再会と忘れかけていた羞恥心
では登録をしにギルドへ向かおうか、と宿屋を出ようとした瞬間。
「そこの君、少し良いかい?」
「はい?」
声を掛けられたので振り返れば、五メートルはあるだろう人が居た。
いや人じゃない。
五メートルの人間が居るはずないというのもそうだが、見た目が完全に人間では無かった。
ザラームはまだ人間的な見た目をしていたが、今目の前に居る彼、声色からして恐らく彼と言って良いだろうその人の顔は、とっても爬虫類系の顔だった。
……っていうか、ドラゴン系?
人外寄りな見た目の竜人と想像したら出てくるイメージ図そのまんまみたいな顔した人だ。
それの五メートルバージョンと考えれば相違無いだろう人が目の前に立っている。
「……えーと、何か御用で?」
普通ならば恐怖に腰抜けて母音を呟くしか出来なくなって必死に逃げようとするような相手なのだろうが、この世界ではこのサイズの人外が居るのも普通の事だ。
通りすがりに背の高い人が居るなあくらいの感覚なので、普通に声を掛けられた以上、普通に返せば良いだろう。
「おや」
ドラゴン系の人は一瞬驚いたように目を瞬かせ、すぐににんまりとした形に目を歪ませる。
「成る程、流石は奴隷使いと言うべきかな。吾輩を前にして驚きはしても怯えないとは。うんうん、実に良い。吾輩は少々機嫌が悪かったのだが、今のでとても機嫌が良くなったよ!」
「はあ……」
弾んだ声でそう言われても何もわからん。
この人の機嫌を損なうような何かがあったらしいが、まったくもって無関係なこちらにはサッパリだ。
というか機嫌悪かったのかこの人。
……見るからに竜人って感じの人が機嫌悪いとか超怖そう。
よくわからんが機嫌が直ったらしくて良かった良かった。
「ところで何か御用でも?」
「ああ、そうそう。君たちがギルドへ行くというのが聞こえてね。一応聞いておきたいのだが、そのギルドというのは冒険者ギルドの事かい?」
「はい」
「この町にある、冒険者ギルド?」
「そうですよ」
「そうか、それは良かった!」
全体的に大きい為、見上げる事で辛うじて見る事が出来ている状態の顔が目の前に落ちてきた。
否、相手がしゃがんで視線を合わせてくれた。
……サイズ差がエグ過ぎて、膝カックンされたのかってスピードでしゃがむアレ、いきなり目の前に顔が現れる感じなんだ……。
大人が急にしゃがむと子供が怯える時があるが、子供目線だとこういう感じか。
勉強になる。
……うん、そりゃあ怖いよね!
眼前に顔面が急に落ちてきたと思うと超怖い。
つるべ落としか何かか。
「吾輩は竜人のドラーゴと言う。君は?」
「私は喜美子で、クダと、イーシャと、カトリコと、ミレツと、ニキスです。……一応聞くけどミレツとニキス合ってる?」
「残念ながらー」
「さっきこっそり立ち位置交換したから外れー」
「あらまあ」
喋り方で把握してるようなもんなのでそりゃ間違いもするか。
これによって見分け方に確実性が無い事は二人にもわかったはずだが、満足気な目をするだけでやっぱり奴隷になるのやめるとは言わないので、正解率がそう高くない事はあまり気にしないらしい。
本当、最初に当てる事が出来れば良かったらしい。
……まあ人にも色んなこだわりあるしね。
人外なら尚更理解不能なこだわりがある事だろう。多分。
「…………ふむ」
「あ、すみませんこの二人は逆でした」
「いや、構わないよ。君は君の紹介をして欲しいという言葉に、ちゃんと彼らの紹介もする人間なのだと、そう……うん、そう理解していたところだ」
「はあ」
そういえば君たちとは言われてないので自分の紹介だけで良かったのかもしれない。
いやでもクダ達居ないと役立たずなので紹介するのは間違ってないと思う。
「さてそれでは本題だが、吾輩は冒険者ギルドに呼ばれていてね。しかしこの町に来るのは百年か二百年ぶりなので、どこにギルドがあるのかサッパリなんだ。どうやら当時あった場所からは移動しているようで昨日は辿り着けなくって、まったく、困ったものだよ」
「成る程」
そりゃ百年や二百年もあったら場所くらい変わるのではと思ったが、時間の流れが違う相手にそれを言うのも何だろう。
人間基準で言えば数年から十年ぶりくらいにここ来たら色々場所変わってたわ、くらいの感覚だろうし。
「ちなみに昨日、通行人に聞いたりは」
「吾輩達竜人は怯えられるんだよ。人外にすらも」
「成る程イーシャタイプ」
「言っておくけど竜人って重種のケンタウロスよりも数倍恐怖の対象だからね?」
イーシャが言うならそうなんだろう。
というか今気付いたがイーシャの耳が怯えたように伏せられている。
クダの耳も微妙に下がっているし、ミレツとニキスの耳もぺしょりとしてるし、カトリコはわかりやすい特徴が無いけれど多少距離を取っているので怖いのだろう。
……感覚的には見た目からゴリッゴリにヤのつく職業の方だなってわかる人と話す感じかな……。
そりゃ怖いしまともに話す方が頭おかしいんじゃないか疑惑のヤツ。
でもまあ私達に害無さそうだし良いや。
「じゃ、一緒に行きましょうか。案内しますよ。クダ達もいける? 大丈夫?」
「主様が良いならクダ達も別に良いよー」
「地雷踏まなきゃ良いってタイプじゃなくて存在自体が恐怖寄りなんだけど……うん、ご主人様に任せるよりは一緒の方が安心かな」
「うむ。お前様なら大丈夫だろうと任せてしまうのはいささか自分達が不甲斐ないのでな」
「俺達に至っては一緒に行かないと飼い主様の奴隷になるっていう登録が出来ないから」
「草食動物の本能でめっちゃ逃げたいけど頑張るー」
めっちゃ逃げたい発言をしたのはミレツだろう。
やっぱり喋るとわかりやすい。
……というか、うん、成る程。草食動物とか逃げ系の本能がある種族程、危険寄りな種族に恐怖する感じなんだ……。
まあそりゃそうかという感じだが、クダとカトリコが比較的平気そうでイーシャとミレツとニキスが比較的顔色悪い理由がよくわかった。
実際草食系の方がストレスに弱いイメージあるもんね。
・
時々通りすがりの人や人外がドラーゴの事をギョッとした顔で二度見三度見する以外には何事もなく、ギルドへと到着した。
「ここが冒険者ギルドです」
「うんうん、他の町も最近はこんな感じだったからそうだろうね。いやあありがとうキミコ! 君は良い子だね」
目を細めたドラーゴがしゃがみ、爪が触れないようにか指を曲げたまま指の背の方でこちらの頬を撫でた。
鱗の感触がつるりとしていてひんやりしている。
「本当はもう面倒臭くて呼び出しを無視して帰ろうかと思っていたところだったけれど、キミコが居てくれて良かったよ! 勿論、それは呼び出した側もそう思っているだろうけれど」
「えっ待ってください呼び出しって何があったんですか」
「吾輩に頼みたい依頼があるっていうご指名なだけさ。ダイヤモンドランクな上に竜人だから、大抵は大丈夫でね。その分色々な依頼を振り分けられるんだが、従う義理も無いから面倒だったら適当に帰るよ」
……断るじゃなくてもう帰っちゃうんだ……。
顔も見せず一言も無く帰る姿が見えるようだ。
「それ怒られません?」
「しつこく無視すると怒られるね。来ないならランクダウンって言われるし、それでも無視すれば冒険者としての資格を剥奪するって言われる事もあるよ」
「最早脅しじゃないですか!」
「吾輩はギルドに所属しているだけでギルドを愛しているわけじゃないし、別に気にする事じゃないだろう? 他の何にも代えがたい宝であり愛しい相手ならともかく、どうしてわざわざそこまでしてやる義理が?」
「オウ……」
日本の社畜達に聞かせてやりたい言葉だこと。
「第一向こうが依頼をしている側で、吾輩のような存在に頼むしかない内容なら、吾輩から資格を剥奪すれば依頼が出来なくなって終わるだけ。少なくとも吾輩は痛くない。頼んだ依頼者、そしてダイヤモンドランクの竜人冒険者を一体失ったギルドが痛いだけだ」
「考え方が強者だ……」
「強者だからね」
そう言ってドラーゴは立ち上がり、ひゅるりと長い尻尾を緩く振る。
「では、案内ありがとう。キミコは奴隷使いというのも相まって吾輩のような、人外の中でも恐怖されるような存在に好かれるだろうから、連れ去られないよう気を付けるんだよ」
「去り際に凄く怖い事言うじゃん……」
「ハハハ」
爽やかに笑い、ドラーゴは職員の方へ行って声を掛けた。
人間職員は声を掛けたのがドラーゴと気付くと完全に腰を抜かしてパニック状態に陥っていて、慌ててデュラハンであるテスタが駆け寄ってドラーゴの相手をする。
そのまま奥の部屋へと案内されていったが、成る程普通の人間はああいう反応になるらしい。
……そりゃ普通に応対したら、おや、って反応になるよね!
超納得した。
・
その後受け付けに居たサンリに手続きをしてもらい、ミレツとニキスは無事に奴隷として登録された。
無事に奴隷として登録というのも日本語がおかしい気がするが、早いとこ慣れねば。
「さーて、どうしようかなっと」
クダ達はそれぞれ討伐やらのお仕事である。
ミレツとニキスの戦闘力については既に見せてもらったので、同行は無しで良いだろう、という事となった。
ちなみにそれぞれ違う依頼を受けている。
……まあカトリコは午後から服屋のお仕事だし、ミレツとニキスも夕方頃から手品の時間だしね。
なのでこの三名は近場の討伐依頼であり、クダとイーシャはちょっぴり距離のあるところで強い魔物の討伐となった。
尚私は完全に戦力外なので待機である。
……うん、まあ事実だから良いけど。
戦えなくはないが、居てもあんまり役立たないのが自分だ。
それなら待機していた方が良いのも事実。
……それにお家探ししたかったから、良いタイミングかな。
それもあってお手伝い依頼は受けなかった。
ただ、どういうところでお家探しをするのかわからないので、サンリかリャシーに聞いておけば良かったと思いつつ町を歩く。
……流石にあんまりの大所帯で宿屋のお世話になり続けるわけにはねー。
食事だけの利用も出来るらしいので、そういう利用は有りだろうけれど、一室をずっと占拠しているわけにもいくまい。
広い部屋だし狭さを感じているわけでは無いけれど、どうせこの町から出る気無いなら家を買った方が良いのでは? という事だ。
この国の王様には始末されかけたのでお膝元に居るのはちょっとアレだが、灯台下暗しである事を祈ろう。
……っていうか王様どういう人だっけ……。
何か、イメージする王様に比べると若いというか、王子様でもワンチャンいけそうな感じだったような気がする。
どっちかというと近くに居た偉そうなオッサン達の方が始末押ししていた気がするが、あの王様はどういう対応だったっけ。
色々あり過ぎてあの辺の記憶が曖昧過ぎる。
……道案内頼んできて一緒に異世界トリップしちゃった勇者についても、本名どころか顔すら碌に覚えてないからなあ……。
自己紹介をしていないので、本名を知らないのは当然だけれど。
そう思いながら歩いていると、丁度道が交差するところで声が響いた。
「ヨッシャ見つけたああああ! お礼言い終えたらこんな奇跡的な再会あるとかやっぱ人への感謝は絶やしちゃ駄目だな! 人じゃ無かったが!」
すぐ横の道から何か騒がしい声が響いてくる。
そう思い横を見れば、随分ぶかっとした上着を緩く着崩して体格を嵩増ししている男が居た。
清潔そうな短髪の彼は、キラキラした表情を浮かべて真っすぐにこちらへと来る。
目の前で立ち止まった背が高い上にヒールも履いている彼は、とても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「お久しぶりです! 無事で良かった!」
どうしよう、どちら様ですかとは言い難い程の眩しい笑みだ。
どちら様ですかと言ったら確実にこの笑顔を曇らせてしまうが、生憎とマジでこの人の顔に心当たりがない。
露出過多か肌にピッタリタイプの服が多いこの世界にしてはぶかぶか上着とか珍しいなあシュライエンくらいかと思ってた、という感じ。
なのでこの服を見たのも初めてで、多分知り合いでは無いと思う、ような。
……でも完全に顔見知りのテンションだしなあ……。
そこまで考え、ふと気づく。
「あっ、迷子の勇者な子」
「はい!」
合っていたらしく、勇者はとっても嬉しそうな笑顔でガッツポーズを取った。
成る程通りで服装にも見覚えが無いはずだ。
「そりゃこっち来てしばらく経ってるんだからこっちの服に着替えるよね。全然気づかなかった」
「あ、そうですね。俺はあなたにお詫びと告白をしなきゃと思ってルーエから色々聞いてましたが、そういうわけでもないですし……」
ルーエから色々聞いてるのはともかく、お詫びと告白って何だろう。
巻き添えについてのお詫びならわかるが、罪の告白をされるような覚えは無い。
彼の責任では無いし。
「それにしても特徴は聞いてましたが、こっちの服って事はそうなるっていうのもわかってましたが、こうして直に見るのは破壊力が強いですね……」
「え?」
口元を手で隠し、顔を赤らめて勇者は目を逸らした。
何か変だろうかと自分を見下ろせば、谷間が見えるタイプの丈が短いニットワンピース。
それも、この世界の現代では拷問具扱いであるブラを外した状態。
つまり、他の人もそうだが、微妙に具が浮いているわけで。
「あああああそうだこの世界の常識だから誰も気にしないけどキミの場合はあっちの常識だもんね!? クッソ今更恥ずかしい!」
「すまん! 本当にすまない! すみません! でも俺も男なので好きな人の胸には目がいきます! 他の人は気にもならなかったんですけど!」
「気にされると私も気になってくるから頑張って平常心保ってくれる!?」
「まだ現役バリバリな大学生にそんな無茶な!」
確かに枯れてない年齢の男子にそれは無茶かもしれないが、羞恥心的な問題でどうにかしてもらわねば。
他の人もそうだからと慣れてきていたが、日本基準の常識だと恥ずかしい部類の状態である事を思い出してしまった。




