私はマネキン(現実逃避)
ワームを討伐してギルドに戻り報告し、依頼書より多いワームの数に関しては謝罪とちょっと色をつけてもらえた報酬を受け取り、お昼ちょっと前だしという事でいつものパン屋でそれぞれ食べれる物を買い、丁度出勤してたアソウギがいつも通りの黄色のアソウギである事を確認したまでは良かった。
軽く聞いて本当に同一人物だという裏付けを取れたまでは良かったのだ。
良くない、というかまあ良くないわけでもないが困っているのはそこからの今現在。
つまり、カトリコ希望のアクセサリー店に来てからである。
「お前様の髪色だとこの色合いが似合うが、毛量が多い事と癖毛である事を考えると大きい飾りの方が華やかになるか。小さい飾りだと添えるには地味になり過ぎる」
「あら、そう言うのは早計じゃないかしら。確かに首領のこの髪の癖は華やかにした方が似合うけれど、お団子とかに纏めたりしたら小さい飾りでも素敵に映えると思うわ。色合いもこっちにすれば、小さい飾りでもパッキリ映えるもの」
「色合いや大きさについても良いけれど、飾りのデザインも気になるところだわ。花の飾り、石の飾り、動物を模した飾りと色々あるでしょう? どれがこの子に似合うか考えなくっちゃ!」
まず丁度お昼時という事もあってか、アクセサリー店には二人しか居なかった。
前に服屋でカトリコと共にこちらの服をひん剥いた客の一人、見た目はかなり人間寄りであるヤギ獣人のカペル。
そして前にほぼごり押しでこちらに相当な価値があるだろう腕輪をくれたエルフのエルジュの二名である。
……っていうかカペルが働いてるアクセサリー店ってここだったのかあ……。
前に店の名前と場所を教えてもらったが、ひん剥かれた衝撃とかギルドの説明とかその他諸々を覚えるのに必死過ぎてすっかり忘れていた。
尚店員と偶然居合わせただけである客のはずのカペルとエルジュは何故かカトリコと意気投合し、先程から髪飾りを持って来ては私の髪に添えて合う合わないの確認をしている。
……私、基本的に髪は放置するタイプだからちょっと疲れて来たかも。
そもそもアクセ系はあるならつける、必要ならつける、という感じ。
髪に関しては癖毛なのでもう寝癖とかも誤魔化せるし良いや、と完全放置である。
纏める必要がある時などは、困ったなあ……と言えばヘアアレンジを得意とするストーカーさんが来てやってくれたし。
……今更思うと自分の部屋で独り言のように呟くだけで数分後にピンポン鳴らしてヘアセットしっかり抱えて玄関前に立ってるってなかなかのホラーでは?
本当に今更過ぎる気付きをしてしまった。
いやでも本当にお世話になったんだ。
店内にある椅子に座らされてマネキン状態を維持しながら、ちょっと前までとてもお世話になった人の事を思い出す。
……ヘアセットが得意な人、二、三人は居たなあ……。
テイストによって来る人が違った覚えがある。
何やら色々とストーカーさん達の間で協定があるらしく、名乗っては貰えなかったが。
こちらはありとあらゆる個人情報を握られているのに。
……まあそれでも何らかのパスワード忘れた時とか疲れ果てた時とか酔って帰った時とかめちゃくちゃ助かったから良いんだけど。
少なくとも実害は無いのでオッケー。
無断で家の中に入られてるとか監視されてるとかは実害に入る気もするが、お陰で至れり尽くせりだわ趣味にお金沢山使えるわで正直メリットの方が大きいから結果的には良しだろう。
電気代や水道代の振り込みも代わりにやっといてくれるストーカーさん居たし。
「ふむ……髪型によっても似合う髪飾りは変わってくるか」
「似合うデザインは髪型によって違うなんて当然だわ。でも重要なのは、仕込まれている魔法の数と内容もだと思うの」
「カペルに同意ね。私もそこが重要だと思うわ。ところで金額が安くても良い物があるっていうのは大前提だけど、それはそれとして高級品は? この子の髪に試したいのに見当たらないんだけど」
「それが今、店長が貴族街の方に行ってるからこの店には無いの」
完全にマネキン扱いなのか、カペルはエルジュにそう説明しながらこちらの髪を櫛で梳く。
「貴族街に? 貴族街に本店があるならわかるが、それでもわざわざこの店に置いてある高級品を持って行く理由にはならんだろう」
「そうよね、だって本店があるならそっちに充分な程質が良いのはあるはずだわ」
ちなみにクダは他の椅子の上で丸くなってお昼寝をしており、イーシャは長くなりそうだから削蹄師のところにひとっ走り行ってくるとの事。
イーシャに関しては逃げたなと思わなくも無いが、バーゲンではしゃぐ家族に付き合わされて死んだ目になる父兄を思えばその逃げもわからんではない。
あと単純に馬にとって足は最重要パーツなので、足を支える蹄が超大事というのも事実だ。
なので出来る時にちょっと軽く整えとこ、というのもわからんではないのである。
「実際ここが本店なんだけど、何だかお偉いさんの中でもとびきりのお偉いさんが、こういうお店で取り扱ってるようなデザインのアクセサリーが欲しいみたいで。
ギルドに依頼して材料はもう確保されてるみたいなんだけど、デザイン案は依頼人と店長で突き詰めていった方が良いんじゃないかって事で行っちゃったの」
「そうか」
「品物も持って行ったの?」
「高級品に関しては貴族街の高級品に比べれば石ころ扱いだから売れない前提だけど、うちで取り扱ってる高級品はこのレベルですよっていう忠告用の見本扱いらしいわ。
あと男性向けデザインのアクセサリーをデザイン違いで持てるだけ。どういうデザインが好みか判断するようの見本なんですって」
「確かに見本があった方が良いのは事実だな」
「想像する物と実際にある物から目的の形に近付けていく、っていうのは大事だものね。ああ、でも成る程、通りで今日はやけに男性向けのアクセサリーが少なかったわけだわ」
納得したように、エルジュは周囲の棚を見回して頷く。
「たった三か月振りに来ただけでここまで品数に変化があるものかしら、と思ったのよね」
「エルジュはお得意様だけれど、三か月をたったと言うのはどうなのかしら」
「エルフにとっては三か月なんて人間にとっての数日分よ?」
「平均寿命が百五十年な自分からすれば、百五十年でようやく成人となるエルフの感覚はわからん」
「ああ、コカトリスは五年で成人だものね」
「えっ待って初耳!」
「あらあら首領ったら、動いたら乱れちゃうわ」
「ぎゃっ」
エルジュのとんでもない発言に思わず頭を動かしたところ、こちらの髪を結っていたカペルが軽く髪を引っ張った為にちょっと痛かった。
しかしこれは動いたこちらが悪いので致し方なし。
大人しく頭の位置を戻して、カトリコに問う。
「カトリコ、五年で成人って事は五歳で大人になるって事?」
「ああ、お前様は知らないんだったな。その通りだ」
頷いたカトリコは、思案するようにこちらの目を静かに見た。
「…………お前様、一応言っておくがお前様が想像する五歳児では無いぞ」
「えっ」
「成長スピードが人間とは違うんだ。種族が違うからな。ゆえに人間にとっての五歳は幼児だが、コカトリスにとっての五歳はちゃんと成人の姿をしている」
「あ、ああ、成る程……」
そういえばヒナが成鳥になるまでのスピードは人間基準からすれば相当に速いので、そういう感じか。
人外と考えればたった五年でも成人の見た目になるというのは不思議でもない。
……見た目が人間っぽいとその差に驚いちゃうな。
エルフみたいな長寿系はともかく、人間より長寿でありながら人間より早くに大人になる、というのはちょっと新鮮。
ドラゴンの翼に鳥の足にトカゲのような爬虫類系の尻尾で人間らしさは腕を除いた上半身くらいなコカトリスだが、それだけでも充分に人間っぽさがあるのでうっかりしていた。
人間は同じ人間相手でも化け物扱いして魔女裁判などという酷い仕打ちもしたりするのに、どうしてこう顔が人間というだけで無意識に人間判定を下してしまうんだか。
……嫌なガバガバ判定だなあ、我ながら。
味方を敵と見做し、味方じゃない相手を味方と無意識に誤認するとか、人間の生存本能死んでるんじゃなかろうか。
人外の皆さん程とは言わないまでも、もうちょい野性味を出して生きた方が良いのかもしれない。
「……ちなみにカトリコ、今何歳?」
「十八だが」
「私は高校三年生の女の子を奴隷にした……?」
何か知らんがめちゃくちゃショック。
同意は得たし合意だったし正直押しかけられた側ではあるが、犯罪臭が天元突破。
例え相手が五歳で成人、つまり成人してから十三年経っていようと、だ。
……奴隷ってだけでアウト臭がヤバいのに……。
クダはハッキリした年齢が不明だわイーシャは八十代だわで人外の年齢なんて気にしない方が良いのだろうけど、十八というリアルな年齢を持ち出されると凄く衝撃。
「……何を気にし始めたかは知らんが、自分は好きでお前様の奴隷になったんだ。気にするな」
「うん……」
「あと自分は週五のペースで卵を産める程には健康的だから、若い若くないも気にするな」
「待って卵って何!?」
「鳥人やハルピュイア系は卵を産むぞ。無精卵であろうとも産む。何故ならそういう生態だからだ」
「あ、そっかコカトリスって下半身鳥だけど、鳥は鳥でもニワトリだから尚の事!?」
「そうなる。魔力を含んだ卵だし栄養も豊富だぞ。一日一個しか産めんがな」
「そりゃあね!?」
「なので今朝産んだ卵は宿の主であるホンゴに頼んでお前様の朝食に使ってもらった」
「コクがあって美味しい卵焼きだなあって思ったらまさかの出所……」
和風の料理もあるからと白米味噌汁卵焼きを頼んだのはこちらだ。
でもまさかカトリコの卵だったとは。
食べて良いのかという困惑といやでも無精卵だし産んだカトリコがオッケー出したも同然だよねという事実が合わさり、数秒で事実の方に傾き勝敗が決まる。
美味しかったから良しとしよう。
……めんどり飼ってる人はその卵食べるって言うし、感覚的には多分それと同じだよね!
人間の基準では測れないから人外なのだ。
深く考えず、ありがたく受け取る事にしよう。
なにより無精卵だし腐らせるよりは良い。詭弁なんざ知るか美味いかどうかだ。
「はい、完成」
そんな事を考えていたら、カペルによる髪型アレンジが終わったらしい。
鏡を差し出されたので見てみれば、癖毛を活かした緩めの編み込みサイドテールが完成していた。
……おお……私の髪ってふんわりくるくるな癖毛っていうよりも毛先が跳ねるタイプの寝癖みたいな癖毛なのに……。
リアルな難点は毛量が多い事もあってサイドテールになると重さが片方に傾く事だが、オシャレは我慢なので仕方ない。
多少首や肩が凝ろうとも可愛いの前には無力である。
いやまあ私は我慢するより楽な方を選ぶから下ろしっぱなしになりがちなんだけどさ。
「とりあえずは簡単な髪型にしてみたから、この髪型に似合う髪飾りを見つけましょう。私はこれとか似合うと思うの!」
「ふむ、確かにソレは似合う色合いだな。しかし飾りが大きいと編み込みが目立たなくなりそうだ」
「そうねえ、編み込みが映えるような飾りが良いと思うわ。髪のクセを考えると小さい飾りじゃ埋もれちゃうけれど、大き過ぎず小さ過ぎない飾りなんかが良いんじゃないかしら。あ、コレとか」
「まあ、確かにソレは似合いそうだわ!」
「大き過ぎないリボンの飾りに小花をあしらってあるのか……確かに良いな」
よくわからんが彼女達は楽しそうなので良いとしよう。
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その後イーシャが帰って来ても止まらず、ニウの搾乳予定時間ギリギリまで三人は色々と試していたが、最終的にカトリコは大量のアクセサリーを購入していた。
そこまでは流石に扱い切れないし一回使ってサヨナラになるのはちょっと、と言って数を減らさせたのだが、
「じゃあ諦めたこの分は私からのプレゼントにさせてもらうわね?」
と言ったエルジュにより減らしたはずの分をプレゼントされた。
当然断ったのだが、目の前で購入された上に、
「既に購入した物を返品するわけにもいかないし、私に似合うアクセサリーじゃないのよ、コレ」
そんな事をニッコリ笑顔で言われ、受け取らざるを得なかった。
ありがたい事だけれど、こうも沢山奢られるのはどうにも落ち着かない。
カトリコが買うと言った分は私用なら私が出すと主張してどうにか自腹で支払ったが、人外からの人間への甘々っぷりはどうにかならないものか。
いやまあ、本人達は犬猫用の可愛い服とかを選んでる感覚に近いんだろうけれど。
友達の家の新生児や犬猫用の服を買って贈る気分なら致し方無し。
そう考えれば気持ちはわかる。




