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赤裸々異世界話



「って、いう事があったかな」


「だから爪が綺麗になってたのか」



 成る程なあ、とイーシャはキューブ状になっている草をもしゃりと食べた。

 あの後カトリコによって足の爪も綺麗に塗り直され、降りる時には肩を掴まれての降下となった。


 ……まあ降りるの怖かったから良いんだけどさ。


 痛くないよう掴まれていたし、クダに至っては枝を伝って自力ジャンプで降りていた。

 要するにそれで問題は無いという事だ。

 そうしてお礼と別れを告げて少し早めに宿へと戻ってくれば、既にチェックインを済ませたらしいイーシャが食堂となっている一階で待っていた。



「アピールするって言ったでしょ」



 そんなわけで、一緒のテーブルでの少し早い夕食である。



「にしてもまあ、イーシャって体が大きいからかよく食べるね」


「ケンタウロスは馬の要素も多いから」



 摘まむようにしてイーシャは薄く切られたリンゴをシャクリと齧った。



「体に比べて、正直胃袋が小さいんだよねえ」



 す、とイーシャの大きな手がレザー生地の服越しに自身の腹を撫でる。



「牛なら胃が複数ある上にバクテリアも飼ってるから持つんだけど、馬は胃が一つしか無いのが厄介でさ」


「…………クダ、今の解説出来る?」


「大きいお鍋煮込む必要があるのに小さい(かまど)しかないって感じかなー」



 箸できつねうどんを食べていたクダは片目を伏せ、小さく千切った油揚げを掲げて見せた。



「そうなると火は小さいし、薪もあんまり入れられないよね。それだと大きなお鍋って温かくなると思う?」


「成る程……時間が掛かる上に小まめに薪を入れてせめてもの火を維持する必要があるってわけだ」


「そういうこと!」



 ニッ、とクダは笑みを浮かべる。



「牛とかは胃が大きいから大きなお鍋に大きな竈ってなってるの。だから栄養は賄える。しかも胃の中にバクテリアが居て草をタンパク質に変えてくれるから、実質送風効果があって火力を増してくれる竈ってところかな? 胃の数を考えると効率の良い組み合わせになってる四つの竈、って感じかもだけど」


「うわ超便利っていうか助かる!」



 体の大きさが大きな鍋だと考えると凄く助かる仕様じゃないか。

 寧ろ体の大きさが大きな鍋と考えた場合、馬の非効率さがヤバい。

 スマホで言うならスマホを全力で活かす為に必要な充電がMAXとした場合、常に充電が四分の一までしか入らない仕様という事。


 ……そりゃあ頻繁に食べるよね。


 栄養価が低いのを時間掛けて食べるとか言っていたのはそういう事か。

 充電の例えでいくとすぐに充電が切れそうになるから小まめに充電が必要、みたいなもの。

 ぶっ倒れる可能性を考えたら小まめな補給は必要不可欠と言えるだろう。



「本当、牛は良いよなあ…………胃が大きい分馬と牛じゃ体型も変わってくるけど、それでもやっぱり効率としては胃袋にバクテリア飼ってる牛の方が効率的だし。牛が食べた草をバクテリアが食べて、その分泌物がタンパク質として吸収されて……ってさあ」



 ヘイキューブをもしゃもしゃ食べているところ悪いが、それってつまりバクテリアのうんこを吸収してるって事ではあるまいか。

 いやまあ出回ってないとはいえ世の中にはほぼウジ虫のうんこじゃねえのかみたいなチーズあるし、とある猫が出した糞から未消化の豆だけ集めたコーヒーなんかもあるので似たようなもんだろうけど。


 ……コアラだって母親のうんこ食べてユーカリを消化可能にする微生物を子供の体内に仕込むって言うしねえ……。


 うんこが立派な堆肥になる事を考えれば、栄養的には問題無しなのだろう。

 そういう生態であってこちらは無関係ならそれで良し。ヨォシ。深く考えない。ヨォシ!



「ちなみに主様、馬も一応微生物をお腹の中に飼ってるんだよ」


「えっそうなの!?」


「盲腸と結腸に、だから胃に飼ってる牛とは違うけどね」



 仮面越しに苦笑したイーシャの口元が微妙に歪んだ。



「牛は反芻もするから微生物の分泌物も死骸も一緒に再び食べて、栄養として吸収出来る。でも俺みたいなケンタウロスは馬系だから、胃で吸収してから微生物行きなんだよね。実質意味無し」


「意味無いの!?」


「うーんと……草を渡すとタンパク質含んだ料理に変えてくれる凄腕コックが微生物だとすると、牛はこっちのタイプ。馬の場合は草を食べてから食べ終わったお皿を凄腕コックに渡すって感じかな」


「あ、ああー……成る程意味が無い……」



 コックに作らせれば良いのに皿洗いだけさせるとか宝の持ち腐れ感が酷い。



「牛が羨ましいってのは、うん、理解出来た。それは羨ましい……」


「本当、ケンタウロスは馬よりも必要なエネルギー量が多いから消費もかなり多いんだよね」


「……というかイーシャ、アピールするって言った割にはマイナス部分についてもしっかり説明してくれるね?」


「アピールだからねぇ」



 イーシャに合わせた背丈のテーブルとイスだからか、イーシャの頭上にある耳が横に伏せたのが見えた。



「キミコの所有物になりたいってアピールするなら、手間のかかる部分についても伝えておいた方が良いだろ? 良いところだけアピールした結果騙されたって思われたくないしさ」


「あ、でも普通の馬や馬獣人はともかく、ケンタウロスは心臓が二つあるっていうお得感あるよ」


「待ってクダそれどういう事?」



 何となく良い感じのまったりした空気だった気がしたのだが、うどんをちゅるちゅる啜るクダの一言でそんな静かな空気は吹っ飛んだ。

 心臓二つてどういうこっちゃ。



「ケンタウロスって大きいでしょ?」


「重種だから特に大きいみたいだし、普通のケンタウロスをまだ見た事が無いわけだけど……それでも確かに大きそうではあるね」



 昔に乗馬体験した時の事を思い返すと、そういった馬の体高でも目線くらいあるのはザラだった気がする。

 体高でそれなのだから、動物や人間よりも体格が良くなりがちだという人外、それも魔族であるケンタウロスの平均身長とかどうなる事やら。

 馬も肩部分までが体高で、そこから人間の上半身が生えていると考えると相当だ。


 ……イーシャの場合は顔見ようとしたら仰け反る必要があるくらい大きいもんなあ……。


 それよりは小さいはずだが、人間基準からしたら十二分に大きそう。



「普通の馬でも心臓は大きいんだけど、四つの足で歩く事で血流を動かすポンプ代わりにしてるの。つまり馬の大きい心臓でも全身に血を巡らせるには足りてないんだ」


「オオウ……」


「で、その馬でも足りてないのに更に人間の上半身がついてる」


「脳みそまで血ぃ巡んなくない?」


「だから二つあるんだよ」



 苦笑し、イーシャはピッチャーサイズのコップで水をがぶがぶ飲んだ。


 ……こうして見てるだけでも摂取量が明らかに違うもんなあ……。


 その体躯を動かすのに必要なだけのガソリン量、という事か。



「俺達ケンタウロスは馬部分に大きな心臓があって、これは馬部分を動かす用でありほぼメイン部分。で、人間部分にも人間と同じ位置にもう一つ心臓がある。これは上を動かす補佐用の心臓でサポート部分だな」


「サポート」


「えーっと……」



 説明を考えるようにイーシャは僅かに首を傾げる。



「馬部分の心臓やられたら即死だけど人間部分の心臓ならやられても即死はしない。魔法で治る」


「治るの!?」


「死んでなければ治るよー」



 きつねうどんを食べ終わっていたらしく、いつの間にか追加注文していた稲荷寿司を頬張りながらクダが言う。



「例えば病気もわりと治せる。ただし病気に罹ってから長期間放置してた場合は回復しない時も多い。壊死してると無理だね」


「……細胞が死んでるとアウトってこと?」


「うん」



 肉球部分を使って稲荷寿司を掴んで頬張っていたクダは肉球部分についた稲荷寿司の出汁をペロリと舐めとった。



「だから破れた内臓も回復魔法を発動する時点で死んでなければ治せるよ。発動時点で死んでたら無理。生きてないから」


「逆に言えば生きてさえいれば細切れだろうと復活可能?」


「上級スライムなんかは核を小さくしたり、クダが分裂する時みたいに株分けも可能だから自力で復活出来ちゃうけど、まあそうだね」



 はえー、と感心しつつ、カクテルを飲む。

 ケンタウロスは酔うとヤバいから飲まないらしいが他の人が飲む分には問題無いとの事で、こっちも久々に飲酒解禁だ。


 ……異世界来てから気ぃ抜けなくて全然お酒飲む気分じゃ無かったしね!


 弱いカクテルなので酔いが欲しいというより酒を飲んだという気分の為、という感じだが。



「ちなみに回復魔法ってどこまでいけるの? 腕切り落とされた場合は?」


「んー、本体が生きてて切られた腕もまだ活動可能範囲なら繋げれるかな。本体死んでたら無理。腕の方も切り離されてから時間が経過し過ぎたら無理。腐り始めた肉でしかないから」


「わあい判定シビアー……」



 まあ輸血パックとかも鮮度的に期限があるそうなので、常に新しい細胞が生み出される状態じゃないと駄目という事だろう。





 そうして幾つか色々問い掛けていると、ふと新しい疑問が出て来た。



「そういえば、こっちだと結婚ってどうやるの?」



 ディーネは種族がウンディーネらしくて、ウンディーネの恋愛物語というのはファンタジーでは定番かつ鉄板だ。

 そういうのは大体人間側がやらかしてバッドエンドコース率も高いが相手がホブゴブリンなホンゴなら多分大丈夫。


 ……でもウンディーネって結婚の時だか愛を受け取る時だかに色々なルールがあったような……。



「魔族含めるとかなり種族差あるけど、基本は同意があれば結婚オッケーな感じ?」


「言っちゃうとそうだけど、多分主様が思ってるのは戸籍上とかの方かな?」


「……つまり戸籍とかの結婚じゃないってこと?」


「こっちだと戸籍よりなにより、契約が重要って扱いだから」



 首を傾げたクダに問いかけると、草のサラダを食べていたイーシャがそう答えた。



「正直言ってこれは下世話なはなしになっちゃうんだけど……ケンタウロスなんかは特に契約式にしておかないと危ない理由があってね」


「というと?」


「下半身が馬だから性器が馬のソレなんだよ」



 成る程。



「仮に人間の女の子が相手だった場合死んじゃうし、人間じゃなくても死ぬ可能性高いと思うな。変身能力があればまだセーフかもしれないけどさ」


「あーーー…………ちなみに具体的にどうやってアウトになるか聞いても?」



 イーシャは無言で顔の横に持ってきた両手の人差し指をピンと立て、その指先をくるくる回したかと思うと、口元だけでも満面の笑みとわかる表情になって指先を丸めて一瞬グーにしてからぱぁっと開いた。

 わかりやすいジェスチャーに、成る程、と頷きを一つ。



「中身をかき回された上に脳天貫かれて内側から破裂するように死ぬ、と」


「流石にそこまではいかないと思うけど、内臓の半分以上は潰れるか破れるかして致命傷になるだろうね」


「こっわ」


「その為の契約式だよ主様」



 クダが言う。



「奴隷契約の時も契約が要ったように、結婚っていうのも一つの契約。結婚用の特殊な紙があって、そこにお互いの名前を書けばそれでオッケー」


「え、それだけでオッケーなの?」


「必要な情報は書きこまれてるし、片方は絶対に家事をしろとか無いからね。今まで家事をするなり親兄弟にさせるなり……まあどっちでも良いけど、少なくともちゃんと生きてきたなら、結婚したからってそれを相手に強要する理由にはならないでしょ? 相手にやらせなくても生きてこれてるもん」


「ああ、まあ、それもそっか」



 まだ旧日本的な、女は家で働くべき、みたいな思考が根底に植え付けられているのかちょっと驚いてしまった。

 ストーカーさん達に家事やってもらいながらアホみたいだ。


 ……アホみたいっていうよりも、そんな状態でも根底に根付くレベルでその思想を植え付けられてるって事だよねえ……。


 離れてわかるゲロゲロ感。

 日本に居た時は結婚したらそういう事もやらないといけないのか、でも相手だってやってくれるだろうし、とか思っていたが、アレ自体刷り込みだったんだろうか。



「でもどっちも家事しなかったら」


「食べたければ食べるし掃除したければ掃除するし、それで人は死なないよ。自分ではやらないけど気になるっていうならお手伝いさん雇うとかもあるしね。

 大体それを契約に組みこんじゃったら、愛による結婚じゃなくてお手伝いさんとしての契約じゃない?」


「おおう……真理を突かれたような気がする……」


「人間って頭が良いって自称してるせいで、獣らしい本能的かつ効率的な生き方を拒絶する傾向にあるけど、その結果自分達の可能性を狭くしてるところが馬鹿で可愛らしいよねー」



 花が咲いたようなふんわりした笑顔で中々に攻撃力が高いなクダ。

 でも実際事実のような気もする。

 家事の為に結婚、っていうのは家事して欲しいって事で家政婦さんと契約するのとなんら変わりないのだから。



「あ、でもある意味結婚イコール戸籍上の契約っていうのはあると思うよ」


「そうなの?」


「そうなの」



 イーシャが言う。



「特殊な契約書に名前を書く……つまり名前で契約する事で、家系を繋げる。家系図が繋がるって事だ。この家系図は概念的な家系図であって物質的じゃないんだけど」


「……ほ、ほう……?」


「…………ケンタウロスしか入れない部屋がある場合キミコは入れないけど、結婚契約で家系図を繋げると家系が共有される。家系図にキミコの名前が繋がるとキミコにケンタウロス適性が入ってその部屋にも入れるようになる、って感じ?」


「んー……何となくはわかったような……」



 わからんような……。



「要するにそうやって家系図を繋げる事で耐性を得るって事かな。毒持ち種族と触れ合ってもオッケーになるとか、精子じゃなくて胞子を放つキノコ寄りマイコニドとも子供作れるようになるとか。じゃないとさっきのケンタウロスの説明でもわかる通り、性器の違いで繁殖出来ない時があるからね」


「クダめっちゃ赤裸々に言うね」


「んー……。クダは生命とはまた違う妖怪枠だけど、生命として繁殖行為を恥ずかしがる人間ってかなり変わってるよ? 繁殖が生き物としての最大の本能のはずなのにそれを恥ずかしがるんだもん」


「ああ、確かに。生き物なんだから交尾出来るよう体が整ったら相手見つけて交尾して繁殖、ってなりそうなものなのにそれを嫌がるもんねえ」


「イーシャもそんな感じなの……?」


「ケンタウロスは馬寄りだから発情してるメス相手じゃないと交尾する気にはならないかな。発情してないメス相手に交尾しようとしたら全力で蹴られて最悪死ぬし」



 あっけらかんと言われたがこれが人外の標準なんだろうか。

 よくわからん。


 ……でも確かに馬、それも競走馬とかだとお高い種馬が怪我しちゃいけないって事で発情してるかを確認する用の当て馬ってのが居るくらいなんだっけ……。


 繁殖を恥ずかしがる人類もおかしいらしいが、繁殖に命懸けってのもどうなんだろう。

 いや人間だって出産はわりと命懸けのイメージあるし、虫系なんてカマキリを筆頭に全力で命懸けだけど。


 ……蜘蛛とかもオスに人権無いもんなあ……。


 人じゃないので当然な気もするが、そんなレベルじゃないくらいにはシビアな繁殖方法だ。



「つまりこっちでは、セ……繁殖行為を無事に済ませる為の結婚契約ってこと?」


「うん」


「じゃないとケンタウロスや性器が馬寄りな馬獣人とかの場合は巨人系か変身系か同じ馬系でもないと相手殺しちゃうし」


「わあい想定しているのとは大分グロさが違う服上死だ……」



 二人が当然のように頷いている辺り、こちらでの日常なんだろうけどもさ。



「あれ、でもある程度なら服に付与された魔法で大概のことは軽減可能なんだよね? 性行為の際は全裸だからって言うなら、直に魔法を掛けるとかは?」


「無理じゃないけど、魔法をタトゥーみたいに刻むならともかく普通に魔法掛ける分には魔力と意識が必要だから負担大きいの。

 常に魔法掛けてると体力と一緒に魔力もガンガン減って、交尾自体体力削るから下手すると命の危険がある上に、繁殖率を高める為には刺激も必要だから本能のままにヤられてるとガッツリ刺激強めだったりもして…………意識トんだら二重の意味で終わるよね」


「わあい……」



 イっちゃうと叫ぶのは成人向け漫画でよくあるが、マジに逝っちゃう可能性があるわけか。

 そいつぁ相当に命懸けだ。



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