そういうもんなのか
翌朝、カトリコが加わった四人でギルドへと向かう。
まさかこんなハイペースで仲間、というか奴隷が増えるとは思わなかった。
……でも人外からするとそんなもんなのかなあ……。
何せ昨晩、話が纏まってからじゃあ夕食にしようかと食堂の方に降りたところ、
「やっぱ良い感じに纏まったな!」
親指を立てて爽やかに言ったのはホンゴだった。
長い事こちらが滞在しているのもあってどういう性格かはわかってるから、上手く行くだろうと判断して通したんだとか。
そんな事を言われてもこっちは物凄く驚いたしビビッたので、今後は通さないでねと言っておいた。
人外は匂いや気配、物音で存在に気付けるのかもしれないが、人間はそう聡くも無いのだ。
……何か物音したなって時も、基本的には普通に物が落ちたとかそういうのだろうで終わらせちゃうし。
察し能力の差については、家人が帰ってくる時にペットは気付いて玄関までお迎えに行く事が多いアレで考えればもう、本当歴然の差。
自動でつく明かりとかが無いと玄関が開くまでわかりゃしないレベルで鈍感なのが人間種族なので。
そんな事を思い返しつつギルドに到着。
「えーっと登録は……」
「あら、首領。おはようございます!」
「ああうんおはようリャシー」
ニコッと笑顔は良いけれど、リャシーにまで首領呼びが固定されてしまった。
ギルドの職員が特定の相手を首領呼びってそれ良いんだろうか。
……良いんだろうなあ……。
人外と話した記憶を思い返しても、呼び名は個体識別用という感覚が強いようだし。
人間は呼び名と立場をごっちゃにさせがちだが、人外の場合はボス(立場)はボス(立場)、ボス(呼び名)はボス(呼び名)と別扱い出来るのだろう。
メニューの区分けがしっかりしていらっしゃる。
「朝早くから悪いんだけど、奴隷登録って出来る?」
「今日はサンリが居ないので他の方か私が対応する事になりますが、可能ですよ! 新しい方はどなたです?」
「自分だ」
翼を上げたカトリコを見て、了解しました、とリャシーが頷く。
「では準備をするのでこちらへどうぞ」
ニッコリ笑顔のリャシーについて行き、イーシャの時同様スムーズに登録が終わった。
「これでカトリコは首領の奴隷として登録されました!」
「そうか、良かった」
凄い会話だ。
慣れた方が良いんだろうけれど、言葉の破壊力が強過ぎてまだ慣れるには時間が掛かりそう。
「それにしても……」
じ、とリャシーはクダ達を見る。
「どうかした?」
「いえ、首領には何かこう、奴隷にする相手の条件があるのでしょうかと」
「条件」
「例えばこう、極東の妖怪に重種のケンタウロスにコカトリスですから、魔族、あるいは普通あまり見かけないタイプの方を受け入れているのでしょうか……という感じで」
ふむ、
「……クダ、妖怪って魔族?」
「クダみたいな管狐は妖怪で式神で呪いで化けギツネでーって色々面倒だけど、こっちの言い方するなら魔族で合ってるよ」
「ケンタウロスは」
「馬獣人は獣人だけど、ケンタウロスの場合は魔族扱いになるね」
イーシャ本人の言葉に成る程と頷く。
「コカトリスは見ての通りに魔族だ」
「うん、それはとてもわかりやすい」
カトリコの言葉には同意しかない。
ドラゴンの翼に鳥の下半身にトカゲのような尻尾って、どっからどう見ても魔族である。
流石にそんな動物が居るとか聞いた事無いし。
「ちなみにクダ達の種族が珍しいかについてだけど、そもそも人外の種類が多い事もあって全部が全部珍しいようなものかな」
「そうなの?」
「貴族街なら貴族が居ても珍しくは無いけど、庶民向けであるこの町に貴族が居たら珍しくない?」
「あー」
時々見かけるのでそこまで珍しくは無いが、頻繁に居るわけでは無い。
感覚的には夕方頃にスーパー行った時、人気のパンがまだ残ってたらラッキーくらいの頻度。
殆どは既に売り切れなのでお会い出来ないみたいな、ああいう感じか。
……別に居ないわけじゃないけどそこまでの頻度で会う相手でも無い、と。
「……つまり、特に首領はそういった条件で奴隷に採用しているわけではないという事ですか?」
「そもそも私は条件とかつけてないしね」
首を傾げたリャシーの言葉に苦笑を浮かべつつそう返す。
「クダの時はごり押し、イーシャの時は連続アピール、カトリコに至っては押しかけって感じで……」
全員押しかけ感はあるが、押しかけレベルで言うならカトリコが一位と言っても過言では無いレベルの押しかけだった。
まさか前にお邪魔した借家を引き払ってまで来るとは。
……本当に人外は人間が好きなんだなあ……。
まあこちらもハムスターや犬猫見て可愛い飼いたいと言う種族なので、感覚的にはわからんでもないが。
動物好きだから動物園の飼育員になりますみたいなもんだろう。
「成る程……首領は押しに弱いとは聞いていましたが、本当にそうなのですね」
「待ってリャシーめっちゃ可愛い笑顔だけど今何て?」
「そんな、可愛い笑顔だなんて照れてしまいます。首領好みの見た目に見えているからこその言葉としても、それもまた私の姿ですし……」
ぽぽぽと頬を赤く染め、真っ赤になった小さな頬をこれまた小さな手で覆うリャシー。
それはとっても絵画的な可愛らしさと美しさと魅力があるが、今そういう話じゃなかったような。
……リャシーはリャナンシーって種族みたいだし、女性の妖精って人間を誘惑する事多いし、これもまた一つの魅了か何かかな……。
恥ずかしがる幼児の愛らしさにキュンキュンくるアレを連想する。
妖精は例え実年齢がお幾つだろうと永遠の子供らしさを備えているらしいので、多分間違ってはいないだろう。
「あの、リャシー? 私が押しに弱いって誰から聞いたかって聞いても良い?」
「特に黙秘する義務は無いので言えますが、イーシャを奴隷にした時点で普通に冒険者の方々が話してますよ。重種に手綱をつけるなんて凄いよねから繋がるどうも押しに弱いらしいという会話が基本です」
「嫌な基本だ……」
「うふふ」
思わず微妙な顔をすれば、リャシーはころころと楽しそうに笑う。
「さて、ところで登録は済みましたけれど、どうされます? 依頼は受けますか?」
「あー……どうしよっか」
自分の場合はニウの搾乳依頼がまだ続行してるので、午後になったら行く予定だ。
しかし逆に言えば、今の段階では午後までフリーという事でもある。
他三名も特に予定は、借家を引き払ったとはいえ服屋の仕事を辞めたわけでは無いらしいカトリコは出勤日の出勤時間になったら普通に出勤するだろうが、今日は休みらしいのでカトリコ含めた三名に予定は無い。
クダ達も今日はまだ依頼を受けていないわけだし。
「クダはのんびりするのも働くのも賛成だから、どっちでも良いかなー。言っちゃうとクダの気持ちよりも主様の意思の方優先したいし、クダはクダだからそこまでごり押ししたい欲求も無いしー」
奴隷契約についてのごり押しがあった気がするが、まあ使役されてようやく通常状態なのが管狐らしいので、そこだけが譲れないという事だろう。
使役する主さえ居れば特に主張したい欲求も無い、と言うべきか。
「俺も別に、どっちでも良いかなあ」
牧草のヘイキューブを取り出してもそもそ食べつつ、イーシャが言う。
「夜明け頃に朝駆けして運動不足は解消してるから、討伐でも休むのでも構わないよ」
「自分としては討伐に行きたいところだがな」
そう言ったのはカトリコだ。
「というと?」
「依頼を受ける受けないは別として、一応戦闘出来る事はお前様に見せておいた方が良いだろう」
「あー、確かにカトリコの実力は把握しておきたいかも」
わかっていると安心だし、戦闘スタイルがわかっていればいざという時も安心出来る。
まあ戦闘スタイルがわかっていたところで指示を出せるわけでは無いけども。
……ポケットに入るモンスターなら主人が戦闘の指示を出すけど、私の場合はどう動けば良いかもサッパリだもんなー……。
正直言って本人達に任せた方が最適な動きをしてくれると思う。
戦闘面はズブの素人どころか日常生活すらも他の人のお世話になってた人間に指示出しを期待しちゃいけない。
「もしよろしければ、討伐依頼の方を確認されますか?」
「んー、そうだね。普通に近くに居る魔物を倒せば良いって気もするけど、折角なら依頼として受けようかな。カトリコはそれで良い?」
「構わん」
カトリコは頷く。
「依頼については自分で選ぶ事もあるだろうが、受ける受けないについてはお前様に一任しよう。奴隷だからな」
「いや別にその辺自由にしててくれて良いんだけど」
「お前様は自分達の主なんだから、そのくらいの手綱は握っておけ」
「カトリコにクダも同意。アレやれコレやれ絶対服従であれ、みたいなのは要求内容によってはアウトだけど、そこまでとは言わなくても主様が命じる側だからねー」
「ええ……」
「上司と部下で考えたら、部下が自分で動く方が自分で判断出来る分本領発揮出来るとしても、上司の指示でやった部分もありますって事にした方が良いでしょ? 部下としても、つまりクダ達としても上司である主様への印象は良い方が嬉しいもん」
にっこり笑顔で耳をぴこぴこ揺らしながらそう言ってくれるのは嬉しいし可愛いが、
「……そういうもん?」
「だな」
「だねえ」
「だよー」
「実際主人側がしっかり手綱を握っている様子を見る事が出来た方が外野も安心致します」
カトリコ、イーシャ、クダの頷きに加えてリャシーにまでそう言われては頑張らざるを得ない。
……確かに、車道に出たりしないし自分で判断出来るから大丈夫って事でリード無しのまま犬の散歩するのは駄目だもんねえ……。
噛まない犬だからリード無しで良い、というのは車道に飛び出すリスクを考えていないので事故の元になる危険な行為。
だからといって噛まないし車道にも飛び出さないからリード無しでオッケー、というわけにはいくまい。
ひたすら言う事を聞かせ続けて絶対服従させる飼い主はちょっと毒っぽいイメージになってしまうが、ある程度の自由は持たせつつしつけをしっかりした上でリードも繋いで飼い主の予定通りの散歩ルートを、というのが良いだろう。
そういう立派とされる飼い主であった方が見てる側も安心、という事か。
犬と違って普通に意志疎通が出来るのでうっかりしていたが、感覚としてはそういう感じだろう。
……犬と違ってって言ってもこっちには獣人居るけどね。
こちら風に言うなら、動物の犬とは違って、と言うべきか。
「んーじゃまあとりあえず、依頼確認って事で。リャシー、良い依頼ある?」
「ファンガスの討伐はありますが……コカトリスと考えると、普通に動物系魔物の方が仕留めやすいかもしれませんね」
「ああ、出来れば高いところから落とせば仕留められる、あるいは爪で抉れば仕留められるようなのが良い。魔法も使えるが、物理の方が実力を見せやすいからな」
「ええ、わかりました。探してみるので少々お待ちください」
リャシーは微笑み、ひらりと飛んで掲示板に貼られている依頼を確認し始める。
こちらは少し待つとしようか。
「…………ところであの、ファンガスって何?」
「あれ、主様知らなかったっけ?」
「多分知らない、と、思う」
聞き覚えのあるワードだが、ゲームで聞いた事がある魔物だろうか。
「ファンガスっていうのはキノコの魔物の事だよ」
頭上からイーシャの声がそう言った。
こうしてすぐ近くに立っている時は大分顔を上げないとイーシャの顔が見えないが、首を痛めるからかわざわざ見なくて良いとでも言うように大きな手で頭を撫でられた。
実際見上げたところで仮面をつけたイーシャの顔は口元以外が見えない状態にあるが、相手の顔を窺おうとするのは日本人の癖である。
ただマジでイーシャの顔の位置は上の方なので助かった。
……頑張っても胸元って感じになるしねー……。
それにしても、
「キノコの魔物?」
「そう。魔族ならマイコニドで……ハトリが居ただろ? キノコの魔族はマイコニドなわけだ」
「だねえ」
キノコに手足が生えたみたいな種族だ。
まあ町中歩いてるとキノコの帽子被ってるような人、それこそキノコの擬人化みたいな人も居るので、人寄りマイコニドも居るんだろうが。
……タンポポの森人も居るんだから、キノコの森人って可能性もあるかな?
花というよりも菌なので菌人って感じだが、森に居れば森人扱いになりそう。
実際居るのか、そして具体的に違いがあるかは不明だけれど。
「で、魔物の場合は無毒がファンガス。有毒だとマタンゴって呼び名になる」
「あっ毒の有無で呼び名変わるの!?」
「変えないと危ないからねえ」
「討伐の難易度が一気に変わるよー」
「はへえ……」
イーシャもクダもめっちゃ穏やかな顔で当然のように凄い事言ってくる。
まあ実際野良犬の捕獲と思って向かったら人喰いオオカミでした、みたいな事になったら詐欺だし普通に命の危険がとんでもないか。
そう思えば呼び名を使い分けるというのもわからんではない。
「ファンガスは基本的にキノコ寄りだから、正直言って物理よりも魔法の方が良いんだ。物理でもまあ炎を使えばわりとどうにかなるが」
「それ物理?」
「松明を使って火を放てば物理だろう。魔法で直接炎を放つのは魔法だ」
「定義が難しくない……?」
「本人の物差しによるから結構雑だぞ」
「ああそういう」
成る程、とカトリコの言葉に頷く。
人外の説明はわかりやすくてとても助かる。
「しかしまあ、炎を放つなりすれば良いのは事実だが、キノコだからな……。高いところから落としてもわりと平気なんだ、ああいうのは」
「大丈夫じゃないのは?」
「人間とか」
「そりゃあね!?」
真顔でさらっと凄ぇ事言われた!
「あとは飛べない陸上種族か? 骨があると高い位置から落とされるのは致命傷になりがちだな。高い位置から岩を落としても同様だ」
「あー、あるある。内臓も無い種類だと俺が蹴っ飛ばしてもわりと無事だったりね。踏み潰すのは結構通るんだけどさ」
「クダの場合は狐だから狐火って事で炎も得意分野だけど、完全物理でってなるとねー。切ってもしっかり切り離さないとわりと無事だったり、生命力強い場合は増殖する場合もあるし。魔石を狙って潰すのが一番早いかなー」
「だが魔石は金になるからまた面倒だ」
「「わかる」」
わからん。
朗らかに魔物討伐あるあるを語っているようだが、いまいち魔物討伐に参加してない身としてはサッパリだ。
言っている内容は何となく理解出来るが、大変そうだなあという感想になってしまう。
……まあ私非戦闘員だしね! うん!
しゃーなししゃーなし。
そう思っていると、掲示板の方を見ていたリャシーがひらりと飛んで戻って来た。
「お待たせしました、こちらなど如何でしょう?」
リャシーがひらりと再び飛んで示す依頼書の内容曰く、三匹のワーム討伐との事だった。
「良し、ワームなら得意分野だ」
口角を上げて頷くカトリコから視線を逸らし、クダに問う。
「……クダ、嫌な予感がするんだけどワームってもしかして」
「人間丸呑み出来るサイズのミミズだね」
「やっぱり……!」
トガネやクダがミミズを食べているのは見たが、多分それ以上にグロいはず。
B級ホラーとかに出て来るタイプが想像され、服の効果で体温調節されているはずなのに身が震えた。
「あ、大丈夫だよ主様。低ランクのワーム討伐だから人間の子供を丸呑みに出来る程度の小さいワームだし。大きかったらもっとランク上の依頼になってるもん」
クダ、それあんまりフォローになってない。




