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ワームのもみじおろし



 町を出てやってきたのは、小型ワームが出るようになったという土地。

 土地という言い方もどうかと思うが、草木が無いフィールドとなると他にどう言えば良いのやら。

 足で軽く土に線を引いてみた感じからすると枯れ地というわけでもない土状態で、本当形容詞が見つからない。



「ところで小型のワームって早めに討伐した方が良いヤツ?」


「大人ならともかく人間の子供くらいなら丸呑み出来ちゃうサイズではあるから、出来るだけ早めに討伐した方が良いっていうのはあるかなー」


「実際、ご主人様が徒歩で来れる距離だしねえ」



 耳の付け根をカシカシと掻きながらのクダの言葉に、イーシャは苦笑しているような声色でそう言う。



「私が徒歩で来れる距離だと問題なの?」


「ご主人様、あんまり距離を歩くのには慣れてないから。正直移動に関しては俺が居るから問題無いけど、それはそれ」



 一旦横に置いて、とイーシャはジェスチャー。



「問題は、距離を歩くのに慣れてない大人が短時間で来れる距離、って部分かな」


「端的に言えば町に近いから問題なんだ」



 鋭い足の爪でガッガッと土を抉りながら、カトリコが言う。



「子供を食べれるサイズの魔物が居る場所に、子供が遊び場気分で来る危険性があるというのが」


「あ、ああー…………うっわそれは問題だわ」



 公園に子供をターゲットにした変質者が出没する級に危険度が高い案件だ。

 下手すりゃ子供がマジな意味で踊り食いされる可能性という恐怖。



「…………ところでそろそろだぞ。イーシャ、今の内に」


「うん、了解。はいご主人様俺に乗って」


「えっ?」


「早くした方が良いよー。クダが抱き上げても良いけど、そっちの方が安定感あると思うから。位置的に地面も遠いしね!」


「えっ?」



 突然イーシャがしゃがんだ事に困惑していれば、クダに抱き上げられてそのままひょいっとイーシャの背へと乗せられた。



「しっかり乗っててね。いざとなれば俺の髪の毛を手綱代わりにして良いから」



 そう言ってイーシャが立ち上がり、その揺れに思わずイーシャの体にしがみ付く。


 ……わあ馬の体おっきー……。


 揺れが小さくなったので今の内に座る位置を調整し、ホッと一息。



「来たぞ!」


「はいよ!」


「オッケー!」



 一息ついたと同時に放たれたカトリコの言葉に、イーシャとクダがバックステップを踏むようにカトリコが居る位置から距離を取った。

 次の瞬間、カトリコの足元の土が盛り上がる。



「ふんっ!」



 ……うわ小型って言っても普通にデカイし友好的でも無いってなると直視キッツ……。


 あれでも一応小型らしいワームが土から顔を出すと同時、カトリコは小型ワームが迫るのを避けるように腕の翼を羽ばたかせて飛ぶ。

 その飛び方は跳躍に近く、カトリコはすぐに着地した。

 しかし再びまた別のワームの頭が出現し、カトリコが飛んで避けて着地してまたその足元から顔を出す別のワーム。



「…………ん」



 三匹が顔を出した時点で高い位置を維持していたカトリコだったが、何かに気付いたように眉をひそめてもう一度着地すると、またもや別のワームが顔を出した。


 ……えっ、アレ、三匹のはずじゃないっけ。


 不審者が三名のはずが実は四名でしたとかそれってかなり致命的な問題では。

 そう思うもカトリコは動揺を見せる様子も無く、一旦ジャンプするようにその場から飛び退き、直後そのワームの、恐らく頭側だろう部分を両足で鷲掴み、高く高くへと羽ばたいてゆく。

 その翼が羽ばたくと同時に高度が上がり、土に隠れていたワームの全身が宙に浮かび上がる。

 ワームの体を掴むカトリコの足の爪に施されたネイルが日の光に反射して光るのが見えた。



「あ、始まるみたいだよ」


「え?」



 クダの言葉に、もう始まってるんじゃと返すより早く。

 空中で体勢を整えたカトリコが急転直下し始めた。

 地面に激突しそうなスピードだったが、しかしすぐに回転するようにして体勢を変え、地面すれすれを飛び始める。

 そう、足に掴んでいるワームが丁度地面に擦れる高さだった。



「…………わあい、もみじおろし……」



 この辺りの土がそこまでガチガチでは無い事は先程発覚している。

 しかしカトリコはしっかりと固めの土がある位置でワームの身を削っていた。

 柔らかいのだろうワームの身は、固い土と速度のある飛行によってガンガン削れていく。

 まあそれはそうなるだろう。


 ……大根おろしも力尽くだといまいち削れないけど、素早さ重視で行くとガンガン削れるんだよねえ……。


 摩擦、そして石などのデコボコによるヤスリ。

 数分足らずで、一匹の小型ワームは擦り付けられていた頭部をメインに八割方失った。

 カトリコはそんなワームの頭部付近を掴んでいた足を開き、地面に擦れなかった残りをぽいっと放る。



「頭を潰してもワームは回復力が高い。復活する可能性もあるが、自分は他の三匹を仕留める。後処理は頼んだ」


「りょうかーい」



 クダが返事をするが早いか、カトリコは再び飛び立ち、地面からぼこぼこ頭を出してはこちらを狙ってくるワームの一匹を素早く捕まえた。

 先程から顔を出しては来るもののイーシャとクダの足が速いお陰でまったく問題は無かったが、それにしたってカトリコの反応速度が速い。


 ……まあ鳥って土掘ってミミズ食べるしね。


 まるで麺のように飲む姿は何度か見た。



「アレが良いか」



 高い位置から周囲を見渡したカトリコは、ワームを掴んだまま葉が枯れている大木の方へと凄まじいスピードで飛んでいく。

 どんどんスピードが上がり、そのままでは葉が枯れているせいで槍のように尖った枝がカトリコに直撃するのではと心臓が縮み上がるところだったが、しかし直前でカトリコはハンドルを切るようにして身をずらして躱す。


 ……おわあ、モズの早贄……。


 槍のような枝が直撃したのは、カトリコの両足によって捕まっていたワームだった。

 カトリコの両足の隙間を縫うようにして、先が尖った枝がワームの身に直撃、貫いた。

 痛みによるものかまだ絶命していないワームは数秒の間その身を酷くうねらせくねらせて枝をへし折ろうとしていたようだったが、カトリコが枝ごとそのワームを再び掴んで飛翔する。

 ワームの身が浮くと同時、カトリコの引っ張る力に負けたらしく、ワームを貫いても平気だったその枝は根元からベキリと逝った。



「追加で頼む」


「はーい、火力上げとくねー」



 カトリコがぽいっと枝付きワームを放ったのは、先程のもみじおろしワーム……の火葬場。

 もみじおろしワームは既にクダが魔法で燃やしており、その火の中に追加されたのである。


 ……お焚き上げかな?


 火力を増した炎を見て連想するのはソレだった。

 新年の神社とかでよく見るヤツ。



「さて、次」



 カトリコはバサリと飛び立ち、一瞬視界から消えた。

 今のカトリコは普段の胸の谷間がガッツリ見えるミニスカワンピではなく、戦闘用らしい布製の胸当てのみの格好。

 幾ら羽毛があるとはいえ胸当てだけなのはどうかと思ったが、クダもそんなモンだし人間の上半身で胸をきちんと隠しているならそれで良いかという気もする。


 ……人外、羞恥心の基準が人外基準だもんねー……。


 そんな機動性しかなさそうな装備で、素早さ特化の種族なのか実際に素早さアップの効果がある胸当てなのかはさておき、カトリコは目にもとまらぬ速さで消えた。

 かと思えばすぐに戻って来たカトリコの足には、動物の牛、それも大人の牛くらいはあるだろう大きさの岩。



「コカトリスの翼はドラゴン仕様だから、羽ばたく力が強いんだよねえ。まあ鳥は大概羽ばたく力が強いんだけど、ドラゴン仕様なら尚更だ。翼さえ頑丈なら、後は掴む為の足腰の筋肉があればあのくらいは余裕かな」


「そうなの?」


「うん」



 背に乗せているこちらに対しての返答だからか、僅かに顔をこちら側に向けてイーシャが頷く。



「翼の作りによっては重量制限が掛かるんだ。足腰が弱いと重い物を持とうとした時に支えられなくて骨がやられるって言えばわかるかい?」


「あー、成る程」


「最悪真逆の方向に折れる可能性もあるから、翼の作りで持ち運び可能重量はかなり変化する」



 漫画とかでは傘で飛ぼうとする人が居るけれど、体重に耐えられない傘は骨部分が真逆の方向むいて落ちる、とかが定番ネタ。

 そりゃまあ傘で数十キロを支えれるかと言えばNOだろう。

 しかしこれは、傘が人の体重に耐えられる大きさであれば可能であるという事だ。



「勿論足腰の筋力が足りなければまず足で掴む事が出来ないんだけどさ」


「つまりカトリコは凄いと……」


「ドラゴン仕様の翼に加えて、飛べないからこそ陸上歩くのを得意としてるニワトリの足だからねえ」


「ああ……」



 そういやニワトリって陸上種だわ。

 そんなふわふわの羽毛の下に陸上選手並みのムキムキ筋肉を持っているらしいカトリコは、ワームの頭上、結構高い位置からその岩を落とした。

 こちらを狙おうとしてはイーシャが素早く逃げるせいで地面の上でうごうごと蠢くだけになっていたワームは、動きも計算していたらしいカトリコが落とした岩によって頭部をぐちゃりと潰される。


 ……わあい潰れたトマトぉ……。


 音がリアルでとても嫌だがこれがリアルなのでどうしようもない。

 そんな頭部を潰されたワームもまた、カトリコによって火葬場へ放り込まれた。

 あっという間に、残りは一匹。



「実力を示すのが目的だから、折角だしやっておくか」



 そう言ったカトリコは近くの木の枝に留まり、身を屈めて足の爪を器用に使い、上の方で髪を一つに纏めていた金属製の髪留めをカチリと外す。

 ソレをぽいっと放ったカトリコは、そのままワームのすぐ近くへと降り立った。



「んー……一応カトリコも計算してくれてるっぽいしご主人様は魔法が付与されまくりな腕輪があるから大丈夫とは思うけど、もうちょい風上の方行こうか」


「え、どゆ事?」


「御覧の通り」



 トコトコ歩いて風上へ移動するイーシャが指差した方、つまりカトリコの方を見ると、地面に降りたって棒立ちになったカトリコへ襲い掛かるだろうと思っていたワームは、何故か苦しむようにのたうち回っていた。

 カトリコが何かをしたようには見えない。

 ただ正面に立っているだけなのに、最後のワームは酷く苦しそうにのたうち回り、数分にも満たない内に動きが止まる。

 それも力尽きるような止まり方ではなく、神経がビキリとキた時のような硬直に近い止まり方。


 ……まるでぎっくり腰になった瞬間の人みたいな……。


 この例えはどうかと思うが、正にそんな感じ。

 漫画であれば稲妻背景が見えたであろう、ビキリという効果音が聞こえそうな止まり方だった。



「……よし、死んだな」



 頷いたカトリコは時々小石により爪のカチカチ音を鳴らしながら地面を歩き、先程放った髪留めを足で拾う。

 そのまま頭を下げ、下ろされた髪を両翼の先でクロスさせた三角部分で留め、頭と翼の間にある隙間から入れた足の先で器用に髪留めを使い、先程までと同じ髪型へと戻る。



「よし、毒はもう問題無いぞ。火葬を頼む」


「いや問題あるって」



 顔を上げたカトリコの言葉に、クダが苦笑を浮かべてひらひらと手を振る。



「クダは呪い寄りでもあるから毒とかわりと耐性あるけど、それでもコカトリスの致死性の猛毒は厳しいんだよ?」


「もう封じた」


「吐息が毒状態だったら周囲の空気も毒でしょ。今日は風通し良いからすぐに風化して消えるだろうけど、それでも今の時点ではその辺猛毒地帯だから」


「…………そういえばそうだな」



 頷いだカトリコは死んだワームを足で掴み上げ、バサリと飛んで他三匹が燃えている炎の中に放り込んだ。

 そうして飛んだまま、カトリコはこちらの方へと戻ってくる。



「どうだった、お前様。自分が出来る戦い方は示したぞ」


「うん、何と言うかパワーがとっても凄いのがよくわかる戦い方で頼もしかった」



 いやもう本当に味方で良かったという感じ。

 敵らしい敵は別に居ないけれど、もし仮に敵だったらと思うとゾッとする。

 もみじおろしにされてしまう事確定だ。



「それは良かった」



 でもカトリコは味方だし、今の笑顔がとても可愛らしかったのでまあ良いか。



「ところでさっきの、最後のワーム倒したのって何? 毒なの?」


「ああ。……そうか、お前様は出身が出身だからコカトリスについてもほぼ無知なのか。まあそこまで有名でも無いからな」


「?」


「要するに、コカトリスは有毒種族という話だ」


「うん、そうっぽいっていうのはさっきのやり取りで何となく」


「伝承とかだと何故か石化能力って誤解されてたりするけどねー」


「毒が回って死ぬ時の硬直を石化と思い込んだ誰かが昔々に居たんだろう」



 クダの言葉にカトリコはそう返す。



「ちなみに実際は?」


「本来コカトリスは吐息だけではなく血液、視線、唾液などにも毒が含まれている。

 コカトリスを刺したら槍を伝って逆に毒を送り込み相手を殺したという伝承は、槍を伝った血液に触れた結果のものだろうな」


「わお」



 殺傷力めっちゃ高い。



「遠距離に居る相手を睨むだけで仕留める、飲んだだけで水場を長期間毒で汚染する、というのがコカトリスだ。要するに生きている広範囲の猛毒と思えば良い」


「良いのかなあ……」



 猛毒の時点でアウトなのに威力と範囲がとんでもない。



「まあ、そんな状況では共存どころか生活もままならんのでな。殆どはアクセサリーなどで毒消しを施している」


「あ、髪留め!」


「そういう事だ。血液、視線、唾液は足の爪に施したネイルで封じているが、吐息の毒はいざという時に使えた方が良い。ゆえに髪留めを使用している。水浴び時や睡眠時は流石に邪魔だから、代わりの足環をつけているがな」


「成る程……」



 言われてみれば昨日寝る時のカトリコは足環をつけていた。

 ホンゴに用意してもらったハルピュイア用吊り下げ式ベッドを使っている時は座るような体勢なのでよく見えなかったが、思い返せばお風呂上がりの時は足環だったはず。



「さて、それでは戻ろうか。幸い早くにワームが見つかったお陰で、今から戻ってもお前様の仕事の時間まではまだ間がある。

 ワームが一匹多かった事についてを報告したとしても、店を見る時間くらいはあるだろう」


「カトリコ見たいお店あるの?」


「ああ、お前様を飾りつける為のアクセサリーを探そうと思ってな。自分が持っている物の中にもお前様に似合いそうな物はあるが、どうせならお前様の為に、お前様に似合うと確信した物を用意したい」


「いや私は別に……」


「安心しろ、ワーム退治で得る報酬は主であるお前様の物だ。アクセサリーはきちんと自腹で買うとも。服屋での仕事で稼ぎはある」


「流石に自分用のアクセには私自身でお金払うよ!?」



 そこまでさせる程のヤツにはなりたくないと主張したところ、カトリコはとても嬉しそうにニッコリ笑う。

 あ、これ今私がノせられたせいでアクセ店に行くのが確定になった笑みだ。



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