飲み交流会
ギルドでの報告や売却も終わったので、そのままクダ達と一緒に帰るつもりだった。
そのつもりだったのだが、
「あれ、首領だぁ。やっほぉー」
「むぎゃう」
クダ達と合流する前に、のしのしとやってきたヒグマ獣人のグリーの両手の肉球によって頬をむにむにと揉まれる。
「何してるのぉ?」
「依頼報告終えたところれひゅ」
「そっかー。ご飯食べた? お腹空いてない? 俺のおやつ分けてあげよっかぁ?」
「おやつって」
「どんぐりとか」
「灰汁抜きした上で加工を施されてない状態のどんぐりはちょっと」
グリーが懐から出したどんぐりは完全にそのままのどんぐりだったのでお断りしておく。
「というかヒグマ獣人って他人とお皿シェア出来ないレベルで食べ物に貪欲なんじゃ」
食べてる途中の物なんかを土に埋めるという土饅頭。
それに手を出した相手は絶対に許さないし、仮に人が襲われ埋められてもギリ生きているからと保護した場合、匂いを追って例え町であろうとやってくるという地獄仕様がヒグマのはず。
「だって首領ってば可愛いんだもん」
「……子供扱いしてる?」
「やだなぁ、オスの熊は子育てに参加しないから子供扱いしてても育てたりしないよ」
「それはそれでちょっと」
「それどころか子連れのメス熊は発情しないから、発情させる為に子熊を殺すとかする事はある」
「それはそれでちょっと! っていうかそれ動物の方だよね!? 熊獣人は違うよね!?」
「良いメスだーって思っても相手が発情しない場合は考えるかなぁ? そこは相手の種族によるよねー。発情条件違うし」
「こっわ」
ひたすらに恐怖しかない。
「まあ良いやぁ。触れ合えて満足したしね」
再びぐりぐりと頬を捏ねてから、のそりとグリーは掲示板の方へと向かう。
「あ、そうだコレ」
と思ったら、グリーは大きな爪に小さな紙を挟んで渡してきた。
受け取って見れば、思ったよりも普通に大きさがある紙。
「…………ドリンク一杯無料券、十名分?」
「全種族対応の飲み屋でお気に入りのお店なんだぁ」
ふにゃりと笑うグリーは可愛らしいけれど、見上げる立場からすると影の角度とかで本能的な恐怖がフレーバー程度には存在する。
いやもうビジュアルが二足歩行のヒグマでしかないから尚更本能的な恐怖を感じる。
頬を捏ねる時に痛みが無い辺り、爪が触れないよう気を付けながら力加減をしっかりしてくれているという事なので怖がる必要なんて無いくらいなんだろうが、それはそれ。
私以外も人類の本能なんてほぼ死滅状態のはずだけれど、生き物の本能部分が警鐘を鳴らすのは致し方なし。
なにせ生きているもので。
「本当は俺が行きたかったんだけどぉ、しばらく行きたくないから」
「行きたいのに行きたくない?」
「最近クズリ獣人がそこの常連になってね? 酒癖が悪い上に酔い方が戦闘狂だから、俺みたいに強そうなのに挑んでくるの。
クズリは俺でも不利だから関わりたくないんだけどぉ、酔ってる時に見つかると必ず絡まれるんだ」
「あー……」
成る程。
「つまりそれが嫌だからこの券をくれた、と」
「うん。この券も俺が常連だし巻き込まれた側だからってお店の人がくれたの。でもお店も被害を被ってるし、それなら相手を刺激してまた乱闘になるのはなぁ……って」
「……乱闘になったんだ」
「あんまり実力差があるといじめを超えて虐殺になっちゃうから、普段はやらないんだよ? でも実力差はトントンだったからつい」
要するにまた鉢合わせたら再び乱闘になる、というか喧嘩を買ってしまう自覚があるからこそこの券を譲ってきたわけか。
見ればしっかり使用期限があるし、期限はあと三日というところ。
勿体ないという事と、券は執着する対象ではないという事でくれたらしい。
まあ券とかは使用するものなので、それにまで執着してたら常に大事件状態か。
・
クダ達のところへ戻り、そういうわけで貰った、と券を見せる。
「……ヒグマ獣人から貰える辺り、流石はお前様というか……」
「ご主人様って心惹かれる何かを持ってるから、そういうのもあるんだろうけどね」
「特に主様の場合は奴隷使いでもある分、他の人から見たら一癖二癖じゃ済まないようなタイプを惹きつけるんだと思うなー」
「券を貰っただけで凄い言うじゃん」
「「「相手ヒグマ獣人だから」」」
そういうものか。
「それで一杯分だけとはいえ十名様分あるんだけど、クダ達どうする? 行く?」
「そこはやっぱり主様が行きたいかどうかに委ねられるよ? クダ達奴隷だもん」
基本的に気分と流れで行き先を決める事が多いので困る。
幹事とかに向かないタイプが私なんだし。
「んー……私としては行きたいかな。色んなお店体験してみたいし」
「じゃあクダさんせーい」
「俺も賛成。話が本当ならそのクズリ獣人が居ると面倒な事になりそうだけど、まあ大丈夫でしょ」
「自分もイーシャに同意見だが……早めに食べ終えれば問題はあるまい」
「二人共めっちゃフラグ立てるぅー……」
出会うフラグしかねえ。
「あー、首領まだ居た! 良かった!」
「首領これからご飯なら夕食とか一緒に食べようよ!」
「「奢るのは厳しいけど、奢ってとは言わないから!」」
「とりあえず突撃やめて……?」
自分より背が高い男二人に背後から飛びつかれると普通に前方に倒れるしか出来ない。
カトリコが胸をクッションにするかのように受け止めてくれたから良かったけれど。
というかイーシャの時は不思議にも思わなかったが、カトリコの体幹も中々に凄いな。
びくともしてない。
「「ごめーん」」
さらりと謝った二人は離れる。
突進とはいえ二人が本気で飛びつけば衝突事故みたいな状態になるはずなので、バランスを崩すくらいで済んでいる以上これでもかなり手加減してくれているのだろう。
でもそれはそれ。
人間の中でもか弱いというか弱体化していると言っても過言ではない現代人にそうもしっかりした体幹を求められても困るのだ。
「まあでも、一緒に夕食は賛成。さっきグリーから飲み屋のドリンク一杯無料十名様券貰ったから」
「「えっ」」
二人は耳をピンと真っすぐにして肩を跳ねさせた。
「……えっ、グリーってあのダイヤモンドランクなヒグマ獣人だよね? 何で?」
「物だろうが何だろうが自分の物認定した途端異様な程の執着を見せるヒグマ獣人から貰うなんて事あるの……? 首領、知らない間にグリーに飼われる事になったりした?」
「流石に飼ってる身で飼われる気は無いって」
口元に手を当てたまま意味が分からないと雄弁に語る目でそう言われても、理由はこっちもわからないので無難にそう返しておく。
……飼ってる身っていうか、養われてる身って感じだけどね。
髪を乾かしてもらったり髪型をセットしてもらったり背中に乗せてもらったり、と色々を思い返すとコレは飼われている側がされるものではと思わんでもない。
ペットがよくやられてるヤツだ。
……うん、まあ、ペットじゃなくて奴隷だし……。
奴隷とはいえ本来奴隷使いは革命家な為、クダ達も奴隷というより革命家に協力する強者的な立場なんだろうけれど、よくわからんので深く考えないでおこう。
考えたって答えは出ないし、仮に答えが出たって現状に変わりないならわからずとも良し。
無知と自覚した上で足りない部分を補うよう自力で学べとかの有名なソクラテスも言っているけれど、一応現状に問題は無いので。
……これって目の前にある宿題を見て見ぬ振りする心理かな……。
人間ってどうしてこう目先の欲と目の前の問題しか見えない癖に目の前の課題からは目を逸らしてしまうんだろうか。
「単純によく行くお店でクズリの獣人に絡まれて乱闘になって、絡まれた側だからって事でお詫びにお店から貰ったけどクズリ獣人の方も常連っぽくって、下手すると乱闘リターンズになるからって事でくれたの」
「「あー」」
「クズリじゃ仕方ないねー」
「小柄なのにヒグマとやり合えるからねー」
こちらとしては漫画で初めて知ったくらいにはマイナーな印象の動物だが、異世界だと普通に知名度あるんだろうか。
まあ単純に獣人が居る異世界だからこそ何獣人か把握する為に周知度が高い、という可能性もあるが。
……あれだよね、国みたいな。
外人さんが居た時に出身国を聞いてピンとくるかどうかというアレだ。
最低限でも知っていれば話のキッカケになるし、うっかり粗相をする事も無いだろう。
特にヒグマのシェア無理本能とかケンタウロスの真後ろアウト本能とか、こちら側の命に関わってくる本能と攻撃力をお持ちなので、周知しておかないと危ない。
自分の身を守る為に知恵は大事というのは本当だなあ。
「で、一緒に行く?」
「「行くー!」」
わあい、と二人はそれぞれ手を挙げる。
「これで私達四人と、ミレツとニキス含めて六人になって……あと三人か四人くらい誘えると良いんだけどね。交流深める事も出来るし」
「あっ、それなら俺達交流深めたい人居るよ!」
「人じゃなくて獣人だけどね!」
「流れの冒険者だから時々しか会えないんだ!」
「しかもあんまり喋るタイプじゃないから中々仲良くなれないし!」
「「その人誘って良い!?」」
「まあ誰が来ても私からすればほぼ知らない人ばっかりだろうし、相手の人が良いって言うなら良いんじゃない?」
「「やったー! じゃあ早速誘ってくる!」」
喜びに跳び上がりながらハイタッチして、すぐだから! と二人はギルド内を駆けていく。
どうやらこの空間内にそのターゲットが居るらしい。
「じゃあ私達も時間ありそうな冒険者探してみる?」
「んー、その必要はなさそうかな」
クダの言葉の意味を問いかけるより先に、声を掛けられた。
「どうもこないだぶりですね首領! 僕です! 覚えてませんか僕の事!
まあ僕はそこまで印象深く無いと思うんで再び自己紹介させてもらうと前に一緒の席でミミズ盛り合わせ食べてたトガリネズミ獣人のトガネです!」
「ああ、うん、覚えてる覚えてる」
この勢いの強さは中々忘れられないと思う。
そりゃあグールであるガラヴァーとの会話も中々の衝撃が多くて印象的だけれど、それでトガネの印象が薄くなるわけではないのだ。
手などは獣寄りだが、顔などは人間寄りの見た目。
その顔でミミズ盛り合わせを美味しそうに食べる光景はそう簡単に忘れられるものではあるまい。
「さておき首領! 今のお話聞いちゃったんですけど本当ですか!?」
「今の?」
「あっ違いますよ盗み聞きとかはしてないです! うっかり聞こえちゃっただけです僕獣人なだけあって耳は良いんで!
あともしかしたらドリンク一杯無料の恩恵にあずかれるかなって!」
「確かに人数は問題無いけど、ドリンク一杯だけだよ? 奢るわけじゃないし」
「そこは問題無いです! 自分の燃費が悪い自覚はあるしよく食べるのも事実なのでそう簡単に奢ってもらおうなんて考えません!
ちゃんと自分の食費は冒険者として稼いでます! 稼がないと数時間で飢え死にですからね!」
トガリネズミと考えると冗談じゃなくてガチな事情だろうから笑って良いのかどうなのか。
病人の病弱ジョーク並みに反応に困る。
「つまり割り勘前提ですが、それでもドリンク一杯の魅力! 更に首領達とまた席を一緒に食事が出来るという事実! これはもう逆にお金を稼げますよ!」
「いやいやいや」
「実際町の薄暗い方に行くと人間とお酒飲みながらお話出来るお店がありますよ! かなりぼったくりなお値段ですが人外慣れした人間が多いので行く人外は多いんです!
なにせ種族にとっての日常会話をした際に突然ドン引きされたりが無いですからね! しかも人間とお話出来るという最高のお店! お触り禁止の店でもありますが、人外によっては酒に酔うと危ないので仕方がないとも言えるのです!」
それってもしかしなくとも日本のキャバクラとかホストクラブって名前のお店では。
「ああいうお店って俺みたいなケンタウロス族は最初っから出禁なんだよねえ」
「イーシャも行った事あんの!?」
「いや、だから出禁なんだって。ケンタウロスは酒癖悪いヤツしか居ないから。酒に酔うと暴力的になる上に手当たり次第の異性に手を出そうとするから本当危ないんだよ。
俺の父親他種族で母親がケンタウロスなんだけど、それで俺を懐妊してるしさ」
「わお」
仮面で目元は窺えないものの、口元に見える僅かな笑みは単なる日常会話の時のもの。
声色からしても、気まずいというよりそういうものという認識らしい。
……人間基準だと中々の暴露に聞こえるけど、ケンタウロスからしたら常識なのか……。
男子校出身が女子高出身の子から赤裸々な話を暴露されて驚くも、向こうからしたらそれが日常だったみたいな温度差のアレ。
何だかああいう空気を感じる。
……つまり私は気にしない方が良い、と。
人間基準で考えるとトンデモな話だが、ケンタウロス基準じゃよくある事なんだろう。
他種族に人間の常識を持ってくるわけにもいかないので、スルーが一番。
こっちだって魚とかの常識持ってこられて鰓呼吸の仕方を全力で教えられたところで困るだけだし。
構造が違うのだ構造が。
「さておき人外に対する偏見や拒絶がほぼ皆無な首領は実質そういうお店の人並みのポテンシャルを持った人間!
つまり僕達からすると一緒に食事をする際、気遣ったりしなくて良い相手! しかも楽しくお話が出来るという最高の時間! これはチャンスがあれば是非ともご相伴に預かりたいというものです!」
「な、成る程……」
まあ確かにキャバ嬢と同じポテンシャルの人が居たら一緒に食事出来るだけでもかなり嬉しい、かもしれない。よくわからないけど。
……ストーカーさんの中には派手な格好の人も居たけど、基本的にこっちから聞く事はしなかったしねー。
なので本業キャバ嬢の人が居てもわからないのである。
知らなくても仲良くはなれたし。
「じゃあ良かったら一緒に」
「行きます!」
「食い気味ぃ」
そこまで食いつかれる理由がいまいちピンとこないけれど、人外だからこその感覚なんだろう。
猫だって室内で好きに動いてるだけでお仕事になる猫カフェについて、それを嬉々として利用する人間に対して不思議な気持ちを抱いているかもしれないし。
普通にしてるだけでああも喜んで来るのは何故だろうと思っているかもしれないが、人間からすれば猫と触れ合える最高の場所が猫カフェだ。
つまり彼ら人外からしたら偏見のない人間と話すというのは多分そういう、うん、多分そういう感じのイメージなんだろう。
人外じゃないからよくわかんないけど。
「あ、それともう一人連れてっても良いですかね? 丁度友人と今日飲みに行く予定だったので折角なら連れていきたいです!」
「私は構わないけど……」
クダをちらりと見れば、ニッコリと微笑まれる。
「クダ達は主様の決定に従うよー。別に断る理由無いしね。タチの悪い化け狸でも無ければ」
そんなにも狸が地雷なのかクダ。
「それなら大丈夫です! 狸じゃなくてチョウチンアンコウの人魚なので!
しかもオスだから体も小柄で僕と同じくらいなんですよアイツ! あとテンションもわりと僕寄りなのでアイツもすぐ頷くと思います!」
それはそれで心配な気がするが、まあ良いか。
「でもチョウチンアンコウって深海魚だよね? 陸来て大丈夫?」
しかも足がある魚人と違い、足がヒレである人魚のようだし。
そう告げると、大丈夫です! とトガネは小さい拳を握った。
「アクセサリーに付与された魔法で水圧差のアレコレは無効化されますし、海水を自分の周りに固定する魔法、あるいは魔道具を使用すれば陸でも泳ぐように活動可能なんです! しかも自分の周囲のみなので光の加減によってはほぼ見えません!」
「成る程」
海水コーティングみたいなものか。
人間として考えるなら、空気を肌に密着させた潜水服とイメージすれば良いかもしれない。
たしかにそれならホームじゃない場所でも好きに動けるし、水自体を操れば密着している体も一緒に動く為、水流がある中を動くような動きも可能だろう。
流石他種族と共存している世界、色々と考えられている。
「それじゃあちょっと誘ってくるのでお店に先行っててください! 僕達は後から合流します! とはいえすぐですからねすぐ! すぐに話終わらせるからそりゃあもう早いもんですよ!」
「いや待って場所! 場所わかってる!?」
早速とばかりに飛び出そうとしたトガネの肩を掴んで引き留め、券に書かれている店名を見せてから送り出す。
危うく合流出来ないところだった。
「よく気付いたな、お前様」
「いや、うん、そういえばお店の場所とかについて話してないなって思って……」
カトリコにそう返すと、うむ、とカトリコが頷く。
「まあ獣人の場合は嗅覚が優れているし、ここまで特徴的な種族が揃っている以上、人通りが多い場所でも余裕で追えるだろうが」
「そうなの!?」
「だからあのトガネというトガリネズミ獣人も聞かずに行こうとしたのだろう。とはいえ、わからないかもと思ったお前様の……人間からの気遣いは嬉しいものだったろうがな」
「…………獣人の嗅覚舐めてんのかって気持ちになったりは」
「馬鹿にしている態度ならともかく、今のは気遣いだと普通にわかるから問題無い」
それなら良いけれどと思っていると、ミレツとニキスが戻ってきた。
「首領! この人この人!」
「許可貰えたから連れてきたよ!」
そう言う二人がそれぞれ片方ずつの腕を引っ張って連れてきたのは、背の高いうさ耳の男性。
二人と同じく人間寄りの顔をしている彼は、疲れたような溜め息と共に口を開く。
「…………ノウサギ獣人のノーサだ。流れの冒険者をしている」
「あ、どうも、冒険者で奴隷使いな喜美子です」
「ああ、噂には聞いている」
「うわさ」
「まともな奴隷使いはそれだけで人外の話題になるぞ」
ウサギ獣人特有のものなのか、あまり変化しない表情のままノーサは言う。
「知らんのか」
「あー……」
ちょいちょい言われるような気も。
そう零せば、ノーサは細いながらも筋肉質とわかる肩をすくめた。
「まあ良い。俺も噂の人間が気になっていたところだからな。そうじゃなかったら群れずに単独で生活する俺の性質上、誘いには乗らん。狐まで居る時点で普段なら避ける対象だ。」
「わあい……それはどうも……」
その期待に応えれる程の面白い話題を提供出来るだろうか。




