奴隷使い=革命家
食事処を出て、休み休みではあるが適当に町を歩いたものの、本当にどうしたものか。
目的が無いと超困る。
とりあえず住み込みバイトが出来そうなところを探すべきなのだろうが、どこで募集しているかもわからない。
人外に頼れば教えてくれそうな気もするが、そこまで頼り切って良いものか、という気持ちもある。
……相手からすれば犬好きが犬に頼られたみたいなものだろうから、多分喜ばしい事な気はするけど……。
頼む側としてはやっぱりその辺気にするものだ。
しかし、そう考えていると日が暮れ始めてしまった。
……夜、うろついたらヤバいよね。
戦闘力皆無な私が夜のファンタジー世界をうろつくとか一発アウトだ。
ゲームでも昼と夜がある場合、大体夜の敵は強化されている事が多い。
あと盗賊とか出る可能性考えると超怖い。
……まず、宿探すか。
阿修羅族のアソウギから聞いた話では、百二十ゴールドだかである程度の設備がある宿屋に泊まれるとの事だった。
幸いにもルーエがくれたお金のお陰で、資金は潤沢にある。
……正直潤沢過ぎるけど!
一枚で百万ゴールドのヤツがまだ十枚以上余裕であるとか恐ろし過ぎる。
ゲームだったら五週目以降かチートでもない限りあり得ない額。
でもここでイージーモードだと調子に乗って胡坐を掻いたら終わる気がするので、多分これは神の試練的なアレなのだろう。
最悪職が無くても慎ましく生きればこの金で一生を過ごせる事は出来そうだし、最初っからアクセル全開になるのはやめておきたいところ。
……まあ働かなくても良いとはいえ働いてないと不安になるから働き先は探すけどさ……。
これだから日本人はワーカホリックと言われるんだ。
でももう染みついているのでどうしようもない。
何か働いて役に立っていると実感、あるいは自分で納得出来るようにならないとメンタルが辛い。
日本人のメンタル自己肯定力低すぎの闇。
「ねえねえ」
「ひょえっ!?」
そろそろガチで日が暮れ始めてヤバいなと思っていたところ、背後から声を掛けられた。
思わず肩を跳ねさせて振り向くと、そこには長身の女性が居た。
大きな胸を丈の短いチューブトップで覆っている、全身もふもふな獣寄り獣人。
……つかまたもや露出が! 多い!
ボリューミーな尻尾からすると恐らく狐系なんだろうし、尻尾のボリューム的にもズボンやスカートを履くのが厳しいのはわかる。
でも露出多めな女戦士系キャラが身に着けてるような前掛けっていうのはどうなんだ。
それで良いのか。
それが普通なのかこの世界は。
……いやでも、獣人で獣寄りなビジュアルの人は見た感じ露出多めだったし……。
やはり毛がもふもふだと衣服の感触が違和感だったりするんだろうか。
自前の毛皮みたいなものだし、本人からすると既に着てる感覚なのかもしれない。
「あれ、驚かせ過ぎちゃったかな? 大丈夫?」
「あ、はい大丈夫です!」
目の前でもふっとした手を振られて我に返る。
動揺からかつい露出に目がいってしまった。
動揺無くても目がいくだろう露出度だけども。
……他も大体そんな感じの露出度だから私が慣れた方が早いのかな……。
郷に入らば郷に従えとも言うし。
「それで、どうかしたの? 宿取れなかった? 迷子?」
「迷子、というか……まだ宿取ってないから、今からでも大丈夫かなって」
「ああそれなら大丈夫! 夜通し歩いてようやく到着する旅人や冒険者も居るから、基本的に宿屋は二十四時間営業なんだ。まあ、ご飯作ってくれるのは時間制限あるけどね」
ふむふむ、と頷く。
確かにそういう事はままあるだろう。
日本でも深夜にチェックイン出来るホテルとかあるし。
「でもまだ宿屋が決まってないなら、良かったらクダと一緒に来る?」
可愛らしい顔をしたショートヘアの彼女は、耳をピコピコ揺らしながらそう言った。
……待っていくら何でも突然過ぎない!?
「トイレがあるくらいの個室だから広く無いしベッドも一つだしお風呂無いしカギも無いけど、クダそれなりに戦えるから守れるよ? 既に借りてる部屋だし、部屋代だけだから人数関係無いし」
「え、いや、それは流石に……」
「あとクダ、あなたから詳しいお話聞きたいなーって思うんだ」
クダはね、と彼女は僅かに身をかがめて目線を近づけながら、尻尾をゆらりとくねらす。
「クダは妖怪な管狐なの。誰かの為に動いたり、誰かが自分の上に居るのが生態的にしっくりくるのがクダ。でも今、クダはフリーの管狐状態でね」
そしたら!
「あなた、すっごく良い感じの気配させてるんだもん! クダ好みって感じがすっごいする! ねえ、もしかして上の立場な感じのジョブ適性あったりしない?」
……奴隷使いの事言ってるのかな……。
物凄くキラキラした目で見られているが、そうも良いものではない、と思う。
少なくとも社長とかそういう系統じゃないし。
……でも実際の奴隷使いはもうちょっと良い意味みたいな事ルーエは言ってたし……。
難しいところだ。
「ねえねえ、駄目かな? クダすっごく働くよ? クダすっごい頑張るよ? 実行すると存在が呪いに傾くからあんまりやりたくないけど、嫌いな誰かを呪ったり金持ちから有り金全部奪ったりも出来ちゃうよ?」
「それは正直こっちもやりたくないよ!?」
「わあい!」
反射的に返したら何故か万歳で喜ばれた。
「そういう事言う人に主になって欲しいんだよクダは! 人間じゃないとクダの主にはなれないし、でも人間だとハズレばっかりだし!」
やっとアタリに出会えた! と彼女は耳と尻尾をピコピコさせて金色の目を輝かせる。
「ねえねえ使える部下欲しくない? ある程度ならオールマイティにこなせるし、分裂だってお手の物だから役立つよ! 情報収集とかちょっとした戦闘も得意だよ!」
「いや、あの、何ていうか……!」
奴隷使いだからその辺結構色々アレなんじゃないのか、とか言いたい。
言いたいが、今はまだそれなりに通行人も居る時間帯。
つまり、
「……く、詳しい話をするので、個室があるっていう宿屋に案内してくれます、か……」
相手のテリトリーへと行くしかない。
「うん、わかった! あとあんまり知られたくない内容なら言わないようにって命令してくれれば良いからね! そう言ってくれればクダもちゃんと従うから!」
見た目高身長なセクシー系だが、彼女は随分と可愛らしい笑顔で尻尾をぶんぶん振っていた。
・
案内された宿屋は、少しどんよりした気配をさせていた。
安い宿屋だとわかる作りだ。
「これでも個室が用意されるだけマシだよ? トイレもあるから、ボロ宿の中でも結構良いトコ枠なんだよねー」
「わあお」
ちょっと驚いたが、まあそういうものなんだろう。
……大部屋で雑魚寝みたいな最安宿っていうのは、多分山小屋みたいな感じなのかな?
特に山登りなんてした事無いので山小屋を利用した事も無いが、山好きの人から聞いた話では、天候や時間によって山小屋で寝る事もあると聞いた。
しかも狭い山小屋で他の人達と一緒のすし詰め状態。
想像するだけでゾッとするので、ここは本当にまだマシな方なのだろう。
そして彼女は持っていたカギで部屋の扉を開け、中に入った。
……ここまで来といてなんだけど、良いのかな……。
大丈夫なのかと二の足を踏んでいると、こいこいと手招きされる。
まあここまで来たし今更か、と腹を括って部屋の中へと足を踏み入れた。
「あ、良かったらベッドに座ってね! 他は床に座るしか無いけど、土足だから普通に汚いよ!」
うへえ。
「でも、良いの? 部屋の主差し置いて」
「きっとクダの主になってくれるだろうって人が相手なら全然良いよ! 部屋の主って言ってもクダは借りただけだしね!」
主になる気は無いのだが、否定しても今の段階ではいまいち聞いてくれなさそうなので閉口しておく。
そのままベッドに腰掛け、
「ちなみに魔法で綺麗にしないとベッドに居るノミとかダニとかにやられると思うけど、良かったら魔法で綺麗にしようか?」
「先に言ってそしてやって!?」
「はぁーい!」
思わずベッドから飛び退くと、ニッコニコの笑顔を浮かべた彼女は肉球のある指で指パッチン、ではなく、爪と爪をカチッと擦って火花を散らせた。
それと同時、ベッドが燃える。
しかし、それはすぐに鎮火した。
……い、一瞬……。
目を見開く以外に驚きモーションが発動しないくらいには一瞬の出来事だった。
しかもベッドはしっかりあるし、焦げ跡は一切無い。
「え、今の何……?」
「ベッドは燃えないよう気をつけつつ、範囲内に居る虫だけを燃やしたよ! 勿論死骸も残らないよう塵になって消えるまで! 普通に綺麗にする魔法使うのも出来るけど、クダは炎の方が得意だからね!」
えっへん、と彼女は豊満な胸を張った。
いや、うん、まあ、それは良い。
それは良いが、問題がある。
「…………あの、聞きたいんですけど」
「うんうん、何でも聞いて良いよ! クダは基本的に主に忠実だからね! あと敬語は無くて良いよ!」
「さっき、先に虫についてを言わなかったのは? っていうか先に綺麗にしておくとかしなかったのは……」
「後から言ったらお願い、っていうか命令してくれるかなーって」
……ワー可愛い笑顔ー……。
もう何か、そういう種族なんだと納得しておこう。
言われないとやらないタイプなんだな、と理解すれば問題は無い。
「……ええと、それで、まず自己紹介からしてもらって良いかな」
「クダは管狐のクダだよ! 現在フリーの管狐! 経歴は七代の後に二十年で次は二代続いたけどその後は五代で、次は四十年で、最新は二代!」
「どういう事!?」
「クダを最初に使ってた家系は七代続いたんだけど自滅みたいに滅んで、その後クダを使い始めた人間は二十年で破滅して、っていう感じ」
「……破滅とセットなタイプの方?」
「クダはちゃんとクダにも良い対応してくれれば良い子だよ? クダを私利私欲に使い過ぎて、そして悪い扱いをした場合はクダの存在が呪いに寄っちゃうだけ」
呪いに寄ると周囲の呪いを集めるし人の手に負えなくなるんだよね、と彼女、クダは不満げに頬を膨らませた。
「それで、そっちは?」
「私は人間……の、喜美子」
「そっか! よろしくね、主様!」
「違う違う違う」
慌てて待ったと掛けておく。
主になる気は無いってのに話聞かんなこの子。
……異世界人だけど人間枠で良いよね? って思ってたらもう! もう!
内心でシリアスする暇が無いのは良い事だけど、テンポがズレる。
「あのね、確かに私はジョブの確認してもらったらそういう、上に立つ系ではあったけど、多分クダが思ってるような主じゃないと思うわけ。いやもう本当にマジで」
「そうなの?」
「……だって、奴隷使いって言われたし」
告げると、クダはきょとんとした顔で首を傾げた。
「充分上に立つジョブだと思うよ?」
「でも、あんまり良いイメージじゃ」
「それは人間の中では、って話だもん」
クダは言う。
「奴隷使いが悪いイメージ、っていうのは人間の中にしかないんだよ。人外としては、奴隷にするしかない罪人を取り扱わないと駄目なとっても大変な立場の存在。あるいは全てを受け止め受け入れて、種族も何もかも気にせずに皆を率いる事が出来る存在」
それが本来の奴隷使い。
「寧ろそのくらいの、成人済みの人間で奴隷使いの悪いイメージそのままに染まってないっていうのがすっごいんだよ! もうそれだけで凄いレアだからね! 普通は自分や他人の偏見で歪んだイメージの奴隷使いになっちゃうんだけど、そうなってないでしょ?」
「そ、そうなの?」
「だってクダが主になってってお願いした時、普通の人間や人間的イメージの奴隷使いだったら利益考えて絶対受けるもん! それしないって事は、そういう偏見も無いって事だよ!」
色んな人間見て来たクダが言うんだから! とぐいぐい近付いてきて気付けばこちらをベッドに押し倒して来たクダは言う。
随分ぐいぐい来るのに嫌悪感がいまいち湧かないのは、人外らしい顔つきだからだろうか。
……犬、っていうか狐寄りのモフモフ系の顔してるもんね。
犬がじゃれてきてソファとかに倒れ込む、というのは実家で飼ってたサンバ(大型犬)を思い出す。
今思うと実家は犬猫とか他にも色々ペットを飼ってたが、皆リズムが良さそうな名前だった。
猫の名前なんてマンボとタンゴだったし。
「ねえねえ、奴隷使いならクダを奴隷にしようよ!」
「今物凄い事言ってるって自覚ある!?」
「奴隷って言っても主従契約ってだけだから管狐が取り憑くのと本質は変わらないし大丈夫! そもそも人外からすれば人間の力尽くな拘束なんて拘束にもならないくらい非力だもん」
それは何となくわかる。
……普通の動物ですら、人間の拘束が意味をなさない時あるもんね。
ゾウやライオンはともかく、普通の犬だって怒り狂えば手がつけられない暴れっぷりとなる存在。
そしてこちらの世界には十メートルサイズの蛇ボディとか、三対の多腕とか、物凄い変身能力とか、指を振るだけで相手を移動させたり物を持って来たりという魔法が使える存在も居る。
仮に魔法が使えたとしても、人間が敵うとは到底思えない。
「そんな人間にちゃんと従ってるっていうのは、それだけ素敵な主だから、なんだよ」
「近い近い近い顔近い」
既にもふもふでぽよんぽよんな胸は密着状態だ。
「無理矢理従えるのと好きで従うのは全然違うからね!」
「や、でもほら私ちょっと事情が特殊で!」
「クダだって特殊だよ? 私利私欲に使った上でクダへの労いとかがゼロだと呪いに寄っちゃってその家系破滅させちゃうし、今だってフリーなのはクダをこき使った元主に愛想尽かして住処の竹筒壊して家出して来たからだし!」
「ゆ、勇者の巻き添えで召喚された異世界出身の人間で!」
「色んな人間のとこ渡り歩いてたし結構長い事生きてるから異世界人なんてそれなりに目撃してるよ! 勇者じゃなくても迷い込むパターンあるから百年に一人か二人は居るし!」
充分レア枠だと思うが、先程の話からするとクダは結構長い事生きているようなのでそう珍しくは無いのだろう。
平均寿命が二年か三年なハムスターからすればうるう年なんて一生に一度あるかないかだが、人間からすればそうもレアって程じゃ無い、みたいなアレ。
……にしてもどーすれば良いのかな! これ!
異世界人だという真実話してもさらっとスルーされてしまった。
最大の重要事項が問題無いとなると、断る理由もいまいち無い。
正直異世界人だという事を踏まえた上で色々相談出来る対象が居るのは物凄く助かるわけだし。
「…………で、でも奴隷契約とか、やり方知らないから……」
「奴隷使い自体今は名称変えられてるだけで本来は革命家だから大丈夫! 主従契約って言っても、罪を犯して奴隷になったわけじゃないなら基本はある程度の要点を書いた書面作ってお互いの体液垂らせばオッケー! 正直言って奴隷側が罪人じゃないならギルドでの登録するだけで充分だから個人契約とかする必要無いけど!」
「待って奴隷使いって元の名称革命家なの!?」
「うん!」
国の闇を知った気がする。
そう思いつつ、息を吐いて体から力を抜いた。
「………………異世界人でマジこっちの世界について何も知らないから、色々教えてくれると助かります」
「わあーい! よろしくね、主様!」
ぎゅう、ともふもふでありながら実に女性的な体に抱き締められる。
……荷物の受け取りに出ただけなのに、一日で凄い濃度だった……。
拝啓実家の両親とペット達。
お宅の娘は、異世界で押しかけ女房みたいな奴隷を手に入れました。