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アシダカ軍曹なアラクネさん



 何かおかしな事を言ったかと思っていると、ああ、と彼女は呟く。



「嬢ちゃん、ちょいと俺の体を見てみな」


「?」



 よくわからんが振り返る。

 振り返ると、ふわふわした毛に満ちた足があった。

 デカイ枝のようなソレの全体図をどうにか確認する。


 ……あっ蜘蛛だ。


 そして先程もふっとした何かに受け止められた感覚はこの足だったという事がわかった。

 蜘蛛虫人(むしんちゅ)の方だろうか。


 ……いやそれにしてもデカくない?



「どう思った?」


「蜘蛛だなあって思いました」


「そりゃアラクネだからな」



 どうやら虫人(むしんちゅ)ではなくアラクネだったらしい。

 アラクネは魔物ではなく魔族枠だったのか。


 ……正直虫人(むしんちゅ)とアラクネがどう違うのかよくわかんないけど、多分違うんだろうなあ。



「他には?」


「デカイなあって」


「実際高さなら四メートル前後はあるが……ん、ああ、成る程」



 こちらを覗き込んで来た彼女は、へえ、と頷く。



「奴隷使いなのかお前。にしても俺みたいなアラクネの中でも大型種相手にビビらねえってのは随分珍しいが……歪んでねえ奴隷使いが居るのは良いこった。そのまま貫けよ」


「何を?」


「人間性」



 成る程、先程までは鑑定を使ってなかったから反応を不思議に思ったものの鑑定を使ったら奴隷使いと発覚してこちらの反応が腑に落ちたという事か。

 いやこっちが腑に落ちんわ。



「あの、聞きたいんですけど私に一体どういうリアクションを期待してたんです?」


「期待はしてねえよ。動く気配に起きたら人間が襲われてっから助けただけだ」



 ま、



「人間の殆どは、俺の見た目に嫌悪感を覚えるみたいだからな」



 ク、と彼女の喉が鳴る。

 自嘲というより愉快そうな笑みだった。



「叫ばれて逃げられるか、微妙な表情で礼を言われて逃げるように去るかの二択だと思ってたぜ」


「確かにあんまりリアルな蜘蛛だとビビると思いますけど、ここまでサイズがデカいと逆に平気です。大きいけど上半身人間だし、人外なら人間に好意的だろうし」


「充分リアルだと思うが」



 彼女は自身の体を見下ろしてそう言った。

 いやまあその通りですね。





「主様、とりあえず自己紹介とかしたら?」


「あっそっか」



 クダの言葉にそういえばまだお礼を言っただけで自己紹介をしていない事に気が付いた。



「あの、私は新米冒険者で人間の喜美子です。あっちが管狐のクダ」


「クダだよー」


「そうか」



 頷いた彼女は何故かこちらの腕に引っかけるようにして胴体を掴んで持ち上げた。


 ……いや何で!?


 そのままもふもふした脚に座らされる。

 腕に引っかけるようにという掴む力は最低限で良い持ち方だったので痛みも何も無かったが、何故乗せられた。


 ……でも人間的には襲われてた猫を抱き上げて膝に乗せるようなもんかコレ……。


 太めの木の枝感あるが脚は脚なので殆ど膝の上だろう。

 あれだって膝っつか太ももだし。



「俺はアシダカグモのアラクネ、シラだ。ダイヤモンドランクの冒険者でもある」


「勇者除いた場合の最強ランク!?」


「適当に目の前の獲物を仕留めていたらそうなっただけだ。俺は種族的にも臆病だからあまり大きな魔物は得意では無いんだが、真っ直ぐに逃げる癖があるせいで魔物が目の前に居るとつい仕留めちまってな……」


「つい、で仕留められるんですか」


「大型相手だと麻酔や消化液はいまいち効きが悪いが、一応は」



 そんでもってこのサイズともなればそりゃあダイヤモンドランクにもなれるか。

 なにせアシダカ軍曹だし。



「しかしキミコ、お前は本当に怖がらねえな。大型のアラクネは大概人外にも怯えられるんだが」


「いやまあ、助けて貰いましたし。食事の光景は見たくないですけど」


「ハ、そりゃそうだ」



 しかし人外にも怯えられるというのは、イーシャみたいな事だろうか。

 大型系は人外にも怯えられがちなのかもしれない。

 まあサイズデカイしな。



「というかクダ、もしかしてさっき私にボーパルバニーが向かってくる事を伝えなかったのってシラが助けてくれるってわかってたからだったりする?」


「大正解!」


「わあい良い笑顔……」



 良い笑顔だけどその読み間違ってたら悲劇だぞ。

 そう言うと、それは無い無い! とクダは笑った。



「大型種のアラクネが木の上で寝てたのは気付いてたし、蜘蛛は基本的に目よりも振動で察知する事が多いんだ。

 アラクネもそういう傾向にあるからクダ達がこの辺に居る事と害が無い事に気付いてるだろうなって思ってて、ボーパルバニーが来る振動も木から伝わって察知してただろうから、クダの方はともかくか弱い人間が襲われそうになったら助けに入ってくれると思った!」


「さようで……」



 えっへんと胸を張っているのが可愛かったのでかむかむと手招きして近付いて来た頭を撫でる。

 シラの脚の上に座っていて視点が高い為、屈んでもらう必要が無いのは良い事だ。


 ……にしても本当にシラ大きいなあ……。


 脚の上なので実質同じ高さの椅子に座ってる状態だろうに、シラの頭は結構な上の方にある。

 まあ子供と大人では対格差が骨格から違うし、当然のように座高にも差が発生する。

 サイズ差からすれば大体そんな感じなので無理も無いっちゃないか。



「ちなみにシラの視点だと実際そう?」


「実際そうだな。俺は夜行性だからすぐそこの町に行くまでもだるいってここで寝てたんだが、気配がしたら当然起きる。そんでちまちま動く可愛らしい人間をうたた寝気分で眺めてたらボーパルバニーが襲おうとしてやがったから驚いたぜ」



 アシダカは足が速くて幸いだった、とシラは息を吐く。



「うん、本当に助かりました」


「俺が勝手に動いただけなんだから気にすんな」



 大きな手に優しく頭を撫でられた。

 なんというか、大人の中でも手が大きい人に頭を撫でられた子供の気分、って感じに近い。



「それよりも」



 シラは手に持っていたボーパルバニーを掲げる。



「キミコはこのボーパルバニー、要るか? 噛みついて仕留めただけだから消化液は仕込んでねえぜ」


「いやそれ仕留めたのシラですし。多分依頼書に出てたボーパルバニーなんで仕留めた報告とか諸々はシラがやってください」


「報告は俺のギルドカード見せれば勝手に把握されるだろ。それに討伐したって事実が重要なだけで、実物を誰かにやるなとは言われてねえぜ。依頼書見てねえから知らねえが」


「私だって貰っても持て余すんですってば!」


「提供して飯作ってもらえ」


「だから大丈夫ですってば! 正直こっちは助けてもらったりアラクネを始めて見て多少はしゃいだり脚の上に乗せて貰ったりで結構な得してるんですよ!? 流石にこれ以上貰うのは過剰が過ぎます!」



 笠もあげてないのにお地蔵様から大量の贈り物を貰う級に過剰。

 助けられた上に女性の膝(脚)の上に乗せてもらった上に食べ物まで貰うとかわらしべ長者でも無いわ。

 あの人はまだ藁というスタートがあった上で物々交換したっていうのにそれすら無い。

 人間という種族だからという理由は正直納得いかないし。


 ……野良猫がいじめられてたので助けたら思ったより人懐っこかったので膝に乗せました、ついでにお土産として餌をあげました……って考えたらギリわか、る……?


 そう考えるとわりと腑に落ちるが、でも人間だぞと現実を見る度に消化不良が発生する。

 何故そうも人外達は優しいんだ。



「…………そこまで拒絶すんなら仕方ねえな」



 良かった、諦めてくれるらしい。

 そう胸をなでおろすと、シラはクダにボーパルバニーを差し出した。



「んじゃお前が貰っとけ。お前に渡せば実質キミコに渡したようなもんだろ」


「受け取らせてもらいまーす」


「クダ!? あっさり受け取らないで!?」


「その方が良い?」



 クダは小首を傾げて尻尾を揺らす。



「主様が本気で嫌ならクダも拒絶するよ? クダ奴隷だし、呪い寄りにならない限りは主に忠実な式神だしね」


「……………………」



 ……めっちゃ断り辛い言い方してくるじゃんクダ……。


 ここでお断りを重ねたら逆に失礼な気すらしてくる。



「もし無料で貰うっつーのが性に合わねえってんなら、ついでだしちょいと俺の頼みを聞いてくれりゃ良いぜ。前から人間に対して気になってた事があってな」



 内堀が埋められたと思ったら外堀まで埋められた。

 対価だと告げられると尚の事断りにくい。



「…………じゃあ、受け取ります。内容次第で返しますけど」


「おう、それで良い」


「とりあえずクダの方のアイテム袋に入れとくね!」


「うい……よろしく……」



 こういう善意と好意をスムーズに受け取る方が良いのだろうが、慣れていないのでどうにもむずむずしてしまう。

 色々お世話になったストーカーさん達は居たが、あの人達はよくわからんけどそれをしたいと強くお望みだったのでじゃあお願いします、という感じだったし。

 利害の一致と無償のプレゼントは違うと思うのだ。





「それで、頼みっていうのは?」


「ちょいとお前の足を触らせてくれねえか」


「ほわい?」



 足とな。



「見ての通りっつか座ってる通りに俺の脚は蜘蛛の脚だ。骨格から仕組みから人間とは違うんだよ」


「まあ、でしょうね」


「だから人間の足はどういう仕組みになってんのかなっつー興味」


「成る程……ちなみに他の人に頼んだりとか」


「人間はじろじろ見るだけで嫌がるヤツが多い上に、大半は恥ずかしがり屋だからか触りも出来ねえ。そもそも体のサイズが違うせいで近付くだけでも逃げられるし怖がられる」


「わあ」



 まあそうなるわな。


 ……にしても足かあ……。


 タイトスカートで色々危ういし、どこまでを触りたいかによってセーフアウト判定が変化してくる。

 しかし助けられたのは事実。

 そもそも相手はアラクネであるシラなので大丈夫だろうなという感もある。


 ……人間がスカートの中に顔突っ込んだら犯罪だけど、犬がスカートの中に顔突っ込むなんてよくある事だし。


 人間と人外として考えると感覚的にはそんなものだろう。

 そもそもいかがわしい目的じゃなくて好奇心やら知識欲ゆえの頼みっぽいし。


 ……んー……。



「まあ、オッケーということで。ただ人外の力、それもシラのサイズだとちょっと引っかかるなって思って強く曲げるだけでへし折れると思うんで、稼働域については逐一言ってください。あと手加減しっかりめでお願いします」


「触って良いのか!?」



 めちゃくちゃ驚いた顔をされた。



「人間は性欲無しでも素肌に接触されるのをあまり好まねえし、手を繋ぐだけでも長時間は嫌がる傾向にあると聞いてたが……」


「いやまあその通りですけど、恩がありますし。あと性欲ありきの頼みじゃない事と同性って事が大きいです。現状で獣人やら魔族やらの人外に怖い思いをさせられた事が無いのも大きいかな?」


「そうか。なら遠慮なく」



 シラの大きな手が、こちらの太ももの上をなぞった。





 思っていた以上にじっくり触られた。

 思っていた以上にじっっくりと触られた。

 これが恋人にされていたならどんだけ焦らすつもりなんだと思うレベルでじっくりしっかり触られた。


 ……結果日が暮れたっていうね!


 膝の稼働域やら足の指、爪の形に皮膚とかくるぶしとか質量とか色々確認されながら質問された。

 そりゃ確かに己も猫と喋れて猫がオッケー出してくれてるならば猫の足に触りつつそのくらいの質問をしそうな気はするが、思っていた以上に大ボリュームだった。

 依頼達成としてギルドに報告をし終え、数時間足を触られ続けていた事実と解放された安堵に息を吐く。


 ……嫌な感じは無かったから数時間でも忌避感出ず大丈夫だったり、こっちも脚をちょっと触らせてもらったりしたけど、とんでもない時間だった……。


 種族が違うからセーフというか理解出来る範囲だっただけで、これで人間同士だったら足フェチか何かかと思う状況だった。

 ちなみにシラの方だが、彼女は元々受けていた依頼の報告やら魔物の売却やらがあるからと別れた。

 どうもデカイ魔物を狩ったので場所の問題により別室行きらしい。



「うあー、まさか数時間掛かるとは……」



 ギルドを出れば、すっかり暗くなっていた。



「あはは、でも仕方ないよ主様。人間はあまり触られるのが好きじゃないからね」


「私も別に好きでは無いんだよクダ」



 そんな痴漢され好きな性癖持ちみたいに言わないでほしい。



「とりあえず、明確に人外だからセーフってだけだし。人間が相手だったら触られるのはもうちょっとハードル上がる。厳しい」


「力の差や耐久度からしても人外に触られる方がハードル高い人も多いよ? 人間がやってる娼館だと人外客お断りって店も多いもん」


「それはそもそも性器が受け入れがたいとかそういうアレじゃないかなあ……」



 馬に突っ込まれたら人間は死ぬし、猫科の性器はトゲ付きだと聞く。

 獣人とかにもそういうのが備わっているかは知らないが、体格差やら力量差やらを考えるとそうなるだろう。

 誰だって相撲取りに全力で押し潰されるレベルの圧を掛けられる可能性を考えたら怯えるわ。


 ……しかも興奮状態になるだろう性行為って考えると、どこまで力加減をしてもらえるか……。


 想像するだけで恐怖しかない。



「というか何でクダそんな事にまで詳しいの?」


「いつだったかの主が娼館やってたから見てた。娼婦と性行為してる最中の客からその隙に金目の物を盗むようクダに命令するもんだからクダが呪い寄りになっちゃって店と一緒に没落したけどねー」


「わあ……」



 凄ぇ話だ。



「凄い話してるなあ」



 心の声とシンクロした声に視線を向ければ、や、と巨体が街灯に照らされながらひらりと手を振った。



「イーシャ」


「うん」



 名を呼べば、相変わらず仮面で目元を隠しているイーシャは口元を緩ませる。

 こうして見ると口元は結構表情豊かで、目元が隠れていてもなんとなくわかりやかった。



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