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ギリ死んでない危機察知能力



 昨日は丸一日のんびり過ごして何だか気分がスッキリ状態になったので、今日は何か採取の依頼でも受けようかと道を歩きながら考える。

 動きやすいようにと本日は髪型も首の後ろでくるんと纏められている。

 今日は何となく髪を纏めてくれているカトリコの動きを鏡越しに眺めていたのだが、それでもサッパリな動きで纏められていた。

 何だかくるんくるんと髪の束が回転したと思ったら綺麗に纏められていたのだ。


 ……バレッタが登場してパチンて留められたらはいおしまい、だったもんねえ。


 わりと本気で魔法かと思ったが、完全にただの技術らしい。

 というかくるくる巻いて纏めるだけだから長ささえあれば簡単と言われた。出来る人の簡単は出来ない人間にはサッパリだ。



「それで主様、今日の予定は?」


「久々に町の外歩こうかなって感じだから、採取依頼かな。近場で良いのがあると良いんだけど」


「それなら俺達はついでで近場の討伐依頼を受けるのが良いかね」



 うっかりでこちらを蹴らないようにか、斜め後ろくらいの位置で歩いているイーシャは言う。



「そうしたらご主人様の作業と分担出来るし」


「あー、助かる」


「もし高所の採取があるなら自分に言ってくれ、お前様。自分の翼なら容易い」


「うん、ありがとカトリコ」



 そんな風に話していればギルドに到着したので、扉をくぐった。



「あら、首領(ドン)! おはようございます、依頼のご確認でしょうか?」


「うん、そうだよリャシー。おはよう」



 こちらに気付いてすぐに駆け寄って、否、駆けるというより飛んで来てくれたリャシーに笑みを浮かべて挨拶を返す。

 利用する時間帯のアレなのか、お世話になるギルド職員はサンリかリャシーの二択になっていた。


 ……まあお陰で仲良くなれるから良いんだけどさ。


 しかし、掲示板の方まで同行してくれるリャシーの小さな背中を見ながら、ふと疑問を抱く。



「……リャシー、お休み取ってる?」


「はい?」


「ああいや、それなりの頻度でギルドに顔出してるからさ。サンリが居ない日はあってもリャシーはいつも居るなあって思って」


「ああ、成る程、そういう意味でしたか」



 大丈夫ですよ、とリャシーはふんわり微笑む。



「休みなく出勤してます!」


「休んで!?」


「人間とは疲労の基準が違うから大丈夫という意味ですよ、首領(ドン)


「あ、ああ、そういう……」



 ブラック企業の社畜さんかと思ってしまった。

 日本名物二十四時間働けますかなサービス残業系かと。



「でも本当に大丈夫なの? ソレ」


「そうですね……まず生態についてから語らせていただきます。リャナンシーは人の精気を吸うんですが、それは特定の相手からだけなんです。相手を惚れさせて専用ドリンクバーにする感じですね」


「わあお」


「でもやっぱりリャナンシーとしても精気の味には好みがありますから、才能のある人間しか狙いませんよ?

 基本的に狙うのは芸術方面の才能がある方、あるいはその方面に興味のある方ですね。そういった方と恋をして、相手の才能を伸ばし、そして食い尽くすのがリャナンシーなんです」


「何か聞いた事あるな……」



 管狐と似た系統だろうか。

 クダ曰く管狐は使役する存在のようだが、利用して育って滅ぶまでのワンセットが似てる気がする。


 ……まあ、厳密に言うと全然違うんだろうけど。


 食い尽くされるのと御せなくなって食われるのは違うだろうし、相手の求める物を与えるという点は同じにも思えるが、リャナンシーの場合は物理的な物ではなく相手に合った教えという感じだ。

 しかしクダも食事で代用しているだけで食事をしてないと主であるこちらの精気だかを吸うとか言っていたはずなので、微妙に一致しているのは否めない。

 まあ人外だしね。



「ですが、リャナンシーは相手が振り向いてくれない場合、とても尽くします」


「ん?」


「振り向いてくれたらその時点でドリンクバーなのですけれど、必要とされない事が駄目で、ついつい尽くしてしまうんですよね。必要とされなくちゃと思って」


「おっと」



 それはメンヘラの思考では。

 あらあらうふふみたいな微笑み浮かべながら種族的なメンヘラ宣言っぽいのを聞かされた人間はどういう反応をするのが正解なんだろう。



「そして私はピンとくる特定の相手が見つからない事もあって人との出会いが多いギルドで働く事となったのですが、それでも本能的に頑張らないとというのがありまして」



 日本人が持つ社畜本能みたい。

 いや、日本人が持つ本能は希死念慮だろうか。

 平安から続く自殺癖は本当どうにかした方が良いと思う。正直言って死んで逃げずに生きたまま責任取れよという話では?

 まあ状況にもよるだろうけれど。



「幸いリャナンシーは本能的に精気を求めはするもののそれが無いと死ぬというわけではありませんので、体躯こそ小さくなりますが精気を吸わずともこうして活動が可能なのです」


「健康状態とか大丈夫なの?」


「蜜などで充分ですよ。そもそも妖精寄りなので、あまりに合わない性質の土地にさえ居なければ問題ありません」


「現地の状態に左右されるって感じかあ」


「そうなりますね。人間だって合わない食事が出る土地に長居したら体調を崩すようなものです」


「あーわかりやすい」



 食に異様な執着を持つ日本人なのでめっちゃわかる。



「そういうわけで、健康状態に問題の無い私はピンとくる特定の相手を見つける為に可能な限りの連続出勤をしているわけです」


「しつこく聞くけど本当に大丈夫なんだよね?」


「ええ」



 頷きが返される。



「流石に二十四時間勤務とは参りませんが、リャナンシーがターゲットにするのは基本的に人間ですので、人間が顔を見せる確率の高い時間帯に働いてますよ。なので夜間はちゃんと休んでます」


「そりゃ二十四時間は無理でしょ」


「生命活動をしていない方や極短時間の睡眠を繰り返せば大丈夫という方は、営業時間の問題もあって違う店を兼任する事もありますが、二十四時間働いているという方は結構いますよ?」


「そうだった人外だった」



 というかパルトがそういうタイプだったのを思い出した。

 昼間の人間姿の時は服屋勤務、夜間の骸骨姿の時は眠気も何も無いので冒険者業をやっているんだったか。

 そしてイーシャもまた極短時間睡眠種族なので夜間は結構暇させてしまっているのを思い出した。

 そうだったよ人外だから人間と時間の流れも違うんだったよ。



「でもそっか、リャシーは相手を見つけたら寿退社的に居なくなっちゃう可能性もあるって事なんだね」


「相手が定住しない方でここから遠いところへと移動するのであれば、そうなるかもしれませんわ」


「……そうして移動した後で相手をドリンクバーとして飲み尽くして新しい相手探しに職場復帰するとかあり得る?」


「あり得ますね」



 当然のような笑顔で言われるとどうしたもんか。

 クダ達がそりゃあねえという顔で頷いててツッコミを入れる気が無いっぽいのでマジに当然なんだろうかソレ。



「でも、飲み尽くさないようにする場合もあるんですよ」


「あるの?」


「相手が愛を受け入れつつも、リャナンシーに愛された事で得られる歌や詩の才能を拒絶した場合だけ、ですけれど」



 ふふふ、とリャシーは微笑む。



「愛した相手の精気、あるいは血は、リャナンシーにとってとてもとても美味しいんです。それはもう、この世の最たる甘露と思う程に」


「あっ血も飲むんだ」


「飲みますよ。ただ美味しすぎて、愛し過ぎて、気付いたら食べ過ぎて殺してしまうんです」


「ああ……美味しいチョコレートをついもう一口って食べ過ぎて食べ尽くすアレ……」



 もうちょっともうちょっとと面白いドラマなんかを徹夜して完走しようとするアレにも似ている。



「才能を与えるのはそれがリャナンシー流の愛し方というのもそうなのですが、自分好みの味に変えているというのもあるんですね。だから尚更止まれなくなってしまうのです」


「好みのフレーバーになったらそりゃ食べ過ぎるよね……」



 キットカットが好きな人からすればキットカットは飲むように食べれてしまうみたいな事だ。

 しかし同じキットカットでも期間限定であまり好みではない場合、嫌いじゃないけど普段のキットカット程じゃないとなれば、そこまでの暴食には至るまい。

 これはつまり、そういう事なのだろう。



「ですので、好みに改造が出来ないながらも愛を受け入れていただければ、食料ではない恋人として見る事が出来るのですね」


「好みに改造したらドリンクバーコース直通かあ……」


「ふふ、ドリンクバーにしてしまうと飲み尽くしてしまいますけれど、そうなりさえしなければこちらも自制出来るんですよ。

 ちょっぴりの味見程度で止める事が出来るから、長く長く一緒に居る事が出来るんです」


「ギルドで会えなくなる可能性を思うと残念だけど、そういう人が見つかると良いね」



 あら、とリャシーは正面に回り込んでくる。

 ぶつかりそうな、リャシーの唇がこちらの眉間に触れそうなほどの距離。



「私は別に、女性相手でも構いませんのよ?」


「ただでさえ三人を養うどころか養ってもらってる状況だから甲斐性無いよー……?」


「うふふ、冗談です」



 ころころと笑われた。

 あの圧は本気に感じたが、妖精ジョークの圧ハンパ無いな。



「本気になったら、受け入れてもらえるようちゃんと無理やりにでも押しかけますから」


「私の弱点を把握されている……」


「それでは、依頼が決まったら呼んでくださいね」



 そう言ってリャシーはふわふわ飛んで去っていく。

 小さいけれどこちらより年上の可能性も高いので、近所のお姉さんが少年をからかう感じのアレだったんだろうか。

 遠い夏の思い出~とか言って久々に帰省してきた青年が近所のお姉さんと再会して昔の淡い初恋を思い出すとかいうよくあるアレ。



「…………主様は気付いてないみたいだから言っておくけど、妖精に言質取られたら完全に契約認定されるから、今のに頷いてたら確実に相手として確定されてたと思うよー?」


「えっ」


「圧感じてたみたいだけど、本気だっていうのを本能的に察してたんだろうねえ。その感覚は信じたほうが良いよ、ご主人様」


「マジでか」


「自分達としては奴隷仲間が増えるのは構わんが、今の問答を受け入れていれば奴隷ではなくお前様の恋人となっていただろうからな。

 まだそういう事を考えていないのであれば、断っておくのが正解だろう」


「嘘でしょめっちゃ自然にデストラップの可能性があるトラップ仕掛けられた……」


「「「好意からだと思う」」」


「声を揃えられてもなあ」



 好意の結果がデストラップの確立ありなトラップて。

 まあ妖精の逸話って大概そんな感じな気もするけれど。



「ちなみにクダ達からすると、私に恋人が出来る云々についてはどんな認識?」


「クダの場合主様が子孫繁栄してくれた方がこっちも分裂してそれぞれに取り憑けるから拒絶感は無いよー。

 養子でも問題無いから相手がオスでもメスでも全然。子供が欲しいだけなら結婚しなくて子種だけ貰うのでも有りだしね! クダ達がお世話するし!」


「うーん赤裸々」


「俺もクダに同意かな。結婚せずとも子は出来るし……というか、俺がそうだから。気に入った相手を可愛がるのも、気に入ったオスの子を産むのも主様の自由で良いんじゃない。

 無理やりは駄目だけど、人間は基本常に発情期だしさ。俺達を邪険にさえしなければ好きにして良いと思う」


「嬉しい事言ってくれるけどイーシャ今なんだか物凄い告白しなかった? こっちじゃそんなに結婚無しで子供作るのがデフォなの?」


「自分も二人に同じく、だな。少なくともお前様の身嗜みを整えたりするのが自分であればそれで良い。その楽しみを奪われるようであれば考えるが、共に楽しめるようであればそれで構わん。

 自分の両親は番いだが、だからといって特定の一匹だけを愛するわけでもあるまい。愛する相手が居ようと子供を愛したりペットを愛したりもするのだから問題は無いだろう」


「あ、良かったそっちね。浮気オッケーみたいなアレかと思ってちょっと焦った」


「魅力的なオスやメスが居て発情期に入っているのであれば浮気も何も本能だと思うが。自分達がお前様に惹かれたように、魅力的なら惹かれるのが道理だろう」


「うん、今のカトリコのセリフは後半以外聞かなかった事にしとく」



 人間にそのルールはちょっと。

 それで浮気を正統化するクズが居ないとは言えないのが人間という種族なので。


 ……後半は嬉しいんだけどね!





 めぼしい採取依頼は、低ランクではあるものの近場で採れる毒消し草摘みがあった。

 それと、



「……石の採取……? しかもすり潰しに丁度良さそうな石か美味しそうな石って何……?」



 内容は簡単そうなのに謎だらけ。



「ああ、すり潰し用は鳥人(とりんちゅ)が食べ物をすり潰すのに使われるんだ。

 砂嚢……食材的に言うなら砂肝だが、その部分に石や砂を入れる。なにせクチバシには歯が無いから、内臓の中で食べ物をすり潰す必要があるのでな」


「あー、聞いた事あるある」



 すり潰し用の胃だったか。

 すり潰す為によく動く内臓な為、砂肝はああもコリコリした筋肉だらけなんだとか。



「美味しそうな石っていうのは石を食べる種族用だろうねー」


「石食べる種族居るの!?」


「石で出来たゴーレムとかだと石食べて体の修復に使うから」


「成る程……」



 スライムも石くらい消化出来るだろうし、魔族を含めればこの世に食べられない物は存在しないかもしれない。

 人間でも結構食べるし、人間が食べられない物も食べれる動物は地球の時点でも結構居て、さらに魔族が加わればそりゃ当然とも言えるだろう。



「じゃあ私は毒消し草摘みと石の採取依頼受けようかな。クダ達はめぼしい依頼あった?」


「めぼしいっていうかわりと近場だからやっといた方が良いかなっていうのが」


「「あー! 首領(ドン)だー!」」


「ぐえっ」


「おっと」



 背後からの突進がダブルだった。

 思いがけない物理的な衝撃に日本語が不具合を生じてしまったが仕方がないと思う。

 ともかくイーシャが支えてくれたお陰で上手い事衝撃を逃がせたらしく、倒れたり潰れたりする事は無かった。


 ……うん、支えてくれたイーシャの体格と体幹がめっちゃ頼もしいね。


 支える腕から伝わる筋肉の安心感すっごい。



「って、ミレツとニキス?」


「「うん!」」



 振り返って抱き着いてきた二人を見れば、ウサギ獣人であるミレツとニキスだった。


 ……手品する時以外はあんまり表情変化が無いって言ってたけど、声色元気なのに目以外が無表情って中々に視覚情報が混乱するなあ……。


 そんな彼らの服装はいつものマジシャンらしいタキシードではなく、ピッチリした全身タイツにケープを重ねた姿。

 髪もいつもなら高い位置で一つに結んでいるところだが、今日は髪を下ろしている。


 ……あ、それでも足の方の丈は短いんだ。


 恐らく太もも辺りから獣寄りでもふもふしている為、タイツに収めるにはむずむずするとかの理由だろう。

 まあこちらの世界の衣服ルールからすると、露出部分もあった方が付与出来る魔法の数が多くなるから、とかもありそうだが。



「俺達今日は手品の予定無いから冒険者として依頼受けようと思ってて!」


「そうしてギルドに来たら首領(ドン)が居るんだもん!」


「「思わず体が動いちゃった!」」


「ところで依頼行くなら一緒に行かない? 出来れば討伐とか! 俺達で大物をドーンと派手に倒して見せるよ!」


「ミレツが言うみたいにドーンと派手とはいかなくっても大物を倒すくらいの実力はあるから、是非首領(ドン)と一緒が良いな!」



 ぎゅっぎゅされながら怒涛の勢いで言われても、



「……それ、二人の利点無くない? 二人が依頼受けて二人が倒して二人で報酬を受け取れば良いと思うんだけど」


「「観客が居ると気合が違う!」」


「成る程わかりやすい」



 生粋のエンターテイナーという事か。



「ちなみにクダ達としては」


「ランク上げやお金稼ぎに切羽詰まってるわけじゃないから良いんじゃないかな?」


「丁度俺達がやろうとしてたのは巨人な魔物を討伐する依頼なわけだし、その子達がやるには良いと思う。文字通りに大物だしね」


「自分達は近場に出るという人喰い植物魔物、マンイーター討伐の方をやるとしよう」



 本当この子達基本的にウェルカムだよね。



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