情報通な大蛇
ボリュームのある雪国仕様の背が見えなくなってから、ほっと一息。
「あっ、そうだありがとうございますガルドル! 助かりました!」
「いえ、偶然ではありませんが、通りすがりでしたから」
「偶然じゃない?」
「この辺りに店を構えていますので」
「ああ」
イーシャみたいな出待ちタイプかと一瞬思ってしまったが、流石にそう何人も出待ちをするわけでもないか。
実際男とのやり取りを見る限り、ガルドルはこの辺りで結構上の立場っぽいし。
……お店構えてるってのも嘘じゃ無いんだろうな。
そもこの体格やらを考えればこういう外れに居ても違和感が無いし自衛も余裕そう。
「にしても今の男は何だったんだか……」
「ああ、今のはシュライエンですよ。ここからそれなりに距離のある村出身ですが、奴隷使いの適性があるというだけで差別を受け、深刻では無いとはいえそれなりの迫害を受けたようです。
一般的な奴隷使いはそうして歪むのが殆どですから、正直これは首領のようにまともな方が珍しいのですけれど」
「首領呼びはちょっと」
「良いじゃないですか」
表情は変わらないものの、ふふ、と声で軽く笑われた。
からかわれてるらしい。
「……でも、どの集落にも人外は普通居るんですよね? 私の故郷に人外は居ない、っていうかほぼ伝説上の存在って扱いでしたけど……」
「それならば人外である誰かが守ったりするのではないか、という事ですか?」
「それです」
「当然居たようですよ。普通に近所付き合いもしてたようです」
「ですよね、あそこまで歪むなら最早事情を知っている人外と接触が出来ない環境だったとしか……普通に近所付き合いしてたんですか!?」
「我々人外はどこにでも居ますし、種類も多様ですからね。例え人外が立ち入れぬ場所であっても、違う次元から見守っていたりもしますよ。神々とか」
「じげん」
「一階から二階は見えないけれど二階から一階の様子を窺う事は出来る、というようなものです。神々は基本、違う次元から見守ってますので」
「わあい……」
まあ神話で言う神々の住まう天界とかって大体そういうイメージだからわからんでもない。
例え座標自体は同じでも、階層が違うだけでそれぞれの見ている光景はまったく違うよね、みたいなアレ。
少なくとも見守られているというのはあるっぽいので何となく安心。
……地球もある意味、そういう感じなのかな。
実在がどうのと言われる事もあるが、違う次元から見守ってくれているならありがたい事だ。
お参りのし甲斐がある。
「でも、じゃあ何であの人はああも歪んだというか、こう、病んだ感じに?」
「親が人でしたし、シュライエン自身も人間でしたからね。子供というのは基本的に親を世界の常識として認識します。
人の親を持つ人外は本能で何となく、それが上っ面なのか差別なのか個人の偏見なのかを見抜けるのであまり影響されませんが……まあそういう感じで、拒絶する親が常識なんだと判断したのでしょう」
「……人外の言葉は?」
「慰めの為に適当な事を言っている、と判断されるのが世の常です。親が正しい事を言っているという前提で考えるので、その親の考えが間違っていても正せないのですよ。
親の考えが間違っているという発想が無い。そしてそれが常識だと白紙部分に書きこまれれば、それが事実になってしまう。親と同様に」
「あー……」
まあ確かに親がそう信じていて、こちらも真実を知らなければ「そういうもの」として認識するだろう。
それを人は刷り込みと言う。
「誰かが真実を言っても、本人がそれを思い込みで嘘と断定すれば意味が無くなるという事です。
人間はもう少し本能を信じて臨機応変な柔軟さを得られると良いのですが、人間だけが持ちうる理性なんていう馬鹿馬鹿しいものに縋るから自分で自分を縛る羽目になっているんでしょうに」
「人外から見てもやっぱ馬鹿馬鹿しい主張なんです? ソレ」
「種族差があるのは感性や本能の部分ですから。言語が通じないだけで、ただの獣にも理性はありますよ。
犬猫が乾いたミミズに身を擦り付ける行為は理性が無いと言うならば、人間が最早悪臭な程に香水を身に纏ったりお菓子を食べる手を止められなかったり、というのもまた理性無き証拠です」
「まあ確かに」
本能どころか完全に自分の欲に呑まれた姿なので言いたい事はわかる。
香水に関しては自身の鼻が慣れ過ぎて大量に使用し結果悪臭、となる事もあるが、理性的なら客観的に他の人の臭覚やらを考えれるはずなので、やはり理性が足りないという事になるのだろう。
お菓子に関しては、本当、心当たりがあり過ぎて否定が不可能過ぎる。
「とはいえ理性があろうと無かろうと、否定せずにそれもまた一つの説として吸収し自分で成否を判断すれば良いだけの話なのですが。それをせずに初手で否定し批判し拒絶するからこじれるのがどうしてわからないのか……」
「ああ、うん、仰る通りで。実際熱冷ましの薬だって、同じ薬でも効き目には個人差ありますもんねえ……」
Aさんは一発で治っても、Bさんはまったく効かない可能性がある。
その場合、その薬に対する印象や感想については真逆となるだろう。
喉から来る風邪にはそれ用の薬を飲めば良いだけだし、喉から来る人が鼻から来る人を否定するのは意味がわからない行為となる。
……そういうのもあるよね、で済めば早いんだけどねー……。
きのこたけのこやこしあんつぶあんでの戦いがある辺り、人間のメンタルはお察しである。
つい戦おうとするのはどういう本能なんだか。
理性があるならそもそも戦わずに両方楽しむ、あるいは自分の好きじゃない方はそれが好きな人に渡す、とかすれば万事解決だろうに。
……カップリングで戦争起こったりするけどアレだって本家はまた違うわけだし、結局のところ人それぞれの好みの話だし、農家から出荷されたニンジンをどう調理するか問題ってだけなのがなあ。
生でも煮ても焼いても茹でても好きにしろ、という感じ。
ニンジンである事に変わりはないし、自分で食べる分を自分の好きなように料理するのは問題無いはずだ。
まあ普通に考えて、カレー食べたい人に「何で!? 煮物にして食べた方が美味しいよ絶対! 煮物作りなよ! 煮物にしないなんて頭おかしいんじゃない!?」なんて主張する方が頭おかしいだろ、ってだけなのだが。
「…………首領は本当にお利口ですね」
しみじみと頷いたガルドルに頭を撫でられた。
「自分なりに解釈し、噛み締め、理解し、納得し、飲み込んで吸収しているのは良い事です。一足す一をリンゴで例えてもお金で例えても人で例えても良いように、答えが合っていればそれで良いんですから。
なのにどうして他の人間達は全てを毒と思い込んで吐き出し、拒絶してしまうんだか……それでは栄養も取れないままの、学びを得ないままの猿以下な出来損ないでしかないというのに」
「めちゃくちゃ言いますね」
「事実ですよ。食わず嫌いを駄目とは言いませんし、流石に毒物を一口だけでも試せと食べさせるつもりなどありませんが、何を食べられるかもわからないまま公的に提供されるものを鵜呑みにし続けるというのが、どうにも」
「耳が痛い」
ふふ、とガルドルは声だけで笑う。
「まあ首領のように素直な人間の方が珍しく、先程のシュライエンのような無垢ではない無知な子供のまま大きくなったような人間が主流なのですがね。僕達のせいで」
「……僕達の?」
「ああいう愚かさもまた可愛らしいので、つい可愛がってしまうのですよ。それもまた可愛らしい、と許してしまう。いっその事、僕達がしっかり許されない事だとお説教出来れば良かったのですけれど」
「んーや……人間として言わせてもらうと、変わらない人は叱られても変わんないと思いますよ。根っこがまともならともかく、そうじゃないのは内側変わってないのに外側だけ適当に取り繕う分逆に面倒かと」
教師ウケの良いいじめっ子、みたいなアレになると厄介だ。
わかりやすい悪ガキの方がまだ問題が表面にある分対応しやすいが、外面が良いと被害者側の逃げ道が塞がってしまうので問題しかない。
「やらかいところに触れないような壁が発生するし、一見すれば表面上だけ普通な分怖いです。誰も信用出来なくなるので」
「それは、故郷での経験ですか?」
「どちらかというと故郷の歴史ですかねー」
歴史はちょっと深堀りするだけで闇だらけ。
現代だって、外野からすれば問題無くとも関係者からすれば命の危機すらある程のヤバさを内包している。
自分の無事の為なら他人をどこまでも叩きのめして良い、みたいな風潮はどうにかならんものか。
まあ、自分に害が無いならそれで良いし助ける理由も義理も無いし助けられないしそもそも関わりたくない、という自分みたいな傍観者系も業が深いものだろうが。
例え参加せずに見ているだけだったとしても、黙認しているだけでいじめの加害者になるように。
被害者からすれば助けてくれなかった時点で復讐リストに載せるだろう対象と考えると、歴史を深堀りしなくとも闇だらけ。
平和な国、っていうのは最早言ったもん勝ちとしか思えない治安。
「……というかめちゃくちゃ今更なんですけど、ガルドルめちゃくちゃあの男……シュライエン? って人について詳しいですね」
「情報通な蛇なので」
そういうものか。
・
知っている通りまでの道を、カトリコと共に歩く。
ガルドルではなく、カトリコと、だ。
「ここらは治安が良くありませんので、早めに知っている道に戻られた方が良いですよ。僕は仕事があるのでご一緒出来ませんが、先程からずっと様子を窺っていた彼女に付き添ってもらうのはいかがでしょう」
ガルドルがそう言うと同時、カトリコは姿を現した。
どうやらこちらを偶然見かけたものの治安の良くない方へふらふら迷い込んでしまった為、心配になり見守ってくれていたんだとか。
あんまりにも危険そうなら助けようと見ていたが、ガルドルの方が行動が早かったらしい。
そういうわけでガルドルと別れ、カトリコに道を教わりながらの帰り道である。
……恩人と再会してその人の搾乳をした帰りに同業者(?)に遭遇して絡まれて身の危険を感じた後に再会イベントが連続するとか、どういう一日なんだか……。
良い事だしめちゃくちゃ助かる事だけども、ちょっとどころじゃなく濃度が濃い。
原液カルピスじゃなく、適量に薄めたカルピスを所望したいところだ。
「あそこは日当たりが良いからこの時間は日向ぼっこに良い」
「ふむふむ」
「あそこの角にある店はデザインが特徴的だから覚えやすいぞ。覚えておくと目印になる」
「成る程」
ちょいちょい道を覚えやすいよう説明してくれるカトリコの案内に頷きつつ、はぐれないように隣を歩く。
「…………キミコ、いや首領」
「喜美子で良いんだけど」
「叶うならどちらでも無い呼び方をしたいところだがな」
「え?」
「それよりも」
どういう意味かを問う前に、カトリコは翼の先で自身の胸元をちょんちょんと示す。
それはこちらの胸元についてを言っているんだろうと判断して見下ろせば、七十五分の一クダが谷間から顔を覗かせていた。
いやさっきから普通に顔は出していたが。
「えっと、クダは分裂可能タイプで」
「自分が聞きたいのはそこではない」
石畳の道の上、爪が石畳に触れる度聞こえるカチカチした音の中、カトリコが言う。
「何故クダがあの場で動いて助けなかった?」
「二人が居るのわかってたもん」
こちらの自立を促す為なのか殆ど喋って無かった七十五分の一クダだったが、当然のようにそう返した。
「助けてくれるだろうなって窺い方してたし、このサイズのクダだと物理的に押さえ込む事が出来ないから。
軽く脅かすように燃やして良いなら燃やすけど主様はあんまりクダにそういう事して欲しく無さそうだったからやめとこうかなーって」
「あ、それ察してたの?」
「クダと契約してるんだから、主様のクダへの望みとかはそれなりに聞こえてるよー」
「わあい……」
まあ、うん、主が欲しがった物を相手から盗んで来たりもするのが管狐らしいので、そういう能力があっても不思議ではない。
ちょっと初耳だっただけで。
「それに、ああいうやけっぱちな人間は自分の命を軽視する傾向にあって厄介なんだ。軽く脅すと逆効果になる場合もあるから様子見してたの。
本気で主様が捕まったらその時にはとびきりのトラウマを呼び起こすような幻覚を化かして見せようと思ってたけど、助かっちゃったね!」
「うん、そうだね」
言ってる事が中々に攻撃力高いが、気遣いなのでありがたい事と思っておこう。
「…………実際、自棄になった人間は人外にとって意味の分からない行動をしがちだからな。利益どころかお互い損しかない行動に出て共倒れしようとしてくるから、様子見をしようという判断をしたのはわからんでもない」
自分もそうだ、とカトリコは薄く微笑んだ。
「さて、そろそろわかる道なのではないか?」
「あ、言われてみれば見覚えある!」
カトリコの言葉に周囲を確認すれば、見覚えのある通りに出ていた。
「ここからなら一人で行けるか」
「うん、大丈夫。ありがとカトリコ!」
「気にするな」
カトリコはこちらの手、それもカトリコが前に塗ってくれた爪をドラゴンのような翼の先で軽く触れる。
施してもらったネイルは、魔法液のお陰か今も綺麗に現役姿だ。
そんな爪に触れ、カトリコは微笑む。
「お前には押し売りが良いらしいと聞いたから、関わる頻度を上げようと思っただけだ」
「……うん?」
「成就した暁には、キミコでも首領でも無い自分だけの呼び名を呼ばせてもらうさ」
ではな、とカトリコが翼を広げたので、ああうんお世話になりました……、と返すしか出来なかった。
バサリという音と共に、カトリコは高く飛び上がってあっという間に小さくなる。
「…………クダ、今のってさあ」
「主様が思ってる通り、クダやイーシャと同じ立場になりたいっていう口説き文句だと思うなあ」
こういうのって主側であるこっちが口説く立場だと思ってたが、異世界では向こうの方から奴隷になりたいとアピールするのが主流なんだろうか。




