」


「うん」



 私は、こちらこそ、と返して笑った。



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