色々あったのでのんびりと
ふ、と眠っていたはずの意識が浮かび上がってきたのを自覚した。
外から聞こえる音がそれなりに多くて、煩わしさに寝返りを打つ。
手元のふわふわした温もりを抱き寄せて起きるのを拒否するように顔を埋めれば、ふわふわでぬくぬくでありながらしっかりと身があるとわかるものに受け止められる。
「主様、今日は寝たい日?」
「んー…………」
「寝たいなら寝てて良いよー。今日予定無いし、起こして欲しい時間あったら言ってね」
「ん…………」
「そう甘やかすな、クダ」
頭上から聞こえる柔らかい声とは別の、ピシャンとした声が聞こえた。
「朝は朝だし、予定が無くとも起きはした方が良い。午前中に起きた方が使える時間が増えて得だろう」
「クダそういう生き物らしい上に若い考え無いし、主様が寝てたいなら寝かせた方が良いと思って」
「…………自分のは生き物らしくて若い考えか?」
「少なくともクダは朝昼晩関係なく働かされてた事があるし、呪い寄りになって当時の主を仕留めたりはしたけど呪い寄りになる以外問題は無かったし、元から生き物より式神寄りの性質だからねー。
あと長生きしてると自由を得る事さえ出来れば好きな時に好きな事やれるから、使える時間がどうとか考えたりはしないかな」
「成る程」
「なによりクダの場合は主が居てこその存在だから、命令を聞く以外にコレやりたいって主張は特に無いっていうのもあるねー」
「クダの性質はわかったが、ソレはソレだ。生き物でありまだ若いのは同一である以上、起こした方が良いだろう」
「んー、主様が実行するのに時間掛かるようなのはクダが代わりにやって時間短縮とか出来るけど、その方が良いのかなあ。主様が嫌がるならやる気はないんだけど」
「聞いてみれば良いんじゃない?」
ゆったりした低い声が入ってきた。
「ご主人様、そろそろ起きるかどうか、どうする?」
「んん…………」
……もうちょい寝たい、けど……。
寝過ぎて体がバキバキになるのも嫌だし、ついつい本を読んで夜更かししてしまったという自業自得感もある。
なにより夜更かしが過ぎると言われてクライマックス直前でカトリコに本を没収されたので、その続きを読みたいというのもあるのだ。
……ゲームに夢中になって夜更かしする子供を寝かしつけて場合によってはゲームを没収するお母さんって感じだったなあ、カトリコ。
そんな事を考えていれば意識もそれなりに起きて来たので、最後にもう一回クダを強く抱きしめもふもふの中に顔をうずめてぐりぐりして、目を開ける。
「…………おはよ」
「おはよう、主様!」
「ちょっぴりお寝坊さんだけどねえ、ご主人様は」
「お前様がちゃんと午前中に起きれたのであれば自分は構わん」
三者三葉の言葉を聞きながら、まだぼんやりする体のせいで座ったまま停止してしまう。
考える頭は一応起きているというのに、瞼が開かない。
これは体がまだ寝ている証拠だろう。
「顔でも洗って目を覚ました方が良いな。自分はお前様の髪を整える準備をしておく」
「主様、洗顔手伝おうか?」
「たすかるぅー……」
ねむねむと目を擦りながらクダに手を引かれ、室内にある洗面所への扉を開く。
もはやホテルの一室感があるけれど、仕組みとしてはアイテム袋の応用だそうだ。
……部屋のサイズと廊下から見た感じでは明らかに存在しない空間だけど、アイテム袋の応用をすれば四次元的にこの部屋を収納出来る……んだっけ。
掛け軸の中に入ればそこは確かに部屋だった、みたいな感じ。
あり得ない空間が広がっているのは普通にビビるが、害は無いしアイテム袋と同じ原理と言われては何も言い返せない。
未来の猫型ロボットのポケット染みたアイテム袋がある事を思えば、そのくらいは容易いだろうし。
「というかカトリコ、どうしてああもご主人様を起こそうとしてたわけ? 予定が無いのは事実だし、別に朝から自堕落にゆっくりする日があっても良いと思うけどねえ。
俺達人外はちょっと休めば良いヤツが多いけど、人間は根を詰めすぎると壊れるんじゃなかった?」
「他の人間のように連続した堕落へ陥るような性格では無いから、確かに少し休むくらいは大丈夫だろうが……今朝産んだ卵は既にホンゴに渡してあるのでな。鮮度維持の冷蔵庫に保存されるとはいえ、新鮮な内に食べてもらいたいだろう」
「うーん、俺の場合そうやって提供出来るのが無いからちょっとよくわかんない」
背後からのそんな会話を聞きながら、頼られてご機嫌なクダの手を借りつつ顔を洗った。
・
顔を洗ってスッキリサッパリ目覚め、朝食を済ませて部屋へUターン。
本日の朝食は春雨入り卵スープにしてもらったのだが、相変わらず私好みの美味しさでありがたい。
……そういえば卵かけご飯ってこっちじゃ有りなのかな?
アイテム袋での保存も出来るし魔法で消毒も可能な為、サルモネラ菌とかで食中毒、とかならなそうだ。
まあそもそも卵の食中毒も、恐らくは殻によるものなんだろうけれど。
……鳥の卵って温められ始めてから生命活動開始って感じみたいで、温められるまでは停止状態になってるんだっけ。
だから卵が揃うまでに時間が掛かっても同じくらいの時期に生まれるんだとか。
そして外国の卵は生食しない前提だからか消費期限が長い。
あと冷蔵庫に入れておけば長持ちだったり、割れたり調理したりすると腐りやすくなるとも言う。
それはつまり温めさえしなければ停止状態であり、鮮度が左右されないからという事ではないだろうか。
常温放置だと暑い日とかに体温認定されて生命活動スイッチ入る可能性あるので危険だが、冷蔵庫保存ならばかなりの期間大丈夫という可能性がある。
心配なのはその間に殻の表面に巣食っている可能性の高い菌の方だが、加熱すれば良い。
……加熱した卵料理って前提なら、相当な期間経っても大丈夫だったりして。
勝手にそう思っているだけなので実際にそうなのかは知らないけれど、誰か消毒をきちんとして温度を低く保ったまま観察して鮮度が駄目にならないかどうかを調べてくれたりしないだろうか。
いやまあ、もう地球に居ないので誰かが調べてくれようが既に調べてくれてようが意味は無いけれど。
異世界のハルピュイア系コカトリスを奴隷にして高校三年生くらいの年齢であるその子が産んだ卵を即日食べるとか、地球に居た頃の自分に聞かせたら犯罪者を見る目で通報されそう。
今の自分でも客観的に見た瞬間通報対象だと思ってしまうので、ほぼ確実に通報すると思う。
「……カトリコ、楽しい?」
「とても」
ベッドに腰掛け本を読みつつ、それなら良かったと返しておく。
カトリコは背後でこちらの髪を整えていた。
どうやら本気でこちらの髪を整えたり爪を整えたり、まあ、何というか身なりを整えるのが好きらしい。
それもカトリコ自身を整えるのではなく、こちらがカトリコの手によって整えられる事が、だ。
……まあ私はやってもらえるから助かるんだけどさ。
日常生活はクダに助けられて身だしなみはカトリコに助けられて移動はイーシャに助けられてって、私は自分では何一つとしてやらない貴族か何かか。
我ながらストーカーさん達のお陰で世話され慣れ過ぎてるなあ、と思いつつページを捲る。
「あ、その辺面白いよね。そのあたりから盛り上がってくるし」
「イーシャ」
体格や体重的な問題でベッドに上がってはこないものの、人間の上半身部分がベッドに乗った。
ギシリと音を立てたくらいで済む辺り、流石全種族対応の宿屋で取り扱われるベッドなだけはある。
イーシャはそのままこちらの膝の上に頭を乗せ、邪魔だったのか仮面を外した。
「イーシャ、これ読んだことあるの?」
今読んでいるのは昨日の続き、ではなくてまだ読んでいない新しい本。
続きの方はもう読み終わっている。
「読んだ事あるっていうか、昨日読んだよ。机の上に置かれてたから」
「昨日?」
「だって俺、睡眠時間少ないからさ」
膝の上から文字が書かれているページを見上げるイーシャの頬、耳元、顎、喉の順でさするように撫でていく。
そうして撫でていれば、垂れているイーシャの目が一層とろんとした目になった。
「……かといって走り回るわけにもいかないから結構暇でね。だって夜に走り回るとか危ないし、怖いだろう?」
「それイーシャ以外の人がって意味だよね」
「勿論」
やっぱりそうか。
イーシャは楽しそうに笑っている。
「だから夜明け頃は勝手に外出て走って戻ってきて汗を流してってやってるんだけど、その分だけ夜が暇で。
ちょっとした光でも俺は充分読めるし、仮面の効果でより一層視覚は確保されてる。更に魔法を使えば睡眠を害しないながらも目が悪くならないレベルの光を出せるから、それ使って読んでた」
「一応言うけどネタバレやめてよ?」
「しないしない」
クスクス、と膝の上に乗せられた頭が揺れた。
「暇潰しもあるけど、一緒に楽しんで感想を言い合う為に読んだんだ」
「膝の上に頭乗せてるのは?」
それも下半身である馬の体はそのままベッドの外側なので、人間の上半身だけがベッドに乗り伏せた状態で、首だけ曲げて膝の上に乗せてる状態。
膝の上に頭乗せて楽な状態、どころかうつ伏せからの首曲げなのでまあまあ首への負担が大きかろうに。
「………………」
少しの無言の後、イーシャは目と耳を軽く伏せて膝に顔を埋めた。
「……一晩離れてただけで早くも寂しさを感じるようになっちゃってたから、甘やかしてもらおうかなって」
「もうめっちゃ甘やかす……!」
あまりに可愛い事を言うので耐えられずイーシャの頭を抱きしめてしまった。
こちらの髪を整えているカトリコに申し訳ないが、カトリコはベッドの外側にあるハルピュイア用の椅子を使って整えてるので多分大丈夫だろう。
少なくとも不安定なベッドの上に居るわけではないので、翼と片足で今日もまた綺麗な髪型にしてくれるはずだ。
……時々口も使ってるみたいだけど、自分でやるよりずっと綺麗に仕上がるんだよね。
私には自由に動く五本指の両手があるというのに、ドラゴンタイプの翼二つと指四つの鳥足、プラス人間タイプの口で作られる芸術品に負けるという事実よ。
元から上手く無いから特にショックも何も無いけれど、凄いなあとは思う。
生まれた時から翼や足を手の代わりにしていたら、誰でもここまで極められるものなんだろうか。
……カトリコの場合は一際オシャレに対する興味が強いみたいだから、それもあるかなあ。
オシャレ好きが色んな髪型に出来るのはともかく、全人類がそこまでの器用さかというとそうではない。
つまりやっぱり、カトリコだからこその腕という事なのだろう。
いや、足か翼かな。
「……うん、よし、出来た」
イーシャの頬を撫でたり耳の付け根辺りをカシカシ掻いたりしていたら、カトリコによるヘアセットが終わったらしい。
すかさず鏡を掲げてくれたクダにお礼を言って覗き込めば、可愛らしい編み込みおさげになっていた。
しかも先日買っていたリボンが編み込まれていて、差し色となって華やかなビジュアルとなっている。
「すっご。え、すっご! カトリコどうやったのコレ!? 凄いね!?」
「覚えれば誰でも出来る……と言いたいところだが、自分には出来んからな。お前様のお陰で色々試せて自分も嬉しい」
微笑んだカトリコの言葉に胸が温かくなると同時、成る程と納得もした。
……誰かの髪なら翼も使えるからギリどうにかなるけど、自分の髪やるってなったらかなり難易度上がるよね……。
カトリコの場合は細かい事を足の指や爪に引っ掛けたりして行う為、人間よりも難易度が高い。
髪を一つに纏めるだけで凄い事だが、それをやる時はそれなりに大変そうな体勢になってもいるのだ。
そこに編み込みとか難易度が鬼を超えているとしか思えないので、自分に出来ない分こちらで発散、というのもあるかもしれない。
……ま、私はやってもらえるし可愛い髪型にしてもらえるしでありがたいか。
人によっては足でやられるのを嫌と思うかもしれないが、じゃあ逆にどこ使ってやれと言うのかという話になるので私の方は気にならない。
やってもらえてハッピーな立場なわけだし。
「ありがとね、カトリコ」
「構わん」
「でも今日外出る気無いからなあ……折角可愛い髪型にしてもらったけど」
「自分が好きでやっている事であり、自分の気分でチョイスした髪型だ。そう気にするな」
「……ん、そうする」
本人が言うならそうしよう、とお礼を言ってカトリコに手を伸ばせば、察したのか頭を下げてくれた。
なのでありがたく、髪が乱れないよう気を付けながらカトリコの頭を撫でる。
……おお、サラッサラ。
世間は勇者の存在が公表された事でほんのり騒がしくなっているようだが、この部屋の中は実にのんびりした空気が漂っていた。




