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酒場ってこういうイメージあるよね



 騒ぐクズリ獣人のところに、お雪が文字通り飛んでいく。



「お客様、困りますって! 常連さんだし毎回沢山頼んでくれるから大目に見てますけど、今日に限っては珍しく人間も居るんですよ! 万が一怪我したらどうするんですか!」



 私の事だろうかと自身を指差してみれば、同じテーブルの全員に頷かれた。



「確実に主様の事だと思うよ」


「うん」


「人間はか弱いからな」


「俺達獣人は大分頑丈だけどね」


「暴れるヤツが居る場合は逃げるのが基本で、逃げないなら怪我しても自己責任扱いだし」


「…………獣人の力で投げ飛ばされた物に当たっても大丈夫、というのも大きい」


「僕達みたいな非力タイプは逃げたり隠れたり距離取ったりしますけどね! 何せ僕なんてトガリネズミですよ!」


「僕も同じく。チョウチンアンコウに戦闘力は無いし矮雄だから尚更荒事向いてないんだよね」


「オイラはカポエイラ出来るし素早く走る事も出来るけど、片足だからとっても怖い猛獣系獣人と戦うのはちょっとなあ」



 さようで。



「……んっ、えっ、あれっ、ペレレって片足なの?」


「そりゃサシペレレだからオイラは当然のように片足だぜ? かつてカポエイラで戦ったら片足を無くしたサシペレレが居て、それ以来サシペレレってのは片方のあんよしかねえんだ」


「おう……」



 そういえば実家で見たアニメでもやたら両足ジャンプをしていたような記憶があるが、あれは元ネタが片足しか無い存在だったからなのか。

 ペレレが軽く椅子の上に立ってどうなっているのか見せてくれたが、マジで片足が無い状態。

 短パンから覗く黒い肌は片方だけで、もう片方はひらひらとなびくだけ。


 ……一本足は一本足だけど、片足って感じだぁ。


 唐笠お化けとかなら一本足のイメージだけれど、ペレレの場合は二本足が一本減って一本足になった感じだった。主に骨格的に。

 足の生える位置でこうもイメージ変わるものとは初めて知った。

 知ったところで役立たない気がするけど。



「おらあ! 強いヤツ居るんだろわかってんだよ俺様には! 強いヤツの匂いがする! 俺様と戦え~~~~~~!」


「お客様ー! 酒瓶を振り回すのはやめてくださ~い!」



 そんな事を話していたらクズリ獣人が暴れていたし、酔いで手に力が入りきらないのかすっぽ抜けた酒瓶を慌てて空中キャッチするお雪は大変そうだった。



「まあやめてって言いながら、アレでこの飲み屋の名物扱いにしてるんだろうけどね」


「商売人は強かだから、そうだろうな」



 イーシャの言葉にノーサが頷く。



「どういう事?」


「いやだって、雪女って言ったら凍らせたりする魔法が得意でしょ? だったら困った客は凍らせて追い出せば良いんだよ」



 言われてみればその通りだ。

 イーシャの言葉に成る程と頷くも、クズリ獣人の周囲を飛び回って被害を最小限に抑えているお雪はその素振りを見せない。



「……つまり戦い癖のあるクズリ獣人が常連なのを良い事に、同じように戦いたがる強い人外によって乱闘騒ぎになった場合、見世物扱いしてお金を稼ごうとしてる、と?」


「そうじゃなかったら一発で出禁だろう」



 カトリコはサラダを食べながらごもっともな事を言う。



「元々好戦的な人外は多いし、戦わなくとも戦っている姿を肴にして注文量が増える客。それらを考えれば、致命的な損傷が無い限りは暴れさせた方が実入りも良くなるというものだ」


「強かな……」


「やり過ぎな商売は自重に耐えかねて崩れ落ちる場合があるが、商売は強かでなければやっていけないものだからな」


「成る程」



 そういうものかと見ていれば、参戦する影があった。



「おうおう、威勢が良いじゃねーかそこの獣人! だったら俺と殴り合うか!?」



 ……ん?


 覚えのある声の持ち主をよくよく見てみれば、赤のアソウギだった。

 間違いなく赤のアソウギだった。

 地肌のあちこちが不思議なカラーリングになっているし、額の石は赤いし、そこまでは種族の特徴だったとしても既に見慣れた顔なので見間違いはしないだろう。

 そんな赤のアソウギは、ニィッと暴力的な笑みを浮かべる。



「阿修羅は駄目なんて言わねえよなあ! なあ!?」


「当ったり前だ! 手加減すんじゃねえぞ!」


「はぁい今からここは戦闘区域になるのでフィールド作りますね! 参加する方は私に言って下されば中に入れるよう調整しますので!」



 本当に見世物扱いになっているらしく、即座に二人を囲むようにして透き通った氷の壁が形成された。

 戦いの余波が他の客に行かないようにという仕掛けだろう。

 しかもガラス越しのような透明度なので、中の様子も良く見える。



「行くぜえ獣人!」


「来いよ戦闘種族!」


「あ、店内での戦闘で武器類の持ち込みは禁止しておりますのでマナーを守ってお願いしますねー!」



 その言葉に着替え魔法の応用なのか剣を手に出現させていた赤のアソウギは、一瞬考えるような顔をしてから仕方がないという表情で手を振り、剣を消す。



「、シッ!」


「シャアッ!」



 そのまま赤のアソウギは右の拳を振り抜くも、クズリ獣人は避けた。

 それを見越していたかのように赤のアソウギの拳、右側の真ん中と後ろの拳がクズリ獣人の動きを追うも、クズリ獣人はフェイント染みた動きでそれを避ける。

 避けた動きのまま赤のアソウギの右腕に爪を引っ掛けるようにして身を跳ねさせたクズリ獣人は、その鋭い牙で赤のアソウギの剥き出しとなっている真ん中の腕に噛みつく。



「甘い」


「ガウッ!?」



 が、牙が立たないのか何度か牙を突き立てようとしていた。



「あれ何?」


「筋肉に力を入れてるんだと思うよ。イーシャの腕借りてみたら?」



 クダに言われてイーシャを見たら笑みを浮かべながら腕を差し出されたので、その腕を触ってみる。

 力が入ってない筋肉はやらかい。



「で、力を入れると」


「かった!?」



 急にブロック塀みたいな硬さになった何コレ生きてるブロック塀か何か?

 もうコレで釘が打てるんじゃないかという筋肉だ。



「こうやって筋肉に力を入れる事で、牙が刺さるような隙を無くしたんだろうねえ。筋肉は脂肪に比べて密度が濃いし、力を入れれば尚の事引き締まるから」



 確かに角砂糖なんかは密度がしっかりしていてカッチカチなので、筋肉をああいう感じにしたという事だろう。

 我ながらどういう例えだという感じだが、身近なイメージがそれしか無かった。



「グルァウッ!」



 イーシャの筋肉に驚いている間にも戦いは続いていたらしく、クズリ獣人が強く吹っ飛ばされていた。

 しかしクズリ獣人も戦い慣れているのか、大したダメージが無いかのように空中でぐるんと体勢を整え、氷の壁に四つ足で張り付いたと思うと、角を活かした三角跳びで赤のアソウギの頭を狙う。

 が、赤のアソウギも黙ってやられるはずはなく、足を滑らせたかのような動きで頭の位置を下げた。

 下手すれば後頭部を床に打ちそうな速度で足を滑らせていたが、ダンスの一環であるかのように、六つの腕で上手い事勢いを逃している。

 高い位置から飛び降りた蜘蛛が沢山の足による着地で衝撃を分散させるよう。



「……何かすっごく凄いけど、あれってちゃんと終わるもの?」


「そこなんですよね、問題は」


「うおわっ」



 いつの間にか隣に浮いていたお雪が困ったように溜め息を吐いた。

 憂うような表情は透き通るような長い睫毛と新雪のように白い肌と相まって、とってもミステリアスで素敵な一枚絵のよう。

 ただ睨みつけるような目がちょっぴり雰囲気に恐怖度を増しているけれど、それも彼女の特徴なので致し方なし。



「戦闘好きな方は一定数いらっしゃるのでお相手していただけますし、勝つなり負けるなりすれば大人しくなってくれるんですけど……時々盛り上がり過ぎてしまうのが難点なんです」


「それはそれは」


「利益が出ているとはいえあんまり長いのは良くないので、十分と少しくらい……そろそろ決着がつくと丁度いいんですけどね」



 お雪はそう言うも、氷のフィールド内は双方熱く盛り上がっている様子。

 そういえば阿修羅は戦闘タイプだとか前に言っていた気がするので、血が騒いでいたりするんだろうか。



「時間内に決着がついたら勝者にはコレ! みたいな商品があれば何が何でもその時間内に終わらせそうですけどねー」


「わ、それ良いですね!」



 じゃあ、とお雪はにっこり愛らしい笑みを浮かべて私の手を取った。

 きゅっと掴まれる手はしなやかで細くて美しいけれど、冷え冷えの保冷剤を手に取った時のようにちべたい。



「是非、案を出してください!」


「私が!?」


「お酒を提供したりすると本格的に店との提携になっちゃうので出来ないんです。今はあくまでお客様の困った酔い癖を利用して稼いでるだけ、という状態なので」



 それはそれでどうなんだ。

 手がちべたい。



「私だとかき氷とかが出れば嬉しいですが、あの阿修羅の方やリーズさんが喜ぶ商品かと言われると違いますし」



 まあ確かに種族によって喜ぶ喜ばないはあるだろう。

 というかあのクズリ獣人の名前はリーズというのか。

 おててがどんどんちべたい。



「そこで天性の人外ウケを持つ奴隷使いの首領(ドン)に案を出してもらおうかと!」


「そこまで期待されても大した案出ないしさっきから手が凍りそう!」


「あ、すみませんついうっかり興奮して体温調節が」



 パッと手を離されると、室温すらも温風かと察する程の温かさだった。

 これつまり自分の手が相当に冷えてるな。



「狐火の応用で手の周辺温度上げとくね」


「ありがとクダ……」



 クダのお陰で手の周りがとてもぽかぽかしてきた。

 カイロ付き、あるいはコタツで温めていた手袋を嵌めたかのような温かさに安堵の息が零れる。



「それで首領(ドン)、案はありますか?」


「いやありませんて」



 お雪の言葉にそう返す。



「そりゃ人外から見た人間ってのは人間から見た動物みたいなものなので、触れ合いがご褒美になる事もあるかもですけど……」


「成る程!」


「ん?」



 適当な私の言葉に、お雪はにっこり笑顔で手を叩いた。



「では首領(ドン)が大丈夫な触れ合いはどこまでですか?」


「いや聞いてた? 例え話だからね今の? あとお触りされるつもりはないよ?」



 アシダカアラクネのシラと会った時は足を撫で回されたりしたけれど、公衆の面前でそれをされるようなメンタルはしてない。

 いくら酒が入っていようとそこまで酩酊もしていないし。



「まあクズリなんて間近で見る機会無いから頭撫でたり出来たら嬉しいなって思うし、アソウギの方はあの腕の付け根とか額の石とかどうなってるのかわからないから触ったりしたいなって思いはするけど」


「……お前様、それは肯定の言葉だぞ」


「え?」



 カトリコの言葉に顔を上げれば、お雪は既にフィールドの方へと移動していた。



「はーい! 盛り上がっているお二方には申し訳ありませんがこれ以上長引くのはよくないという事で今回限りのスペシャルサービスです!

 今から五分以内に戦闘を終えて下されば、勝った方にあちらの人間、歪んでいない奴隷使いであり最近首領(ドン)という呼び名で噂になっている彼女から! 頭を撫でてもらったり腕などお触りしてもらったりというご褒美が発生しまーす!」


「お雪ー!?」



 可愛い笑顔でとんでもない事を!



「マジかよ!? あの人間に!?」



 ただでさえ興奮気味だったクズリ獣人、リーズの表情がより一層嬉々としたものになる。



「な、首領(ドン)じゃねえか! 誰がんなこっ恥ずかしい事するってんだ! ふざっけんな!」



 対する赤のアソウギは即座に武器を取り出して氷のフィールドをぶち壊し、やってられるかと席へと戻った。

 これはつまり撫でられるのを拒否っての戦闘放棄という事か。


 ……普通なら顔見知りなのにそんなに嫌なんだって落ち込むところなんだろうけど、表情が、完全になあ……。


 嫌がっている顔じゃなくて思春期故の恥ずかしさが勝ってるという顔なので、落ち込む隙が無い。

 私少女漫画でよく見るような鈍感系女子じゃないし。

 危機察知能力は死んでるけどさ。



「はーい! それじゃあ阿修羅の方の戦闘放棄という事でリーズさんの勝利でーす! では首領(ドン)こっち来てください!」


「ええー……」



 どうしたら良いんだコレ。ああも視線集めるような事言われた状態で行ってあんだけ暴れていた女性を全力でもふれと言うのか。何そのプレイ。

 思わずクダ達に視線を向けるも、



「クダとしては撫でてもらえると思ったのにやっぱり無しって言われたら再着火だと思うな。

 例えお雪と主様の間でのやり取りが曖昧だったとしても、あのクズリ獣人からしたらその報酬が貰えるって話だったわけで、それが無しっていうのは詐欺扱いになっちゃうよ」


「……クダとしてはオッケーなの?」


「クダちゃんといっつもブラッシングしてもらってるから嫉妬する理由無いよ?」


「同じく」


「同上」



 イーシャとカトリコにまで言われては仕方がない。

 いや、イーシャはともかくカトリコの場合はこちらが手伝う場所も無いので尻尾を軽く拭いたりするくらいしかしてないけれど。

 そう思いつつ椅子を下り、機嫌良さそうにふわふわした空気を飛ばしているクズリ獣人、リーズのところへと向かう。



「おっ、来たな! さあ撫でろそれ撫でろ! 俺様勝ったからな! 勝ったら良い思い出来るもんだもんな!」


「えーと、うん、まあ、そうですね」



 私は了承した覚え無かったんですけどね、という言葉をぐっと飲みこむ。

 別にリーズに対して拒絶感があるわけでも無いし、クズリ獣人自身がオッケー出して合法的に触れる現状をラッキーと思う自分が居るのもまた事実。

 ならば微妙な空気にする必要はないだろう。


 ……酔っ払いだと何がトリガーになってキレるかわかんない危うさあるしね!



「じゃあ、えっと、まず頭撫でて良いです?」


「おう! どこでも好きに触れ! 人間の手指って俺様とは全然違うからその感触好きなんだ! しっかりがっつり手加減なく触れよ!」



 これはセクハラなのか逆セクハラなのかどっちだ。

 わからないながらも、その頭に指先を沈める。



「あっ、思ったよりふわふわしてる」


「野生と違って風呂入ってっからな!」



 リーズはふふんと自慢げに胸を張った。

 ふわふわと言っても多少のごわつきがあるが、想定していたごわごわを思えば十分ふわふわしている。

 それに何だか良い香りがふわりと広がるので、思っていた以上に触っていて楽しい。



「耳の付け根辺り触っても良い?」


「おう、首とかも触って良いぞ」


「良いの?」


「俺様は強いからな! 人間相手に怯える理由がねえ!」


「成る程」



 まあごもっともかと思いつつ、首の辺りも揉むように触らせてもらう。


 ……あ、結構むにむに?


 脂肪があるというよりは皮があるという感じの触感。

 柴犬の首辺りをたぷたぷした時のあの感じに近い。

 動物は首を狙われた際、致命傷にならないよう首の皮が分厚めだったりするのも居るらしいので、クズリもそういうタイプなのかもしれない。

 にしてもこんな行動できる辺り私も大分酔ってるなあ。



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