気を引き締めないとなあ
カブリの家にある食べ物を少々頂戴しつつ、痙攣してどんどんヤバそうな症状が発生していくドラゴニュートを外に設置されているキャンプ地にありそうなテーブルで眺めながら三十分程。
これはどこそこのクッキーで、などと話していれば、ドラゴニュートは完全に息の根が止まっていた。
「ええと、それじゃあドラゴニュートは」
「普通はアイテム袋の容量から考えてパーツごとにバラバラに切り分けそれぞれの袋に入れて運ぶ、あるいは報告の際にギルド職員へと場所を知らせ、確認と引き取りを頼むかだな」
小皿から直に木の実を一粒ずつ咥えては味わっていたカトリコがそう言った。
成る程、確かに普通はアイテム袋の容量に限界があるか。
……モンスターをハントするゲームでもあるもんね、そういうの。
一体からゲット出来る素材の量によっては一部を手放す事になったりもしたものだ。
「って事は、分解? 分解っていうか切り分けなんだろうけど」
「いや、普通に首領のアイテム袋に丸ごと入れれば良いと思うが」
死体だから食べる必要が無い、と言って何も食べていないトーテが言う。
「お前が持っているアイテム袋はかなり上等な物。この程度ならそのまま丸っと入るだろう」
「そうだね~。それに切り分けられてない丸々一体ってのは報酬に色が付くと思うなあ、俺ちゃんは」
「……私がドラゴニュートを買い取ってもらったお金を独り占めするとか思わないの?」
「え」
家の中からカロリー高めなツマミ類を大皿に乗せて持ってきたカブリがパチクリと目を瞬かせる。
「最初っからそのつもりだが?」
「…………んん!?」
「だって俺別に金に困ってないから正直要らん」
熱々の唐揚げを頬張り、カブリは言った。
「指名された依頼をこなしただけで生活には問題無い額が支払われる上、食べ物があればそこまで困らないからなあ」
「俺ちゃんオシャレさんだから洋服はチェックしてるけど、体質上の問題で布多めの服じゃないとダメって事で結局買わない事も多いんだよねん。
しかも人寄りマイコニドだから一応食事も取れるけど別に必須じゃないし、食べるのが好きって程じゃないし水あれば良いし、って事で出費が本当に少なくって」
お金多いのは逆に嵩張るから俺ちゃん嫌かな、とタエカは笑う。
「私もそこの二人に同じくだ。そもそも死体なので生命活動に必須な物が無いし、病原菌が入ろうが死体なので症状などが発症する事も無い。
勿論私が無事でもそれを放置することで生き物に感染する恐れもあるから、他の生き物にそれらが伝染しない魔法が付与された服を着ているが、この服には自浄効果も修復効果もあるから買い直す必要も無く…………端的に言って金を必要としてない」
「いや、トーテはゴミ捨て場に寝てたわけだし、お金は要るんじゃ……?」
「触覚は何となくわかるが、痛覚は死んでいるのでな。ふかふかのベッドだろうがゴツゴツしたゴミ捨て場だろうが変わらん。
あと時々うっかり繋ぎ目の部分から脳漿が零れたり内臓が出たり目玉が落ちたりするので、それらの汚れを考えるとゴミ捨て場に居る方が気楽なんだ。魔法で綺麗に出来るとはいえ、生き物が利用する部屋を自分の死体で汚すのはどうもな」
「自分の死体で汚すというワードの強さよ……」
今から死ぬんじゃないかという状況にあるキャラが言うセリフじゃないのかソレ。
言ってるのは既に死んでる系男性だけど。
「まあ首領ってば今日すっごく頑張ったんだし、そのくらい貰っておきなって! しばらく遊んで暮らせるくらいの額にはなると思うよん」
「より一層受け取りにくいよ! っていうか頑張るも何も私は何もしてないんだよタエカ!」
タエカ達に声を掛けてここまで歩いてきたくらいだ。
途中イーシャの背に乗せてもらったりもせずに歩いた事は今までの自分を顧みれば結構頑張ってる気がするが、ドラゴニュート倒した三名と比べたら月とすっぽんも良いところ。
ただ居るだけでここまでの漁夫の利を得るっておかしくないか。
「逃げなかったでしょ、首領は」
手袋に覆われた手でこちらの頬をつつき、タエカは言う。
「ドラゴニュートを見ても逃げなかった。まあ乗せてたケンタウロスが逃げなかったってのもあるかもだけど、俺ちゃん達を信頼してくれたのか全然動揺もしなかったでしょ?」
「そりゃまあ大丈夫感満載だったもん。人外が強いの知ってるし、その中でも強いっぽいし、あれだけ皆が落ち着き払ってれば大丈夫なんだって思うよ」
「うん、そこ。そこでちゃんと俺ちゃん達を信頼してくれたっていうのが大きい」
「私達相手にきちんと話しかけ、説明し、共にここまで来たという点も評価されるべきだろう」
ドラゴニュートの突進を受け止めたカブリ、を受け止めた際の衝撃によるものか、足の継ぎ接ぎ部分の縫合に負荷が掛かっていたらしく自前の裁縫道具で雑に縫い合わせ終わったトーテが裁縫道具を仕舞いながらそう言った。
「普通ならばまず、私達に話しかける事を躊躇う」
「……まあ、派手な服来たカエンタケのマイコニドに、ゴミ捨て場で寝てる死体なリビングデッドに、人里離れて暮らしてるゴキの虫人相手なら誰でも躊躇うと思うよ」
「しかし首領はそうではなかった」
殆ど情報を渡されていなかったからというのもある気がするが、言わないでおくべきだろうか。
「言っておくが、話しかけて説明するだけなら責任感の強い者であれば可能だと私も思う。
だがここで重要なのは、首領が逃げなかった事だ。逃げる素振りもみせず、説明を私達に任せる事もしなかった。それが私達は喜ばしい」
元が人間である故に人間からの人外への偏見を知っている身としては、尚更。
トーテは静かにそう告げる。
「そのドラゴニュートは私達の喜び分の代金と思って受け取っておけ」
「いや高過ぎるよねお支払いが。あと逃げなかったのは多分単純に私の危機察知能力が死んでるからだと思う」
「大金が手に入るなら人間の場合、一も二も無く言質を取ったとばかりに受け取るもんだと思うが……そこで受け取るのを嫌がる辺りが普通じゃないよなあ」
普通じゃない、まともさだ。
カブリはそう言ってケラケラ笑った。
「まあ俺達が金を必要としていないのは事実で、首領は生きる為に金が必要だろう? しかも養うやつらも多い。
勿論奴隷側が働いて自分達の食い扶持と主の生活費を稼ぐのが当然だが、自由に出来る金が確保出来るってのは良いものだ。金が無いと叫ぶ人間程、心が荒んでいる者は無いからな」
「金があっても心が荒みまくってるようなのは元の主とかでクダ沢山見た事あるけど、アレも元は貧乏だったりしたからかな?」
「「それちょっと違くない?」」
「この間に俺が聞いた限りのクダの話からすると、クダを使って奪い取った物で得た資産だろうからなあ……奪われた他者からの呪いに加えて自分が放った管狐という呪いを内包すれば、そりゃあ心も荒むだろうさ」
……確かに漫画とかでも呪ってたり呪われてたりするとメンタルがちょっと大変そうな感じのイメージだ。
メンタルが大変そうというか、メンタルゲージが音を立てて削れているのが見えるようなやつれ方をしているイメージ。
実際私がクダと一緒に居て平気なのも、クダを呪いとしては使っていないからなのだろう。
……呪いとして使うと存在が呪いに寄っちゃって、主にその負荷が掛かって、主側が耐えられなくなったら破滅……だっけ。
そうならないようクダは沢山ご飯を食べている。
主からの精気を必要以上に奪わない為だと言っていたが、お陰でくたびれた感は無いのでどうにかなっているんだと思う。
正直言ってクダのお世話になっているのはアレだが、お世話は式神としての使用であり呪いとしての使用じゃないから良いらしい。
寧ろ式神としてのレベルが上がって呪いを抑え込みやすくなる、とか言っていた。
……その結果ダメ人間が発生しそうだから、やっぱ私が程ほどの頼り方にセーブしないとダメっていうねー。
甘やかされたら甘やかされただけずぶずぶになるのが人間なので、我ながら気を付けなくてはならない。
ちなみに魔物の討伐は呪いじゃないのかというのを聞いたが、魔物は人間を害する存在なので、それの討伐は人助け判定となり、呪いよりも式神としての働き扱いになるんだとか。
わかりやすく説明してもらっておいて申し訳ない事に意味をいまいち理解しきれてないけれど、それが管狐の生態なのだろう。多分。
・
結局ドラゴニュートを引き受ける事となり、アイテム袋へ入れて一足先にギルドへと来た。
カブリは人気が少ない時間帯に行くと言っていたので別行動だが、タエカとトーテは帰り道が一緒なので一緒に帰ってきた。
とはいえ切羽詰まってるわけじゃないし、という事で彼らとギルドへ直行とはならず、それぞれマイペースにどこかへ行ったが。
……まあ良いか。
そう思いつつ、ギルド内に居るリャシーへと声を掛ける。
「リャシー、ただいまー」
「あら、お帰りなさいませ首領……って、随分とお早いお帰りですね?」
口元に手を当てて首を傾げるリャシーに、それがさあ、と返す。
「何か思ったよりドラゴニュートが近くに来てて、ゴキへの生理的拒絶感は別に克服必須じゃないみたいな話してたらすぐそこに居て、あっという間に討伐終わってた」
「そこは、確かに指名された方々を考えれば……そして迅速に処理しなくては首領が危ないというのも含めれば早くに終わるのもわかりますけれど」
目と鼻の先と言って良い程近付いて、リャシーはこちらの顔をまじまじと見た。
「首領、カブリを前にして大丈夫だったのですか?」
「やっぱリャシーもカブリの事は存じてたわけね」
「ええ。指名する冒険者を選んだのは職員達ですもの。彼は種族的にとても硬い上に毒への耐性もあるから、万が一ドラゴニュートが毒持ち個体だったとしても大丈夫なように、と」
「待ってそれ私は? 毒持ち個体の攻撃範囲に入る可能性の高い私は? っていうか毒って事は普通にうちの子達も危なくないソレ?」
「服や装飾品に状態異常の無効化魔法が付与されているのはわかってますわ」
そうなの? とクダを見ればにっこにこ笑顔で頷かれた。
「まあクダの場合は呪いの側面もあるから毒とか効かないんだけどねー」
「同じく。自分に至っては無毒化してあるだけで吐息すらも毒だからな」
流石強いなうちのメンバー。
「あ、ケンタウロスは物理強くても毒への耐性は無いからご主人様の心配はビンゴだよ。ケンタウロスの死因、毒死が多いし」
「俺達も毒への耐性は無いから装飾品とかでどうにかしてる派ー」
「魔族と違って獣人だから尚の事抵抗力あんまり無いんだよねー」
「うん、なんか逆に安心だわ」
隙が無いと頼もしいが、隙があったらあったで安心するのは何故だろうか。
まあ良いや。
「さておきリャシー、依頼達成したからその報告しても良い? あとアイテム袋の容量のアレコレでドラゴニュート丸っと一体があるんだけど」
「一体!?」
「うん」
「……成る程、理解しました。その一体分の代金は丸っと分のボーナスも全部首領に渡せば良いのですね」
「いや良く無いよ!? タエカ達にも分配して!?」
「いえ、ここで同行せず全部を首領に任せている辺り、そういった意図と判断しましたわ」
「リャシーわかってるぅー」
クダがケラケラ笑った。
ぐぬう人間の浅はかなアレコレは全て丸っとお見通しとでも言うのか。ちくせう。
「それでは首領、こちらへ。まずは依頼達成の手続きをしてから、移動してドラゴニュートの確認を致しましょう。あ、一応確認なのですけれど、大きさはどの程度でしたか?」
「四メートルくらい。あとタエカが分裂した方食べさせて仕留めてたからカエンタケマイコニドの毒が回ってると思うんだけど」
「解毒も無毒化も魔法や魔法薬で出来るから問題ありません」
うふふ、とリャシーは微笑む。
「まあ死体だからという話で、死なないように解毒するとなるとタイムアタックですけれどね。
生きていると迅速に解毒しなければ後遺症などが残りますもの。死体であれば材料となる部分が問題無ければそれで良いのですが」
「わあい赤裸々ー……」
「実際、死体の解毒が一番簡単なのですよ」
まあ確かに、死体にはそれ以上の進行も何も無いのはわかるけど。




