ばあ♡
メニデと話をしてから数日経ち、真面目に仕事をこなしていたのもあってか無事にエメラルドランクへと至った。
それは良いのだが、どうしてこうなっているのやら。
「それぞれ食べ物は頼んだー?」
賑やかな酒場の一角で、飲み会に誘って来たザグテが幹事らしくそう言った。
「我は夜間骸骨なのでな。特に何かを食らう気は無い」
「おいおい、それで良いのかよ。まあスパルトイって考えると無理もねーし、俺もマイコニドだからって魔力入りの霧吹きしか頼んでねーけどな」
「あらら二人共可哀想に! 二人の分まで私がしっかりと! がっつりと! たんまりと! たらふく食べておくわね! 可哀想な二人の代わりに!」
「一応先に言っておくけど、シャーフさんが聞いた話では割り勘じゃなくてそれぞれ持ちだって話だからね?」
飲み会しようぜと誘われてそのままノリで来てしまったわけだが、何故かメンバーはそれなりに見覚えのあるメンバー達だった。
ちなみにパルト、ハトリ、トラウ、シャーフの順である。
尚、シャーフの言葉にトラウは至極残念そうに舌打ちをしていた。強い。
……というか皆顔見知り、なのかな?
冒険者同士の繋がりみたいなアレかもしれないがよくわからん。
パルトに関しては夜の骸骨姿なので疑似的な初対面みたいなものだし。
が、こちらが知っているメンバーだけというわけではなく、完全に知らないメンバーも約二名居た。
「えーっと、エメラルドランクに上がりたての喜美子です」
「アッハイ! 僕はトガリネズミ獣人のトガネです! よろしくお願いしますね!」
人間寄りの顔付きをしているトガネは人間らしいつるりとした頬に人間らしからぬ小さな手を添えて笑みを浮かべる。
「わあい人間と話せちゃったよやったあ!」
「いや横に居るからって叩くなっての痛い」
トガネにバシバシと叩かれているのは、肌色以外人間に見える男性。
紫色の肌をした人外なのだろう彼は背を叩かれる事に溜め息を吐き、こちらを見てニッとした笑みを向けた。
「俺はグールのガラヴァーな。よろしく」
よろしく、と返してふと思う。
「……グールって事は、主食人間だったりします?」
「よくそう言われるけど別に主食は人間じゃねーんだなーこれが」
「え」
だとすると物凄く酷い偏見を言ってしまったという事では。
そう思ったが、ガラヴァーは気にした様子も無く牙を見せるような笑みを浮かべていた。
慣れてるという事だろうか。
「確かに主食は死肉だし、好んで人肉も食うぜ? でも常食はしない。普段は動物の死肉食ってるよ」
動物の死肉、となると、
「……それは、普通なのでは……?」
「そ」
人間が食べるのも動物の死肉である。
というか死んでないのを食べるとか普通に無い。
魚の踊り食いをする日本人は世界的に見て中々エグい事をするタイプという扱いらしいし。
「生っつか多少腐敗してても全然食えるだけで、食ってるモンは人間と何ら変わらねえ。死んだ豚の肉や鳥の肉を食うなんて普通も普通。そりゃ食えるのが無い時は生きてるのを仕留める時もあるけどさ、やってる事は人間と変わんねーんだぜー?」
ニシシシ、とガラヴァーは笑う。
「ま、とはいえ人間の死肉食う時もあるっちゃあるから間違ってもねーんだけど。でも流石にそう高頻度で食ったりしねーし、人前で食ったりもしねーよ」
「あ、そうなんですね」
人肉に関しては死刑になった人の肉が提供されると知っているが、それでも目の前で食われると流石に気まずい。
何の肉か言われなければ何かの肉にしか見えなくても、だ。
「そりゃそうだろ?」
ガラヴァーは水の入ったグラスに口をつけ、牙を引っかけてカチリと音を鳴らしたのを恥ずかしそうに笑いながら言う。
「人間って人前で発情すんのアウト扱いらしいし」
「待って今凄く聞き捨てならないワードが!」
慌てて待ったを掛けるも他のメンバーは歯牙にもかけずに注文したのが来たらもう次の頼むかどうかとか話してるが、これはスルー出来ない。
「……人肉を食べるイコール発情?」
「グール、もしくはグールの女版であるグーラもそうだぜ。他の肉はただ腹を満たすだけだけど、人肉は腹が満ちるだけじゃなくて性的興奮も得られるんだ。特に心臓に牙を突き立てる瞬間なんか、さいっこうの快感でさあ……」
思い出しているのか指先で唇を撫でながらのめちゃくちゃ恍惚とした笑みを見せられたが、同族の死肉を食うと興奮します宣言をされたこっちはどういう反応をすれば良いんだ。
「交尾するタイプにわかるよう言うなら、男性器? アレをメスの中に入れる瞬間みたいなモンだと思う。咀嚼時はインアウト。嚥下はフィニッシュ」
「残念ながら男性器が無いタイプのメスなんでちょっとわかんないかな……」
「あー、そっか。でもまあそういうわけだから人前では食わねえよ、人肉はな。人前での性的プレイはアウトみたいだし」
いやそう言われても人肉を食うイコール性的なプレイというのが繋がらなくて困る。
性的興奮を伴うタイプのカニバリズム……いやでもグールからしたら人間って別種族だから多分違うし。
……人間的に考えるなら、ヤギ肉のハツ食べるとめっちゃ興奮するよねーみたいな……?
食べ方というのはその人が性的な行為をする時の傾向が現れると言うし、脳みその食欲と性欲を司る部分は近いというから、わからなくも、なくも、な……いやわからん。
まあ人外なので理解出来ないなら出来ないままで良いか。
「にしてもこれ聞いて引かないとか、キミコって結構豪胆な感じ? 歪んでねえ奴隷使いは革命家の側面強めだから多少変わってても好意的に見れるって聞いたけど、マジなんだなー」
「いやいやいやいや。引いてるってかわりとドン引きだし困惑もしてるよガラヴァー。理解出来なくて思考を停止しただけだからね?」
手をパタパタさせてそう言えば、ガラヴァーはにんまりした笑みを浮かべた。
「並みの人間なら吐き気や嫌悪を催すんだよ、同族の死肉食って興奮するなんてヤツにはな」
「僕が思うに人間じゃなくてもわりとドン引きじゃないかな! 普通に!」
イーシャがヘイキューブを食べているように食べ物の持ち込みオッケーな酒場らしく、バッタらしき虫をボリボリ食べていたトガネがニパッとした笑顔でそう言う。
「僕もトガリネズミ獣人の肉食うとめっちゃ興奮するとか言われたらドン引きしてダッシュで逃げるよ! そりゃもう必死のダッシュでね! 死にたくないから!」
「まー普通はそうなるだろうな。さらっと流せるキミコがおかしい」
「おかしいのか私……」
「おかしいっていうか、主様の場合は人外っていうのを加味した上で多様性として認識するからじゃないかな?」
隣に座っていたクダは耳をピコピコと動かした。
「普通はそういうのを頭ごなしに否定するんだよね。理解が出来ないから拒絶に走るの。でも主様は理解が出来ないって事を理解した上で受け入れるから」
「……うん?」
「理解出来ないから拒絶するんじゃなく、理解出来ないって自覚して「まあそういう考え方もあるよね」って受け入れる感じ。一方的な拒絶や否定をしないっていうのが主様の魅力だよね!」
「危機管理能力や生存本能が薄いって事じゃない? ソレ」
「皮膚が分厚くて感覚が多少鈍いからこそ普通は触れられそうにない物も触れる事が出来る、っていうのはあるよね」
「褒められてるのかわっかんないなあー……」
クダとしては褒めているつもりなんだろうけど、とその頭を撫でておく。
撫でられる為に伏せられた耳が愛らしい。
「それでも受け入れる事が出来るっていうのは良い事だよ」
ザグテが言う。
「人間は同じ人間種族同士であっても、違う部分があったら受け入れられない。自分達の理解出来ない要素を持つ人間の事を、人に非ずと言って拒絶する。
まあ獣も生き残る為にその辺の判定は結構シビアなんだけど、人間でその多様性を受け入れる事が出来るっていうのは珍しい宝とさえ言える」
その考えを大事にしてね、とザグテは笑った。
・
「ほうれ、お待たせしたのう。魔力入りの水が入った霧吹きと」
「あ、霧吹き俺だ」
注文した大量の品を持って来てくれたグリスに、ハトリが挙手して霧吹きを受け取る。
「あと牛の丸焼きと」
「あ、それ私私!」
続いて差し出された丸々一頭分の丸焼きを、トラウが涎を垂らした笑顔で受け取った。
小柄なのに余裕そうに受け取っている。
……私だったら食べ切れない以前に持つ事も出来ないし、テーブルの上でお皿を引いて位置を移動させる事すら出来なさそうな重量に見えるなあ……。
凄ェ。
「マングローブの葉っぱ盛り合わせと」
「俺のだ。こっちこっち」
「馬用野草サラダ大盛りと角砂糖は」
「俺だねえ」
葉っぱの盛り合わせはザグテが受け取り、青臭さが完全に山を連想させるサラダとは思えないサラダを角砂糖と共にイーシャが受け取る。
慣れて来たつもりではあったが、草食系のガチ草食っぷりを見ると相変わらずちょっと驚く。
……人間が言うサラダやスムージーなんて可愛いもんだなーって思えるレベルで草なんだもんねえ……。
そりゃ草食性だからそうなるんだろうけども。
「乾燥粗飼料の盛り合わせ」
「それはシャーフさんのヤツだね。ありがとう」
そう言ってシャーフが受け取った物は完全に、うん、とっても牧場感が漂う草でしかない。
ザ・草食。
「後はええと……ミミズ盛り合わせは誰のじゃ?」
「僕ですね! トガリネズミ獣人ですけど生態としてはモグラ寄りなんでミミズ大好物なんです! あっ一応聞きますけどちゃんと大盛りにしてくれました!? 僕トガリネズミなんで油断すると餓死するんですよ餓死! 何か他よりも生き急いでる感じの作りしてるみたいで! 僕としては一日が二日とか三日分くらいある感じで楽しいんですけどね!」
「アタシはそんな事聞いておらんわ。逃げんよう麻痺させてあるが生きとるからな。ちゃんと食い切れよ」
「勿論ですよ! 僕は差し出された食べ物を残した事なんてありません! 寧ろ差し出されない方が一大事な種族なので!」
グリスはあからさまに喧しいという顔をしながらうぞうぞと蠢いている生きたミミズ盛り合わせの大盛りをトガネに渡した。
うわめっちゃ生きてる。
……や、うん、まあ、日本にも踊り食いとかあるから、そう見れば多分、ギリ、セーフなはず!
そう思って改めて見たが普通にハードが過ぎたのでそっと視線を逸らした。
魚は慣れてるけどミミズが食卓にのぼるイメージ無さ過ぎてちょっと脳がキャパオーバーしそう。
「で、ネズミ揚げとフライドチキンと卵のフライはお主じゃったかの」
「はーい、クダが頼んだヤツでーす!」
どっさりと揚げ物類がクダの前へと置かれる。
ネズミがクダの好物らしいと思っていたが、ネズミもそうだが揚げ物というのも好みらしい。
「で、キミコがエビグラタンパイ」
「わーい!」
目の前に置かれたのはもうそれだけで美味しそうなグラタンパイだ。
ミミズで減退した食欲が帰って来たのがわかる。
……というか料理を置く時にクダ側から置く辺り、しっかりしてるなあグリス……。
両隣はクダとイーシャが居るので、どちらかの間から腕を伸ばす必要があった。
しかしイーシャの背後側に回ると最悪殺人級の後ろ脚による蹴りが入る危険性がある為、クダの方から料理を置いていったのだろう。
グリスもかなり背が高いし強そうなので大丈夫ではと思うが、まあ人間だって馬のマジ蹴りじゃなくて中型犬のマジ噛み程度ですよーって言われたってお断りだからわからんでもない。
致命傷にはギリならんでも確実に痛そうだから絶対に嫌だ。
「あとは各種獣のステーキ盛り合わせと」
「あ、ソレ俺ー」
クダ側を回ってガラヴァーの方へ行ったグリスから、ガラヴァーが料理を受け取る。
こちらも一般的な鉄板より大分大きな鉄板だ。
まあそうじゃないと多種多様なステーキ(それも大きいヤツ)を盛れないので当然っちゃ当然か。
「ラストは小皿どんぐりとフキと人参のサラダと生の鮭四尾じゃな」
「え、それ頼んでな……」
「うん、だって俺が勝手に頼んだヤツだもん」
聞き覚えのある声が真後ろから聞こえたと思うと同時、こちらの背後を見たメンバーの顔がエグイ程歪んだ。
クダとイーシャは比較的普通の顔だが、耳が伏せつつの警戒モードとなっている。
……てか今の誰の声だっけ。
そう思いつつ振り返ろうとすれば、本能に恐怖を訴えかける爪を持った大きな獣の手が両横から生えた。
熊の手に見えるその両腕は、背後から抱き締めるようにこちらをホールド。
とても優しい力だが、少しでも力を込められた瞬間に骨と内臓が無惨な事になるだろうと想像すると物凄い勢いで血の気が引いて行く。
何だろう、ここまで本能に訴えかける生命の危機が初めてだからか、肉体が恐怖で死にかけてるのがわかるのに脳みそがついていかない。
走馬灯が流れる時ってこういう時なんだろうか。流れてないけど。
そう思いつつ、確認の為に顔色が悪いだろうなと思う自身の顔を上へと向ける。
「ばあ♡」
そこに居たのは、ヒグマ獣人であるグリーだった。
とても愛らしい笑顔でお茶目な可愛らしさを表現してくれるのは良いのだが、
……獣寄りだからビジュアルがほぼ熊そのものでしかないし、通常のヒグマよりも大型な獣人であるグリーに抱き締められるとグリーだってわかってても本能が危険信号をこれ以上無いって程に鳴らしまくってる……!
例え知り合いだったとしてもヤクザ顔なヤクザに「だーれだ♡」をされた場合、皆こんな感じに絶望的なまでの命の危機を感じているんだろうか。




