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本当に人外の判断基準ってヤツはよぉ……!



 我が物顔でハルピュイア用の椅子、というか止まり木に留まっているカトリコを前に、とりあえずベッドへと腰掛ける。



「……まず、ええと、どうやってここに?」


「普通にお前の奴隷になりたくて全力で押そうと思っているから部屋に入れてくれ、と宿屋の者に」


「ちょっとホンゴォ!? ディーネェ!?」



 思わず扉を乱暴に開けてホンゴ達の居る方に叫んでしまったが、聞こえたのは愉快そうなわははという笑い声。



「嘘吐いてる気配も無いし害意も無いみたいだから大丈夫だろー!」


「…………がん、ば……」


「だいじょぶとかがんばで済む問題じゃないしセキュリティの問題だよねコレ!?」


「まー気にすんな!」


「気にするわ!」



 声だけだがまともに取り合ってくれそうにないので仕方なく扉を閉じてベッドに腰掛け直す。

 膝の上に肘をついて手を組み、額を乗せてハァと溜め息。


 ……人外の感覚ガッバガバ過ぎる……!


 こちらへの対応からしてもガバガバな感じは察していたが、セキュリティとかに関して大丈夫なのかコレは。

 いやまあ人外は本能部分が強いようなので、大丈夫だろうと確信してこの対応となったのだろうが。

 それでも無断で入れるのは駄目だろ……。



「…………カトリコもまた何で来たの……」


「先程言った通り、お前の奴隷になる為だ。自分はお前を気に入っているし、世話をしたいと思った。世話を出来る立場のクダ達が羨ましいとも思った。なら奴隷になるのが手っ取り早いだろう」


「手っ取り早いかなあ……!?」



 最短ルートではあるだろうけど思考回路が理解不能。

 誰かの為にという思考が根本的に人間には備わって無くて理解出来ないとかそういうのだろうか。

 もしマジでそうなら道徳とは何ぞやとなる為、人外独特の思考が理解出来ないというパターンであって欲しいところ。



「ちなみにお前が押しに異様な程弱いというのも把握しているからな。既に逃げ道は無くしてある。主に自分のだが」


「はい?」



 カトリコは言う。



「既に借家との契約を切って荷物全部持ってここへ来た」


「待って嘘でしょ!? だってほら荷物とか持ってないし!」



 カトリコが翼の先で示したのはカトリコが持っているアイテム袋。

 質によって内容量とかは違うらしいが、少なくとも家具やらを全部収納出来るだけの容量があるという事だろう。

 つまり今の発言がガチであると理解し、思わず頭を抱えた。



「…………何でそこまでして……」


「奴隷になれば毎朝お前の髪を整えて自分好みの、それも日替わりで好きな髪型に整えてやることが出来るだろう?」


「それだけで人生棒に振るか普通……」


「人生ではなくコカトリス生だし、これでも成人してからそれなりに経っている。自分で責任くらいは取れるぞ」


「責任取らせようとしてるよね? ね?」


「まあそうだが」



 背水の陣をする側も中々に覚悟が要るとは思うが、背水の陣をやられた側も中々のプレッシャーだったろうなという気分。



「てか私の髪を整える為ってどうよ……」


「正確にはお前を自分好みに出来るという特権目当てだ」


「ソレは自分の身なり整えるの面倒派な私からしたらめっちゃ助かるけどカトリコにだけ負担来るやつ」


「いや、好きでやりたい事だから負担ではない。しかも一緒に生活出来る上に自分が働く事でお前を養う事が出来るという素敵なオマケ付きだ」


「素敵なオマケどころか酷過ぎるオプションの間違いじゃない?」



 理解出来なさ過ぎて疑問符を大量生産しつつそう告げれば、胸元からクダが声を上げた。



「主様にわかる感覚で例えるなら、動物の猫好きが猫のお世話出来るの嬉しいし猫の奴隷扱いどんとこい、みたいな感じかな」


「あーーー…………」



 成る程。

 実家に猫は居たが、自分はそこまでの猫好きではない。

 基本的に動物全般好きというのもあって、一種類だけに過激というわけではないのだ。

 しかし猫好きの友人は何人か居たので、猫を飼うと猫の飼い主ではなくて奴隷になる、という感覚もわからなくはない。

 猫飼いはイコールでお猫様の奴隷である。


 ……で、人外は人間を愛玩対象として好んでるから、カトリコからすると私の奴隷になるっていうのは私をペットにするのと同義みたいなものっていう……。


 日本語が不自由かと思う程に意味がわからん事になっているが、まあまあまあ。

 多分大体そういう事。

 ペットの着せ替えを楽しみたい人が、着せ替えを嫌がらなそうな子を見つけて「あの子飼う~~~~!」状態になっているものと思えばわからんではない。

 いやこちらは人間であってペットになった覚えは無いが、相手を奴隷にしているという、こう、何とも言えないアレなので致し方なし。

 こっちはこっちでお世話されるのはありがたい身なので良いや。


 ……地球でもストーカーさん達に生活の殆ど任せてたしね。


 バイト先でやむを得ず残業となり疲れ果てて化粧を落とさないまま玄関で寝落ちてしまった時など、メイクを落として着替えさせてベッドまで運んでくれた親切なストーカーさんも居た。

 お礼を言いたかったが名乗り出てはくれなかったので未だにその時のストーカーさんが男か女かサッパリだが、疲れ果てた相手にそこまで甲斐甲斐しくしてくれる辺りとても良い人だ。

 下着まで新しいのに着替えさせられてたのは身の危険を感じるべき部分かもしれないけれど、疲れているようだからと起きたらすぐに飲めるスープをこしらえてくれていた事実からすれば、そんな疑問を抱く事自体が下種の勘繰りレベル。

 優しいストーカーさん達のお陰で生活出来てたと言っても過言では無いので、こちらはただありがたいと思うだけである。



「でもこう、お金は諸事情によって一応あるけど、しっかり満足いくよう養えるかはわかんないし」


「養われるというよりも養いたくて来たんだが」


「……わ、私のお世話したいって言ってくれたのは嬉しいし正直お世話してもらえるの助かるけど、だから奴隷になるっていうのは幾らなんでも」


「奴隷使いは本来革命家であり、革命家の下に集う者は革命家の為に動きたいと思った者達だ。主張の根本は自分と大して変わらんだろう」


「根本過ぎるんだってばあ……!」



 そんな材料ほぼ同じだからビーフシチューも肉じゃがも変わらないでしょみたいな事を言われても困る。



「お前は嫌か」


「嫌だったらとっとと逃げてる」



 カトリコの言葉に、溜め息を混ぜてそう返す。

 いきなりこちらを掴んで確保してきたシュライエンの時はともかく、カトリコは部屋に居ただけ。

 そして部屋に居るのを見た瞬間に逃げなかった時点で、それなりに好感度が高めという事だろう。


 ……自分の事とはいえ、その辺あんまりわかんないけど。


 自分の中の感情程理解出来ないものはないので仕方なし。



「……嫌じゃないのなら、それは良いという事じゃないのか?」


「嫌じゃないからオッケーってわけじゃなくない?」


「嫌じゃないなら良いだろう。少なくとも食える物ではある」


「ああ……」



 まあ確かに食べ物の好き嫌いで考えた場合、嫌いな物は口にするのも嫌だが嫌いな物でさえ無ければ一応食べられなくはない部類。

 問題はそれが好きかどうかの部分なのだが、人外、いやカトリコの基準からすると嫌いでさえ無ければそれでオッケーという感じなんだろうか。



「……でもねカトリコ、私はカトリコを奴隷にする理由が無い」


「自分を拒絶する理由はあるのか」


「そ、れも無いから困ってるんだけどさあ……!」



 なら良いじゃないかという顔をされても、こちらとしては頭を抱えるしか出来ない部分だ。

 衝動買いでペットを増やすのは飼い主失格。

 世話を仕切れるならともかく、そうじゃない可能性も大いにある以上、はいご注文承りましたー! とはいかない。



「ただいまー……ありゃ、本当にまだやってるんだ」


「やってるねー」



 扉を開けて入って来たのは、帰って来たらしいイーシャとクダ。

 こちらに居た七十五分の一クダは飛び降り、七十五分の七十四クダと融合、一つに戻る。



「…………イーシャ、本当にまだやってるってのは?」


「クダ経由で今その魔族がご主人様にアピールタイムって聞いてたから。ご主人様結構押しに弱いところあるし、住むところを捨ててでも押しかけてくるような相手ならあっさり受け入れると思ってさ」


「いやだって私一人の問題でも無いわけじゃん!?」



 問題を押し付ける気は無いが、新入りが来る場合は先住民とのアレコレもある。

 先に飼ってた犬と新入り犬は仲良く出来るかな? というアレだ。

 養うとかお世話とかそういうアレコレは飼い主の問題だが、そうじゃない問題もある事実よ。



「俺は別に良いと思うけど」



 イーシャは小首を傾げ、当然のような声色でそう言った。



「俺も押しかけたわけだし、ご主人様が凄く魅力的に見えるっていうのは同意見だからね。それにご主人様の奴隷が増えるのには大賛成」


「大賛成なんだ……」


「穀潰しだと嫌だし、ご主人様を完全に独り占めしようとしてるならそれも嫌。でもそうじゃないなら俺はオッケー。ご主人様を共有、かつちゃんと働くならの話だけど」


「私は共有されるのか……」


「主様だからね!」



 ニッコニコのクダにまでそう言われたので、多分その意見はクダも同じという事だろう。

 まあ確かに同じ部署であるなら、上司はその部署の人全員に共通した上司ではあるか。


 ……共通というか共有というか……。


 家族で飼ってるペットなんだから独り占めしないように! みたいなアレなのは何となくわかる。



「……ちなみにクダとしては?」


「クダって式神だったり呪いだったり妖怪だったりで扱いは色々だけど、基本的には使役される側だからそういうの全然気にしないよー。主様は魔法使いが火魔法も水魔法も風魔法も使えるからって火魔法が他の魔法に嫉妬すると思う?」


「成る程わかりやすい」



 嫉妬以前の感覚というのがよくわかる。

 他にも居て当然ぐらいの感覚らしい。



「………………カトリコ」


「ああ」


「正直私としては断る理由無いし、クダとイーシャもオッケー出してるから良いんだけど、私には私でちょいと公表してない事情があってね」


「何だ、奴隷の数が一定数を超えた瞬間体のパーツが引き千切られる呪いでも掛けられているのか?」


「そんなおぞましい呪い掛けられた覚えないよ!? 何ソレ!?」


「適当に言っただけだ。そういった呪いがあるのであれば断られても仕方がない、という意味だと思ってくれ」


「……それ、そういった呪いが掛けられてないのであれば奴隷になっても良いよね断らせないぞ宣言?」


「察しが良いな」



 ぺっかぺかな笑みを向けられたが、これ今私墓穴掘ったんでは。



「安心しろ」



 カトリコは止まり木から降り、翼の先でこちらの顎を軽く持ちあげ上を向かせる。



「そう簡単に、お前様を逃がしてはやらん」



 ……あ、逃げられないのこっちなんだ……。


 輝かんばかりの笑みなのに圧を感じる中、頭の片隅でぼんやりとそう思った。



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