まったり勇者
ひと月程、国王の趣味が混ざっているような訓練を経て、太勇は華々しく勇者としてデビューを飾った。
というのは表向き。
太勇本人としては全然華々しさなど無かった。
「貴族街のギルドで登録してお披露目して有力貴族に挨拶回りして、そっからのコレだからなあ……」
太勇は勇者の何でもできるチート能力を利用し、可能な限り存在感を薄くした上で貴族街のオープンカフェで一服していた。
タバコは元から吸っていないのでそういう一服ではなく、単純に紅茶を飲んでいるだけだが。
……いやしかし勇者のチートは良いのか悪いのか……。
めちゃくちゃ動けるしやろうと思った魔法はイメージさえ出来れば使えるし、ヤバいらしい魔物をいきなりあてがわれても一撃で仕留められる強さ。
これは凄いと思うし、野宿はなあと思ったら一度行った場所ならテレポートが可能なRPGお馴染みの転移魔法が使えたお陰でこうして戻ってこれたりもする。
しかし勇者だからこその面倒ごともあるのだ。
……本当、魔王はどれだけ勇者と敵対したいんだ……?
そう疑問したくなるレベルで魔物が襲い掛かってくる。
何というか、今まで他の人襲ってた魔物すらもターゲットを変更してこっちへ襲い掛かってくるのだ。
こっちとしては助けやすくてありがたい事だが、過去の勇者がとんでもないヘイトの溜め方をしたんじゃないかと思うと戦々恐々。
そのレベルでの憎悪を感じた。
「その結果が三回目のパーティチェンジか」
いくら勇者といえども、この世界初心者である事には変わりない。
正直金を持たずともその身一つで大体どうにかなりそうなポテンシャルだが、そういうわけにもいかないのが現実世界。
という事で説明役やらを兼ねてパーティを組む事となったのだが、それがまた作為的なメンバーだった。
なにせ最初のパーティメンバーは明らかに城のお偉いさん達の息が掛かっている感満載な騎士達。
しかも戦力というよりも同行する事で名声を上げ甘い汁を吸おうとしているのが透けて見える奴らばかりという地獄のラインナップ。
「戦力としては微妙ですし人格的にもお世辞ですら良いとは到底言えませんが、か弱い子達だから可愛らしいものですよ。
彼らはあれでも有力貴族の出ですから、権力目当てで権力によりねじ込まれた方々でしょうね。まあ、マリク様はただ指示に従うだけですし、そのあたりの裏事情については知らないでしょうが」
ルーエ曰くそういう感じらしい。
「……なあ、国王がその辺ノータッチっていうのは、良いのか?」
「良いはずもありませんが、国王には傀儡で居て欲しい、という思想の方々にとってはそれこそが理想的な王の姿なのでしょう。
その為に、彼らはマリク様が幼い頃から自分で考え調べて真実を知る、という行為を徹底的に潰す教育法を取ったくらいです」
いや知ってたなら止めてやれよ今からでも遅くないだろ。
そう思ったものの人外からしたら人間一人の一生なんてとても短いものだろうし、いざとなれば自分達でフォローすれば良いとか思っているんだろう。
そういうとこだぞと思うが、面倒ごととわかるからこそ関わりたくないとスルーしてしまう自分も同罪のようなものだ。
さておき権力目当てで立候補して城のお偉方とかによって推薦された騎士達だが、最初の依頼に同行し、帰ってくると同時にギブアップした。
どうやら俺(勇者)が戦う事となった魔物に向けられた敵意にメンタルがやられたようだった。
……俺は真正面から向けられてるんだが……。
勇者パワーのせいで目の敵にされているものの、勇者パワーのお陰で平気なのは喜んで良いのかどうか。
ともかく巻き添えで敵意を向けられた彼らはSAN値がピンチになり、リタイヤとなった。
こっちとしても道中に説明どころか聞いてても楽しくない自慢話ばかりされるのはストレスが溜まっていたので、これ幸いとオッケーした。
しかしその次もダメだった。
今度はランクの高い人間冒険者達によるパーティだったのだが、勇者じゃないと受けられないような討伐依頼には、当然ながら人間では行けないような場所に行く必要がある。
その為、三回目の同行で魔物のところへ行く前にリタイヤされた。
……ここから先に進めるのは人間じゃないって、それをするよう指示されてる俺はどういう扱いなんだ一体。
ルーエも勇者は面倒ごとの押し付け先みたいな事を言っていたが、それを実感しまくりだ。
そうしてつい先ほどまでパーティを組んでいた三回目のメンバー達だが、彼らは獣人だった。
犬獣人と猫獣人と有翼人というテンプレートなメンバーだったが、今までで一番わかりやすい説明を沢山してくれた。
今までのパーティは何だったんだと思う程わかりやすい説明だったし、ガセはこうだけど本当はこうこうこうで、と説明してくれるのもありがたい。
また腑に落ちる話ばかりなのでとても楽しかったのだが、それも今回までだった。
「あんまり勇者に知識を与えるようなら、ランクの降格とパーティ脱退……か」
最初からそういう契約になっていたらしく、彼らとは別れた。
彼らはそれをわかった上で、ランクなんてすぐ上げられるし執着してないから、とこちらの未来を気遣って色々な事を教えてくれた。
ちなみに彼らがパーティに選ばれた理由は、貴族の人間と結婚なりをしている人外冒険者だから、らしい。
ここでもやはり貴族とのアレコレが関わっていた。
彼ら曰く相方に被害が無いよう応じただけだし例え相方やその親族が文句言ってきても可愛いものだし既に二回も解散になってる前例があるお陰で悪評言いふらしはしないだろうから、との事だったが、
……いい加減嫌になるな。
そんなわけで色々嫌になった俺は、こうしてカフェでまったりする事にしたのである。
別に他の町にも貴族街があるところはあるし、貴族街じゃないところも居心地良いは良いのだが、別の町だとそこの有力貴族に色目を使われるのが面倒なのだ。
そもそもこの心は異世界へ呼ばれる直前、既に彼女、キミコへと捧げている。
「……どこに居るのかさっぱりわからないのが問題だが」
ルーエからは逃がしたとしか聞いてないし、ルーエもまた転移魔法が使えるのでキミコに会いにどこまで行っているのか全くの不明。
貴族街に居る限り会えないとか言ってたのでそうじゃない場所に居るんだろうが、範囲が広すぎる。
かといって魔法で相手の居場所を把握して転移とか、行動がストーカー過ぎてアウトだ。
恋人には束縛が厳しいと言われ別れたからこそ、やっちゃならない事はやらないようにしなければ。
あと偶然声を掛けた結果恋に落ちた直後に異世界トリップが相席という奇跡の多発事故が発生しているので、もうちょっと偶然が重なった運命的な再会をしたい、というのもある。
男心はロマンが大事なのだ。
……しかし、次はどうなるんだろうな。
他の町だと面倒という事でこの貴族街に戻ってきていたが、しかしそれでも声を掛けられる事には変わりない。
なので前は適当な宿に引きこもっていたが、勇者チートを活かして勇者ではない誰かに認識されるような存在感になってみた。
それがまた快適で、ようやく一息つけたわけだ。
そうして気を抜きながら紅茶を飲みつつ、次のパーティはどうなるんだろうと考える。
「今までが全滅過ぎたから、次はルーエが手配する事になったとは聞いたが……」
ルーエなら信頼出来るが、どういうチョイスをするか未知数過ぎる。
アイツ結構ずけずけ言うしな。
「まあ、少なくとも地位とかに問題無くて実力もあるようなのを選んでくれるだろう、多分」
そう期待する。
「しかし、どうするかな」
この紅茶を飲み終えたらやる事が無い。
特に読みたい本も無いし、行きたい場所も無いのだ。
うーむと癖で耳を触れば、チャリと硬質な音が耳元で響いた。
「あ」
商人ギルドの代表の一人とかいうやたら体が大きい魚人。
メニデとか言う男の紹介でアクセサリー店の人を紹介してもらい、デザインを描き起こしてもらって色々作ってもらったのだ。
ほぼ全部が他人任せだが、まあまあまあ。頑張って戦っているので大目に見て欲しい。
「……この礼をしに行くか?」
何でも勇者用という事もあり、そして勇者用となれば材料には金などを使うべきだ、となったらしい。
別にこっちは金じゃなくても良いのだが、金の方が魔法を仕込む細工をしやすいんだとか。
魔力の伝導率やら術式を仕込む際の適合率やら何か色々あるらしいが、とにかく金が良いらしい。
しかし丁度大型の注文があった直後だったのか金の補充が出来ていなかったらしく、それもあってこちらの訓練期間が延びていたそうだ。
……装備品の原材料確保に手間取って旅立ち先延ばしってどうなんだ……。
まあ現実世界なので仕方がない部分とも言えるか。
しかし丁度良く冒険者が上手い事金鉱山に住み着いている魔族と交渉して大量に手に入れてくれたらしく、こちらも訓練期間とおさらばするに至ったわけだ。
原材料だけでなく、呼び出されたアクセサリー店の人も大量の品物を見本として持ってきた上でデザインを描き起こしたり色々聞いてくれたりで真摯に対応してくれたので、そちらにも礼をしたい。
自分好みど真ん中なピアスたちを用意してもらえた感謝をせねば。
……服は自由に出来なかった分、こっちは好きに出来たしな。
他にもゴツイ指輪やバングルなども作ってもらったので、せめて挨拶をしに行くくらいはしたい。
礼をすると言ってもこうして装備品は揃っているので礼を言うくらいしか出来ない気もするが、人間として嬉しい事には礼を言いに行くべきだろう。
「……メニデは基本的に庶民用の町に居るんだったか」
アクセサリー店もそっちに本店があると聞いたので、そっちに行ってみるとしようか。
貴族街すら碌に歩けていないので、庶民用の町に至っては完全なる未知。
一応依頼の為に町の外へと出る際は町の作り上通ったものの、しっかり見て回れはしなかったし。
貴族街であるこっちは店内で食べるお高い料理屋が多いが、向こうは食べ歩き用の屋台なんかも充実しているらしい。
「うん、行ってみようそうしよう」
何だか良い事が起きそうで、楽しみだ。




