全種族対応
地図を見ながら、わいわいと賑わっている食事処に足を踏み入れる。
「はぁい、いらっしゃいませー……ってあら! 人間!?」
「えっはい人間です!」
店員さんに驚かれ、こちらも思わずビクッと肩が跳ねてしまう。
え、一見さんならぬ人間さんお断りな店とかあったりするんだろうか。
「あ、違う違うちょっと驚いちゃって」
引き返した方が良いんだろうかと思うこちらに、綺麗な鬣を持つ馬の顔をした店員さんは人間の形をした手を横に振った。
「ここ、全種族対応の店だもの。人間はどの店に行っても席があるからあんまり来ないのよね」
「田舎から出たばかりで知らないんですけど、そういうもんなんです……?」
「私はわからないけど、どうも隣で肉を丸呑みしたり血を飲んでたりミミズ啜ってたりするのが駄目みたいで」
「あー……」
成る程種族差。
全種族対応という事はつまりトカゲ用犬用のご飯も完備! みたいな事だろう。
そしてその場合、犬用までならともかくトカゲ用となると虫とか食ってたりするので、うん、隣で食べるにはキツイかもしれない。
「それで、どうするの? 人外しか居なくても大丈夫なら案内するけど……あ、でも今お客が多い時間帯だから相席になっちゃうかもしれないわ」
「んー……ちょっとよくわからない事も多いんですけど、人外がやってる人外対応の店が良いって教えられて……」
「ああ、まあ、田舎から出たって言ってたし、旅行者ならそれが良いわね。人間しか居ないところだと、アナタみたいに可愛らしい人間なんてお金を絞り取られちゃいそうだわ」
うりうりと頬を軽く揉まれたが、これはこの人の種族特有なスキンシップなんだろうか。
わからん。
わからんが、何となく犬とか相手に頬をうりうりするアレを連想するので多分相手もそういう気分なんだと思う。
……同じ人型してても、多分向こうからはそういう感じの扱いなんだよね。
馬の顔だし馬の目だし真正面は見えにくいのか微妙に顔を斜めにして視線を合わせているが、その視線からして多分そう。
「じゃ、案内するわ」
手で顔を覆った店員さんがその手を退けると同時、馬の顔だったはずのその頭部は完全に人間の女性らしい顔となっていた。
「人間さん、爬虫類は大丈夫?」
「爬虫類はわりと平気だけど……え、顔、え、え……っ?」
「あらやだ最高の反応じゃなーい! こういうとこが大好きなのよ人間って!」
「みゃっ!?」
満面の笑みで抱き締められたがどういう事だ。
「うふふ、ごめんなさいね。つい良い反応だったから」
「あ、はい、いえ……?」
困惑していると、店員さんはパッと離れる。
「私、妖精のプーカって種族なの。変身能力がある妖精はイタズラ好きだから、そういう反応をしてくれるのがとびきり最高! 人外が相手だと驚いてくれない事が多いから、やっぱり脅かすなら人間よねー!」
喜んで良いのか反応に困る発言だ。
というか妖精に驚かされる人間の逸話が多いのってそういう理由?
・
「じゃ、人蛇席で相席よろしく頼むわね!」
カプゥと名乗ったプーカという種族の店員さんはそう言った。
「お客さんはオッケー出してくれたから」
「あ、はい、それは良いんですけど……忍者?」
「人魚とかの蛇バージョンよ。知らない?」
「うちちょっと人間しか居ない田舎で」
「あらまあそれは……相当な……」
カプゥは信じられない目をしながら口元を手で覆う。
どうやらこの世界で人外を知らないのはそのレベルであり得ない事らしい。
流石は異世界、と思っておこう。
「それで、人蛇っていうのは」
「人型をした蛇が人蛇ね。蛇の顔だけど人型で、でも下半身が蛇っていうのは人蛇って呼ばれるわ」
こっちよ、と席に案内しつつカプゥは教えてくれた。
「上半身が完全に人間で下半身が蛇なら、男女関係無くラミア族」
ああいうのよ、と教えてくれた先には、確かに上半身が人間なのに腰から下が蛇となっている人達が居た。
どうやらこの辺は爬虫類系の席らしく、お客さん達の体には鱗が見える。
「蛇だけど人型なら蛇人。人蛇は下半身が蛇だけど、蛇人は蛇の頭に人間の手足なの」
あれあれ、と教えてくれた方向には、確かに蛇の顔をした人が居た。
腕なども見るからに鱗で覆われているが、見える足元は確かに人のような二足がある。
「蛇人そっくりな魔物も居て、そっちはレプティリアンって呼ばれてるわ」
「魔物、ですか」
「魔物は要するに討伐対象であり、魔王の配下ね。人間と敵対してるし会話が出来ないから、同じとは思わない方が良いわよ。見るからに会話不可能だからわかると思うけど、町の外に出た時、蛇人と間違えて話し掛けようとしないようにね?」
「はぁーい」
「うん、良い返事!」
「わばばば」
成る程と理解しながら返事しただけなのに満面の笑みで頭をわしゃわしゃ撫で回される。
「じゃ、この席だから! 注文はそこにあるメニュー見て頼んでちょうだいね!」
そう言って店員さんは去って行った。
「ええっと……失礼します」
「ええ、構いませんよ。人間と相席出来るなんて滅多に無い機会で喜ばしいですし」
向かいに座っている蛇顔の男性はそう言ってくれた。
というか蛇顔、で良いんだろうか。
……でも顔面が蛇だよね……。
とても長い髪だが、顔は蛇。
体も腕あるし首もあるが、鱗に覆われているので蛇っぽい。
人型の蛇、という感じに見える。
……てか大きくない……?
体格がめっちゃ良いのが見てわかる。
服も胸元にバンドっぽいのが雑に巻かれてるくらいなので本当見てわかる体格の良さ。
てか適当にバンドを巻くのって何か意味あるんだろうか。
そのレベルの露出なら逆に不要っぽい気もしてくるのだが。
……んー……。
まずメニューを見ようと思ったのだが、他の席を見てちょっぴり不思議に思う。
「あの、カプゥ……店員さんはここが人蛇席って言ってたんですけど、他の席とどう違うんですかね……?」
「ああ、それは足元に穴が開いているという点ですよ」
メニューを取ろうとしていたお向かいさんは、爪の無い指で下を指差す。
「スライドするようになっていて、下半身が蛇である人蛇やラミアの長い尾を収納出来るようになっているんです。そのままにしておくと、数メートルの下半身は酷く邪魔になりますからね」
「あー……成る程」
確かに混み合う店内で蛇の下半身がでろんとしてたら普通に踏みそう。
乱闘不可避。
……そういうのを回避する為にも床下収納状態にしてるのかな……。
「しかも収納出来るだけではなく、中は清潔に保たれている上、地熱が来るようしっかり調整されているので温かいんですよ。蛇は基本的に変温動物ですから、体温調整が出来るというのは助かります」
「あ、そういえば聞いた事あるかも」
「ふふ」
蛇は寒いと冬眠するが、それは変温動物だから、だったか。
それを思い出し呟けば、お向かいさんは口元を手で隠して笑う。
目がかっ開き状態なので笑ってるかわからないけど。
……蛇って瞼、無いんだったっけ……?
トカゲは瞼も耳もあるが、蛇は瞼も耳も無かった気がする。
瞬きもしない目にじっと見られるのは何ともそわそわするが、それが相手のスタンダードなら仕方あるまい。
向こうからすれば瞼があって瞬きをするこっちの方がおかしな生き物だろうし。
「残念なのは、全種族対応の店にしか人蛇用の席が無い事ですが」
「そうなんです?」
「全種族対応の店は、全種族対応というだけあって巨人も入れるんですよ。なので店自体が広いんです」
言われてみれば確かにこの店の天井はやたらと高くて遠い。
入口の扉も随分大きかったが、よく店内を見てみれば巨人らしき客の姿も見えた。
変わったBGMだと思って流していたが、まさかこれエコーが掛かった巨人の話し声か。
「ただ、そうではない店となると費用も掛かるので……」
「世知辛いヤツですね」
「対応している店はこうやってありますし、難しいのはわかりますがね」
ちなみに、とお向かいさんは遠くの席を指差す。
「あちらの方のハルピュイア席はハンドルで高さ調整が可能な止まり木が椅子となっています。ハルピュイアは腕が翼の上に足が鳥の足なので、手でフォークなどを持てる種族用である普通の椅子は合わないのですよ」
「おおー」
「彼らは足でハンドルを動かしたりスプーンを使ったりしますので、そういう意味でも止まり木で調整して足を使いやすい高さにする、という必要性がありますね」
「勉強になります」
「いえいえ」
しゅるりと先が二股に分かれた舌を覗かせ、お向かいさんはテーブルにあったメニューを手に取り、一つをこちらへ渡してくれた。
「ところであなたは」
「あ、喜美子です。人間です」
「人間かは見ればわかりますよ、キミコ。僕はヨルムンガンドのガルドルです。ヨルムンガンドと言っても、十メートル程度の小柄な体ですが」
……十メートルって、小柄だっけ……。
「ああ、ヨルムンガンド族は基本的に海で生活する者が多く、その殆どは海という壁の無い場所で育つ為に巨体になりやすいんです。一つの国くらいぐるりと一周してもまだ余る、という程に大きいのがヨルムンガンド族ですよ」
とはいえ、人間との共存が進んで現代のヨルムンガンドは幾らか小柄になりましたが。
「僕なんてその中でも特に小柄なのでお恥ずかしい限りです。小柄だからこそ、こうして町中に来る事も出来るのですが」
「小柄……?」
「人間で言うなら百七十センチが平均の中、百センチくらいしかない感じですね」
「うわ本当に小柄だ! え、それ逆に大丈夫なんですか!?」
「小柄なだけなので病気ではありませんよ」
「良かった……」
ほ、と胸を撫で下ろす。
人間基準だと十メートルなんて信じられないサイズだが、人間の身長で例えられるとわかりやすい。
というかそのレベルで小柄の場合、ヨルムンガンド基準の平均身長どのくらいなんだろう。
……伸ばしたら高層ビルくらいあるのかな。
本来のサイズが国をぐるりと一周出来て尚余るというなら、マジでそのくらいありそう。
「しかし、キミコは知らない事が多いのですね」
「田舎から出たばっかりで……」
「成る程。人間は人外に対する理解が浅いので知らない事が多いのは普通ですが、僕の言葉に癇癪を起さない辺り、随分良いところでお育ちになったご様子」
「え?」
「普通の人間であれば、知らない事が多いと言われた際、怒る事が多いのですよ。それが事実であったとしても」
まあそういうところも人間の可愛らしいところですが、とガルドルは舌をしゅるしゅると出し入れした。
声色からすると笑っているっぽいのだが、蛇顔ゆえに表情が変わらなくて本当に笑っているかどうかがわからん。
でも多分笑ってる、と思う。
「それとキミコ、もしメニューがわからないようでしたらお教えしますから気兼ねなく言ってくださいね」
「え、いや、メニューくらいなら流石に……」
メニューを開き、己は停止した。
「ここは全種族対応ですから、初心者には難しいと思いますよ」
「今それを理解しました……」
やたらと分厚いメニューだとは思っていたが、適当に開いたページには馴染みのない名前が並んでいた。
……っていうかこれ、牧草とかの名前じゃ……。
ページの上部分を見たら草食動物用と書かれていた。
成る程全種族対応。