仮面と目つき
「明日の予定は奴隷登録以外未定だけど、主様そろそろ寝る?」
「そこ、そろそろ寝る時間とかじゃないんだねクダ……」
「だってクダは家に取り憑く妖怪だから睡眠とか関係無いし、狐も夜行性だからねー。鬼とかは寝るから寝込みに首狙われがちだけど」
ベッドでごろごろしながらクダは笑う。
「あ、でも寝る事は出来るから主様が寝るならクダも寝るよ! 夜間にやっとくよう仕事言い付けられてるならともかく、そうじゃないなら起きてても仕方ないし!」
「うんうん、一緒に寝ようね」
顎の付け根部分をカシカシと指先で掻いてやれば、クダは心地良さそうに目を細めた。
クダはもふもふというのもあってか、一緒に寝る事に嫌悪感が無い。
……大型犬と一緒に寝るようなもんだしねえ、感覚。
これがもうちょい人間寄りだったら抵抗があったかもしれないが、もふもふ効果なのか抵抗感は全然だ。
「で、イーシャの方は寝床用の藁をセットしてもらってはいるけど……」
「あ、俺は藁で寝るよ。ベッド壊しかねないし、馬の体にベッドって合わないし……そもそも俺は立って寝る事も多いから、寝そべるっていうのはね。相当ハードな運動した後ならともかく」
「成る程」
カトリコの家にお邪魔した際に見た吊り巣ハンモックも種族的理由だったのでわからんでもない。
実際馬がベッドで寝るというのは耐久度も心配だが、いまいちイメージも湧かないものだ。
……映画やアニメで見た感じ、厩舎に居る馬って夜中だろうと立ってるイメージあるもんなあ。
キャラクターが夜逃げしようとしたり夜間にこっそり単独行動しようって時も馬は起きてる。
そんなイメージだ。
というかああいうタイミングで横になって寝てる馬のイメージが無い。
「とはいえイーシャの場合、夜間どうするの? 寝るって言っても馬寄りなら長時間睡眠はしないよね」
「まあな」
クダの言葉に、イーシャは足で藁を踏んで整えつつ肩をすくめる。
「どゆこと?」
「待ち時間とかにちょっと寝るって感じだから、正直夜に寝る必要も無いのが馬でさ。俺たちケンタウロスもそう。
トータルで三時間くらい寝るけどあくまでトータルで、十五分から三十分くらい寝るのを一日の間に繰り返せばそれでオッケーってね」
「わあお」
社畜社会な日本人からしたら憧れのスキルではないだろうか。
いやそれで社畜根性悪化したらヤバいけどさ。
今の段階でも睡眠不足でぶっ倒れる人間が居る国だ。
「でもそれだと私が寝てる間暇になっちゃうか……今まではどうしてたの?」
「本を読んだり、夜だけ出て来る魔物の討伐をしたりかな。酒場の手伝い依頼もあるけど俺の体格だと嵩張るし重種って事で怖がられるからナシ」
「あー…………」
確かに夜間にやってる店の手伝いは依頼として貼りだされてそうだが、規模によっては邪魔になりかねないのか。
全種族対応みたいに巨人にも対応していればテーブルの間や天井、空間などが広く確保されているが、そうじゃない店はそうもいくまい。
デパート内なら馬が居ても多少はセーフだろうが、コンビニ内に馬が居たらちょっと、みたいな事だろう。
……普通居ないけどさ。
「ま、警戒は不要でも夜の見張り役が出来たくらいに考えてくれれば良いよ。それなりに夜目は利くから月明かりで充分に本を読む事は出来るし、お腹が空いたら自分でヘイキューブ食べるし」
「何か申し訳ないね」
「気にしない気にしない。そういう気遣いをされたくてご主人様の奴隷になったわけじゃないんだから」
「うん」
よしよしと頭を撫でられたので頷きを返す。
何度撫でられても慣れない大きさの手だ。
……ちょっとでも力を入れられたらこっちの頭は一瞬でトマトだよね。
頭を掴める手の大きさとか凄い。
犬猫は人間に撫でられるのを喜びつつも同じように、この人間が力入れたらすぐに頭潰れるんだろうなあ、とか考えてるんだろうか。
「そういえばイーシャは仮面取らないの?」
ギシリ、という音が聞こえそうな程にイーシャの動きが鈍く止まった。
・
「……これは人間の頭部なせいで前側しか見えないケンタウロスとして、もう少し安全な部分を増やそうと思って作ってもらった仮面でね」
イーシャは動きを硬直させたまま何か語り始めた。
「気配を感じるだけで蹴りを入れようとするのは危ないから、と視野を拡大する魔法が付与された物なんだ」
「あれ、でも背後は?」
「カバー出来る範囲が見えるだけで真後ろは無理」
「成る程」
少なくとも前方以外全部アウトゾーン、から後ろだけアウトゾーン、になるわけか。
うわめっちゃ重要アイテム。
「でも態度からすると明らかにそれ以外に理由あるっぽいよね」
にぱっとした可愛らしい笑顔でクダがそう切り込んだ。
クダって結構切り込むよね。
「……いや、うん、まあ、俺もわかってるよ? 俺の全部を預けたご主人様相手に素顔見せないままってのもどうなんだっていうのは」
「別に無理なら無理で良いけど」
オペラ座の怪人みたいなやむにやまれぬ事情があったら無理強いも出来ん。
あと正直言ってケンタウロスがファンタジーでしかなかった世界から来た身としてはケンタウロスという情報の方がビッグインパクトだし。
「無理じゃないんだよ! だって別にそんな大した理由でも無いしさあ!」
「え、そうなの?」
「うん…………」
仮面があるというのに両手で顔を覆い隠しながら、微妙に背を丸めたイーシャは小さな声で言う。
「……目が……」
「目が?」
「目が草食動物の目だから……」
「???」
え、それ何か駄目なの?
「クダ、草食動物の目で何かマイナスの事があったり」
「無い無い。主様が今まで接触した事ある草食動物系の獣人とか普通だったでしょ」
「あー」
確かに地図の件で助けてくれた通りすがりの牛獣人のお姉さんも服屋で会ったアクセサリー店で働いてるというヤギ獣人のカペルもパン屋で会った羊獣人のシャーフも全然普通にしていた。
そういう気配も一切無いし、すれ違う町の人にもそういった傾向は無かった。
「じゃあ何で?」
「……瞳孔横長で……」
「草食系の人は大体そういう目してたけど」
「…………垂れ目なんだよ……」
言い、イーシャは顔を覆っていた手で仮面を外して見せた。
そのまま上半身を前に屈め、見えやすい位置へと持って来てくれる。
「……うん、確かに垂れ目だし横長の瞳孔だ」
しかし、
「視界的な問題解消の為なら仮面は必要とはいえ、顔自体は別に隠す必要は無いんじゃ……寧ろ見た目の厳つさが目元の柔らかさでかなり柔和な印象に中和されるよ?」
「だから問題なんだよなあ……」
仮面を持ったまま、イーシャは困ったように眉を下げて肩を落とした。
「人外が俺に怯えるのは種族によるもの。まあ、重種みたいなその種の中でも大型扱いされる存在が怯えられるのは生存本能みたいなものだから仕方ないんだけどさ。ただ人間の場合、俺の目元が優しい印象だと近付いてきてくれるんだよ」
「良い事なのでは……」
「嬉しくって可愛がって駄目人間にしちゃうから駄目」
「おっと」
……そういう意味の駄目かー……!
「強いのも事実だから、頼ってくれるのが嬉しくってつい甘やかしちゃって……そうするとこのデカイのが味方なんだからなーってイキる子も出ちゃって、これは良くないなって思ってね。地元出てこの町に来た理由もソレ」
「あっそんな理由が!?」
「普通の人外なら人間がイキったり勝手に名前を使ったりしたらちゃんと叱るんだけど、俺みたいな大型系は普通に叱るつもりでもやり過ぎになる事があって、正直苦手分野だからさあ」
困ったように苦笑するその表情は穏やかそうで、何と言うか子供がヤンチャしても叱れなくて困ってるお父さんのよう。
これは子供も調子に乗る。
……そこで悪い事したなって反省出来る子なら良いけど、何も言わないからやっても良いんだって考えに至る子の場合はひたすらに悪手だもんね。
居るだけで子供が調子に乗ってしまうヤツだ。
俺の父ちゃん偉いんだぜ! とか威張るガキ大将タイプになってしまう。
いや、未来から来たネコ型ロボットの話からするとガキ大将の近くに居るコバンザメタイプかもしれないけれど。
「だってほら、普通ならデコピンで意識を向けさせてからお説教とかあるかもだけど、大型系は力が強い事も多くてあんまり加減が、ねえ……」
「あー」
……ゴリラも握力測定で本気出さないとか言うし、それ系かな……。
優しさと警戒からか、人間がゴリラの握力を測ろうとしても本気でやってはくれないらしい。
そして同じ大型系も穏やかな性質が多い可能性を考えると喧嘩とかもしないだろう。
他の種族相手にはとにかく優しく、となればお説教は難しそうだ。
……人間だってハムスター相手にデコピンとか無理だし。
人間にやるのと同じ勢いでやったら死んでしまいかねない。
それなら普通にお説教だけで良いのではともなりそうだが、人外の様子を窺う限り人間に物凄く甘い対応をするのがスタンダードのようだし、人間側が説教をまともに聞くかどうかというのもある。
そりゃあその場を離れた方が良い、となるわな。
「だから視野拡大ついでに厳つい仮面つけて、目元わかんないようにしてあるってわけ」
仮面を両手で胸の前に持ちつつ、イーシャはへにゃりとした苦笑を浮かべる。
草食動物だからか口元も柔らかめな印象があったが、こうして素顔があらわになると目元の柔らかめな印象が強くて、何と言うかとっつきやすい。
……つまり人間側が馬鹿なせいでプラスでしかないだろうとっつきやすさがマイナス状態になってるって事でもあるんだよね……。
同属なだけで申し訳ない。
同属だからこそ、そんな人間ばっかりじゃないよ! とも言えないし。
……そんな人間ばっかじゃないとはいえそういう人間が居るのは事実ってわかってるし、そういう人間こそが近付いてくるだろうなあって事を思うと無責任な事言えないもんなー。
イーシャの全部を背負うと決めたからこそ、責任を持って対応せねば。
「幸い俺に似合う服装もこういう厳つい系が多いから、目元隠してこういう服にすれば向こうから避けてくれてね。ちょっと寂しいけどその方が人間の為になるし」
「成る程」
まあ実際三メートル越えで下半身がデカい馬、それも普通の馬よりぶっとい足をしてるのだ。
それに比例するようなムキムキ上半身がファー付きのレザー生地ベストでキメてるとか普通に怖い。
目元仮面で見えないし。
……服の効果の為か素肌にレザーベストだし。
日本でコンビニ帰りに見かけたらまず絶対近寄らないタイプの存在だ。
ここは日本じゃないし、人手足りないところを手伝ってくれたし、かなり優しい性格だって事がわかってるから良いけども。
「まあ、私としては今素顔が見れたから満足かな。イーシャが隠しておきたいならそれで良いと思うし、今の話聞いちゃうと外でも素顔出せなんて言えないしね。周囲へ蹴り食らわせない為の方法であり実用性高めってのもあれば尚更」
「ん」
手を伸ばしてイーシャの頬を指先で撫でると、耳がピクリと動いた。
「あ、ごめん嫌だった?」
「馬の方の腹を撫でられるのは嫌だけど、頬なら大丈夫。寧ろ嬉しいね」
目を細め、すり、とイーシャはそのままこちらの手に頬を寄せる。
「…………うん、これは奴隷の特権だな」
「主様の奴隷だからこその特権、っていうのはわかるよ」
うんうん、とクダが頷いた。
「奴隷じゃなくても撫でては貰えるだろうけど、全権主様に任せた上で撫でてもらうっていうのはまた違うもんね。主にこっちの気分が」
「本当ソレ」
「全権預けられてる側の私はその感覚わっかんないなあー……」
字面も酷いし。
ただまあ、主として不甲斐無いだろう自分がちゃんと二人を満足させる事が出来てるなら、それは良い事なのだろう。




