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商人ギルドの重鎮人外



 とりあえずギルドに戻ってドヴェルグの討伐達成と金と錫をゲットした事についてを報告したところ、サンリは顔である花部分を僅かに萎れさせて葉っぱの先を花びらに触れさせた。

 多分、人間であれば疲れたような顔で額に手を当ててるポーズなんだと思う。



「……ドヴェルグ討伐については問題ありません。金と錫についてもです。しかし対価として渡したものが大き過ぎますね」


「大き過ぎましたか、アレ。私の持ち物ってわけでも無いし、住みつかれて迷惑してただろうなって思うと迷惑掛けたドヴェルグからの慰謝料扱いにもなるし良いかなーって思ったんですけど……」


「ドワーフはアレを作れば危険とわかっているので、アレ程までの物は意図的に作らないようにしています。ですがドヴェルグはそれをわかった上で作ります。そしてアレは、渾身の魅了が込められた装飾品というのは、それに目が眩んだ相手を意のままに動かす事が可能なのです」



 そういえばそんな事も聞いた気がする。

 相手がこれやるからヤらせろと言った場合、それに応じてしまうんだとか。

 今更思い出したが、北欧神話でも女神関係でそんな話があったような。



「…………つまり何か駄目でした?」


「やり方としては最高かつ最上かと。たった一つで国を複数滅ぼせるだろうアイテムが、妖精の物になったのですから。妖精には妖精達だけの世界もあるので、少なくとも私達に被害は無いと思われます。

妖精は遊びで盗んだりもしますが、基本的には契約を重視する種族。契約の対価として受け取った物に手出しすれば破滅する事くらい、彼らとてわかっている事です」


「国、滅ぼせるんです、か……アレ……」


「女神が煌びやかな装飾品などに目が無い事は知っていますか?」


「あ、それは何かよく聞く逸話ですよね。神話っていうか」


「そんな女神に対価としていくつかの国を滅ぼせと言ったら?」


「あ、あー…………」



 戦争勃発の未来しかない。

 ギリシャ神話などを見ればわかるように、女神は中々に過激派なところもあるし。

 素敵で可憐で美しい女性であると同時、過激で苛烈な女性でもあるのが女神なのだ。

 日本の女神なんて色んな国の神話基準で見たらまー大人しい大人しい。


 ……アマテラスが武装したのってスサノオを迎える時だけだったはずだし、他に戦う雰囲気の時無いし、スサノオの蛮行があっても戦うんじゃなくて引きこもるんだもんなあ……。


 ああ日本国。

 鎖国やらもしていた日本だが、神話からして引きこもりの系譜過ぎる。


 ……いやでも浮気の疑い晴らす為に産屋にファイヤーした上で産んでた女神様も居たっけ。


 つまり女神全般が美しくアグレッシブ。



「ですので争う事無く所有者が決定したのはとても良い事です。無為な戦争が起こらずに済みましたからね」


「わあい」


「ノッカーの不興を買わなかったのも良い事でした。ノッカーは契約違反などをされて怒ると鉱脈ごと違う場所へと移動する上、契約違反した対象は二度と鉱脈に恵まれる事が無くなりますので」


「わあい……」



 こっわ。

 元々炭鉱夫とかでは無いので鉱脈との縁についてはいまいちピンチ感を抱けないが、その山で働いてる人達が被るだろう迷惑を考えると超怖い。



「ただやはり、額が違い過ぎます。金と錫が予定より多く用意されたのは妥当ですが、価値が……」


「そんなに問題です……?」


「ええ、商人ギルドがキミコに支払う報酬額が問題となります」


「はい?」


「報酬は働きに応じた額となっていますから。交渉はその場で行われる可能性も高く、場合によっては冒険者にとって掛けがえのない物を提供しろと言われる可能性もあります。形見、あるいは家宝などですね」


「うっわあ」


「元となる物の値段次第では金と錫の価値の方が高ければ商人ギルドも支払える物です。金では無い価値については度外視として、ですが」



 まあそうなるわな。



「しかし金と錫よりも価値のある物を提供した為、キミコに支払われるのは手放したその首飾りと同等の物でなくてはいけません」


「いや別に私の物ってわけでも無いんで良いんですけど……」


「いいえ、持ち主であるドヴェルグを仕留めたのがイーシャであるなら、その主であるキミコに実績が移ります。仕留めた獲物の持ち物は仕留めた側の物となるのが道理。それはキミコの物なのです」


「そんな怖いアイテム要らない……」



 本当に要らない。



「主様はそう主張しても、ギルド側のメンツや他の人への対応なんかもあるからねー」


「うおう」



 脇の下、腕と胴体の間にクダが頭を突っ込んでそう言った。

 構って欲しい犬みたいで可愛かったので、そのまま顎の下を軽く撫でておく。



「んふふー……とと、じゃなくて、他の人が過剰な支払いをした時に支払わなくても良いんじゃないか、みたいな事になりかねないって話」


「どゆこと?」



 真面目な話っぽいので、顎の下を撫でる手を止めて聞いてみる。



「支払わなくてもオッケーだという冒険者が居たから支払わなかった。そういう前例があると、冒険者を無理矢理頷かせれば支払わなくて良い! って思考になる馬鹿も居るってハナシ」


「え、そんなん居るの?」


「そういう事が起きないようギルドなどの施設にはトップではない重鎮枠に必ず人外が居るのですが、起きないよう阻止する立場として居る以上、そういった考えに及ぶ愚か者が居る事は否定出来ませんね。小賢しさは愚かしさだとわからないのが残念です。脳みそが無くともわかるでしょうに」



 葉っぱを顔の花びらに添え、ふぅ、とサンリは溜め息を吐いた。

 息をしているのかもよくわからないが、多分人間として考えれば頬に手を添えて溜め息を吐いたようなものだろう。


 ……サンリ、多分脳みそ無いもんね……。


 マイコニドであるハトリもそういうの無さそうなので、リアルに刺さるお言葉だ。

 オズの国ではカカシは脳みそが無い事を嘆いていたけれど、日本じゃカカシの神様は知らない事なんて無いレベルで博識らしいし。


 ……つまり脳みそがあるっていうのにタンポポやキノコでもやらないだろう蛮行をやるのが人間、と……。


 猿以下というか、テングザル獣人なザグテを見るに猿獣人も普通に賢いので、人間ってのは猿以前なんじゃないだろうか。

 猿の方が賢そうで頭が痛い。


 ……そうなんだよね、猿って賢いけど人間の場合は小賢しいになるんだよね、賢いとは違うんだよね……。



「んー、じゃあ、まあ、色々と事情があって問題になるって事ですけど、こっちとしても所有権持ってた意識無いし持ち帰る気も無かったわけですんで、何か困った時に商人ギルドが協力してくれるみたいな口約束してくれれば」


「そこはしっかり契約しないと駄目な前例が発生しますのでアウトです。商人ギルドの重鎮人外に連絡を入れるので個室の方でお待ちください。リャシーにまた案内させます」


「わあい一日で二回も個室案内だー……」



 個室デーか何かか今日は。





 リャシーに案内された朝と同じ個室の中で、茶菓子を食べつつぼんやりと待つ。

 流石にルーエ同様既に待ってる、という事が無くて良かった。



「メニデ様がおいでになられました。キミコ、入ってもよろしいでしょうか?」


「あ、はーい。どうぞー」



 サイズ的な問題でかノックの音は小さすぎて聞き逃しそうだったが、声は聞き逃さなかったのでどうぞと言えた。


 ……ちょっぴり聞こえはしたけど、ドア自身の軋む音か何かかと思ったよね……。


 ああサイズ差。

 クダ達の耳が扉の方に向いたからそっちに意識を向けたお陰で気付けたが、そうじゃなかったらノックの音は確実に聞き逃していただろう。

 良かったクダ達の耳が良くて。



「お邪魔するよぉう」



 扉を開けて少し屈みながら入って来たのは、とても大きな二足歩行のサメだった。

 いやこれサメかな。でも顔つきからしたら多分サメだな。とはいえサメあんまり見た事無いから本当にサメかな。わからん。


 ……というか改めて考えると、ここの扉大きいのにそれより大きいとか相当な……。


 イーシャの身長から考えて、この個室の扉の高さは五メートル。

 つまり今入って来た相手はそれより大きいという事だ。

 室内の天井がこれまた随分高い位置にあるので頭をぶつける心配は無さそうだが、彼が大き過ぎて扉がオモチャに見えて来る。


 ……うん、まあ、ありがたいのは扉に魔法が掛かってる事、か……。


 サイズがサイズなので後で普通の扉と同じように開けられた事についてリャシーに聞いたところ、魔法を使ってるらしい。

 だからリャシーサイズでも問題無く開けられるんだとか。

 飛べない小人系用にか一定の間を開けた位置にドアノブが付いている辺りしっかりしている。



「よっこいしょぉう」



 魔法が掛かっているらしく、サメの人がソファに手を触れると同時、人間用サイズだったソファは一瞬にして巨人用サイズへと変貌した。

 複数人用ソファなので、下手すれば人間用のキングサイズベッドよりも大きいんじゃないかというレベル。

 サメの人は大きくなったソファにどっかりと座り込んだ。



「儂は商人ギルドでぇ、人外との交渉とか取り引きとかをしてるメニデだよぉ」



 サメ顔なので表情がわかりにくいが、口元の形によるものなのかまるで笑っているような顔をしている。



「ニシオンデンザメの魚人だぁから肉食だしぃ、体も大きいけどぉ、よろしくねぇ」


「あ、はい、よろしくお願いします」



 のんびりした喋り方のメニデはゆったりした動きで灰色の手を差し出してきたのでこちらもその手を取って握手すると、しっかりと握られた。

 サメ肌で想像していた程の紙やすり感は無いが、結構なひんやり系だ。

 人間の体温とか熱くないのかと一瞬考えるも、駄目だったら握手しないだろうから多分大丈夫。

 そういう問題があるなら服に防火傷とかの効果付与させてるだろうし。



「うぅん……それでぇ早速だけどぉ、今回の依頼についてなんだよねぇ」


「はい」



 頷くと、メニデの分だろうお茶をリャシーが持ってきた。

 リャシーのサイズ的には人間用サイズでも結構大変そうだが、それではメニデからしたらお猪口以下じゃないだろうか。

 そう思ったものの、お茶はカップごとメニデサイズに巨大化した。

 多分魔法、だが、


 ……有りなんだ……!?


 お茶とかって巨大化対象なのか、そもそも巨大化魔法って何なんだ、と思うがメニデがおっとりした雰囲気ながらも真面目な話をしようとしているのがわかるので、こっちの無知による脱線が出来ない。

 まあ後で聞けば良いか。



「正直に言うとねぇ、(むかぁし)から付ぅき合いのある相手からの依頼があってねぇ、突然だぁったから材料が足りなかったんだよねぇ」


「はあ」


「まだ注文は入ってないけどぉ、一応材料は用意してぇおいた方が良いよねぇ?」


「まあ、長い付き合いがあるなら多少の融通は利きそうですけど、顧客相手と考えるとそこに甘えるわけにもいかないだろうから……っていうのは何となく。

 長い付き合いだからこそ頼られる対象になってるわけで、そうだったらしっかり対応し切らなきゃってなりそうです」


「うんうん、その通りだよぉ。ちゃぁんと理解出来てるねぇ」



 よしよしと頭を撫でられる。

 イーシャの手も中々に大きいしアシダカアラクネであるシラの手も結構な大きさだったが、メニデはまたサイズが違う。

 ほぼイーシャの倍な体格なので、こっちなど子供向け人形サイズ。

 その為まあまあの圧があってちょっぴり怖い、が、


 ……小型犬とかってそんな巨人の世界で生きてるんだもんなあ……。


 しかも大声で叱られたり、場合によっては叩かれる事もあるのだ。

 この巨体に抱き上げられて落とされたらと考えるとマジで恐怖しかないので、小型犬視点の世界はさぞやデンジャラスな事だろう。

 そう考えるとちょっぴりの恐怖はどこかへ去った。

 撫でる手はひんやりしてるものの、こちらに痛みが無いよう気遣っているのがわかるからだろうか。


 ……うん、まあ、こっちとしても巨人に驚きはしたものの、小型犬視点と思えばまあまあ大丈夫! オッケー!



「だから儂としてもぉ、今回すぅっごぉく早くに依頼を達成して貰えたのはぁ、すぅごく嬉しい事なんだよぉ」



 ただねぇ、と撫でるのをやめ、メニデは言う。



「ドヴェルグの首飾り級の対価はぁ、儂としても支払い難いんだよねぇ。

 自腹なら沈んでる船の宝とか持って来れるからぁ、一応賄えるんだけどぉ……商人ギルドとしての仕事でぇ、商人ギルドとしての依頼だったからさぁ」



 うぅん、とメニデはあるかないかわからん首を傾げる。



「どうしようねぇ」


「いやどうしようと言われても、こっちとしては適当に流してくれて良いんですけど……」


「言っておくけどぉ、価値としては儂の首より高いかもしれない代物だからねぇ?」


「メニデの方がもっと自分を高く見積もって!? 重鎮人外なんですよね!?」


「儂より強い生き物の目が眩んだらぁ、首飾りを貰えるならぁって儂の首くらい手土産に持って行くんじゃぁないかなぁ」


「何て血生臭い手土産だ……」



 聞けば聞く程、持って行ってもらって本当に良かったとしか思えない。

 確かにそれだけの価値はあるんだろうけども、生き物としてはどれだけのレア物だろうが自分の命最優先である。

 そんな寿命が縮みそうな代物持ってられるか。


 ……クダとイーシャの命も背負ってるんだから、そういうのに意識持ってかれるわけにもいかないしね。


 第一、元々そういうアクセサリー系にはあまり興味が無い。

 貰いものはありがたくつけるけれど、というレベル。



「ちなみにぃ、キミコとしてはどういうのなら受け取るってなぁるのかなぁ?」


「えー…………」


「商品なら色々あるよぉ」



 特にそこまで物欲も強くないので困る。



「……クダは欲しい物」


「クダは主様の奴隷として傍に居られればそれでオッケー! だから欲しい物とかは無いかなあ。一番欲しいのは主様からの命令だしねー」


「じゃあイーシャは」


「俺もクダに同意見。わざわざ押しかけてアピールしてまで得た位置だし。欲しいのだって、ご主人様を抱き締める時間とかそういうものになっちゃうかなあ」



 駄目だうちのメンバーも両方が両方物欲ナッシン。



「…………じゃあ将来的に何か困った時に一回助けてもらえるとか、協力してくれるとか、そういうヤツで」


「本当にぃ、それで良いのぉ?」


「正直今は思いつかないんで後回しにしたいってのが本音です」


「言うねぇ。まぁ、それなら仕方ないかなぁ」



 じゃあこれ契約書ねぇ、とメニデは懐から紙を取り出した。

 大きなペンでさらさらとその紙に何か書き込んだメニデは、そのまま紙とペンとこちらに渡す。

 いやサイズ、と思ったが、それらはソファやお茶同様にサイズが変化した。

 人間サイズだ。


 ……このサイズ変化、こっちの世界じゃスマホ並みの当然さで普及されてたりするのかな……。


 まあ良いか、と契約書を確認する。

 内容としては殆ど今の会話と同じものだ。

 一回だけ、というのもちゃんと入っているので安心してサインが出来た。



「これで良いです?」


「うん、良いよぉ。これでキミコが儂ら商人ギルドに頼りに来た時ぃ、断ったぁり出来なくなったからぁ」


「……今更ですけどソレってデメリットヤバくないです?」



 だぁいじょうぶぅ、とメニデは笑って契約書を懐へと仕舞った。

 サメ顔なので本当に笑っているかはわかりにくいが、多分アレは笑顔だろう。

 いやもうサメ顔だし座ってるのに頭の位置に差があり過ぎて本っ当にわかりにくいけれど。


 ……首痛くならないよう祈っとこ……。


 視線が上固定過ぎて首への負荷がデカい。

 小型犬とかっていつもこんなレベルの負荷が首に掛かってたりするんだろうか。



「ところで一応聞くけどぉ、今から町の外で工房構ぁえてるドワーフのとぉころに金と錫持ってぇ注文しぃに行くのやってって言ったらぁ、受けるぅ?」


「流石に今からはちょっと無理です!」



 もう日ぃ暮れ始めてるので無理だ。

 そりゃクダとイーシャは夜の活動も可能なタイプだけれどこっちはそうもいかないし、イーシャの背に乗っていたとはいえ仕事もした。

 なにより野宿の覚悟が決まってない状態で今の時間から外に出るとか無理過ぎる。



「……あ、もしかして今から依頼するって意味で明日出発でもオッケーとかそういう依頼です?」


「うぅん、今からぁ」


「無理ですね」


「うん、断ってくれて安心したよぉ」


「え」



 どういう意味かと首を傾げれば、メニデはクダとイーシャを見た。



「ノッカーに渡した首飾りとかを思うとねぇ、ごぉり押しされるのに弱ぁいタイプなんじゃないかってぇ心配になったんだよねぇ」


「…………ハイ」


「でもぉ断れるなら良かったよぉ。断れないと危ないからぁ、そこの二人ぃにキミコをあんまり外に出ぁさないよう言っておかないとなぁって思ったからねぇ」


「それって誘拐されそうとかそういう意味です?」


「誘拐以外にもぉ危ない事はあるからぁ、断れるかは大事だよぉ。勿論受ける時は受けるんだろうけどぉ、突然の無茶振ぅりを拒絶出来るのは大事だねぇ」



 だぁってこっちの都ぅ合を押し付けてるだけだからさぁ、とメニデは言う。



「今後もそのあり方を大事にしなよぉ」



 メニデはそう言ってこちらの顔に手を伸ばし、頬を撫でてにまぁと笑った。

 笑っている雰囲気では無いマジの笑みは、実にサメらしい笑みだった。



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