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優しい人外達



 とりあえず歩いてみるが、どこへ行けば良いのかもわからん。

 この周辺の地図があれば助かるのだが、あったとしても無料かわからないし、有料だった場合は支払う金が無い。


 ……ルーエから貰ったお金はあるけど、どうも大金みたいだし……。


 日本的に考えるなら一万円札を出すみたいなアレになりそう。

 レジをやった事もある身からすると両替の為か少ない金額の品物に一万円を出してくるアレ本当に嫌だ。

 確かに大金だからこそ両替は必要となるが、そこはきちんと両替する場所でしたい。


 ……でも場所わっかんないっていうね!


 これが旅行先の空港近くとかだったらまだ両替所とかもあっただろう。

 駅とかにもあるだろう。

 でもここは空港とか駅とかそういう感じでも無い、いかにもなファンタジー感満載の風景。

 適当に歩いてどうにか、というのは完全に無理ゲーだ。


 ……マジでどうしよう……。


 ルーエはとりあえず人外に話しかけろ、と言っていた。

 そして町にはルーエの言った通りに人外だろう人達が多数歩いているわけだが、


 ……人間と動物くらいしか居ない世界から来た異世界人には獣人とか虫っぽい人とかに話しかけるの無理!


 ケモミミの人も居て、そういう人はまだ話しかけやすそうな気がする。

 ケモミミ程度だと人間寄りか人外寄りかわからないが、己が奴隷使いに適性があると発覚した際のあの場の反応からして、ケモミミ系も人外側なのだろう。

 でもそれはそれ。

 異世界で問題無くさらりと挨拶して両替お願いしたいんですけど、と言う勇気は無い。


 ……国によって挨拶とか礼儀とか失礼とかどうとか変わるじゃん!


 あとファンタジー物をそれなりに見ていた身としてはちょっと欲望に負けて粗相をしそう、というのもある。

 そしてやっぱり人型の虫っぽい人外とかも居て、ああいうのはちょっと、思ったより虫っぽいビジュアルでちょっとビビる。

 RPGの虫系モンスターに居そう。



「あのう」


「へ?」


「何かお困りですか?」



 声を掛けられたので振り向き、一瞬呼吸が止まった。


 ……多腕!?


 額に三つの宝石が煌めく真っ赤な顔に、ノースリーブから覗く真っ青な腕。

 しかも合計で六つの腕だ。

 前真ん中後ろ、という感じで肩に並ぶ腕は、リアルで見ると結構驚く。


 ……あ、いやでも、カラーリングが人間じゃない分わりとマシかも……。


 これで肌色の皮膚をしていたらホラーに思えたが、ここまで真っ赤に染まった顔、というか頭部だと、何となく平気に思えて来る。

 お寺とかに像としてありそう。

 体躯が人間としてはギネスに載りそうな巨体なのも、非日常感が溢れて逆にセーフ。



「あのー……?」


「あ、ごめんちょっと腕が二本以上の人型の方初めて見たからつい!」


「ああ、確かに町には色んな種族が居ますもんね!」



 慌てて取り繕った言葉だったが、納得してくれたのか相手はにこっと笑ってくれた。

 嘘は言ってないしセーフ。



「それで、さっきから凄くふらふらというか……きょろきょろしながらどこに行けば良いのかっていう感じの歩き方でしたけど、もしかして迷子ですか?」



 首を傾げると同時、ヘアバンドで上げられてポニーテールに纏められている相手の髪がさらりと揺れる。



「迷子、っていうか……ちょっと、田舎から出たばっかりで貨幣価値がよくわからないのと、持っているお金がどうも大金というか……」


「あ、両替所ですね?」


「そういう事です」


「成る程ぉ」



 ふむふむ、と後ろの右手に何やらバスケットを持っている彼は、前の両腕で肘を置きつつ顎に手を当てて頷く。



「じゃあ、案内しましょうか? すぐ近くにギルドがあるので、そこでなら両替できると思いますよ!」


「あ、本当?」


「はい! この町で使われてない硬貨でもギルドなら大丈夫ですよ! ここの近くにあるのは商業じゃなく冒険者用のギルドですけど、登録してあれば…………」



 あ、



「そういえば田舎から出て来たって言ってましたけど、どこかのギルドに登録とか」


「してない」


「ううーん……登録してないと大きい額の両替は厳しいから……大丈夫な額かどうか、ちょっと見せてもらっても良いですか?」


「うん」



 この多腕な彼を信じて良いのかはわからないが、ルーエは人外に頼れと言っていた。

 明らかに人外な彼なら、多分大丈夫、だと思う。


 ……大丈夫だよね!?


 内心酷く不安になりつつ、アイテム袋から一枚取り出す。



「これ、なんだけど」


「うわわっ!?」


「わっ」



 見せると同時、慌てたように前と真ん中の手が伸ばされてこちらの手ごとお金が覆われた。



「これは町中で見せちゃ駄目な程のものですよ!? え、どうしてこんなもの持ってるんですか!?」



 ……ルーエ一体全体一枚でどんな額の物渡して来たの!?



「え、えーっと……親戚の人がくれたんだけど、お金に興味無い人で、額とかもわかんなくて……」


「故郷で狙われたりとかも無く……?」


「き、基本物々交換で成り立ってるところだし、時々使うお金も違うデザインで……」


「そっか、それで……」



 ううう、と彼は困ったように眉を寄せる。



「……あのですね、これ、一つで百万ゴールド分なんですよ……」


「百万!?」



 ……いや、いやいやいや、ちょっと待て、落ち着け喜美子!


 貨幣価値が違う可能性もあるのだ。

 日本で百万って言ったら凄い額だけども、こっちでの百万は日本円で一万円、とかかもしれない。



「……あの、大変無知で恥ずかしいんだけど、百万ゴールドって大体お幾らぐらいの価値、なのかな……?」


「単体の果物、リンゴとかなら八ゴールドです。大体の料理は五十ゴールド前後で、屋台はピンキリですが安ければ三十ゴールドくらい」



 嫌な予感にだらだらと汗が流れ始める。



「宿屋は大部屋雑魚寝薄い布しか無く枚数制限ありで衛生環境が微妙かつ風呂無しトイレ無しカギ無し食事無しなら十ゴールド未満。ギルドと提携している宿屋なら設備が整ってますけれど、ギルドと提携してても食事無しで五十ゴールド、です」


「ふ、普通の宿屋、だと……?」


「諸々設備が整ってる場合なら、百二十ゴールドからです。ちなみに一般の人の月収は三万から五万ゴールド」


「ひいっ!?」



 手の中にある硬い物が途端に恐ろしい。

 とんでもねえ額の小切手をポンと渡された気分だ。



「ああ、泣かないでください。大丈夫、大丈夫ですからね。よしよし」



 思わず涙目になったところ、こちらの手を覆っていた内の一つ、真ん中の左手で頭を撫でられる。

 社会人になってそれなりが経過している為、こうして子供相手にするように頭を撫でられるなんて久しぶりだった。

 けれど不思議と嫌でないのは、


 ……相手が人外って感じの多腕と色合いだから、だろうなあ……。


 体躯に見合う大きさの手、というのも子供時代を連想させるのだと思う。



「でもこのままだと値段が高過ぎて登録無しじゃ両替出来ないし、登録するにはお金が掛かるし……ここまで移動する時のお金で、お釣りとかは? 使ったお金は?」


「お金くれた人が魔法でここにひょいって……」



 ううーん……、と相手は唸った。



「転移魔法が使えるって事は、人間で考えると相当なレベルの魔法使いかな……転移魔法が使える人間の場合は人間離れしてるだろうし……」


「そうなの?」


「人間の場合、盗みをする危険性からそういった感情が完全に無い人じゃないと転移魔法が使えないんです。あ、これはあんまり人間には知られてないから言わないようにしてくださいね」



 親戚が使えるなら知っておいた方が良いと思って、と微笑まれる。

 ごめんそれ嘘です知り合ったばかりのエルフがやってくれたんです、とはとても言えない笑顔。

 というか本当に親身。



「うーん……良かったら僕がお金を預かって両替してきましょうか?」


「あ、お願い出来るならお願いしたいな」



 信じられない目で見られた。



「……あの、凄いお金なんですよ? 一枚でどれだけ生活出来るかわからないものですよ?」


「う、うん?」


「盗む気はありませんけど、もし盗んだらどうするんですか?」


「いや凄い親身になって教えてくれたし、このお金くれた人が、人外に頼るようにって言ってたから……」


「うーん……その教え方は大正解なんですけど、人外の中にも犯罪を起こすようなのは居ますから、あんまりむやみやたらと信じちゃ駄目ですよ?」



 ずいっ、と顔が近付けられる。



「特に人間にその信頼を寄せた場合、それに見合うだけのお返しをしてくれるなんて事は滅多にありませんからね? 気を付けるんですよ?」


「うぃっす……」



 これだけ顔が近いというのに、子供に注意する大人っぽさしか感じないのは何故だ。





 阿修羅族のアソウギだと名乗った多腕のお兄さんは、一枚のお金をしっかりと町で使えるタイプのお金に両替してきてくれた。

 しかも不正を疑っているわけでも無いのに、しっかりと貨幣の額まで教えてくれたし目の前で数えるよう言われた。



「疑う疑わないじゃなく、しっかり確認する事が重要なんですよ!」



 ごもっとも過ぎる。



「それじゃあキミコ、僕はもう行きますね。仕事でパンの配達をしていたところでしたし」


「えっ!? 仕事の邪魔しちゃった!? ごめんね!?」


「僕が勝手に声を掛けただけだから良いんですよ。帰りですから尚更問題はありません」



 そう言って前の右手でこちらの頭を撫で、そのままステップを踏むように数歩距離を取る。



「もし良かったら店にパンを食べに来てくださいね! 運が良かったら会えると思いますから!」



 左の前の手は胸の前で控えめに、左真ん中の手は肩辺りで小振りに、左後ろの手は大振りに手を振りつつ、彼はそのまま背を向けて走って行った。

 結構時間が経過していた事もあり、かなりギリギリだったのだろう。

 申し訳ない事をしたが、実に助かった。


 ……本当に頼りになったな……。


 助けてくれたルーエを疑うつもりは無いが、ちょっとビックリ。

 これで人間を頼っていた場合どうなっていたかと少し気になるが、怖い気もするので試すつもりは無い。

 危なそうな橋は渡らぬが吉だ。





 アソウギと別れ、その辺で売っていた周辺地図らしきものを購入する。

 購入の際、人間の店員さんにお値段を聞いたところどうもぼったくりな値段だったらしく、他のお客さんが注意して正規の値段を教えてくれたお陰でちゃんとした値段で買えた。



「見慣れない格好っていうのもあって、町に慣れてないのはすぐわかる。その状態で人間のとこで買おうとするとすぐ値段釣り上げられるからね。気を付けるんだよ」



 顔も体も牛っぽいのに二足歩行な牛獣人お姉さんはそう言って格好良く去って行った。

 めっちゃ格好良い。


 ……というか服装セクシー過ぎじゃない……?


 牛ボディなので腹辺りに胸があり、腹巻のような胸当てをつけていた。

 でも上はそんだけ。

 ファンタジーでお馴染みのセクシー衣装という感じ。


 ……他にもそういうセクシー衣装が多いよね、やっぱり。


 見渡す限り、露出が多めだし胸元の感じからすると多分殆どの人がノーブラっぽい。

 男がノーブラなのは普通だけれども、女性のノーブラは、こう、目のやり場に困るのが困る。

 流石にトップレスというわけではないが、具が浮いているわけなので。


 ……うん、さておいて地図の確認かな! うん!


 幸いな事に文字は問題無く読めるので、公園らしき場所の階段に腰掛ける。

 そうして地図を開いてみるが、



「やー……これは見事に異世界だわ……」



 ご当地マップ感あるのによくわからん。

 RPGを思い出せば何となくわかる気もするが、これを見てどうすれば良いのやら、という感じ。

 ここから何をどうやって動けば良いかもわからんし。


 ……あ、ヤバい、テンション下がって落ち込んで来た……。


 とにかくどこか住み込みで働けるような場所でも探さなくてはならないのでは。

 でもやり方違う可能性も高いし、大前提の常識もいまいち無い。

 あとどういう職があるかもわからない。


 ……こうなったらさっきのアソウギが居るというパンの配達、っていうか多分パン屋だろうから、そこに行って何か紹介してもらえないかを……!


 そもそもパン屋かどうかも聞いてないしどこにあるパン屋かすら聞けてない。

 運が良かったらまた会えるとは言われたが、巻き添えで異世界に転移して人間に敵意向けられた時点でかなり運が悪い気もする。

 職業だって、ジョブの適性がどうとかまた言われたら今度こそ詰みかねない。

 人外はどうやら味方になってくれるようだけども、人間に知られると敵意を向けられるようだし。



「「ワン!」」


「えっ!?」



 地図を眺めていたら、突然地図と己の間に二つの手が割り込んで来た。

 人間には見えない青っぽい灰色の毛に覆われた五本指だが、ピンと立っているのは人差し指のみ。



「「ツー!」」



 そこでようやく、両隣に人が居る事に気付く。

 否、人では無い。



「「スリー!」」


「わおっ!?」



 掛け声と共に、ポンッとその手の中から小さな花が出現した。

 こちらが思わず驚きの声を上げると、両隣に居た二人が顔を覗かせニヒヒと笑う。



「お姉さんってば折角公園に居るのに雰囲気暗いよ!」


「ミレツの言い方はどうかと思うけど、俺も同意!」


「「折角の青空の下なのに俯くなんてもったいない!」」


「え、あ、おう……」



 怒涛の勢いで距離を縮めてそう言ってくるのは、恐らくウサギの獣人だろう。

 ウサミミだが人間の顔をしている、裾が広がるタイプのオシャレコートを着た二人。

 見分けがつかない程そっくりな顔をしているのは、双子という事なんだろうか。

 通行人である他の獣人の人達見るに、人間には区別付かないレベルで同じ種族は同じ顔つき、というわけでも無さそうだし。


 ……確かウサギって一度に結構な数産むんだっけ……?


 双子以上かもしれないが、居るのは二人なので多分暫定双子で良いと思う。

 というかよく見たら下は短パンだった。

 太もも辺りからもふもふしているというか、足の骨格や形がウサギっぽい辺り、ケモミミケモ尻尾くらいの人よりは獣人寄りらしい。

 ケモミミケモ尻尾に加え、手足が獣寄りということか。


 ……色んな種類が居るもんだ……。


 思わず感心した。



「俺はミレツ」


「俺はニキス」


「この花は普通、手品を見ておひねりくれた人用なんだけど」


「お姉さん随分お疲れみたいだから無料であげるね」


「「だから笑って?」」



 こちらの手をそれぞれ取って、花を握らされる。



「俺達はウサギ獣人で、実は笑顔作るのとかあんまり得意じゃないんだ」


「でも笑顔の方が俺達の手品を見て笑ってもらう事が出来る」


「「そういうわけで、笑顔の方が良いと思うよ!」」



 長いポニーテールと頭から伸びているウサミミを揺らし口の端に指を添えて口角を持ち上げるようにしてニッと笑う二人に、釣られて笑う。



「うん、そうする」


「うん! 良いね良いね笑顔は可愛いから良いよ!」


「笑っていると気分も明るくなって良いもんね!」


「暗い顔なんてしてちゃ気分はどん底地獄気分だし!」


「ミレツは言い過ぎだけど、実際そのくらい差はあると思う!」


「「笑ってたら良い事あるしね!」」



 笑みを浮かべた二人は立ち上がり、そのまま己の持っている地図を覗き見た。



「それじゃあ行き先に困ってるらしい旅行者のお姉さんにアドバイス!」


「旅行者だとぼったくられるから、人外がやってる人外対応の店が良いよ!」


「基本的には人間対応もしてるから大丈夫!」


「美味しくて良心的なのはこことこことここ!」


「あとこっちは酒場だけど俺達が時々ド派手な手品ショーやってるから見に来てね!」


「ド派手って程じゃないけど魔法は使ってないから是非見てね!」



 持っていたらしいペンでシャッシャッシャッと丸を書き込み、二人はウサギらしい脚力でピョンッと階段から飛び降りる。

 そう高くは無いが、一番上の段から余裕で下に降り、着地していた。

 流石はウサギ。



「「じゃあねー!」」


「あ、うん! ありがとう!」



 手を振って去って行く二人に手を振り返し、地図を見直す。

 ペンで書かれた丸の横には、食事処や酒場、掘り出し物があるらしい魔石店と書き込まれていた。

 魔石はよくわからないけれど、まあファンタジーによくある系だろう。



「あ、お腹鳴った」



 時計を確認すれば丁度昼時。

 そういえばルーエと話していた時も昼前とか言っていた。

 アソウギのお陰で普通に使えるお金があることだし、



「まずは腹ごしらえ、かな」



 空腹はネガティブになるので、まずは腹を満たす事を考えよう。

 幸いにもたった今、どちらがどちらかはわからないがミレツとニキスによって情報が書き込まれた地図もあるし。

 そう思い、貰った花をアイテム袋に仕舞って、お尻についた砂を軽く叩いて払い落とした。



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