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ハルピュイア系用の借家



「……何故カトリコがここに……?」


「今日は非番だ」



 成る程、で良いんだろうか。

 そりゃ休みの日ならこちらと同様に町を歩いていても不思議ではないが、突然お家でネイルしませんかというお誘いを受けりゃあ困惑もする。

 下手なナンパ師でもやらんぞそんな口説き文句。



「あの後キミコがまだこの辺りに居るかすらも知らなかったが、今朝忘れ物を取りに店に顔を出したらパルトからキミコが正式に冒険者になったと聞いてな」


「え、どうしてパルトから?」



 パルトは確かスパルトイという種族の、人間らしい見た目の人外だったか。

 服に付与される能力について解説してくれた店員さんだ。



「パルトは夜になると骸骨になる種族、というのは知っているな?」


「前に聞いたので、まあ」


「つまり夜の間は肉体的な疲労が無い状態となるんだ、アイツは。だからなのか夜はやる事が無くて暇だと言い、昼間は服屋、夜間は冒険者をやっている」


「えっ?」



 いやそれはおかしくないだろうか。



「確かに夜は骸骨になるらしいし、夜のギルドに報告しに行った時に骸骨な冒険者も見かけましたけど……」



 夜間は昼とは違うタイプの人外が結構居るなあと思ったりもした。

 けど、



「昼間は肉体があるなら、睡眠時間が無いと昼間に疲労が蓄積されたりしません?」


「どちらかというと骨になる度疲労リセット、という感じらしい。骸骨なだけあって内臓も無いから働くしかやる事が無いとかで冒険者で暇潰し……労働をしている」


「暇潰し」


「内臓での消化吸収を省略して食べた物を即座に魔力へと還元出来る場合、骸骨であっても飲み食いはするんだがな。

そうじゃない場合はダダ流れになって勿体ないし、そうなると肉体が戻ってくるまでの夜間は何もしないで居るには長いし、だったら働いた方が誰かの助けになり自分の稼ぎにもなって暇も潰せるし一石三鳥! と」


「まあ確かに飲み会とか肌ケアとか無しで一晩中起きてるってなるとそうなりそうですけども……」



 本とか読んでれば良いんじゃ? と一瞬思ったが、毎晩と考えてその発想を引っ込めた。

 一晩なら足りないくらいだし、数か月なら丁度良い。

 しかし数十年その状態と考えると読書という行為自体に飽きがくるというものだろう。


 ……それだったらある程度やることが決まっている上に進行形で必要とされてる仕事こなす方が幾らか有意義ではあるか……。


 余りある時間を無為に潰してしまうよりはずっと良い。

 それは人外も同じなのだろう。



「そういうわけで我が家へ来い。ハルピュイア系用の借家だが、客が来ても大丈夫なように梯子もきちんと置いてある」



 そういうわけでの繋がりがサッパリだが、恐らくはこちらのネイルが剥げている事に対しての善意、なのだろう。多分。

 ちらりとクダに視線を向けるとニッコリ笑顔で耳をパタパタされたので、多分合ってる。


 ……問題があったらクダが言うだろうしね。


 人外基準だと判定が大らか過ぎる可能性もあるが、少なくともクダが居れば万が一は無いだろう。

 仮に何かあっても万が一の前に助けてくれるだろうし。

 あと実際ネイルが剥げて可哀想な感じになってたのも事実なので、そろそろ魔法でネイル落としとかやってみようかと思っていた。

 そう思えばナイスタイミングとも言えるかもしれない。


 ……あと正直言ってハルピュイア系用の借家ってワードが超気になる!



「…………じゃあ、お願いします」


「ああ。あと別に敬語は要らん」



 こっちだ、と翼を羽ばたかせて無事ベンチから着地したカトリコは腕でもある翼の先で方向を示した。





 ハルピュイア系用の借家というのは、野生の小鳥用に設置される鳥小屋のような形だった。

 それがとても大きな木のどんだけあるんだというような数の太い枝に設置されている。


 ……まあ確かに鳥向けハウスではあるし、借家だよね……。


 それにしたって木自体がデカい。

 見た目からしてワンルームっぽいが、それでもそれなりの大きさの部屋が枝の上に設置出来るサイズなのだから相当だ。

 この世界は全体的にサイズがデカくなる傾向でもあるんだろうか。


 ……寧ろ地球が異世界でもサイズ小さめの可能性があるとか?


 創作物の数だけ世界があるとするなら異世界も相当数あるはずなので、地球とこの世界しか知らん身では平均がわからん。



「あそこが自分の家だ」


「おお……」



 それっぽいのは見えるけど何となくの輪郭しか見えん。



「少し待っていろ。今縄梯子を下ろす」


「あ、はーい」



 ドラゴンのような翼を羽ばたかせ、カトリコは簡単そうに四階建ての建物くらいの高さを飛んだ。

 凄いなあと見ていれば、縄梯子が下ろされる。



「…………下ろしてもらって何だけど、四階建て分を縄梯子で登るのか……」



 縄梯子初挑戦で中々の距離。


 ……っていうか縄梯子って足に力を入れると引っ繰り返るから腕に力入れなきゃなんだっけ?


 服や腕輪に付与された魔法がバランス感覚の補助をしてくれるから大丈夫、だと良いな。



「主様、不安ならクダにしがみ付いてる? クダは管狐で狐でもあるから木以外も登るのは結構得意だよ」


「……正直お願いしたいな」


「はぁーい!」



 頼んだらバッとウェルカムな笑顔で腕を広げられたが、まさか前から猿の赤子の如く抱き着けという意だろうか。

 完全に背負ってもらう気で居たので少し狼狽える。



「だって背負うと体勢的にも重心が後ろに集中するし。梯子登る時の体勢って四つん這いに近いから、前から抱き着いててくれた方がこっちも抱えてる感出て安心だなーって」


「成る程」



 確かにおんぶだとこっちのしがみ付く手が限界を迎えた時に真っ逆さまになりそうだが、前側にしがみ付いていれば咄嗟の時もまだ大丈夫そうに思える。

 梯子に足を掛けているので膝が支えになってくれそうで、こっちの腕の負担も少なそうだし。


 ……その分クダに負担が多そうだけど、頼らせてもらおうかな。


 そう思い、クダの首に腕を回して真正面から抱き着き尻尾の上である腰の位置を足でホールド。

 すると、クダの大きな尻尾が前に回ってこちらの腰をシートベルトのようにしっかりと支えた。



「それじゃあ登るねー。主様はクダの肩越しに見たりしてて!」


「あ、うん――――」



 ほぼジャンプだよねというようなスピードで駆けるように登り始めたクダに、己はしっかりとしがみ付くしか出来なかった。

 そういや私三回くらい繰り返して慣れでもしないとジェットコースターで景色とか見る余裕無いタイプだったわ。





 野鳥用の鳥小屋の如く丸くくり抜かれた入り口部分は、やはり鳥小屋同様に扉が無いタイプだった。

 カーテンで目隠しされた中に入ると、ワンルームながら綺麗に整頓されてバランスも良い部屋が広がっていた。



「椅子はハルピュイア系用しか無くてな。クッションはそこらにあるから適当に使ってくれ」



 言っておくが茶は出せんぞ、とカトリコは棚に置いてあった箱を両翼で持って机に置く。



「本来ならベッドにでも座るよう言うべきなんだろうが、自分のベッドはソレだ。キミコはそれに座れるか? 座れるならその方が体勢に無理が無いと思うんだが……」



 ソレ、と翼で示されたベッドを見る。

 ベッドというよりも吊るされたハンモック、に似たバスケットのような何かだった。


 ……メジロの吊り巣とかあんな感じだよね。


 天井から吊るされた大きなバスケットに布団が詰められた吊りベッド。

 見た目としてはベッドというよりも本当に巣というイメージだ。



「ええっと……多分普通に座ってる方がネイルやってもらう分にはバランス取れるかな」


「わかった。では手を出せ」


「はい」



 手の甲を上にして差し出せば、枝のような椅子に留まっているカトリコは片足とトカゲ染みた尻尾を使ってバランスを取り、もう片足で持った布を使ってこちらの爪を拭き始めた。

 先程何やら液体を染み込ませていたが、拭われた爪が綺麗になっているところを見ると除光液みたいなものだろうか。


 ……でも除光液みたいな匂いしてないし、魔法薬だか魔法液だかの辺りかな?


 ツンとくる匂いが無いのは良い事だ。



「あの、カトリコ。ちょっと色々質問ってしても良い?」


「ああ。キミコの爪を自分好みに飾ろうとしているのは自分の私利私欲の為だからな。自分が答えられる範囲で良いなら可能な限り答えよう」



 右手は拭い終わったらしく、支えに使っていた翼で左手を出せとクイクイしたジェスチャー。

 翼でのジェスチャーでも結構わかるもんだなあと思いつつ左手を出した。



「あのベッドだけど、普通のベッドは使わないの?」


「ハルピュイア系は見ての通り腕が翼だからあまり横になるのは向いていないんだ」


「あ、そういう」


「あとハルピュイア系は基本的に腕が翼、下半身が鳥の種族となる。つまり下半身に羽毛が生えており、尾羽が生えている事も多い」



 想像してみろ、と布を置いたカトリコは箱からネイルの瓶を取り出す。



「腕の構造上、横にはなれん。かといって仰向けも尾羽が邪魔で不可能だ」


「となるとうつ伏せ…………あ、成る程」


「わかったか?」



 カトリコは片足立ちで枝に留まりながら両翼で瓶を押さえ、器用にも残った片足の爪部分で蓋を開けた。

 動きが手慣れているというか、足慣れている。



「結局寝る時に取れる体勢が鳥と同じような体勢になる、って事なんだ」


「元々足も鳥と同じ構造だから、同じ寝方だと足に負担が掛かる……という事も無い。必然的に鳥が好むような寝床が体に合うというわけだ」


「上半身は問題無いの?」


「ずっとそういう寝方をしているから特に問題は無いな。具合が悪い時はカゴの縁にもたれ掛かる時もあるが、その程度だ」


「あー……」



 年を取った鳥とかがカゴにもたれ掛かって寝るようなアレか。

 人間で例えるなら電車で座りながら窓とかにもたれ掛かるようなアレ。



「よし、左手は塗り終わったから右手を出せ。乾いてから保護用の魔法液を塗るが、今はまだ乾ききっていないから放置だな。動かすなよ」


「はーい。あ、気になったんだけど魔法液と魔法薬って違うの?」


「大して違わんが魔法液となると魔法が付与された液体限定となる」


「薬、って呼び方だと液体も固形も含まれるって感じかな」


「成る程」



 カトリコとクダの説明がわかりやすくて助かる。

 確かに液なら液体限定か。



「あと、超個人的な質問っていうかもしかすると常識なのかもしれないけど」


「キミコが当然のようにブラジャーを装備していたのを知っているから、お前が現代知識に疎いのは理解している。気にするな」


「わあい喜んで良いやら微妙な理由だあ」



 まあ事実なので良いけども。



「こういうハルピュイア系用の……って言うけど、ハルピュイア系ってどういう区分?」


「先程言った通りだが」


「いや、そうなんだけど……」


「だったらハルピュイアで良いんじゃない? って事を言いたいんだよね?」



 どう言えば良いのかと首を傾げると、察したらしいクダがそうフォローを入れてくれた。



「クダは管狐だからそう名乗るけど、管狐系とは言わないもんね」


「ふむ……人間は人間専用だったり人型用だったりするから気にしていなかったが、気になるか」


「…………人型用っていうのは」


「服だな。自分のような翼では人間用の長袖は着れんだろう」


「あ、ああそういう!? 昼間なら人間姿のパルトみたいな、でも人間じゃない人外だから人型用っていう感じの!?」


「そうなる。自分だって種族はハルピュイアではなくコカトリスだからな。ハルピュイア系統の作りをしているコカトリス、だ。ゆえにハルピュイア系用と言うわけだが」


「成る程……」



 中国系アメリカ人みたいなものか。

 何か違う気もするしその辺詳しくないのでアレだが、多分大体そういう雑な認識で良いだろう。



「ちなみにここって水道通ってるのか、あと料理とか出来るのかっていうのは」


「水道は通っていないが水を出す魔石がセットされていて、定期的に確認がある。使用可能回数が減っているようなら交換されるし、使用可能回数から使用した分を計算してその分を支払ったりだな」


「本格的に水道だ……」



 樹上なので水道管通せないよなあと思ったらそういう仕組みが。



「あと料理だが、自分が食べるのは雑草扱いされる事も多い野草の刻んだ物に糠を掛けた物が多いから火を通したりはしない。必要なら火の魔法が付与された魔石を使う」


「雑草」


「それにボレー粉や野菜クズなんかを混ぜるのが普段の食事だな。疲れている時はつい出来合いの混合飼料の世話になるが」


「あ、ああ、成る程食べ物も鳥用なのか……」


「まあそれだけではタンパク質が足りなくなるから、ミミズやらイナゴやらを食べる事もある」


「生で!?」


「人間用の食事も摂れるが、こっちの方が合うんだ。人間は足でフォークやスプーンを使ったりする姿に顔を顰めるし、ミミズを食べている姿を嫌がる事も多いがな」


「慣れてないと私も多分驚くと思う……」



 顔と胴体が人間なので尚の事ビックリだ。

 まだ下半身が尻尾以外鳥という事もあって、ああ鳥なんだ、と納得すれば腑に落ちるけど。



「…………慣れれば受け入れる事が出来、それはおかしいんじゃないかと主張したりもしない。そこがキミコの良いところだな」


「え?」


「うんうん、クダも主様のそういうところ大好き! 最初こそ驚いてたけど、クダがネズミ揚げ食べたりするの気にしないし!」


「いや、そういう種族なら納得するよ普通に。慣れてないと驚くし、こっちにもオススメされたら嫌だけどさ」



 外人が納豆食べてる日本人を見て驚くみたいなものだろう。

 そう考えれば食べ物に違いがあるのもわからんではない。


 ……人間でも国によって差があるんだし、動物ともなればねえ。


 草食動物でも種族によって食べる草に違いがあったりするので、極端に言ってしまえばそんなもんだ。



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