捏造歴史は人間種族の十八番
あのまま長居するのもなんだったので、本を一冊読み終わると同時に席を立った。
元々インドア派という事もあって、あまり騒がしいところで本を読んだりする事に慣れてないのだ。
……まあ待合室とかで気になる漫画あったりしたらつい集中して読んじゃう事はあるんだけど。
店員さんに声かけられてようやく気付くまでがテンプレート。
さておきそういうわけで宿屋の部屋に戻り、折角だしとガルドルがオススメだと言っていた方の本を読んでみた。
裏社会設定だからかちょいちょい小難しかったが、中々の面白さだった。
……まさか情報屋落ちとは……。
裏のボスに見初められて裏社会に入った女性があちこちの男に誘惑されながらも屈さずにいたというのに、中盤出てきた情報屋とのラブロマンス。
元々ボスに惚れていなかった事もありつつ強いバックを失うわけにもいかないからと気丈な態度を取っていた主人公が乙女のような恋をするのはときめいた。
そして情報屋の方も、明らかに情報盗む為に近づいただろうと思いきや最初から惚れていたという駆け落ちエンド。
何だかロミジュリ感があって良いものだった。
「あ、結構時間経ってるね」
クダ、というかまあ、うん、七十五分の七十四クダとイーシャが帰ってくるまでにはまだ時間があるなあ、という感じだが、それなりの時間が経過していた。
カトリコの方は日が暮れてからの帰りになるそうなので、クダとイーシャよりも遅い帰りになるだろう。
……んー、何か摘まめる物でも頼もうかな。
そう思い、クダを胸に入れて食堂の方へと降りる。
「んお」
降りてすぐ目に入った人の体に、思わず声が漏れた。
そこに居たのは立てば五メートルはあるだろう大きさの女性。
しかしただの女性ではない。
……や、まあ、五メートルの時点で只者じゃないけど……。
その人は原人か遭難者かと聞きたくなるような、適当に破いただけに見える布を胸元と腰に巻き付けているだけの恰好をしていた。
更にその顔に、腕に、足に、胸に、腹に、酷い火傷痕があった。
まるで体がひび割れるかのように入っている火傷を見て、言葉を失う。
……推しキャラには火傷してるキャラも多いし、向こうでもこっち来てからでもちょっとした火傷がある人は見た事あるけど……。
ここまで全身となると、中々にインパクトが物凄い。
平気そうな顔でワインが入ったワイングラスを揺らしている辺り、痕だけが残っている状態なんだろうけれど。
……っていうか五メートルサイズなだけあってワイングラスがでかい。
縦の長さで大き目の旅行用トランクくらいはあるように見えるので相当だ。
人間からすれば風呂になり得るレベルのサイズ。
「む」
声に反応してか、その大きな目がこちらを向いた。
鋭い瞳孔がこちらをじっと見つめたかと思うと、彼女は小首を傾げて口元に三日月のような笑みを浮かべる。
……わあい……可愛らしいこてんって感じの傾げ方じゃなくて魔王様とかが部下を虐げる時にしそうな傾げ方だあ……。
笑みも相まってそう見えてしまう。
「そこの娘」
一応確認の為に自分を指差す。
「そうだ、貴様だ。こちらへ来い」
人外らしく鋭く磨かれ先が尖っている爪。
その爪に彩られた彼女の大きな手が、こちらをこまねく。
……まあ良いか。
なんか怖いし近付いて良いのかサッパリだけれど、クダは何も言ってない。
そしてホンゴやディーネがフォローしてくれそうな感じも無いので、多分大丈夫な人なんだろう。
いや多分人間じゃあ無いんだろうけどもさ。
「えーと、何か?」
「貴様はたった今、我を見て声を漏らしたな」
「あっはい」
三日月のような笑み浮かべたまま鋭い瞳孔で見つめられる上に、その大きさゆえ必然的に見降ろされている。
この状況下で怯えないなんて事あるだろうか。
まあ自分の場合はわりと体の大きい人外と接触する事多いし、メニデなんて明らかに六メートルサイズだったので今更だけれど。
言ってしまえば召喚直後に殺される危機もありつつこうして元気に生きてるので、それなりに楽観的な考えでも良いと思う。
「では問おう」
じ、と見降ろされる。
「貴様は我を見て、どう思った?」
「どう、というのは」
「第一にどこを見た」
その質問は難しい。
「えーっと……最初は大きさで、次に火傷で、その次に服、ですかね」
いや服と火傷に関してはどっちがどっちというのも無く同時だったかもしれない。
デカイからの肌露出多いなからの火傷、だったかも。
まあ良いか。
「ほう」
三日月がより一層弓なりになった。
「なぜ大きさにいった?」
「え、いや、まず最初はうわでっかい人だあって思ったから……?」
「火傷ではなく?」
「大きさで存在に気付いて、そっからおわあ火傷すっご痛そ、って」
「痛そう」
何故か目の前の女性の目が爛々としてる。これ獲物を前にした肉食獣の目では。
「既に痛みなどありはしないし、我ともなればこの程度綺麗に消す事も出来る。ただ忘れぬ為にこのままにしてあるだけだ」
火傷痕を指先でなぞり、彼女は再びこちらを見る。
「……今の話を聞いて、どう思った?」
「え、ああ、傷痕をなぞる指の動きが艶めかしいなっていうのと、痛くないなら良かったって感じ、ですかね……?」
痛くなくとも消せるとしてもかつては痛かっただろう傷だ。
それを今は痛くないなら良かった、と言うのは相手によってはアウトワードな気がするが、女性は愉快そうに高笑いをしていた。
ゲラゲラ笑うというより、本当に高笑い。
「な、艶めかしい! クク、フ、ハハハ! まず最初に思うのがソレとは、貴様ら革命家はいつでも我にとって愉快な回答をしてみせるな!」
ああ、今は違う呼び名だったか。
そう言う彼女は、まだ愉快そうな笑みを浮かべたままだ。
「そういうところが、人間の愛しいところだ」
伸ばされた手が、火傷のある指が、まるで小鳥の頬を撫でるかのようにこちらの頬をすりすりとくすぐる。
「少しばかり一人で飲むのは寂しいと思っていたところだ。娘、貴様が時間に問題ないと言うならば同席せよ」
「え、あ、はあ、じゃあお邪魔します……?」
別に減るものではないし、クダも止めた方が良いとは言わないので大丈夫だろう。
そう思い、ディーネが持ってきてくれた背の高い椅子を上って座ろうとして、
「許す」
「えっ、うおっ!?」
ひょいと持たれたと思ったら膝の上に乗せられていた。
「…………何故……?」
「我は許すと言ったはずだが?」
「さようで……」
思考回路がサッパリだが、彼女からすると普通の事なんだろうか。わからん。
……まあ本人が良いなら良いか……。
体格差から考えれば犬を抱き上げて膝に乗せるような感覚だろうし、良しとする。
人外から見た人間は愛玩動物枠。
「さて、貴様は何を飲む? 奢ってやろう」
「え、良いんですか?」
「許すと言ったのは我だ。我の暇潰しとしてこれから語らねばならん貴様を思えば、多少の飲み食いはさせるべきであろう」
「何か語らせられるってのが初耳ですが」
「何でも構わん。革命家の話は愉快だからな。そのうえ貴様の出身を考えれば、尚の事愉快だろうと思っただけだ」
「わあい責任重大……」
……あれ?
「……私、出身言いましたっけ」
「我ともなれば鑑定でその程度見れる。他の者は相当鑑定に長けた者で無ければそこまで見る事は叶わんだろうが」
「さようで」
なら良いか。
……良いかなあ?
わからないけれど、とりあえずこっちを始末しようとしてた城の人とかにバレなきゃ良いやとも思う。
今は一人というわけでも無いのだし。
「…………ご注文、は……?」
「ワインの追加を寄越せ。貴様はどうする」
「え、あ、じゃあ果実系のカクテルとピリ辛系のおつまみで」
「……ん」
ディーネは頷いてホンゴの方へと向かっていく。
かなり雑な注文だったが、ここに滞在してそれなりに経っている為か好みの傾向は把握されているのだ。
それなら雑な注文をして任せた方が美味しい物を食べられる。
「さて、では注文の品が来るまで話せ」
「わあい無茶ぶり。どういったお話をご所望で?」
「そうさな」
膝の上からは逃がさんとばかりに右手で抑えていた彼女は、その人差し指の背で顎の下を撫でてくる。
……あ、もしやシートベルトの代わりかこの手……?
あと撫で方が完全に犬猫を相手にした時の動き。
サイズ差が大きい程より一層愛玩動物扱いされるとか、あるんだろうか。ありそう。
……セントバーナードよりもチワワのが愛玩動物感あるみたいなもんだよね……。
片手間に可愛がられている。
「勇者が来たのであろう?」
「あ、ご存じなんです?」
「存じている。ゆえにわざわざ我が来たのだ。元より人里へ来る事は好んでいたがな」
「はあ」
さようで、以外の返答がわからん。
「とはいっても私も勇者に関してはサッパリですよ? 何があったか知らなかったし、賑わってる理由を聞いてようやく勇者が顔出ししたらしいって事知った感じですし」
「その出身で、か」
「この出身で、です」
異世界出身だという事、そして勇者の巻き添え食らった事まで見抜いているんだろう、この人は。
ただまあ知らんのはガチなのでその言い方しか出来ないのも事実である。
「そもそもが偶然道聞かれて、そしたらこっちへ呼び出されてって感じなので。勇者の名前すら知りませんよ私は。自己紹介もしてません」
「ク」
フハ、ハハハ!
頭上から聞こえる声と背もたれとなっている彼女の体から伝わる揺れが凄い。
小型犬とかいっつもこんな状態で愛でられてんのか。
「フ、フフ、まあそうなるか。王族からすれば革命家など、目の上のたん瘤で済めば良い程の天敵。素早く隔離したいと思うのもまた道理よ」
「巻き添え食らったこっちは堪ったもんじゃありませんが」
「職を引き継ぎ真っ当に職務を全うしつつお互いに有益なよう手配していたというのに焼かれた我に比べればマシであろう」
ディーネが運んできた巨大サイズのワインを自分で手酌しながら、彼女はワイングラスを揺らして傾け、喉を動かす。
おつまみはもう少し掛かるようだが、こちらも用意されたカクテルを飲んだ。
……あ、リンゴ系でサッパリしてて飲みやす。
「…………あの、お姉さん」
「ザラームだ」
「私は喜美子です。で、ザラームさん」
「ザラームと呼ぶ事を許す」
「……ザラーム」
ああ、とザラームは頷く。
「何があってそうなったのかっていうのは、聞いても良いヤツなんですか」
「勿論。勇者が顔を出した以上、我もまた思い出す頻度が高くなっていてな。誰かに話したいと思っていたところだ。部下達はよくある話だからとまともに聞こうとせん」
「ソレよくあっちゃ駄目なヤツでは!?」
真っ当に職務を全うしてたら物理的炎上とかアウト極まりない。
日本も自殺率やら過労死率やらがクソ高いブラック国だけれど、それとは別でブラック過ぎる。
「え、よく焼かれるんです?」
「というより、人間に敵意を持たれやすいのだ、我らは。数百年前に我が共存の為に働いていた時、人間は短い生だからなのか、数百年後の子孫達の安寧よりも自分達の欲を優先した。それだけの話だ」
「うわあ」
とってもとっても心当たりがある。
人類の歴史を見返すといつだってそういうやり方を選ぶのが人類。
知性を得て自分の首絞めるとかどういう進化だ。
「我の場合は、人間への愛を利用されたな」
「あい」
「懐いた振りをする勇者が可愛らしかったので相手をしていたら、ベッドに誘われた」
「ねえソレ私が聞いても良いヤツなんです!? 本当に!?」
「お互いが裸になったところで燃やされたから性行為には至っておらぬ。全身を焼かれただけだ」
だけじゃないでしょうよだけじゃ。
「ん? あれ、懐いた振り?」
「人外は嘘に敏感なのでな。本当に慕っているかどうかくらいわかる。貴様があまり我に恐怖しておらぬ事がわかるように、な」
「わあい……」
確かに恐怖はしてないけれど、まあまあの話題にハラハラはしている。
「しかし必死に媚びるその様も可愛らしかったから、気付かぬ振りをした。情報か何かを求めて取り入ろうとしているのだろうなあ、と思いつつ可愛がったものだ。わかりやすく媚びる様は健気で良い」
「健気とはいったい……」
それで燃やしてくる辺り、健気さの対局に居るタイプなのではなかろうか。
「我が燃やされた事を貴様が気にしてどうする」
「いや同族として普通に気にしますって」
「出身が同じとはいえ、数百年前の出来事だ。貴様と大して変わらぬ時代から来たのやも知れぬが、それで貴様が憂うことはあるまい」
優しく顎の下を撫でられる。
完全に生き物の急所位置なので普通に怖いが、ザラームとしてはリラックスさせる為に撫でているだけで悪意は無いだろうから受け入れておく。
犬猫の機嫌取る時もその辺撫でるもんね。わかる。わかるけど中々ハードル高いわコレ。
「確かに我はその時怒り、愛情が憎悪に変化し、そやつを内側から爆発四散させた。
能力に勇者としての加護が乗る為平均より圧倒的な優れ方をするのが勇者だが、我にその加護は通用せんから致命傷にもならぬものであった。それでも愛していた分だけ、その裏切りに憎しみを抱かずにはいられなかった」
「ばくはつしさん」
「補助魔法の応用で内部の魔力を少し増幅させてやれば許容量を超えて内側から破裂するぞ。
動物のカエルの尻にストローを突っ込んで息を吹き込めば破裂するのと同じ事だ。人間の子供が戯れにやるのと何ら変わらん」
「人間が幼少期からクソヤバな精神性って事がよくわかるなあ……」
アリの巣に水流し込んだりとか、よくよく考えればめっちゃ悲惨。
あの行為ってつまり十年程前にあった東の津波のアレと同じようなレベルの災害なのでは。
アリ達からするとペットボトルの水を流し込まれるというのは、あの惨劇と同じ状態なのではないだろうか。
「が、だからといって人間を嫌悪したわけではない。ただふとした瞬間人類を滅ぼそうかという程の憎しみが沸き上がるだけで」
「それめっちゃ重要では」
「こうして愚かであれど可愛らしい人間を愛でていれば愛しさが勝る」
「嘘でしょ……知らない間に世界を救う一助になってた……?」
何で勇者じゃない側が世界を救う一助になってんだ。
「まあ、当時はあまりに衝撃を受け、反射的に殺してしまった事もあってな。つい魔物達にも影響が出て魔物が積極的に人を襲うようになってしまったのはうっかりだった」
ザラームの職業は魔王様か何かか。
「この火傷痕も、人間への愛憎の証だ。愛しいけれど、決定的な裏切りをされた事実。それが我は忘れられぬ」
「まあ、実際、歩み寄ったらロミトラ暗殺されかけましたってのはキツイかなあ……」
運ばれてきたピリ辛手羽揚げを齧りつつそう答える。
本当にお互いの利益になるかはザラームの弁だけでは不明だが、しかし今まで見てきた人外の性質から見ればほぼ確実に真実だろう。
そして同じ人間として、人間は目の前の利益を奪って自分の物にしたがる傾向にあるので、悲しい事に一部始終が想像出来てしまう。
……人間がそういう事やらない種族だったら、地球での戦争とかまず勃発しないだろうしね……。
古代から現代に至るまで手を変え品を変え戦争やってるんだからその精神性はお察しだ。
食事を取るのはそういう生き物だから、食べ物自体はともかく食べるという行為が古代から変わらないのは当然、となると戦争をしつこくやらかしているのもそういう生態だから当然、となってしまう。
つまり人間は戦争が生態に組み込まれているという最悪の状態。
そりゃメスを取り合って戦う性質の獣も居るけれど、周囲への被害がとんでもない。
他の種族や土地にまで被害を与えて生態系ぶっ壊しまくる辺り生き物としてアウト枠。
「…………貴様のように他種族の話も聞き、目の前の利益ではなく未来の事を含めた上で客観的に見る事が出来る勇者であれば、我の見た目もこの世界の常識も変化したのであろうがな」
頭上から零されるのは、重々しい溜め息。
「此度の勇者もまたそういった系統であれば良いのだが、人間は立場が高ければ高い程己に都合の良い歴史を積み上げるから厄介だ。他より多くを知る機会に恵まれながら、その多くが偽りである事も多いのだから」
「……最初から本が沢山あるから他より沢山学べるけど、持ってる本の大半が嘘塗れみたいな?」
「歴史などそういったものばかりであろう。長生きをしている人外に当時の様子を語ってもらった方がずっと正確であろうに、人が積み重ねた嘘の記録が尊ばれる。
共存を進める我を殺して主権を奪おうとしたのは人間だというのに、我が人間を支配しようとしているだなどと嘯いて」
孫の代にもなれば語り継がれるだけのソレが真実になってしまうからこそ、短命種は正確性を求めるべきだというのに。
酔いでも回ったのか、ザラームは静かにそう呟いた。
「ゆえに憎み切れん。元より人間を愛おしく思っているのもそうだが、あやつらが無垢に信じているものが偽りであるというだけで、あやつらが悪いわけでは無いのでな」
「わあい悪徳宗教はトップが悪いんであって真摯に信じながらも騙されてる信者の人達は悪くないよ的な考えだあ……」
「偽りを真と後世に残した者が罪人としても、偽りと知らずそれを真と思い学んだ者までが罪人になるのは違うであろう」
「…………まあそうだけどね」
鎌倉幕府だって長らく良い国作ろうだったのに、最近では良い箱作ろう説が有力となっているのだ。
良い国作ろうが間違いだったとしても、それが正解として学んだ人たちも居る。
その人達を間違っていると指差すのは違うだろうと、そういう事だ。
カクテルを飲みながらそう思っていると、見覚えのある二人が宿屋の扉から入ってきた。
「ただいま主様ー」
「ご主人様、ただいま。っていうか本当に凄いところで飲んでるね」
「お帰りクダ、イーシャ」
ケロリとしたクダは耳と尻尾をピコピコさせながら手を振っている。
一方イーシャの方は全力疾走でもしたのかという程に汗だくだった。
……馬が汗掻くのは知ってるし人間の上半身があるケンタウロスだから尚の事汗掻いてても違和感無いけど、クダの方が全然なのはどういう……?
距離が距離なので全力で走って今日に間に合わせたのだろうが、隣のクダがケロリとしているのはどういう事か。
まあクダの場合は管狐であり、生態的には生物よりも式神や呪い寄りな部分があるらしいので、あまりそういう感じでも無いのかもしれない。
……いや、狐だし汗腺の問題だったり?
それにしては舌を出してゼェハァしてないので、やっぱり生態的に生き物とはちょっと違う枠なのだろう。
「愉快な時間を過ごし、人間を愛でる事も出来た。貴様の相手も来たならば、我はそろそろ帰るとするか」
ひょいっと持ち上げられ、そのまま床へと下ろされる。
そうしてから、ザラームは立ち上がった。
……私が落ちないよう先に下ろしてくれたんだろうけど、立つと改めて大きいな……。
あと服装が限りなく原人なので微妙に下が見えている。
下着をつけているようなのでセーフだが、これで下着をつけていなかったら公然猥褻で完全アウトだ。
獣とかのもふもふがあればともかく、サイズ以外は見た目人間寄りだし。
「これは代金だ」
手を差し出せとジェスチャーされたので両手を差し出せば、ザラームは胸元に手を突っ込んでそこから取り出した物を手の平の上にじゃらじゃら落とした。
「足りるだろうが、余りが出れば貴様が使え」
「待って私に渡さないで待って量!」
明らかに値打ち物とわかる指輪やブローチなどの宝飾品を手の中に落とされた一般人がどういう反応をするのかわからん。
せめて正解を教えてからにしてほしい。マニュアルください。
「楽しい時間を過ごせた分としては妥当であろう」
「妥当じゃないよ! 私も結構色々聞けたんでお相子! お相子で! ちゃんと適正価格にして!?」
「あー…………」
とても面倒そうな顔をされた。
「……ならば問いに答えよ。それで良い」
「問い?」
「我の服が気になったというのは、どういう意味だ?」
そんなもの、見たままだ。
「遭難者みたいに布の切れ端巻いてるだけだから何事かと思って」
「成る程、そういう事か」
ザラームは納得したように頷く。
「城にはきちんとした服があるものの、格式高い物しか無くてな。貴族街でならばともかく、こういった庶民の町で違和感が無い服を持っておらぬ。
もう少し体を大きくすれば入る物もあるが、この辺りを見て回るのであれば五メートル以上の体躯は邪魔でしかなかろう」
「そ、それで適当な布を……?」
「隠している範囲は大して変わらぬだろうと思ったが、貴様が違和を抱くのであれば次からはきちんと仕立てさせよう」
……な、成る程、小人化したキャラがとりあえずハンカチ巻いただけのワンピースで乗り切ろうとするあの感覚だったって事か……。
そしてザラームはサイズ変化可能で普段はもうちょい大きい可能性が出てきてしまった。
城住みらしいしマジで何者なんだザラーム。
「さて、貴様が問いに答えた代金としてそれをくれてやる。ではな」
「いや待って!? それ言ったらこっちも問いに答えてもらってるよね!? ちょっと!?」
「落ち着いて主様。チップみたいなものだから受け取った方が無難だよー」
「えええ…………」
胸元に居たクダが居なくなっているので知らない内に同化していたらしい一分の一クダに肩を掴まれそう囁かれる。
チップ文化が無い日本なのでそう言われても。
「それに、彼女からしたら大した額でも無いだろうしねえ」
「イーシャ、ザラームと知り合いなの?」
「いや初対面だけど噂には聞いてたし……」
ああ、とイーシャは納得したような声色で零す。
「ご主人様、あの人を鑑定で覗いてみてごらん」
「え、何で」
「失礼には当たらないから大丈夫さ」
わからないけれどそういうもんなのだろうか。
いやまあこちらもかなりの率で奴隷使いと看破されているので、出会い頭に鑑定は目が合ったら頭を下げるレベルの常識なのかもしれない。
そう思い、背を向けるザラームに鑑定を使ってみる。
…………おっとお?
相変わらず自分の鑑定は子供が考える簡単な表記方法のステータスしか映さない。
しかしそれでも種族が見えた為、それで十分だった。
十二分だった。
「わあい……」
……マジで魔王様なんだ、ザラーム……。
そりゃ魔王様からしたら手の平いっぱいの宝飾品なんてチップ感覚にもなるだろう。




