実はストーカーされ慣れてるんだわ
こちらを見てイーシャは首を傾げた。
位置が高くて見えにくいが、影の動きからすれば多分傾げてる。
「二人は今帰り?」
「そうだけど、イーシャも?」
「…………んー、まあ、大体そんな感じかな」
「濁すねえ」
笑って言うと、イーシャは口元をへにゃりと緩ませた。
「キミコを見かけてつい追いかけちゃっただけだから」
「ほう?」
よくわからんけど猫を見かけて追いかけるみたいなものだろうか。
「これから帰りなら送ろうか? 俺が居ればチンピラ程度は寄ってこないだろうし、夜道を歩かせるのは危ないからね」
その言葉にクダは警戒するように耳を動かして周囲を確認した後、ピンと耳を立ててイーシャに向ける。
「夜とか関係無くクダが居るから大丈夫だけど、主様は?」
「え? いやまあ、イーシャとクダが良いならお世話になる、かな」
耳はそのままだったが、クダはこちらの言葉に笑みを浮かべた。
「クダは主様が良いなら良いよ」
「よっし」
ガッツポーズする程の事か?
そう思いつつ、イーシャの死角に入らない位置に立って宿屋へと向かう。
歩きだしてすぐに、真顔でじっとイーシャを見つめていたクダが口を開いた。
「……主様、クダの時もそうだったけど押しに弱かったりする?」
「肯定したくはないけどねー」
否定出来る材料が無いのは事実だよ、と言って手をひらりと振る。
「お陰で助かってはいるし、まあ多分大丈夫」
「クダもそのお陰で主様の隣を歩けるから良いんだけど、主様の警戒心の無さはちょっと心配。人外に対して偏見が無いのは奴隷使いとして最高の利点とはいえ、触られたりを平気でしちゃうし」
「その言い方は誤解を招くよクダ!?」
溜め息を吐きながら憂いたように言われても、その言い方は多大なる誤解を招く。
主にこちらが逆痴漢的な性癖と誤解されそう。
「確かに足は触られたけど生態的な興味からの申し出だったし、恩もあったし、同性かつ人外だったからね。流石に同性でも初対面の人間相手じゃマッサージ店でもない限り無理」
「普通は人外の方が無理ってなりそうなものだけどねえ」
イーシャまで言うという事は、どうやら相当に珍しいことらしい。
こちらの世界の人間は人外が当然のように居るものの人外慣れをしていないのだろうか。
……まあ私もファンタジーでしか見た事無いんだけどさ。
そういうフィクション感が根底にあるから逆に大丈夫だったりするのかもしれない。
「ところで触ってきたのはさっきギルドに一緒に入って行ったアシダカグモのアラクネ?」
「うん」
……あれ、何でイーシャ知ってるの?
しかしそういやこちらを見かけたからギルド前に居たとか言っていたので、ギルド入る前からスタンバってたと考えれば不思議でも無い。
そりゃ知っとるわな。
「…………俺やあのアラクネみたいな大型種相手に平気で会話出来て、接触出来て、背中に乗ってくれたり足を触らせてくれるところがあるから危ないんだよなあ……」
「いや私も流石に悪意や下心を持った相手にはそんなの許さないからね? 善意と好意だからお世話になっただけで」
「それでも、俺達みたいな人外にすら怯えられる大型種からすればキミコみたいな人間はレアどころじゃないんだよ」
身を屈めたイーシャの顔がすぐ隣にくる。
身長差から今まで見えていなかったが、仮面の向こう側にある馬耳が横に向かって伏せているのがよく見えた。
イーシャはそのまま、こちらの肩に顔を擦り付ける。
「今の俺みたいに依存される事になるから気を付けて」
「うお」
あむ、と肩を噛まれた。
噛まれたと言っても痛みが無かったので甘噛みみたいなものだろうが、硬さの確認をするかのように噛まれた。
……えっ…………?
「そういえば主様、馬にはあんまり詳しくないって言ってたっけ」
噛まれた肩を押さえてフリーズしていると、クダが苦笑しながら言う。
「クダは別に嫉妬深く無いから主様に害が無いならそれで良いけど、イーシャも先に説明しておけば良かったのに」
「ああ、そういえば人間はしないんだったか」
「ナニヲ……?」
「好意を示すグルーミング」
「あ、ああ、成る程……」
そういえば馬は好意を示す為にお互いグルーミングをしあうというのを聞いた事がある。
小鳥がお互いの羽繕いをするようなアレだ。
「うん、まあ、好意を持ってくれたのはありがたいことだね、うん」
「主様、イーシャが依存って自白してたの噛まれたショックで忘れちゃった?」
「あっ」
忘れちゃってたけどそういや言ってたね。
・
ただまあ、思い出したところで何をどうすれば良いというわけでもない。
「まあ、イーシャが問題無くてこっちも問題無いならそれで良いと思うよ。多分」
それに、
「前居たとこでもよくわからない好意を向けられる事はあったからわりと平気」
「主様、それ駄目なヤツ。好意の頭によくわからないがついてるって事は純粋な好意って言い切れない状態だよねソレ」
「害は無いんだよ」
そう、害は無いのだ。
「何かよく知らないけど、よくストーカーに遭って」
「ストーカーの定義にもよるけど人間基準だと害じゃないかいソレ。ほぼそんな行動を取っちゃった俺が言うのも何だけど」
「いやでも害は無いから」
寧ろお世話になった。
「水道代やらで振り込みが必要なのはポストを勝手に開けて支払ってくれてたし、留守の時に来た宅配に出てくれたりするから本当助かってね。
しかも宅配に関しては開封せず玄関のところに置いて、宅配来たので受け取っておきましたのメモ付き。冷やす系は開封して冷やして置いてくれるし、要らない箱とか諸々ゴミ捨て出してくれるしで助かっちゃう」
「ねえ主様それ住んでない? もう主様と同居してる人間のやるヤツじゃないソレ?」
「いや一応独り暮らし。洗濯物回して干して畳んで仕舞うとこまでやってくれたり、買い物してきて料理作っておいてくれたりはするけど。ちゃんと私の苦手な食材は避けて好きな味付けにしてくれてたりして助かったなー、アレ」
「主様ソレは心配した方が良いヤツだよ! そういうお世話をするのがクダの本分だけど、クダがやってるわけじゃない独り暮らし生活でそれは危険過ぎるって!」
「あ、いやいやこれは温めて食べてくださいねってメモにお礼と味の好み含めた感想書いたら合わせてくれるようになっただけ」
「クダが思ってた以上に主様の危険察知能力皆無だったの……!?」
「俺みたいな重種に怯えないのはそういう事だったのか……」
衝撃かつドン引きといった顔をされたが、数年間その状態で生活してたのでその驚きがよくわからん。
……正直、当時は自立したてで切羽詰まってたから家事やってくれる妖精さんだヤッター! って深く考えず受け入れちゃったんだよね……。
なのでそのままずるずるとお世話になっている。
「あ、でも多分お世話してくれてるストーカーさんは複数人居るっぽいってのは知ってるよ」
「主様、知ってるだけじゃなくて警戒するのが重要なんだよ……!」
「っていうか複数人って……キミコはもしかしてお嬢様だったとかする? それならまだ使用人が陰からお世話してるって解釈も出来るんだけど……」
「一般家庭」
「駄目だ……」
イーシャが頭を抱えてしまった。
「いやそれがさ、家に帰ったら知らない人が二人居て喧嘩してて。それで初めてストーカーがやっててくれたって事と複数人居たって事を知った」
「主様それ事件。まごう事無く事件」
「一応声掛けたら止まったし大丈夫。それでお茶出して話を聞いたら、家事をしに来たら同じく家事をしに来たストーカーとバッティングして誰よアンタ! みたいな感じでキャットファイトになったらしくて」
「人間の言うキャットファイトって女同士の戦いの意味って聞いたけど、主様その意味で使ってる?」
「ううん、知らない男の人同士で殴り合いしてた。でも家具は壊れてなかったし、誰よこの泥棒猫感満載で睨み合ってたから」
あれには驚いたものだ。
強盗かと思いながらワンタッチで通報出来る状態にしたスマホを持って中へ入れば、男二人が誰だお前と争う光景。
聞こえる話からすると家事しに来たら鉢合わせたっぽかったので、危うく家事妖精なストーカーさん達を通報するところだった。
いや普通は通報一択だろうけどさ。
「で、私としては家事やってもらえるの助かるけど争われると不法侵入の痕跡がわかりやすくなってご近所さんとの関係からも通報せざるを得ないので穏便に役割分担とかしてもらえると助かります、って言ったらそういう感じに」
「……え、嘘でしょ纏まったの?」
「捕まって尽くせない状況になるのが嫌とか何とか言ってた」
「実際奴隷使いなんて元は革命家だから、人間相手でも心を惹くものはあって不思議じゃない……けどねえ……」
ううん、とイーシャは腕組みをしながら耳を後ろに伏せた。
展開が腑に落ちないというか、急展開過ぎてついていけないらしい。
……私は私であの時混乱してたしなー……。
前日にうっかり面白い映画、それもシリーズ物だったせいでノンストップで見てしまい徹夜状態だったのがまずかった。
眠いのでさっさと丸く収まってください警察沙汰の事情聴取で睡眠時間と家事やってくれる人を失うのは嫌だ……! という自己中心的にも程がある思考。
最悪昼ドラ展開になりかねなかったので丸く収まった事に関しては神に感謝だ。
「あと時々所持品が盗難に遭う事もあったけど、盗まれると買い足すのに手間とお金が掛かるから代金か新しいの置いてってくれれば古いのは別に、って手紙置いといたら次から現物が来るようになった」
「主様まさか服買う時に最低限の条件だけ強く提示したのソレ!? 人が選んだ服着るのに慣れてるから店員さんチョイスでオッケーだったって事!?」
「あ、言われてみるとそうかも。まあ交換屋さんなストーカーさんは私の好みじゃないと着る頻度が少ないって把握してからは私の好みに合わせた物用意してくれるようになったけど」
「主様が奪おうとも貰おうともしないけど貰える物は一応納得出来れば貰うって感じなの、理由がわかった気がする……」
「あはは」
数年間もそんな生活してればそりゃ多少お世話になる事には慣れるわな。
とはいえ流石に全裸に剥かれたり毒キノコの粉末貰ったりはした事無いから大変大混乱だったけどもさ。
・
イーシャが居たお陰か、絡まれたりなどの問題も無く宿屋へと到着した。
「付き添いありがとね、イーシャ」
「いやいや、気にしないでくれよ。下見にも丁度良かったし」
「下見?」
「多少治安が悪くても平気だから安い宿屋使ってたけど、折角だから冒険者用の宿屋でも良いかなーって思って。まあ、キミコがこれからもこの宿屋を使うならの話だけどさ」
「とりあえず一週間は部屋確保してるからあと数日は居るよ」
「成る程」
どうしてこちらの宿泊についてをイーシャが気にするのか、そして何故それにクダが答えたのかサッパリわからん。
いや別にその情報が漏れたところで害は無いし、クダがオッケーと判断してるなら良いんだろうし、仲の良い相手が出来るのもウェルカムだけど。
「……まあ明日から同じ宿屋使うっていうなら、今日一緒にイーシャもここでご飯食べる? 宿泊しなくてもご飯食べれたはずだし、味覚に合うか確認しといた方が良いんじゃない?」
「明日からは一緒に食べさせてもらっちゃおうかな」
でも今日は遠慮しとく、と上半身を屈めて目線を近付けたイーシャは口元だけで笑う。
「どう役立つかとかはこれからアピールするつもりだし。あんまり最初から押し過ぎて引かれたくはないんだよ、俺」
……ん?
己は別に鈍感では無い。
深く考えずスルーしたり自己解釈により適当な判断をする事はあれど、それなりに把握は出来るつもりで居る。
そして人間では無いからかイーシャやクダの言動、行動にはとてもわかりやすいヒントがこれでもかと散りばめられていた。
「……もしかしてだけどイーシャ、奴隷として自分を押し売りする気じゃないよね?」
「まだ押し売りはしてないよ。売り込み段階。あんまり効果が無いようならさっきの話からして効果ありそうだし、押し売りになるかもしれないけどさ」
さらっと笑顔で肯定されたのでやはりそういう意図だったらしい。
そりゃそうだわな。
……めちゃくちゃわかりやすくアピールしてるもんね!
仲間になりたそうにこっちを見ている感じだから流石にわかる。
「何故……」
「キミコの役に立ちたい、キミコに褒められたい、キミコに必要とされたい……ってね。キミコが持つ奴隷使いの才なのか自然とそう思っちゃった」
「思っちゃったかー」
隣のクダもうんうん頷いてるし、もうそういう天賦の才を持ってると思った方が良いんだろうか。
地球に居た時点でストーカーさん達が居たわけで、その人達のお世話になっていた事実も加味すると否定出来ん。
「それじゃ、俺はこれで。明日から俺を奴隷にする事でキミコにどう良い事があるかってアピールをし始めるから、よろしくね。嫌ならハッキリ拒絶してくれれば諦めるし」
良い夢を、とイーシャはこちらの髪をぐしゃりと乱すように撫でて去って行った。
目測だが多分シラの方がイーシャより大きい気がする。
なのに頭を撫でる手の大きさは同じかイーシャの方が大きいくらいで、不思議な気分だ。
まあ男女差とか種族差とかあるんだろうけど。
重種ケンタウロスとアシダカアラクネでは手の大きさが違っても不思議ではない。
「…………ちなみにクダはイーシャの気持ちに」
「待ち伏せ段階から主様に是非とも侍りたい! って状態になってるのは気付いてたよ」
「だよねえ」
気付いていたからこそ、歩き始めてすぐの時は耳が多少の警戒を見せていたのだろう。
本気と気付いたからか、すぐに通常に戻っていたが。
……つか侍りたいって表現もどうよ……。
「あ、でもイーシャみたいにハッキリと主様の奴隷になりたい! って主張するのは多分それなりに珍しいよ。人外で主様と多少話したなら大なり小なり従いたいとは思うだろうけど」
「思うの!?」
「人間的に言うならー……素敵な上司が居る部署に行きたいなーって思ったりしない?」
「あっ」
めっちゃわかりやすい成る程。
「つまり皆のテンションとしてはあっちの部署行けたら行きたいなーって感じで、イーシャの場合はここの部署が良いですここの部署に行きたいんです! って主張してるみたいな?」
「そゆこと!」
「成る程なあ……」
確かにこの人が居るからここで! というのはあるだろう。
イーシャが凄い勢いで押してきた理由もわかった。
……わかりはしたけど、さあ。
まさか前からストーカーされがちだったのには奴隷使いの才という理由があったとは。
まあ確かに元は革命家の才だと考えれば、社会からのはみ出し者 (ストーカー)に好意を寄せられるというのもわからんではないけれど。




