青のアソウギ
昨日同様、本日もまたクダとイーシャとは別行動で依頼である。
一応合流してから夕食時に大量イベントが発生したことについて報告したが、シュライエンという名の奴隷使いに掴まれた肩の心配をされたくらいで終わった。
念のためにカトリコの言動についても報告はしておいたが、別に増えても全然良くない? という感じ。
……まあクダの説明曰く、良い上司にはついて行きたい! みたいな感覚らしいから、同僚が増える分には問題無いってところかな。
兄弟であれば上の子が下の子に嫉妬するとかあるんだろうが、その部署の同僚となると嫉妬とかそういうジャンルでも無いのはわかる。
寧ろ一緒に上司語ろうぜ! って気分になるのもわかる。
だからといってお風呂上がりの髪を乾かしてくれる度に二人できゃいきゃいはしゃいだように褒めてくるのは、ちょっとこう、照れ臭いが。
……というか本当、お世話に関して至れり尽くせり過ぎて駄目になりそうというか……。
駄目になったら見捨てられるので駄目にはならないつもりだが、お世話が自然過ぎてつい甘えてしまうのだ。
外で動く時はこちらの言動や行動次第、みたいな保護者ポジションで見守ってる事が多い二人なのに、三人きりになると至れり尽くせり。
自立を促しつつも依存を促されているような気分だ。
いやまあ慣れない環境に慣れないシステムというのもあるから、純粋に助かっている事は多いけれど。
「お、首領じゃねえか。久しぶりだな」
「わあいお久しぶりですコーダ、首領呼び止めてください」
「良いじゃねえかこんくらいはよ。あとお前も敬語無しにしろって」
ニッと笑ったワオキツネザル獣人、コーダはそのままこちらの頭をわしゃわしゃと撫でる。
彼女とは服屋で服を脱がされたという衝撃的な出会いをしたわけだが、どうも冒険者だったらしく、時々ギルドで顔を合わせる事があったのだ。
まあ彼女の場合は信頼のおける冒険者という事で、ギルド派遣の衛兵として見回りをする事が多いらしいが。
……ワオキツネザルってメスがボスになるタイプみたいだしね。
腕っぷしなども期待出来る、という事だろう。
「それで首領、お前クダと……首領呼びになる原因でもあるデカイ新入りはどうした?」
「七十五分の一クダなら胸元に居るけど、七十五分の七十四クダなら別の依頼をこなし中」
胸元を指差しつつ、そう答える。
首領呼びを止めては貰えなかったがここまで広まってるっぽいならもう慣れた方が早い。
「イーシャも同じく。ちょっとしたお手伝い依頼だとイーシャの体格じゃ邪魔になる事が多いし、かといって本領発揮が出来る魔物の討伐や力仕事系となると私は足手纏いだし、って事でね」
「奴隷使いってんなら見守ってるだけで良いと思うんだけどなあ」
「私が嫌かな!」
それもうヒモじゃないか。
奴隷使いって実質ヒモだろうけどさ。
「あ、ところで首領、不審者見かけなかったか?」
「…………具体的にどういう不審者かを言ってもらわないと難しいよ」
何を不審と扱うかがわからん。
一般的な日本基準で考えれば全裸コートは犯罪となるが、こっちじゃ自前の毛皮がある人の場合それがデフォルト。
下半身履いてなくとも毛皮があって隠れてるかブツを収納出来てりゃオッケー! みたいな感じ。
……まず種族とどういう部分が怪しいのかっていうのを聞かないと、人外の場合個人個人の区別まではまだつきにくいしなー……。
見慣れた犬なら名前も性格も把握しているだろうが、初めて見る犬が複数いる場合、誰が誰やら。
初めて取り持った教室で生徒の顔と名前が一致する教師なんてそうそう居ないだろうというアレである。
教師なら把握してるのかもしれないが、予習無しで見分けつけるのは普通に難易度が高過ぎる。
人間ならまだ同属だからこそ区別が比較的つくものの、人外となると厳しいし。
初心者が牧場の牛の模様だけで見分けをつける事が出来ますかと言われたら即座にNOと答えるレベルの無理難題。
「まず人間」
「沢山居るねえ」
この町は結構広いので人間だけでも相当数だ。
人外だってかなりの数が居て、まだ滞在して間もない自分の場合はちょっと出歩くだけで初めて見る種族をわんさか見かける。
その中から特定の人間とかキッツイ。
基本的に二足歩行して犯罪を犯すような生き物が人間しか居ない世界でも特定の人間を見つけるなんていうのはかなり難儀するというのに。
「んでもって露出ゼロ。今時は服に魔法が付与されるってのもあって雪山でも薄着のヤツが多いってのに、ソイツは体格がわからないような冬用のコートを着てるらしい。
まあ、体温調節やらについては逆も言えっから着膨れしてるのも不思議じゃねえんだが……」
「体型が見える、あるいは薄手の服の方が魔法を付与しやすいんだっけ」
「ああ」
それらのアレコレでコーダ含めたあの時服屋に居た客達にひん剥かれたので覚えているとも。
同性だらけかつ人外だらけだったからまだマシだが、これが公衆の面前だったらトラウマになっていたところだ。
いや同性で人外だらけというだけで公衆の面前ではあるんだろうけど。
「どうもソイツは首領と違って非合法に奴隷を扱ってるらしくてな。奴隷使いだから奴隷商人もやるってのはよくあるが、非合法ってのは罪人じゃない人間や人外を無理矢理捕まえて売り払うから厄介なんだ」
「あー……」
……ん? 待って? 覚えがめちゃくちゃあるぞ?
「ま、人外の場合は正式な契約で縛られてねえ以上はごっこ遊びに付き合うテンションで付き合うから良いんだが、人間の方はリアルな恐怖体験だろうからな……早めにとっ捕まえねえと」
「……あのー、コーダ? もしかしてそれってシュライエンとかいう、人間の男で奴隷使いで凝視してくる癖のある人だったり」
「いや名前や癖まではわかってねえぜ? 誘拐場所での目撃談から見た目しか……心当たりがあるのか?」
「多分」
頷けば、ふむ、とコーダは頷いた。
人外は本能的に嘘を見抜く事が得意らしいので、こちらが本当の事を話しているのは気付いているだろう。
まあ実際本当の事だし、何なら他にも証言してくれる存在が居るからモーマンタイ。
……少なくともクダは確実だし、私の奴隷って事でクダの証言が採用されなくてもガルドルとカトリコが居るっていうね。
絡まれている私を目撃していた二名である。
「ちなみにどんな感じだった」
「どんなというか、お前も奴隷使いなんだろ何で身なりが良いんだ稼ぎ方教えろ、って絡まれてたのをガルドル……えーっとヨルムンガンド族のお兄さんに助けて貰ったって感じかな?」
「絡まれたのか!?」
「何か下手するとそのまま誘拐されそうだったけど、ガルドルが間に入ってくれたお陰で何とか」
「…………待て、聞き流していたが、ヨルムンガンドのガルドル?」
「うん」
頷くと、コーダは目元に僅かな険しさを見せる。
「……ミッドガルドか」
「あ、そういえばシュライエンとかいうその奴隷使いもそう言ってたけどそれってどういう」
「店の名だ。かなりの価値があるのも事実だが基本的にぼったくりだから気にしなくて良い」
「ぼったくりなんだ……」
キャバクラでも開いてるんだろうかあの人。
いやまあ人っていうか蛇だけどさ。
「ちなみにその後の男については」
「私を逃がそうとしてガルドルが、何か、そろそろ探されるぞみたいな事言ったら捨て台詞っぽいの吐いて逃げてった」
「チッ、逃がしたか……基本的に見て見ぬ振りが町の中でも治安の悪い方では常識だから、首領を助けただけマシだが厄介な……」
「な、何かごめんね?」
「いや、お前が無事なら良い」
ガシガシと頭を撫でられる。
「さておき、歪んだ奴隷使いってのは育った環境のせいか逃げ足が異様に速いからな。周辺を見回るよりはさっさと他の衛兵達にこの情報を報告するか」
「いや個人の情報だから確実性について保証出来ないんだけど……情報の精査は?」
「あとでミッドガルドに頼む」
情報の精査を頼む辺り、どうもキャバクラ系統では無いらしい。
・
開店前の掃除、お昼時という客入りピークの際のお皿洗い、そしてニウの搾乳作業を済ませ終わり、広場の噴水の縁に腰掛ける。
……うん、働いたって感じで良いね!
それぞれ違う場所でのお仕事だったが、働いた感が得られて良い事だ。
正直言って討伐とかはクダとイーシャに完全お任せで見る専みたいな状態であり、完全なる足手纏い。
こっちはこっちで移動して待機してさあ帰ろうみたいな手持無沙汰感。
一緒に居たいなら朝とか夜とかがあるので、わざわざ邪魔してまで一緒に居ようとするつもりはない。
……ただ待つだけなら私要らないし、同行しないって事にした方が移動時間も無くて良いし。
その空いた時間に他で働くなり知らない情報を得るなりした方がずっと有意義だ。
移動スピードも違うので本当に要らん手間だし、意味も無く金魚の糞をする必要もあるまい。
……こっちの世界じゃ金魚の糞って言い方、差別的表現とかじゃないよね……?
金魚の人魚や魚人も居るだろう事を考えると相当な差別ではないだろうか。
気をつけないと。
……それにしてもお皿洗いやったお店の賄い美味しかったなー。
肉食、雑食性向けのお店との事で獣人や魔族が多い店だった。
草食向けが無いのでイーシャの食べれる物がデザート用のフルーツ類だけだが、今度小腹が空いた時とかに皆で行ってみるのも良いかもしれない。
「あれ、キミコかい?」
「?」
聞き覚えのある声に振り向けば、知っているのに知らない顔だった。
いや身長や人間にはあり得ない肌の色、そして合計六つある腕を見れば阿修羅族のアソウギであるのは間違い無い。
しかし顔が、アソウギのはずなのにアソウギっぽくない。
何故だろう。
……あ、
「額にある石の色が違う!」
「ああ、そっか。そうだったね。黄色の私と話していた内容からしても、キミコは人外に対する知識が少ないんだった。いきなり話し掛けてしまって、驚かせてしまったかな」
額にある石が黄色かったアソウギと違い、石が青い色を放っている阿修羅族。
アソウギと同じ顔なのに、アソウギとは違う雰囲気と笑みで、彼は前の右手を口元に持って来て控えめにクスクスと笑う。
「では初めまして、キミコ。私は青のアソウギだよ」
「青のアソウギ」
「それについては阿修羅という種族について教えた方が早いんだけど……」
ふむ、と青のアソウギと名乗った彼はこちらの横を見る。
「キミコに時間があって、隣に座っても良いのなら話そうか」
「あ、じゃあお願いします」
「うん」
動きやすそうないつもの服とは違う、ワンピースのようにも見える民族衣装っぽい格好をした青のアソウギは頷きながら隣に座った。
・
「まず阿修羅っていうのは、顔が複数ある。人格が複数の場合と物理的に顔が複数の場合があるね」
「わお」
「で、私は顔が一つでありながら複数の人格があるタイプ」
前の両腕は膝の上に、後ろの両腕は支えに使いながら、真ん中の左手の人差し指で青のアソウギは自身を指差してニッコリ笑った。
いつものアソウギはサイドだけを垂らしてヘアバンドで前髪を上げ、残りの髪を上の方で結んでいるのだが、今日はヘアバンドを首に巻いているだけだった。
下ろされている髪は下の方がヘアバンドに巻き込まれていて、一見するとマフラーを巻いているよう。
「私達阿修羅は本来この人間道ではなく修羅道に……ええと、人間や様々な生き物が住まうこちらの世界じゃなく、阿修羅達が居て戦ったりする事が多い世界の出身って事でね。本来はその世界で生活するものなんだ」
「あ、大丈夫何となくわかる」
「そう? 良かった」
青のアソウギは安堵したように胸をなでおろした。
こちらもあまり詳しくは無いが、恐らく仏教とかで耳にする六道のアレだろう。
そういや阿修羅像ってお寺のイメージあるもんね。
「そういうわけで本来居るべき場所じゃないけど、時々私のようにこちらで生活する阿修羅も居る。陸で生活する魚人みたいなものだね。あるいは人里で生活する獣人かな?」
「あー」
まあ確かに獣なら森のイメージだし魚なら海や川のイメージなのでわからんではない。
「で、正直言って次元が違うだけだからすぐにでも帰れるんだけど、こちらの世界を体験するのも良い事だから。それで黄色の私が働いている、ってわけさ。私は働く気が無いから、今日のようなオフの日にしか出ないけれどね」
「めっちゃ良いトコ取り」
「ふふ、一応記憶は共有されてるから休日を独り占めってわけじゃないよ。感情までは共有されないのが難点だけど、根本は違わないからそこまで差異が出るわけでもない」
記憶が共有されて感情が共有されないって、それは何か違うんだろうか。
首を傾げると理解出来ていないのを察したのか、青のアソウギは前の右手の人差し指をピンと立てた。
「私は黄色の私がキミコと接触し、お金の価値をいまいち理解し切れていないキミコに慌てて注意したり簡単に教えたりした事を知っている。
それは記憶が共有されているから。でもその時に一体どれだけ驚愕したか、どれだけキミコの事を心配したか……それは共有されていないのさ」
「……つまりアソウギ、青のアソウギはさっき初めましてって言ってたけど、感覚的には噂や遠巻きには知ってるだけだった子と初めて話すみたいな感じってこと?」
「そういう事。一方的に知っているだけ、に近いね。キミコの方も私に対しては初めましての感覚だろうけど、私の方も実質的には初めましてだよ」
「雑に二重人格って認識しておけば良い感じ?」
「それで合ってる」
うん、と青のアソウギは頷く。
「ただ、二重人格じゃなくて三重人格だけど」
「三つなんだ」
「基本的には三つの顔、あるいは三重人格が阿修羅だよ。腕の数は個体差が見られるけどね。基本的には石の色でどの人格かを判断するのが早いかな」
「成る程」
仏教とかのインド方面は神様の腕が多いイメージだったので阿修羅族が多腕なのも違和感無かった。
……言っちゃうと虫人だって多腕の人居るし。
しかし思い返せば阿修羅像の顔は複数だったし、そういうものなんだろう。
日本にだってヤマタノオロチ居るし、ギリシャにはケルベロスやオルトロスが居るので顔が複数あるくらいは不思議でも無い。
インドなんて息子の首落としちゃったから新しい首見つけないと! という事でゾウの首落としてそれを繋げた結果ゾウ頭に人型ボディの神様が出来上がったりという話があるので、顔と腕が複数くらいはセーフ判定で良いだろう。
実際問題無いし。
「まあ性格が違うだけで、そして感情が共有されないだけで、私達は同一のアソウギだから深く考えなくて良いよ。食べ物の好みも一致してるから面倒臭くも無い」
「あ、そこ一緒なの?」
「うん。感情自体に差異こそあれど、根本的な思想や思考も同じ。手段とかはどうしても違う事になるけれど、気の配り方が違うだけで能力や技能は変わらないから」
大阪行きたいって思うのは一緒だけど、徒歩で行くか新幹線乗るか車で行くとかの手段に関しては別々です、みたいな事だろうか。
そして黄色の私という呼び方も何となくだが理解出来た。
額の石の色が違うと人格が違う、しかし同じアソウギであるという前提は変わらないという事だ。
だからこそ、黄色の私という言い方になるのだろう。
……アレだよね、ポケットに入るモンスターのゲームって部分は変わらないけど金剛石か真珠かで内容もちまちま変わるよ! みたいな。
ポケットに入るモンスターという根本的部分に差は無いけれど、というアレ。
「…………うん、キミコが良い子で良かった」
ぽん、と真ん中の右手で頭を撫でられる。
「私達は黄色の私がキミコを気に入っている事はわかっても、私達もイコールで気に入るわけじゃないからね。
私は今日キミコに出会えて、そしてキミコが良い子だとわかって良かったよ」
「いや具体的な事は何もしてないし、無知っぷりが知られただけのような気が……」
「素直に成る程と納得出来る事が凄いことなのさ。違う種族という前提があれば、そして阿修羅族に関しての知識があれば納得はするだろうけど…………うん」
わしゃわしゃ、とこちらの髪を乱すように撫でられた。
結構な癖毛なので鳥の巣状態になっていないだろうか。
「素直にそのまま理解出来るというのは美点だよ」
「そういうもの?」
「勿論」
ニッコリ笑って手を離した青のアソウギは立ち上がり、ぐいっとそれぞれの腕を違う形に伸ばして背筋を伸ばす。
「それじゃあ、私はこの辺で。仕事の時は黄色の私だけど、休日は私だから見かけたら声を掛けてくれると嬉しいな。
任意で表に出る人格を変えられるとはいえ、私は仕事をやろうという気が無いからね」
それと、とアソウギは優しく微笑んだ。
「赤の私は荒っぽくて一番阿修羅らしいけれど、根本は同じだから避けたり怖がったりはしないであげて。
乱暴者な側面とはいえ、絡まれている人をすぐに助けようとするくらいには面倒見の良い人格だから」
「乱暴者で荒っぽいけど面倒見が良い赤のアソウギ……?」
「あはは、実際に見ないとイメージ湧かないか。まあその内顔を合わせる機会もあると思うから、その時によろしくしてくれれば良いよ」
じゃあね、とアソウギは後ろの左手で軽く手を振る。
「日が暮れるまでにはまだ時間があるけど、早めに帰るようにするんだよ」
そう言って立ち去る青のアソウギにこちらも手を振り返して、胸元から顔を出しているクダの頬を指先で軽くくすぐる。
実際日が暮れるまでにはまだ時間があるものの、昨日変なのに絡まれたのもまた事実。
今日は早めに帰る事にしようと立ち上がり、尻部分を軽く叩いて汚れを落とした。
・
一足先に宿屋に戻って来てみれば、部屋には本来居るはずのない来客が居た。
「お帰り」
当然のようにハルピュイア用の椅子を使って腕が翼ゆえに本を置く台に本を置いて読書していたらしいカトリコが、こちらを向いてそう言う。
何故居るのかがわからず困惑していると、カトリコは結われた髪を揺らして笑みを浮かべた。
「関わる頻度を上げる為に一晩考えたが、偶然を装うのも通るだろう道を張るのも面倒でな。なのでお前の優しさにつけ込む形で押しかける事にしてみた」
ねえそれ輝くような笑顔で言うこっちゃ無くない?




