私は何しでかすかわからん子供か
次にエルジュに会ったらもう少し話し合ってみようと思ってから三日、未だエルジュに会えていない。
元々エルジュの住まいを知らないし、偶然出会う事が殆どだったので致し方なし。
……仕事先がどこか、どころか仕事してるかも知らないしねー。
クダ曰く、エルフはもう伝わらない古い手法でちょいちょいっと色々を精製出来るから片手間に大金を稼げる個体が多いんだとか。
だから働いているのはエルフらしいのんびりライフよりもせっかちライフが性に合ってるタイプか、他の生き物の気配がするのが好きとか、とにかくそういう稀有なタイプらしい。
もしくは長命種族が必要な重要職。
「まあ三日くらいなら寝過ごしてるだけって可能性もあるけどね。エルフの時間間隔を人間基準にすると、三日っていうのは三時間とか六時間とか……そのくらいだから」
「うーんお昼寝で思ったより寝過ぎたって感じか本気寝でちょっと早いお目覚めかってレベルなのかー」
クダ曰くそういう感じらしい。
流石は長命種族、睡眠時間が想定以上に長かった。
まあ流石に人里でそれをやると約束を破ってしまう場合もある為、大体はちょっと寝て起きて、という草食動物的スタイルで睡眠時間を稼いでいるらしい。
人間基準で考えると数十分寝て起きて、を繰り返す状態なのでほぼブラック企業の社員さん。
……幸いなのはエルフが物凄い勢いで魔法に長けてる事かな……。
睡眠時間は短くとも深い眠りにつく魔法を使えばそれで充分、という事に出来るらしい。
しかし特に約束も無ければしばらく予定も無い、という時のエルフは数日間爆睡する事もあるんだとか。
「実際、だらだらしながら凄い寝ちゃった~、とか言って起きて来たエルフ、丸一年寝てたって時もあるからね」
「十二時間くらい寝た人が言うヤツ!」
エルフにとっては十二か月寝るのが十二時間睡眠みたいなものなのか。
そんだけあれば生まれたての赤ん坊が相当に育つだろうに。
……でもエルフは百五十歳で成人って言ってたし、成長スピード遅いのかな?
うーん普通にあり得る。
・
そんな感じで三日目、エルジュには運が良ければ会えるでしょうのテンションで依頼が貼られた掲示板を確認する。
宿屋にも掲示板はあるが、やはりギルドの掲示板の方が多種多様な依頼を取り揃えているのだ。
まあ使える範囲とか色々あるだろうし、妥当か。
「自分達で出来そうな依頼は幾つもあるが、お前様はどうしたい? いつも通りに留守番か町での手伝いを選ぶか?」
「んー、そろそろ私も外歩くかなって気分なんだけど……」
「そぉーんなお嬢さんにこの俺からのナイスな申し出があるんだけど!」
「っ!?」
「どーどー飼い主様だいじょーぶだいじょーぶ」
「さっきから普通にこっちを興味津々の顔で見てたけど気付いてなかったのー?」
突然声を掛けてきたお兄さんにビビって飛び退きミレツかニキスのどちらかの腰に抱き着いてしまった。
よしよしと頭を撫でてくれた方の話し方、そしてこちらを覗き込む方のコメントからすると、私が抱き着いたのはミレツの方だったらしい。
「あー、ごめんごめん、わりとわかりやすく近づいたつもりだったからそこまで驚かれるとは思わなかったや。本当ごめんね?」
「あ、いえ、私の気配察知能力が死滅してるだけなので……」
パチリと片目を閉じて言うお兄さんに、ミレツに抱き着いたままそう返す。
……お兄さん、っていうか……多分マイコニドだよね?
ハトリのような完全にキノコ! な見た目ではなく、人間らしさがある見た目だ。
笠が変わった帽子のようなのでキノコの種類はサッパリだけれど、笠部分から髪が生えていて、その下には普通に顔がある。
体もハトリと違って骨格がありそうな感じだし、足は長靴のように見えるだけでハトリと同じような足だったが、手なんかは人間とほぼ同じ。
……人間寄りのマイコニドって感じなのかな。
町中で見かけるマイコニドの特徴からすると、多分そう。
人間寄りの獣人や獣寄りの獣人が居るように、マイコニドにもそういった特徴が見られたはずだ。
「それで、申し出って?」
「うん、首領のその人外タラシな部分を見込んでお願いしたくってさー」
「いや首領呼びはもう諦めるにしても人外タラシって何ですか」
「まともな奴隷使いならそれだけで人外タラシでしょ。俺の場合弟からも話聞いてたしね」
「弟?」
首を傾げると、マイコニドはにっこりと爽やかな笑みを浮かべる。
「ハトリに兄が居るって話、知らない?」
「そういや最初の時何か言ってた! まさかタケリタケのお兄さん!?」
「いえーすアイアムタケリタケ! 名前はケタリだからケタリ兄さんって呼んでね☆」
「オッケーケタリ」
「ああん」
つれないなぁ、とケタリは楽しそうに笑った。
「ま良いや。それで今ちょぉっと困っててさ、人外ウケの良い首領なら上手い事いけると思うんだよね!」
「具体的な事が何も伝わらない」
「あー、そっかごめん。マイコニドとか、あと植物系とかだと言語じゃないところで察知する事が多いから言葉がちょっと足りてないんだ」
俺の場合あんまり人間と話さないしねー、とケタリはへらへらした笑みを浮かべる。
「まず俺はギルドの職員なの。とはいえ受け付けとか裏方ってわけじゃなくて、手が足りない時や手間が掛かりそうな雑務がある時にだけ呼ばれるヘルプ職員って感じ。要するに非常勤」
「手間の掛かる雑務」
「そ。俺が首領に話しかけたのもそういう事。今わりと近くにドラゴニュートが来ててさ、それの討伐をしたいのよ」
ケタリの言葉に、こっそりと近くに居るニキスへ問いかける。
一番近いのはミレツだが、多分ニキスの方が詳しいはずだ。
「……ドラゴニュートって?」
「竜人の魔物版だね。知性が無くて破壊衝動が強めな竜人って思えば良いよ」
「良いとは到底思えない情報だけど了解。ありがとニキス」
ドラーゴの知性が無いバージョンって普通にヤバいヤツじゃなかろうか。
「あのさケタリ、確かにクダ達は強いけど何かヤバそうな魔物と戦わせる気はあんまり無いよ? 本人達がやりたいって言うならともかく」
「あー違う違うそういう意味じゃない。首領の奴隷達を戦力として数えたいってわけじゃなくて、ダイヤモンドランクの人外冒険者達に指名出して依頼したいって話ね」
ただ、とケタリは溜め息を零す。
「人外冒険者って冒険者である事にプライドがあるわけじゃないし、生活に困ってもいないからさー。依頼出してもわりとスルーしてくる事が多くってねー? 俺も困っちゃうわけよー」
ケタリは大げさなジェスチャーで困ったのポーズを取る。
「流石に人里に近いってなれば受けてくれるんだけど、もう一つの困った点はチームワークが無い事。ダイヤモンドランクともなると単独で大体出来ちゃうもんだから、複数でのお仕事が不得意なんだよね」
「……それ、私居ても邪魔になるヤツじゃない?」
「いや、守るべき対象筆頭であるか弱く愚かで何しでかすか不明な人間が居てくれるってだけで動きが物凄い変わる。最高なのは首領がそれらに自覚あるから下手な動きをしないって事。本当これ最重要事項だからね」
「わあい喜びにくーい」
……でも実際、あるよね……。
場をどうにかしようとして動いて現状悪化、とかあるあるだ。
そして人間はそういう事をして自縄自縛というか、いまいち良い結果にならないタイプ。
だからこそ人外達はそんな予測不能な人間が作戦に組み込まれた場合、可能な限りの意思疎通をしてお互いを知って出来るだけ素早く無傷で何事もないように敵を仕留めようとするのだろう。
……殆ど子供扱いだなあ。
危険な現場に元気印な子供が来ちゃった時の対応そのまま。
目を離したら何をしでかすかわからないからこそ迅速に、というアレ。
確かに子供の相手をするならばチームワークが必須だろう。
……お酒飲める年齢だけどね! 私!
まあ保護される側である自覚はあるから良いや。仕方ない。
「そこの奴隷達が居れば首領の安全は保障されるし、それでも万が一が無いよう彼らは頑張ってくれるはず。俺としても迅速に事が終わってくれると助かるしさ」
「まあ話聞いてた感じ、長引いたりすると人里ってかこの町にも影響ある可能性が、っていうのはわかるんだけど……」
何せドラーゴのサイズがサイズだったのだ。
あのサイズが大暴れとかヤバい。
……多分、太勇が居てもヤバいんだろうなあ……。
チートがあるらしい勇者の太勇が居れば一撃だろうが、しかしココノツから聞いた話などからすると魔物は勇者を見るとバーサク状態になる様子。
つまりなりふり構わず暴れる魔物によって周辺がピンチという危険性が存在する。
幸いというかなんというか、今は太勇も居ないようだし、その隙に有力者達を頼るというのは間違いじゃないんだろう。
……魔法はイメージが大事っていうのと、太勇が私と同じ現代人って前提で考えるなら、多分まだ行った事の無い場所には転移出来ないだろうし。
ドラゴンのクエストなアレとかでお馴染みの帰還魔法は、行った事のある場所じゃないといけない。
未開拓の場所への移動は不可というヤツだ。
つまり新しい場所に行く場合、太勇は恐らく自分の足で行く必要がある。
行きはよいよい帰りは怖い、ではなくて行きは歩きで帰りは一瞬、という感じ。
「……うん、まあ、私はクダ達がオッケーなら良いんだけ」
「嘘の感じ無いし主様が良いならクダ達もオッケーだよ」
「ど……」
言い切る前にオッケー出たわ。
「で、これはちゃんと依頼なんだよね?」
「そりゃもうバッチリ依頼だよん」
「……なら良いや。それで依頼内容、具体的には?」
「指名した冒険者のとこに行って同行してもらうこと。そして冒険者達と共にドラゴニュートを討伐すること。討伐に関しては指名冒険者達がやってくれるから、首領はそこの奴隷達に守られてて」
「マジで居るだけだなあ私……」
中間管理職のようなそうでもないような。
「ちなみに、指名の冒険者っていうのは?」
「一人は俺の親友で今日も噴水近くに居ると思う。一人は路地裏の方のあんまり治安が良くないトコのごみ箱近くで寝てるんじゃないかな。
最後の一人は町の外に住んでるけどドラゴニュートが出た方角と一致してるし、必要な品が不足するとかが無ければ人里には来ないから多分家に居る」
「一人目はともかくとして二人目はホームレスか何か? そんでもって最後の人はもしかしなくとも人嫌いなんでは? 私顔合わせ拒否られない?」
「だーいじょうぶ! 二人目はリビングデッドだから既に死んでて依頼とか無い時は邪魔にならないとこで転がってるってだけ!」
「既に死んでるってワードが大丈夫に入る辺り人外って凄いよね」
「あと最後のヤツは人嫌いどころか大好きだよ。種族っていうか種類が人間から蛇蝎の如く嫌悪されてるから自分から距離取ってるだけ」
「ねえ私人間。アイアムヒューマン。それ私もアウトな可能性ない?」
人間にとって地雷に等しい存在とか普通に厳しいのでは。
人間という種族に対して本能的に脅威を感じさせるタイプの種族とかだったらアウトだし、身を守る術があるわけじゃないからメドゥーサ系とかだったら一発で終わる。
目を合わせた瞬間にカチコチ変化だ。
「殆どの人間が全力で生理的に拒絶するから多分首領にとってもアウトな種類だとは思う」
「駄目じゃん!」
「でも言う程その種類の原形無いよ。見た目人間寄りだもん。ハトリは見た目からしてキノコだけど、俺は大分人間寄りの見た目してるでしょ? そんな感じそんな感じ。多少それっぽいパーツは当然あるけどさ」
「あるならアウトでは」
「正直見た目よりもその種類そのものが拒絶反応抱かれがちだし、見た目はマジで人間寄りだから大丈夫。頑張って切り離して考えればオッケーオッケー。
切り離せなくとも拒絶する人間の反応を気に入って楽しんでるくらいだからもし無理でも問題無いだろうし。アイツの方は」
「生理的に拒絶するような相手と共に行く私の方のメンタルは!?」
「奴隷達にフォローしてもらって。ちゃんとそれだけの仕事分に値する報酬は用意するから☆」
パチン、とケタリはウインクを飛ばす。
「っていうかマジでどういう種族のどういう種類?」
「んー……最初にそれ教えちゃうと拒絶反応が先来るかもしれないから、ビジュアルを先に把握して思ったより大丈夫かもって思った方が良いと思うな、俺は」
「そのレベルでアウトな存在なんだ……」
「まーアイツ自身は綺麗好きだし頑丈だし盾になるし素早くて頼りになるから大丈夫。じゃ、これ居るだろう場所についてのメモな! あとは任せた! アデュー☆」
「いや待っ、足はっや!」
マイコニドなのでそこまで素早く無さそうと思いきや、異様な速さで逃げられた。
「ケタリ、いざという時だけという契約で非常勤になるくらいには働くのを面倒臭がるんですよね……適した相手を発見したりと、見る目には優れているのですけれど」
少し距離のある位置から見守っていたリャシーによる溜め息混じりのコメントからするに、これもしかしなくともかなりの面倒ごとを押し付けられたという事では。




