人間、甘やかされてるなあ
十分以上の時間を掛けてリーズの頭部付近を満足行くまで触らせてもらい、席へと戻ってきた。
「いやあ、思った以上に触り心地良かった!」
「動物の方のクズリは毛皮目当てで狩猟された時期もあるから、毛皮としての質は良いと思うよー」
「……クダ、その情報はあんまり要らなかったかな」
「そう?」
クダは本気で首を傾げているようなので、嫉妬での発言ではなく素の発言っぽい。
「ちなみにさっきから、主様へのお客さんが来てるよ」
「え?」
クダが指差す方を見れば、新しく椅子が用意されていた。
その椅子に座っているのは青のアソウギだ。
「あれ、アソウギ?」
「青の、だけどね」
荒々しい空気を纏っていた赤のアソウギと違い、穏やかな空気を纏いながら青のアソウギは右前の手をひらりと振る。
「まったく赤の私ってば、とびきり思春期なんだから。誰より荒っぽいのに面倒見が良くて照れ屋だなんて生きにくそうだよね。
まあ根本は同じ私だし、性質が違う私や黄色の私も居るから良いんだけど」
青のアソウギはクスクスと微笑む。
「私が出てたなら、折角首領と触れ合えるチャンスを逃さなかったのに……本当に残念だ」
「……あの、まさかそれ言う為に?」
「勿論」
にっこりと青のアソウギは笑った。
何だか圧のある笑みだ。
「私達の中にはそれぞれの意識があるから、今も赤の私は私達に責められてるよ。あそこで引くなんて! ってね」
「私としては人外の体がどうなってるかわかんないってのもあって触らせてもらえるの嬉しいけど、人外の方は人間に触られて嬉しいもの?」
「そうだね……」
ふむ、と青のアソウギは左前の腕で頬杖をつきながら、右前の爪でコツコツとリズムを取るように机を鳴らしつつ、右真ん中の指先をくるりと円を描くように踊らせる。
「人間は動物、あるいは獣人の肉球を触った時、何故か喜ぶだろう?」
「それは勿論」
何故かも何も、あのぷにっと感は世界の宝に認定してしかるべきの代物だろう。
放っておくと人間の手足同様にカサつくが、ケアさえすれば赤ちゃんのおててのようなむちぷに肉球へと戻る。
「それと同じさ」
青のアソウギは最近一人で立てるようになった小さい子を見るような、慈しみの目でこちらを見た。
「人外からすれば、人の手で触れられるのは嬉しいんだ。さりげない日常でも、暴力でも、ね」
「暴力でも」
「人間の拳なんて大して痛くないから」
成る程人間から見た猫パンチ。
場合によっては中々の威力だったりするが致命傷では無いし、猫好きからすれば大歓喜イベントとも言えるもの。
それと同じ感覚なのか。
……何か、人間が駄目になっていく理由が見えるな……。
飼い主がペットを駄目犬駄目猫にしてしまう理由の最たるものは甘やかしだ。
地球は地球で止める上位存在が居ないせいで大変な状態だが、こちらはこちらで上位存在が甘やかした結果ダメ人間になっている。
優しく包むような甘やかし方だし、致命的な事にならないよう彼らが調整してくれているのも知ってはいるが、その結果人間の愚かさを助長させてないだろうか。
ちょっと心配。
「だからといってあんまり受け入れすぎると襲われるかもしれないから、そこは気を付けた方が良いよ」
「えっ」
「獣人は大体メスが発情期に入ってるとオスが反応する事が多いし、魔族は刹那的な快楽主義も多いから。そして人間は常に発情期みたいなものって事もあって、結構危険。
メス相手でももう少し警戒した方が良いかもね。すぐ近くに奴隷や付き添いが居るなら大丈夫だとは思うけど」
「メス相手でも!?」
「メス同士はあんまり見ないけどオス同士で発情する獣人は一定数居るし、メスでも種族によっては生えてるから」
ああ、とコアチが頷く。
「確かにチョウチンアンコウって既に他のオスが同化してる場合、精巣があるからね。
人魚や魚人の場合は他種族との繁殖もしやすいようにか、動物と違ってちゃんとした位置に精巣が移動する性質だし」
「ハイエナとかも偽陰茎あったりするけどチョウチンアンコウにもあるって事なのコアチ!?」
「そうだよトガネ。でも元は僕達オスの精巣だから、偽物じゃなくて本当に子作り可能なモノなんだよね」
「カタツムリもそうじゃなかったか? オイラが前に聞いた話だと、オスメス両方の性質だからどっちでも相手出来るって言ってた!」
「……人魚や魚人などは、近くに居る生き物の大きさや強さによって性別が変わる事もあるからな。先程までメスだったのに突然オスになるという事もあると聞く」
「あと首領はそういう気配無いから良いけど、時々人間のメスが発情する時あるとビックリするよね」
「人間寄りの顔してると発情される事があるけど、そのフェロモンについこっちも応じそうになるもんね」
「「種族差で価値観に差があり過ぎるから応じないで断るけど!」」
おおう赤裸々トーク。
でも実際そういったアレコレがあるからこそ、こちらを心配してくれているのだろう。
まあ確かにそういった色々があるというのにのほほんと接触してる人間が居たら心配だろうなあとも思う。
彼らからしたら人間って愛玩枠だし。
「……お前様、ハルピュイア系はオスも居るが種族によっては一見メスに見える事もあるから気を付けておいてくれ」
「私ってそんなに心配な態度取ってる?」
「あっさり部屋に連れ込まれそうな危うさはあるな。人間相手に無理やり性行為をしようとするヤツはそうそう居ないだろうが、居ないと言い切れるわけでもない」
「っていうか主様、クダも一緒だったとはいえカトリコの家に誘われてあっさり応じた事あったしね」
「そもそも俺の場合も押しかけたら押し負けて応じちゃう辺り、ごり押しに弱すぎるのが心配かな」
「めっちゃ言うじゃん」
その手段用いて自分から奴隷になったのそっちだろうに。
……あと私の場合ストーカーされ慣れ過ぎてるせいでその辺の危機感がなあ……。
またストーカーさん達もそういう危うさが無いし全力で信頼預けて大丈夫な感じの頼れる方々ばっかりだったのもあってより一層危機感が欠乏した気はする。
ストーカーさんな時点で信頼預けちゃ駄目だと思うが、生活の半分以上は彼らに支えられてたのでほぼ生活の一部だったのだ。仕方ない。
「ふふ」
私達のやり取りにクスクスと笑った青のアソウギは、さて、と椅子から降りた。
イーシャの背丈に合わせたテーブルに合う椅子なので結構な高さだが、二メートル越えの身長だけあって危なげなく着地する。
「恥ずかしがり屋な赤の私への当てつけも出来たし、私はこれで」
「当てつけだったんだ……」
「感情はともかく、記憶は共有されてるからね。思春期らしさを持つ赤の私には丁度良い」
言い、青のアソウギはにっこりと笑った。
「勿論当てつけだけじゃなくって、私が首領と話したかったっていうのもあるから。そこは誤解しないでおくれ」
「あ、うん」
左後ろの手を振りながら去っていく青のアソウギに手を振り返し、ふと思う。
「……誤解がどうとか言ったけどさ、ああいう態度を人間の異性に対して取る事こそが誤解生みそうだよね。恋愛感情じゃないのか的な」
「うーん、そこは俺達からは何とも」
イーシャは苦笑する。
「そもそも種族によっては恋愛を解さないタイプも居るし、種族関係なく理解出来ない性質のヤツも居るし、恋愛するタイプでも種族によって定義が広すぎるからねえ」
「主様にわかりやすく言うなら、さっき話したロマンチックの定義かな。種族によってロマンチックに抱くイメージは大きく違うっていうのはさっき知ったでしょ?」
「あー、成る程」
「チョウチンアンコウのロマンチックは僕達からすると未知だし変態的なアレですね!」
「変態じゃないよトガネ! 純然たる純粋で純情で一途を極めた愛情だよ!」
「極め過ぎてるよね」
「極め過ぎて死ぬよね」
こそこそ呟くミレツとニキスの言葉に、ノーサが無言で頷いているのが何だか印象深かった。




