人外用のパンは見るの非推奨
エントであるアルボルに挨拶をして、結局何かを買ったり受け取ったりもせずに歩き出す。
正直今身に着けてる服はカトリコが奢ってくれた物だし腕輪はエルジュがくれた物だし、と殆ど無償で揃えた物。
これ以上誰かから受け取るのはちょいと申し訳ない。
……まあ押されたら受け取るけど。
それがごり押しされる所以だろうか。
そう思いつつ、お腹を擦る。
「…………クダ、そろそろご飯にしようか」
「まだ早い時間だけど主様にさんせーい! 時間的にもお腹が空く頃合いだし、混み始める前に軽く済ませちゃうのも良いよね!」
こちらの考えを全部くみ取って理解した上で賛成してくれたクダの頭をよしよしと撫でつつ、周囲を見渡す。
「軽食系で良いお店は……」
この辺りの屋台は冒険者や旅人向けというか、旅のお供といった商品を取り扱うところが多いように見えた。
食べ物系も今この場で食べる系というより旅のお供としての保存食系だ。
……ルーエがくれたこのアイテム袋は時間経過しないから鮮度保てるけど、安いアイテム袋だとそうじゃないって言うもんね。
時間経過でアイテムが劣化するタイプのゲームもプレイした事があるので何となくわかる。
旅として考えると荷物が嵩張らないのは良い事だが、鮮度が維持出来ない場合はどの道保存食頼り。
この辺りはそういう人向け、という事だろう。
……あ、でも店舗の方は食べ物屋さん多いや。
成る程、屋台ではなく店舗の方で食べれるところが多いからこういう系の屋台になっているらしい。
まあ確かに食べ物屋の前で食べ物の屋台をやられると場合によっては営業妨害染みた状況になる可能性もあるので、丁度良い塩梅という事だろう。
ジャンルが明確に違えば客層も違い、客の取り合いにならずに済むし。
「あ、パン屋」
「主様はパンの気分?」
「いや軽めなら何でも良いけど、クダに会う前お世話になった人が居てさ。人っていうか阿修羅って種族だったけど」
あの時は本当にお世話になった。
「……うん、本当、本当にお世話になったっていうか、あの人居なかったら色々詰んでたっていうか……」
「恩人って事?」
「いえーす。ただパン屋で働いてるっぽい事しか把握してなくて、どのパン屋かも不明なんだよね」
だから、とすぐそこにあるパン屋を指差す。
「あのパン屋入って良い? 働いてる時間とかもあるだろうけど、ちょっと色んなパン屋覗いてみようかなって」
「クダは全然オッケーだよ!」
尻尾を振ってクダは笑う。
「ネズミ肉入りのパンあるかなあ」
あ、色んな種族用にそういう系のパンもあるんすね。
・
最初に入ったパン屋でいきなり再会した。
「あれっ、キミコですか!?」
「アソウギ!?」
「無事だったんですねキミコ!」
「むぎゃっ」
焼きたてパンを並べたところだったらしいアソウギは空になっているトレーとトングを前の両手に持ちながら、真ん中と後ろの両手でこちらをハグする。
「あの後大丈夫だったか心配だったんですよ! あんなお金持ってましたし、両替をしたとはいえせめてもう少し様子を見るべきだったなって……」
本当に無事で良かったです、と耳元で安堵の声がした。
種族的なものなのかアソウギも結構背が高いので大分背を屈めさせてしまって申し訳ない。
……にしてもそんなに心配させちゃってたか……。
まあ自分としてもとんでもねえ価値の小判持ってる外国人の子が不安そうにうろうろしてたと考えると、仮にお金をどうにかしてあげれたとしても超不安になる。
その後大丈夫か、変なのに絡まれたりとかしてないか、という心配でしばらく仕事に身が入らなくなるだろう。
自分の身に置き換えてそう理解し、アソウギの背を軽くぽんぽんする。
「大丈夫大丈夫、アソウギのお陰で無事に冒険者として活動出来てるから。あの後も色んな人外に助けてもらったお陰で無事だし、今はクダも居るしね」
「クダ?」
「クダだよー」
ハグを止めてきょとりとした顔を見せたアソウギに、害は無いと判断してか店内に置かれているパンを確認していたクダが手を挙げる。
それをじっと見て、成る程、とアソウギは頷いた。
「キミコは奴隷使いだったんですね。それなら尚の事色々大変なこともあったでしょうに……本当、無事でなによりです」
「あはは……」
本当に大変な心配を掛けさせてしまったらしくて苦笑するしかない。
「あ! っていうか無事の報告もそうだけどアソウギにはもう一つ用事があるんだった!」
「え、何です? あ、パン屋での買い物ならオススメはそっちの棚ですよ。こっち側の棚は人外向けになってるので人間はあまり見ない方が良いと思います」
「待って? 見るのすら非推奨なパンあるの?」
「生きたミミズ入りパンとか」
「成る程見るのも非推奨」
チラッと見たら見た目アンパンっぽいのに中で何かが蠢いていたので、確かに見ない方が良い部類のパンだった。
ビジュアル内容含めて名状しがたい系のパンが売られているとは流石異世界。
……モグラ獣人とかが食べるのかな……。
実家に居たロック(亀)もミミズをよく食べていたし、亀海人の可能性もあるかもしれない。
横にあるコケをサンドしたっぽいパンはエビ系人外用だろうか。
「それで、用事というのは何ですか?」
「両替お礼のチップ!」
「要りません」
当然のように即答された。
チキンオアビーフにチキンと即答された並みの速度だった。
一瞬の逡巡すら無しなのか。
めっちゃ良い笑顔で断ってくるじゃん。
「……いやあの、金額も金額だったのでちゃんとお受け取りを」
「人間から仕事外でお金を貰う程困窮してないので大丈夫ですよ。僕達人外は基本的に人間よりも素の力が強いので、仮にお金が無くとも適当な魔物を狩って売れば稼げますし」
「困窮とかそういうアレではなく! やってもらった行いへのちゃんとした返礼をしたいんだってば!」
「お礼を……!?」
トレーとトングを持ったままだからか、アソウギは真ん中の両手を口の前に持って来て乙女度の高い驚きポーズを見せた。
「……人間は基本的に恩を受けたらそのままという事が多いのに……寧ろ恩返しを要求こそすれど自分から積極的に、それもせっつかれたりもしてないのに恩を返そうとするだなんて…………わー! すっごく可愛い! 本当に良い子ですねキミコは! 金額を知っても目の色を欲に溺れさせなかっただけはある良い子です!」
「あばばばばばば」
後ろの左手で抱き寄せられて後ろの右手で頭をめちゃくちゃわしゃわしゃローリングされた。
「でも本当に良いんですよ、キミコ」
鳥の巣状態になったこちらの髪を手櫛で整えつつ、アソウギは優しい笑みを浮かべて言う。
「僕達人外は人間を助けるのが好きなんです。そして人間が元気に笑って生きていて、真っ当に生きていて、時々お礼を言ってくれればそれで満足。それが人外というものです」
「や、あの、こっちの納得っていうか」
「その分でキミコが幸せになれると思えば、キミコが持っている方が良いものですよ。好きな物をそのお金で買って、好きな物を得た喜びによって笑顔になる。その笑顔が見られれば僕は良いんです。人外なんてそんなものですから」
「クダ! ちょっと説得ヘルプ!」
「実際人外の行動理念わりとそういうトコあるよー?」
ベーコンエピの前で尻尾を揺らしていたクダが首だけで振り向いてそう言った。
うわよく見たらベーコンエピだけで信じられない程種類あるしベーコン(シカ)とか書いてある。
豚肉の燻製という意味のベーコンではなく、肉の燻製という感じなのだろう。
「というか、人外の行動理念て?」
「基本は本能。あとは幼くて愚かで稚拙でその場しのぎで致命的な失敗をしがちで上辺を取り繕う事を重視する可愛い人間のサポート」
とんでもなく酷い言い草なのに否定出来ない。
自分が人間だから尚の事、うん…。
「それに放っとくと自分から滅びの道に行っちゃうから、元気に笑ってればそれで良いかあくらいのテンションかな」
「ちなみにクダは」
「クダもそう思ってるよ! ただ管狐の本能的に未来に期待出来ないって判断したら切り捨てるよ! まあそれは他の人外も同じだから大丈夫!」
他の人間に害が及ぶ程どうしようも無い人間は処分対象だから!
親指を立てながらクダは輝かしい笑顔でそう言い切った。
「…………お昼前のパン屋で言うこっちゃないと思うんだけど……」
「店内今そこのアソウギっていう阿修羅とカフェブースで食べてる上級スライムと羊獣人しか居ないから問題無いよ」
「実際事実だしなあ」
その声に視線を向ければ、頭部らしき丸みと腕らしき触手部分がある紫色の粘液体が流暢にそう声を放っていた。
「人外からしてみりゃ、人間はそういう生き物だって共通認識があるわけだし。んでもって基本的には愚かなだけだから、ちゃんと手本見せて方向を示してやればちゃんと育つ時もある。致命的な程に駄目なヤツを間引くってのはよくある事だろ」
「ムイラ、人間相手にめちゃくちゃハッキリ言うね……」
ムイラと呼ばれた上級スライムの向かいに座っている、羊獣人だろう男性が苦笑する。
顔が人間寄りなので本当に羊かどうかわかりにくいが、横長の瞳孔と手足が蹄という点からすれば恐らく草食系。
あとは角と髪質で雑に判断しただけだが、前に服屋で話したヤギ獣人のカペルとはちょっと違うので多分羊だろう。
「シャーフさんとしては、あんまり人間にそうハッキリ言わない方が良いと思うんだけど」
「言って逆ギレしたり、本質を理解出来ない人間が相手なら俺もそうする。要らねえ火種を意図的に用意するのは人間の十八番であって、スライムの十八番ってわけじゃねえし」
ただ、とムイラの触手の先がこちらへ向いた。
「奴隷使いでありながらあんだけまともって事は、人間的な考えに毒されてねえってことだ。それなら人間を客観的に見た時の愚かさにも自覚があんだろ」
うーん否定出来ん。
歴史を紐解くまでもなく、ここ数年間に起きた出来事だけでも相当数ある気がするし。
・
あの後時間的に客が一気に増えた為、パンを持ち帰りで購入して広場のベンチに腰掛け食べる。
……アソウギ、結局お礼のチップは受け取ってくれなかったなー。
日本風の味付けも普通に受け入れられているらしく存在していた照り焼きバーガーを食べながら残念気分だ。
いや照り焼きバーガーはめちゃくちゃ美味しいけれど。
……ま、職場はわかったから良いか。無事の報告も出来たし。
それに店を出る時、食べ終わったらしく同じく外に出ようとしていた羊獣人(で合ってた)シャーフがアドバイスをくれた。
「シャーフさん達からすると人間は子供みたいなものだから、健やかにしててくれれば嬉しいんだよ。でもお礼をしたいって気持ちもわかるからさ」
「?」
「お腹が空いたけど特に食べたい物が決まってない時、このお店で買ってあげれば良いんじゃない? 元気してるっていう顔見せ報告出来るし、パンを買うっていうのは食べる為であり自分の為だ。結果的にパン屋が繁盛するけれど、それはあくまで副産物。そのくらいならあの阿修羅も受け取ると思うよ」
「成る程……!」
「あはは、本当に素直な人間だね。そんなにキラキラした目で見てくれる人間なんて珍しいなあ」
じゃあね、とシャーフはムイラと共に去って行ったが、とても良いアドバイスだった。
確かにあの店のリピーターになれば実質お礼をしているのと同義だろう。
あと普通に味が良いのでお礼関係無くリピーターになりたいし。
……こういうのがウィンウィンってヤツだよね。
損する部分が一切無い。
「…………あれ、カレーパン買ってある」
照り焼きバーガーを食べ終えたからと袋を確認したら他のパンと一緒にカレーパンが入っていた。
結局品物全部をゆっくり確認は出来なかったので手近かつ美味しそうなのを幾つか買ったわけだが、これは記憶に無い。
……あ、でもクダが選んだヤツも一緒に入れてもらったからそれかな。
「クダの?」
「うん」
ピザトーストから伸びているチーズを噛み千切りつつ、クダはもぐもぐと咀嚼に頬を動かす。
「でも主様食べたいなら食べる?」
「あはは、カレーパンも結構好きだから一口欲しいー……」
……これ、具材ちゃんと人間用か?
「クダ、一応聞いておきたいんだけどこのカレーパンの材料って何?」
「普通だよ? お肉はウサギ肉だけど。ちゃんと処理されてるヤツだから安全的にもバッチリ!」
「わあい……じゃあやっぱ一口貰おうかな」
「うん!」
ネズミだったら流石に躊躇っただろうが、ウサギならまだ比較的許容範囲内だ。
ここにミレツとニキスが居たら普通に躊躇い以前の問題だったろうけど。
……あ、美味しい。
一口貰ったらウサギカレーも中々に美味だった。
元々カレーの肉は牛でも豚でも鳥でもミックスでも構わん派だから、というのもあるだろうが。
そう思いつつ、クダに一口貰ったカレーパンを渡す。
「ところで主様、この辺は大体見て回ったけど食べ終わったらどうする?」
「んー、どうしようね。特に買い物って感じでも無いし……」
「だったら既に多少剥げてきているそのネイルを自分の家で塗り直すというのはどうだ?」
「ああ、確かにマンドラゴラ採取とかでカトリコにやってもらったネイルが剥げてきて…………」
隣、クダが座っている位置とは逆の方向を見る。
居ない。
居ないが居た。
座る部分ではなく、背もたれ部分に鳥の如く留まっていた。
「自分としてはキミコの借りている部屋でも構わんが、ネイルは自分の部屋に置いてあるのでな。取りに行く手間を考えると自分の部屋でやった方が早い」
部屋になら剥げにくくする魔法液もあるぞ、と当然のようにカトリコは言った。




