人外から見た人間は人間から見た犬猫扱い
ガルドルはこちらのメニューを取り、パラリとページを捲ってこちらの手の中へと返した。
「はい、そのページからが人間用メニューですよ」
「おお……ありがとうございます」
確かに人間用、っぽい。
豆のスープとか肉とか書かれてるので間違い無く人間用だろう。
他の種族用のページをちらっと見ると、ボレー粉とかあったし。
完全に鳥用。
……あれかな、足でスプーン使うからスプーンとかフォークとか、そういうので食べれるのが多いのかな……。
元々鳥の食べ物はあわ玉とかカナリヤシードとかなので、わからなくはない。
ペレットだったとしてもスプーンで食べやすそうだし。
「……あの、聞いても良いですか」
「良いですよ」
「ウサギ肉のシチューってのがあるんですけど」
「ボーパルバニーのシチューと書かれている方は値段がかなり違う、という点ですか?」
「ですです」
心を読まれたかのようにビンゴだった。
この人凄いな。
……この人が凄いのか、人外自体が読み取り力に長けてるのか……。
相対的に人間の読み取り力が低いって事になりそうだから考えないことにしよう。
「まず、動物には魔力がありません。ゆえに、その肉にも魔力が含まれていません」
「ふむふむ」
「魔物に比べて狩る事が容易く、家畜として育てる事も容易なので多く確保出来ます。魔力が無い事と量がある事から、安く提供できるわけですね」
「成る程」
定番の量産品みたいな感じか。
「さて魔物の場合ですが、魔物には魔力がある為、魔物の肉にも魔力が含まれています。魔力を多く有している、あるいは魔法などで魔力を消費する事が多い場合、魔力を有した魔物の肉の方が好まれます」
「でもお高いんですよね?」
「討伐の際の難易度でも値段は変わりますが、自分で仕留めて血抜きをして肉として厨房に提供すれば安価で食べる事が可能となります。大前提として数が少ないのと、討伐の必要がありますからね」
「あー……」
でもそこまでして食べたいものなんだろうか。
普通の動物の肉でも良さそうなのに。
「これは人間的に言うと貧血の時はレバーとかほうれん草とか食べたい気分になるアレです」
「うっわわかりやすっ!」
成る程アレか。
確かにビタミンCが足りてない時はやたらとミカンとかミカンゼリーとかが食べたくなる。
恐らく本能的に欲しているのだろうが、つまり多少高くても魔物の肉を食べるのは魔力が足りていない時だから、という事なのだろう。
「味も動物に比べて魔力が乗っている分、とても美味ですよ。ただ僕のような魔族はともかく、獣人や人間、虫人辺りは魔力の味がわからない者が多い……というより味付けの差異程度にしか感じないのか頓着しない者が多いですが」
だから人間は魔法使いでも無い限り動物の肉を食べますね、とガルドルは肘をついて手を組みながら言った。
「……あの、何となくそこには納得出来たんですけど、虫人っていうのは?」
「虫頭で人型のタイプですよ。獣人の虫バージョン」
「ではなく、その、カプゥも蛇人って言ってたから……」
「ああ、そちらですか」
まあ色々ありまして、とガルドルは溜め息を吐く。
「元々は鳥人や鳥人とか呼んでいたのですが、どっちで呼べば良いのやら、となりまして。植物系の方も同様ですし、蛇人と呼んだりすると発音が難しい、という方も多く」
「おおう……」
「なのでもう面倒だから鳥人とか森人とかで纏めようぜ、となって纏まった結果です」
「あっそういう感じで纏まったんです!?」
「シャチやイルカだと海獣人とか人海獣という感じになって、何となく不評でして……じゃあもう全部纏めて海人呼びした方が言いやすいし、と」
「纏まったんだ……」
沖縄かここは。
確かにわかりやすいし呼びやすいし字面が何となく可愛らしいけれども。
「あれ、でも獣人は?」
「獣人とか発音し辛いじゃないですか。海で纏めてるから良いものの、海獣なども同様です」
「た、確かに発音し辛い……」
「なので獣人のまま、となっていますね。まあ時々獣人呼びもありますが、そこは個人の好みです」
「結局呼称多種多様問題が解決し切ってないような」
「大体そんなものですよ」
そういうものか。
「さて、注文は決まりましたか?」
「あ、このトマトスープと鶏肉のサラダで」
「了解です」
失礼、とガルドルは手を挙げ、店員さんを呼んだ。
来てくれたのは、ネズミ獣人なのだろう小柄な女性。
ケモミミ程度なので目とメンタルにとても優しい。
「彼女はトマトスープと鶏肉のサラダで、僕はボーパルバニーの丸焼きを。あ、彼女は人間用、僕は蛇用でお願いします」
注文を受けた店員さんは注文票に書き込み、足早に厨房の方へと向かう。
蛇が怖いというより、単純に忙しいのだろう。
……接客業で種族がどうとか言ってられないだろうし……。
そう思うとこういう全種族対応の店で働く人は、かなりの精神力が必要なのだろう。
相当に色んな食べ物取り扱ってそうだし。
「ところで、人間用とか蛇用って?」
「同じスープでも種族的にセーフアウトが決まりますから。犬猫系の種族だとタマネギが入っているとNGです」
「あー」
「ちなみに蛇用は、強く締め付けたり骨をあらかじめしっかり砕いたり、という下処理を済まされている物ですね」
「どういうこと!?」
「消化が楽です」
「おおう……」
まあ確かに骨が砕かれていると消化は楽かもしれない。
知り合いに蛇を飼っている人が居たが、蛇は骨もしっかり消化する程に強い内臓らしく、猛禽類はペリット状になった骨を吐き出すが蛇はしない、と言っていたし。
……人間で言うなら、野菜がめっちゃ細かく刻まれてる感じかな?
それがハンバーグに混ざっていると考えると、確かに食べやすそうではある。
三口サイズくらいに斬られた野菜を単体で食べるよりもするっといけそう。
・
食事を終えて息を吐く。
期待出来るか不安だったのだが、思った以上に美味しかった。
まあアイテム袋なんてものや魔法の類がある辺り、鮮度維持とかは現代日本とそう変わらない水準なのだろう。
多分だけど。
……でも中々に凄いものを見ちゃった気分……。
幼児くらいのサイズがある丸焼きウサギを、ガルドルは難無く丸呑みしていた。
まあ最初、蛇用で丸呑み前提だからなのか丸呑みしても問題無い温度で持って来られていた辺り、難無く、というわけではないのかもしれないが。
確かに熱々の丸焼きを丸呑みするのは喉の内壁が焼け爛れそう。
「さて、では僕はこれで」
ガルドルは椅子から降り、床下に収納されていた下半身をずるりと出した。
それだけで一気に目線の高さが変化する。
流石の十メートルだけあって長い蛇の下半身は、腰近くの数メートルを使って宙で胡坐を掻くようなポーズを取っている。
そのポーズは無駄に筋肉を使うだけのように思えるが、
「こうして長さを減らしておかないと、馬車に轢かれかねないのですよ」
「成る程……」
髪長い人が寝てる時家人に髪の毛踏まれるヤツみたい。
もしくは踏みそうになる犬猫の尻尾。
「僕自身、生態的にあまり食べる方ではありませんので、久々の食事で人間であるキミコと一緒に食べれたのはとても嬉しいものでした」
人間は見ているだけで微笑ましい存在ですからね、とガルドルは言う。
相変わらず表情変化がわからないが、声色からすると微笑んでいるのだろう。
「また席を一緒に出来る事を期待していますよ」
そう言い、ガルドルは出入り口で支払いを済ませて店を出て行った。
……さっすが外国風のファンタジー異世界……!
人外の対応が最高に格好良い。
これが乙女ゲームの世界だったらうっかりフラグが立つところだ。
……良かったこの世界の主人公じゃなくて。
主人公は多分、己に道を聞いて来たあの男の子だろう。
勇者として何をするか知らないが、良い感じに頑張って欲しい。
「と、それじゃあ私も」
「さっすがの人間パワーねキミコ!」
「むぎゃあ!?」
立ち上がった瞬間背後から抱き締められ思わず悲鳴を上げたが、抱き締めて来たのはカプゥだった。
顔は黒ヤギさんになっているが、声色からすると多分カプゥ。
……だよね?
ちょっと自信が無い。
「あ、顔変えると人間じゃわからないんだったわね。獣人とかだと匂いや気配で察しちゃうから脅かし甲斐が無いんだけど、その辺鈍くて怯えがちな人間は最高の反応で大好きよ!」
んもう可愛い! とぐりぐり頬擦りされる。
ここまで好感度が上がる何かあったか?
「あ、あの、カプゥ?」
「おっとごめんなさい、拒否しない人間なんて珍しいからつい」
「それは良いんですけど……拒否しない人間、っていうのはどういう?」
「人間って恥ずかしがり屋だから、スキンシップを取ろうとすると逃げちゃうのよね。可愛いからもっと構いたいし可愛がりたいし触りたいんだけど、触ろうとすると逃げられちゃって」
だから今の内に堪能したいの! と再び強く抱き締められた。
……つまり、猫好きだけど構おうとすると猫逃げるから、逃げなくて構わせてくれる猫とか超レア今の内に構う! みたいな……?
「……あの、カプゥ。ちょっと聞きたいんだけど」
「何? いけ好かない奴が居たとかなら力になれるわよ? プーカは種族的にいけ好かない奴相手には全力で蹴りや激しいロデオをお見舞いするから!」
「いやいやいやいやそういう事じゃなく!」
頼もしく拳を握ったカプゥの手の指をほぐして拳状態を解除し、己は言う。
「もしかして人外にとっての人間って、愛玩枠だったりします?」
「もっちろん! だってこんなに可愛いんだもの! 大半はワガママで本質を理解する事も無い子ばっかりだけど、それもまた可愛いし!」
やっぱりかあ!
「でも人間でそこに気付くなんて凄いわね、キミコ。人間って結構無駄にプライドが高い個体ばっかりだから、そこには絶対行き着かないのよ。愛玩枠っていうのが認められないみたいで」
ふふ、と黒ヤギ顔のままでカプゥは笑う。
変身能力で黒ヤギの顔になっているからなのか、笑っているのが表情でわかった。
普通のヤギだったら多分わからん。
「人間が獣を可愛がるように、人外が人間を可愛がっても不思議じゃないのにね」
「いやまあ、うん、普通はその発想には行き着かないんじゃないかな……」
己の場合はペット愛好家の知り合いを連想して気付いただけだし。
「あら、でも不思議じゃないのは本当よ? 人間だって、獣を可愛がるのは自分達ですぐ殺せるからでしょう? 私達から見てもおんなじ。寧ろすぐ死ぬ程か弱くて、こっちのおてて一つでずっと遊んで居られるような赤ん坊みたいだからこそ、人間は可愛いの」
あ、
「確かに馬鹿で小賢しくて愚かで学ばなくて自分本位で自分の事だけ最優先みたいな人間は子供っぽくて可愛らしいから大好きだけど、キミコみたいに把握出来る賢い子も大好きよ!」
「そこ別に気にしてないデース」
馬鹿犬可愛いけど躾けられた犬も可愛いよね! というのと同じなんだろうなあ、とは思う。
種族差とはつまりそういう事で、そういう感覚で、そのレベルのものなのだ。
人間種族に対する物凄い罵倒を聞いた気がするが、相手からすれば褒め言葉なのだろう。
……まあ、犬だって馬鹿でも賢くてもデブでも何でも、犬好きからすれば可愛いってなるもんね。
相手からすれば、恐らくそういう感じなのだろう。
ここまでで人外達がやたら親身になって親切だった理由もそれか。
そりゃ迷子になってるっぽい犬が居たら心配して声掛けるし多少の世話も見るだろう。
「あの、というか、カプゥ? お会計したいんですけど……」
「さっきのヨルムンガンド族がキミコの分も払ってくれたわよ?」
「えっ!?」
「だから言ったじゃない、流石の人間パワーだ、って」
ふふふ、とカプゥは笑う。
「こぉんなに可愛い人間と相席した上、食事シーンを見る事まで出来たんだもの! 私だって相席になったら絶対支払っちゃうわ!」
キャバ嬢やホストではなく猫カフェっぽいなと思ってしまうのはどうしてだろう。
というかカプゥの背が高いのでさっきから足がつかず宙ぶらりんになっているのだが、お会計が済んでいるならそろそろ降ろしてくれないかな。