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親切な赤のアソウギ



 本を購入してガルドルと別れた辺りで、そろそろお昼時だという事に気付く。


 ……そういえばアソウギが居るお店ってカフェスペースあったよね。


 初めて行った時、ムイラとシャーフがカフェスペースに居た事を覚えている。

 あそこで二人と知り合ったのだ。

 丁度良いし、食事をしつつ読書としゃれこむのも良いかもしれない。

 そう思った瞬間、



「主様二歩下がって」


「え?」



 胸元に居たクダの言葉の意味は理解出来なかったが、指示だと理解するより早く、体が言われた通りに従っていた。

 次の瞬間、先程までこちらの顔があった位置を横切る拳。



「チィッ……!」



 拳を空振りさせながらもギロリと血走ったその目でこちらを睨んだのは、見覚えなんてあるはずもない見知らぬ男。

 ヤバそうな男であればシュライエンという心当たりがあるが、目の前に居る男は本気で見知らぬ男だった。

 多分人間だろうな、というくらいしかわからん。


 ……っていうか今ヤバかったよね!?


 クダが居なかったら頬を思いっきりグーで殴られていたところだ。

 しかも体の重みを加えたガチなタイプのグー。



「ちょ、いきなり何!?」


「うるっせえ!」



 ギラギラと血走った目で、男は言う。



「あの男に俺は全部毟り取られたんだ……その男がああも大事そうにしてたってんなら! わざわざ金を出してやってるってんなら! テメェを人質にすりゃあアイツの有り金を毟り取れるはずじゃねえか! なあ! そうだろ!? 世の中金! 金! 金なんだよ!」


「あっ駄目だコイツ脳が死んでるヤバいタイプの人だ助けて」


「主様しゃがんで」



 胸元からの声に反射でしゃがんだ。

 それと同時、背後から頭上を通り抜ける風があった。



「ギャブッ」



 汚い音と硬いものがぶつかる音と人間大の何かが吹っ飛ぶ音が聞こえた。

 いやまあ確実に目の前に居たはずの男がぶん殴られて吹っ飛んだ音だろうけど。

 目を開けてみれば、思った通りの光景が広がっていた。


 ……やっぱり殴られたんだ。


 殴った方だが、隣に立っていた。

 しゃがんだ体勢では顔が見えにくいものの、イーシャ程では無い身長。

 そして見覚えのない色、表情、服装ではあるが、見覚えのある顔。



「アソウギ!?」


「ア゛ア!? うっせえなすぐ隣で叫ぶんじゃねえ!」


「あっすみません」



 思った以上にヤンキーな返しをされたので反射で返す。

 さっきから反射でしか動けてない。



「ええっと……赤のアソウギです……?」


「…………」



 チッ、と額の石が赤く染まっている彼は舌打ちをする。



「敬語は要らねえ。他の俺に対するのと同じ喋り方で良い」


「あ、うん、わかった」



 睨むような目に不機嫌そうに歪められた口元。

 ヘアバンドで前髪を上げている髪型に、民族衣装染みた服の上を脱いだ姿。

 ツナギの上だけ脱いだ状態みたいに腰辺りに服はあるけれど、何ともヤンキーチックな雰囲気のお方だ。

 お方というかまあアソウギである事は確定っぽいので、ヤンキーチックな人格と言うべきだろうか。



「ったく、黄色の俺が配達行った帰りに一体どういう事になってんだ。咄嗟だったからコイツの方をぶん殴っちまったが、お前に非があるってんじゃあねえだろうな? ああ?」


「非は無い、と、思うよ!?」


「あ?」



 凄まれたせいで微妙な返答になってしまったが、そうとしか言えない。



「本当ついさっきいきなり挨拶も無しに初対面かつ不意打ちでぶん殴られかけて、クダの指示でそれ避けてどういう事か聞いたら支離滅裂で、クダの指示でしゃがんだらこうなってたって感じだし」


「…………他に手がかりは」


「多分誰か知らないけど男に恨みがあるって事と、その男性に私が奢ってもらったらしいって事かな……」



 ……あ、



「心当たりが見つかったみたいな顔してんじゃねえか。隠さず言え」


「いや仰る通りにたった今気づいたんだってば」



 凄むように顔を近付けて来る赤のアソウギに、気付いた事を答える。



「……ついさっき、ガルドル……ええとヨルムンガンド族の蛇人(へびんちゅ)な男性に本を買ってもらったの。プレゼントしてもらって」


「おう」


「で、詳しく知らないんだけどその人はどうもぼったくりな店を経営してるらしくて、その被害者かなーって」


「詳しく知らねえのか」


「ぼったくりなお店ってのは確定っぽいけど、どういうお店かは聞いてないね」



 流石にぼったくりの店を利用する気も無いし。

 色々奢ってもらったなら行くべきだ、というわけでもなかろう。

 それは通す筋とはちょっと違うと思う。



「だからこう、ガルドルに奢ってもらった姿を見て報復目当てか何かかな、と」


「……まあ、その辺は衛兵に任せりゃ良いだろ」



 おい、と赤のアソウギは近くで見ていた人外に声をかけた。

 そうして一言二言くらいの言葉を交わし、戻ってくる。



「おう、アイツが一部始終見てたから説明しといてくれるってよ」



 赤のアソウギが親指で示す背後の方には、完全にただの通りすがりだろうケンタウロスの女性が笑みを浮かべてひらひらと手を振っていた。

 重種であるイーシャ程の身長じゃないのはともかく、見た感じ競走馬のような軽種どころでもない体躯に見える。


 ……ポニー?


 ミニチュアホースかもしれないが、人間よりも大柄になりやすい人外にしては視線の高さが一致する背丈な辺り、小型種のケンタウロスらしい。



「で、お前は」


「うん?」


「昼飯は食ったか」


「いや、まだ。というか今正に買ってもらったばっかりの本も読めるしってカフェスペースがあるアソウギ勤務のパン屋さん行こうとしてたとこだった」


「なら話が早い。来い」


「うわっ!?」



 前と真ん中の右腕で下から太ももに腕を回して固定し、後ろの右腕で腰を固定というとても安定感抜群な担がれ方をして、そのままパン屋まで連れていかれた。

 安定感あるけど高いしイーシャの背中から見る光景と違ってまあまあ怖い。





 パン屋のカフェスペースで焼き立ての人間用パンだからとオススメされたソーセージパンなどを購入してもぐもぐ食べる。

 胸元から出てきたクダに端っこを千切って渡せばちまちま食べ始めてとってもキュート。


 ……いや、うん、ちまちま食べてるように見えるだけでまあまあ食べるスピード早いけどね。


 一口も大きいから尚更だろうが、可愛いので良し。



「おい」



 本の第一章を読み終わった辺りで、赤のアソウギが声を掛けてきた。



「今衛兵が来て報告してったぞ」


「何の?」


「お前が絡まれた件に関して以外あると思ってんのか」


「あっ」



 お腹が良い感じに膨れた安堵で忘れていたが、そういえば理不尽極まった絡まれ方をしていたんだった。

 絡まれるというか、殴り掛かられるというか。


 ……我ながら窮地を脱した直後から能天気過ぎる……。


 赤のアソウギもそう思ったのか残念なものを見る目で溜め息を吐いたものの、右の真ん中の手でガシガシと自身の頭を掻く。



「ったく、何の為に俺のままで居ると思ってんだか」


「……え、もしかしてまたヤバいのが絡んでくる可能性考えてパン屋に戻っても黄色のアソウギに戻らず居たの?」


「ああそうだよ」



 睨むような目がデフォルトらしい赤のアソウギは、メンチを切るかのような目で肯定した。



「阿修羅族だから戦闘が出来ないわけじゃねえが、好戦的なのは俺だからな。

 黄色の俺が表に出てた場合、俺が表に出るのに一瞬持ってかれる。初動が遅れて黄色と青の俺が気に入ってるヤツが怪我でもしたら、コイツ等が喧しいだろうしよ」



 しかし優しさが滲み出るその言葉に、理解する。



「成る程、青のアソウギが言ってた赤のアソウギは乱暴者で荒っぽいけど絡まれてるのを見たらすぐ助けようとする面倒見の良い人格って言ってたのはこういう……」


「そういや言ってやがったなあの野郎」



 舌打ちはするも怒らない辺り、野良猫に傘を差し出す系ヤンキーな人格らしい。



「まあ良い。それであの野郎がお前に殴り掛かろうとしてた理由だが、聞くか?」


「聞きたい!」


「端的に言ってお前の考えが合ってた。ミッドガルドに依頼した結果ぼったくられて有り金全部毟り取られたんだとよ」



 あの店はマナーさえ出来てりゃそこまで毟らねえって噂にゃ聞いてたから、あの野郎がやらかしたんだろうが。

 赤のアソウギは小さくそう零した。



「……ミッドガルドはつまり、ギルド的な場所ってこと?」


「んなわけねえだろ。少なくとも管狐が居るお前にゃ無縁の場所だから気にすんな」


「だろうねー」



 七十五分の一クダが同意した意味はよくわからんが、そう言うならそうなんだろう。

 いやまあクダが居れば無縁っていう繋がりはサッパリだけど。



「ま、少なくともあの野郎はちっと後ろ暗いヤツだったみたいだから連行されてったぜ。コレで帰りに襲撃される心配もねえわけだ」


「えっ、赤のアソウギまさかそこまでの心配を……?」


「うっせえ。俺ら人外が人間を甘やかすせいでああいう他人に理由を押し付けるようなのが育っちまうんだから、正当な尻拭いだろ」



 別にあの男を甘やかした張本人じゃ無いなら良いと思うが、そういうもんか。

 犬を甘やかしまくった結果噛み癖のある犬に育ててしまった飼い主が言うならともかく、赤のアソウギの言葉は通りすがりの犬飼いだけど同じ飼い主として責がありますと言うようなもの。

 なので明らかに違うと思うが、深くは突っ込むまい。


 ……人外価値観が根底にある場合、引いてくれない気もするしねー。



「…………あ、そういえばさ、話は変わるんだけど」


「よくまあお前が被害者な話からそう軽やかに話題変えられるな。何だよ」



 ツッコミを入れながらも聞いてくれる辺り、本当に面倒見が良い。



「今日って何だか町が賑やかっていうか浮足立ってるって感じだったけど、何かイベントでもあったの?」


「イベントは無かったが、貴族街の方でちょっとあったってよ」


「というと?」


「少し前から勇者様が異世界から呼び出されて城内で鍛えてたらしいが、大体身についたからって事で貴族街の方のギルドで冒険者登録をしたんだと」



 ……あっ、そういえば居たね!


 一緒に異世界から誘拐された、というか彼が誘拐された際の巻き添えを食らったわけだが、その後怒涛の展開過ぎてすっかり意識の外だった。

 あの後会話したりもしていないし、名前すら知らないので仕方がない。

 正直色々教えてくれたり後日様子を見に来てくれたルーエの方がハッキリクッキリ印象的だ。


 ……というかお城の人、ルーエ以外覚えてないな……?


 いきなり異世界召喚だわ奴隷使い適性のせいで不穏な空気だわすぐさまルーエによって個室移動という名の保護をされたわで周囲を見回す余裕が無かったとも言う。

 見回したかもしれないが記憶に無い。保存されてませんねコレは。


 ……敵意向けられたっぽいのは覚えてるけど、王様の顔すら覚えてないのは……問題では……?


 謎に露出が多いなあ異世界っつっても謎露出はゲームの世界の話では? となっていたので服の方に意識を持っていかれてたのもあると思う。

 いやだって、生地の範囲や薄さで付与される魔法の質が変わってくるとか知らなかった状態だとその服防御力とか大丈夫なのかという心配しか湧かないというか。

 風通し良さそうだなあ以外に無いよ初見の感想。



「その話で、皆が盛り上がってると?」


「魔王の詳細知らないヤツら、つまり人間くらいだろうがな。魔王が討伐されれば安泰、とでも考えてんだろ」


「実際は違うって事?」


「………………お前は知らなくて良い」



 前の左手で、カトリコに整えられたお団子を崩さない程度に、しかしそれなりの雑さで頭を撫でられた。



「人間なんてたった百年足らずで死んでいくんだ。人間がやらかした数百年前の事なんざ、お前らがやったわけじゃねえんだから気にしなくて良いんだよ」


「めっちゃ気になる言い方するじゃん……」


「気になるなら適当なヤツに聞け。お前の奴隷辺りにでも聞けば答えるだろ」



 俺は丁寧に説明してやる気はねえんだよ。

 そう言ってとても丁寧に色々説明してくれた赤のアソウギは溜め息を吐く。

 それと同時に額の石が赤色から黄色へと変化し、目を開いた彼はふんわりした笑みを浮かべながら魔法で動きやすそうな仕事着へと着替えた。



「すみません、赤の僕が不愛想で」


「ううん、凄く良い人だったから全然」



 黄色のアソウギは、安堵したように良かったと微笑んだ。



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