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よろしくイーシャ



 腹を括ったその日の夜。

 いつも通り食事をしてから、イーシャの借りている部屋に通して貰った。


 ……わあ、ケンタウロス用って感じだあ……。


 ケンタウロスというよりも馬用って感じだろうか。

 カーペット代わりなのか床に敷き詰められているおが屑が中々の光景。

 一部に敷かれている藁はベッド代わりなのだろう。


 ……まあ全種族対応ともなれば寝床が水場な種族に対応した部屋とかもあるだろうし、こういうもんか。


 厩舎と思えばかなり綺麗なので問題あるまい。

 マジモンの馬と違って排泄物をダダ漏らしにしてないのが綺麗に保てている理由かもしれない。



「良かったらそこの藁に座って。ごめんね、俺が借りてる部屋はケンタウロス用だから椅子とか無くってさ」


「いや、こっちこそ押しかけたようなものだから」



 ケンタウロス体型で人間が使う椅子に座る様子も浮かばないのでそれが正しいんだろうし。

 そう思いつつ、藁の山に腰掛ける。


 ……うわ思ったよりふわっとしてる!


 清潔感があるからか色々整えられてるからかはわからないが、思っていたよりもずっと良い座り心地だった。

 これは人間もすやあと眠れるに違いない。



「それで、話っていうのは?」



 イーシャは向かいの位置でおが屑の上にしゃがみ込む。

 しゃがむというか馬部分だけで見ると伏せているような姿だが、人間の上半身がある事を考えるとしゃがんでいるような状態だろう。

 こちらを警戒する様子は無く、食後というのもあってリラックス状態なのか、耳も横に向かって伏せていた。


 ……しゃがむっていうのがそもそも信頼の証だよね。


 草食性である馬の要素が多めなケンタウロスと考えると、しゃがんでくれているというだけでかなりの信頼と言えるだろう。



「まだイーシャが言ってたアピール期間の一週間は経過してないけど、まあ、そういう話かな」


「!」



 仮面で口元以外が隠れているので表情が窺いにくいが、耳がピンと立ってこちらを向いた。

 興味がある、という事で良いんだろうか。

 馬の生態については詳しくない。



「色々省いて結論から正直に言うと、イーシャのアピールによって大分絆されたので仲間になってくれるなら仲間になって欲しいです」


「おお!」


「が!」



 上半身を前のめりにさせたイーシャに待ったの手を向ける。



「正直なところ、背負い切れるかがわかんない。責任取れるかについても。諸事情あってお金はあるけど、奴隷……になるならその辺の事情についても話した方が良いだろうし」


「まあ共有しといて損は無いと思うしね。人間相手に主様の諸々がバレると面倒事になるから身内以外に隠すのはクダもさんせーい」



 こっちはこっちでリラックスモードなのか藁の上でごろんと寝転がっているクダがそう言った。

 他人様の寝床でよくまあそこまでリラックス出来るなあ。


 ……いや、他人様ってか身内になる可能性がある人外でケンタウロスなんだけども。



「てか主様、奴隷って言うのが口に馴染まないなら仲間呼びでも良いと思うよ? クダとしてはペット扱いでもあながち間違ってないからそれも良いと思うけど」


「仲間になるなら諸事情についても話した方が良いと思うんだよね!」


「はは、気合入れて言い直さなくても良いよ。キミコが奴隷使いなのは知ってるから仲間呼びするのは詐欺になるんじゃ、とか無いし」



 こっちの懸念はイーシャにバレバレだったらしい。

 まあ確かに鑑定でさらっと見抜かれるなら仲間扱いしてたって奴隷なのはすぐわかるか。


 ……奴隷にもマジで人権無いのから普通に結婚したりもする対象でお手伝いさん枠だったりするのまで地球でも地域差あったらしいのは知ってるけど、馴染みが無い部分だからなー……。


 発音が難しい外国語並みに口慣れん。



「で、まあ、イーシャを仲間にすると主が私になっちゃうからイーシャの働きは私の分になっちゃうし」


「働いた分だけキミコの為になるならその方が頑張り甲斐あると思うんだよねえ」


「人外やら常識やらについてがサッパリだから色々聞くだろうし」


「戦力としての俺じゃなくて知識まで含めて必要としてくれるっていうんなら、最高に嬉しいね」


「私が養うどころかイーシャ達に私を養ってもらう感じになる可能性が高くて」


「人間は人外に甘えるもんだよ。そもそも奴隷は身内であり道具でもあるんだから、主がちゃんと管理さえしてくれれば主の為に尽くすのは当然だろう?」



 功績の横取りになるんじゃないかという懸念とか、常識足らず故の不安とか、甲斐性の無さに対する無力感とか、そういう色々を見抜かれた上で優しく包まれた感がある。



「…………そーーーーいう事言われると甘えちゃうんだってばあ…………」


「駄目にならない限りは全力で甘えて良いよ」



 仮面越しでもわかる笑みを浮かべ、イーシャは大きな手を伸ばしてこちらの頭を優しく撫でた。

 手の平で軽く触れるような撫で方だ。



「人間を甘やかすのが俺達なんだから」


「そうそう、主様が駄目になって、人間だからこそ持ちうる可能性全部が潰えたら見限るだけだし」


「そこが怖いんだよね! 本当にさあ!」


「大丈夫大丈夫、物事を客観視して事実を受け止める度量があれば問題無いよ。最悪の場合はクダ達で囲って室内飼いにするからー」


「私の方が飼われるんだ……」



 背後から甘えるようにうなじへとすりすりしているのか、クダのものだろう艶のある毛並みの感触がする。

 なのに微妙な寒気がするのは何故だろう。妖怪である管狐だからかなうふふ。


 ……どれだけ現実逃避したって身の危険に対する寒気でしかないけどね!


 まあ頼り過ぎて駄目人間にならなければ多分大丈夫、なのだろう。

 とはいえ甘えないのはそれはそれで嫌がられるので、程よく甘えるくらいが丁度よさそうだが。


 ……レシピ本の適量並みに難しい事言ってくるなあー……。


 しかし一応クダは目を見ていれば甘えて欲しそうかどうかはわかりやすいので、そういう感じで良いだろう。

 イーシャも仮面で顔は見えないが、耳や口元が結構雄弁だし。

 尻尾も感情表現豊かっぽいが、体格的に見えにくいのと馬について詳しくないのでそこは除外。



「…………それじゃあイーシャ、えっと、背負い切れるかもわからない頼りない主だけど、仲間になってくれる?」


「勿論!」



 返事と同時にひょいっと抱き上げられ、存在を確認するかのように強過ぎない力でぎゅうと抱き締められる。

 イーシャの方はしゃがんでいて座高状態だというのにこっちはしゃがむ体勢にはまったくならなくて、流石の大きさだ。

 というか服越しにわかる筋肉がぶ厚いし体温高くて凄いなケンタウロス。





 そのまま書面での契約を済ませ、ホンゴに頼んでイーシャの部屋を自分達が泊まっている部屋へと移してもらった。

 とはいえ荷物はアイテム袋に収納されている為、部屋の変更と自分達が使っている部屋にイーシャの寝床用の藁を敷いてもらうくらいだが。


 ……イーシャが使ってたのは一階で私達が使ってる部屋は二階で、イーシャの体格からすると体重が重そうだからかなーって思ってたけどわりと大丈夫そう?


 全種族対応なだけあって床はびくともしていない。

 強い床でなによりだ。

 そう思いつつベッドに座り、こっちの方が楽だからと立っているイーシャと再び向かい合って諸事情についてを説明した。

 勇者の召喚、そして巻き添えで来た異世界人だとかについての諸々だ。



「知らない事が随分と多いなあとは思ってたけど、成る程ねえ……異世界人だからだったか」


「……めっちゃあっさり納得したね」


「疑う理由が無い。俺だって嘘の気配が無い事くらいはわかるんだよ」



 そういえば人外は嘘の気配に聡いんだったか。

 嘘の気配に聡いからこそ、嘘を吐く必要性も無いとか。


 ……田舎出身とかについて追及されないのは嘘だとわかった上で事情持ちだと思ってスルーしてくれてるか、はたまたある意味嘘じゃないとも言えるからノーカウント判定になってるのか……。


 どっちだろう。

 まあどっちでも追及されないという事に変わりないので良いんだけども。



「それにしても、ようやくキミコの奴隷になれた事だし……俺も主様って呼ぶべきかね」


「いやそこは自由というか強制してないから」


「じゃあご主人様って呼ぶよ」


「おっとお」



 呼び方は確かに自由と言ったが、そういう意味じゃ無かったのだが。

 普通に名前呼びで良いのに。



「……ちなみに名前呼びのままっていうのは」


「ご主人様呼びの方が俺よりもキミコの立場のが上ってのすぐにわかるし、この立場になったからこそ呼べる呼び方っていうのは特別感あって良いだろう?」


「さようかー」



 本人がそれで良いと言うなら良いんだろうか。

 個人的にはご主人様呼びってどうよと思ってしまうが、これはあくまで人間の価値観という可能性もあるし。


 ……人外からすると呼び名なんて大した問題じゃない可能性もあるし、深く考えなくてもいっかあ。


 少なくともイーシャは気にしていないどころか好きでそう呼んでいるようだし、クダもベッドに寝転んで枕を胸に抱いてゴロゴロしてるので問題は無いのだろう。

 問題があれば多分どっちかが指摘する。



「それじゃあご主人様、明日は一緒にギルドへ行って登録情報の更新をしようか。俺がご主人様の奴隷になったって事をちゃんと登録しないとな」


「そうだねえ」



 新しくペットを飼う時も手続きが必要となるのだから、奴隷となれば当然手続き必須だろう。

 またサンリが居てくれると知り合いである分話が早くて助かるのだが、明日は居るだろうか。


 ……まあ人外が受け付けしてるカウンターに行けば良いか。


 人外が相手なら問題はあるまい。



「……そういえば今更なんだけど、イーシャっていくつ?」


「え、突然何?」


「いや、そういえば聞いてなかったなって。クダも聞いてないけどさ」


「クダの場合は色んな家を渡り歩いて来てるからクダにも正確な年月はわかんなーい」



 ごろん、と下敷きにしないよう足の間から尻尾を覗かせ、仰向けになってクダは笑う。



「管狐って家に取り憑く妖怪でもあるから、家が存続する限りは生きてたりするしね。取り憑いた人間が死んだら終わりってタイプじゃない分、家が続く限りは生きてるよ。あと家の人全員に取り憑くから嫁入りした人間経由で他の家にも続いてくから、全部の家系が途絶えるまでは生き残るんじゃないかなあ」


「わあい長命とかそういうレベルでもなぁーい……」



 家系図をちょっと遡るだけでどんだけ家系図の枝が広がるやら、と考えると生命力とかいうレベルじゃない繁殖力だ。

 それぞれ別個体のクダって感じになってるらしいが、根本は同じ。

 そう思えばマジで管狐という種が根絶した時が管狐にとっての死になるんだろうし、取り憑いた家全てが根絶した時が終わりの時、なのかもしれない。


 ……今は私の奴隷になってて、イコールで私に取り憑いている状態みたいなもんだろうけど、そう考えると異世界産なのは寧ろ得だった、かな?


 こっちに家族が居た場合、その家族にも取り憑いていた事だろう。

 叔父とかに取り憑いたらそっちの血筋にもクダが取り憑くだろう事を思えば、本当に繁殖力がハンパじゃない。

 川に毒を垂らしたら下流全部が駄目になるとは言うけれど、この場合は上流にも登ってくぜタイプなのでより一層強力だ。



「うーん……ケンタウロスは短命な人間から見れば長命かもしれないけど、流石にほぼ不死な管狐とは違って寿命があるからあんまり面白くは無いかもねえ」


「いや面白さ求めてたわけじゃないんだけど……」



 あと今の話を面白いで片付けて良いかもわからん。



「で、イーシャの年齢は?」


「八十代だったかな、今は」


「はちじゅう!?」



 面白い面白くない以前に驚愕だよ!



「はちじゅうってあの八十!? 八十年生きてんの!?」


「え、うん。面倒だから一の位は適当だけど」



 仮面で目の動きは見えないが声色から察するにイーシャはきょとんとしているというか、こちらが動揺している理由がよくわからない様子。



「一年って大きくない……?」


「人間だって三十何歳って言う事はあっても三十何歳と何か月とは言わないだろ?」


「あー……長命だと一の位ってそういう扱いなんだ……」



 確かに面倒だしいちいち意識してられないので何か月とかについてはほぼ言わないが、数か月と数年って相当に差があるんじゃないだろうか。

 いやでも寿命が平均で二年か三年なハムスターとかからすると一か月とか相当な時間だろうし、数か月を適当に認識してる人間に対して同じ気持ちを抱くかもしれない。

 つまり種族差。オーケイ。



「てか長命って言うけど、ケンタウロスって平均寿命幾つなの……?」


「大体三百年くらいかなあ」


「なっが!」


「ちなみに成人は二十歳。人間は八十年寿命で成人が十五歳だけど、ケンタウロスは三百年寿命だから二十歳でようやくそのくらいの年齢。まあ成人なんて種族差あるけど」


「オウ……」



 そういや異世界だから人間の成人年齢も違うのか。



「だから俺が八十代って言うのは、人間で言うなら三十代前半ってとこかな」


「あ、八十代って聞いた瞬間の動揺に比べれば随分と若い……」


「八十年寿命の人間からしたら八十代なんて死にかけだもんなあ」



 ごめんごめん、と頭を撫でられた。



「異世界出身だから知らなかったのか。先に言っとけば良かったかね」


「いや、うん、大丈夫」



 拒絶はしてないと告げる為に甘んじて撫でられつつ、そろそろ良いかなと撫でる手に軽く触れれば離れて行った。

 うん、撫でられ続けてると流石に喋り辛いからね。


 ……まあ撫でるの止めてって言って拒絶する感出すと今後のやり取りや接触に躊躇われる可能性があるから、その辺の見極め大事だけどね!


 ペットを叱る時と褒める時は明確に分けないといけないアレだ。



「異世界出身っていうか、私が居た世界じゃケンタウロスの名前や伝説はあっても物語の存在だったから……そういう現実的な部分を知らなかったって感じ」


「ああ、成る程」



 確かに物語で寿命までは語らないもんなあ、とイーシャは口元に笑みを浮かべた。





感想でイーシャ推しですと言っていただけてハピハピでした。

ちなみにこの辺を予約投稿した頃には既に折り返し地点越えた辺りまで話のストックが完成しており、既にこうなるのは決定してたわけです。

なのでレギュラーキャラになる子特有の存在感出せてたようで嬉しいなあ、となりました。喜ばしい感想、誠にありがとうございます。

どこで言うべきか迷ったので、ここでその感謝と喜びをお伝えさせていただきました。



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