魔物の殺傷力怖い
とりあえずまあ良いとするか、と思いつつギルドへ行って良い依頼は無いかとリャシーに聞く。
「今のキミコはペリドットランクですので、トルマリンランクまでの依頼が受けられますよ。採取と討伐、他にも幾つかありますがどれがよろしいでしょうか」
ふむ、
「クダはどれ?」
「こういうの決めるのって主様じゃない?」
「だって私戦闘出来ないもん」
一応魔法の使い方は何となくわかってきたが、先日のマンドラゴラ採取で自分の魔力がそこまで無いというのもわかっている。
気力が持ってかれるあの感じからすると己の魔力は平均レベルなんじゃないだろうか。
「となると戦闘するのはクダって事になるし、鑑定が出来ても採取知識が少ない分どの道クダに頼る事になるしね。探索でも配達でも確実に頼るだろうから最初から聞いた方が早い。こっちが頼む側だし」
「主様はそういうの考えなくて良い立場なんだけど、考えてくれるの嬉しいからいっかあ!」
クダは嬉しそうに耳をピコピコさせて尻尾をぶんぶん振っていた。
笑顔が実に可愛らしい。
「どの依頼かなんてクダはどっちでも良いけど、主様の安全と知識面を考えると採取とかの戦闘しない系統かな?」
そっちなら説明する余裕もあるし。
「クダも討伐は余裕で出来るけど主様が近くに居るのを考えるとね。クダが分裂して守れば良いだけなんだけど、やっぱりそれとは別で主様の傍に誰か居た方が安全だと思うし」
「あ、はい、貧弱でお手数かけます」
「んーん、装備とかで主様多分普通の人より頑丈になってるから大丈夫。ただ人外からするとまだ貧弱寄りだからクダが勝手に心配してるだけ」
「成る程」
相変わらず人外のステータスの高さ凄いな。
「それでリャシー、主様も安全な依頼ってある?」
「そうですね……安全最優先ならオパールランク用の初心者向け依頼を繰り返し受けるのが一番ですけど、丁度よさそうなのはトルマリンランクに設定されてる失せ物探しなどでしょうか」
「失せ物探し?」
「依頼の分類としては探索と手伝いの間扱いされる依頼ですよ」
コレです、とひらりと飛んだリャシーは掲示板に貼られている依頼書を示す。
「こちらなのですが、依頼人は旅行者の方ですね。この町に来る際に祖母の形見であるナイフとアイスピックを落としてしまった、と」
「……祖母の形見にしては随分と攻撃力が高い……」
「どうやらおばあ様が冒険者をしていたようでして」
冒険者やってるからって形見がナイフとアイスピックになるなんてあるだろうか。
いやまあアイスピックは、うん、生前冒険者を引退した際にバーとかやってたんならわからなくもないけど。
冒険者ならナイフもわからなくは、ううん……。
「でもこの町に来る際って事は範囲が広くないです?」
「いえ、場所はわかっているので問題ありません。依頼人は冒険者では無いのですが魔物除けのアイテムを使用して徒歩でここまで来たらしく」
「徒歩で」
「というのも依頼人は酷い方向音痴で、馬車に乗ろうとしたはずが町の外に出ていたから仕方なくそのまま歩いて来た、と」
「……………………それ、は、この町に辿り着けたのが奇跡ですね、としか……」
「酷く遠回りになっても最終的には目的地にたどり着けると自慢気にしておられました」
自慢になる事かなあソレ。
「ただ道中の森を突っ切る際に木の根に思いっきりコケたらしく、こちらに到着してから形見の品を無くした事に気付いたそうです。尚依頼人は町などの拠点にならどうにかたどり着けるものの森などといった場所に狙って行くのが難しいそうで、こうして依頼を出されました」
「また難儀な方向音痴ですね」
「ふふふ、そうですね」
リャシーは口元を手で隠して控えめに微笑む。
「ちなみに本来はペリドットランク……森での失せ者探しなのでオパールより一つ上のランクとなりますが、旅行者という事もあってあまり滞在出来ない為にトルマリンランクとなっております。多少報酬が多くなっても取り戻したいようで」
「それだけじゃないよね?」
クダはエメラルドランクの依頼書が貼りだされている掲示板を指差した。
「ここにある討伐依頼で凶暴性の高いボーパルバニーが出没するから討伐してほしいって依頼だけど、場所が一致してる。場合によっては現れるかもしれないからっていう危険性も兼ねてトルマリンランク?」
「はい」
リャシーは頷く。
「戦闘する必要が無く、いざとなれば逃げれば良い。なのでトルマリンランクとなっております。依頼人から教えられた失せ物があると思われる位置は森の中でも比較的手前。そして件のボーパルバニーが出没するのはもう少し奥に入った位置ですので、鉢合う可能性は低いと思ってのランクです」
なにより、
「人外であるクダが居るのであればエメラルドランクに分類されるボーパルバニー程度は対処が可能だと思いまして。キミコも奴隷使いであればいざという時の度胸に期待出来るので大丈夫と判断しました」
「いや判断されても……」
「あ、仕留めた場合は報酬を渡しますので是非ご報告をしてくださいね」
相手の好みの姿になるというリャナンシーなだけあってリャシーの笑顔はとっても魅力的だった。
・
断れないし断る理由も特に無いし、と失せ物探し依頼を受けて森を歩く。
マンドラゴラ大繁殖の森とはまた違う森だが、先日に比べて随分と体力の消耗が少ない気がした。
あと歩くスピードも微妙に上がっているようで想定よりも早くに到着出来た。
……エルジュがくれた腕輪のお陰かな。
歩く際の消耗が軽減するとか足が速くなるとかめちゃくちゃありがたいが、どれだけの価値があるかを考えると恐ろしい。
いやまあそんな事言ったらルーエがくれたアイテム袋とその中にまだ沢山ある百万ゴールドの硬貨も恐ろしさの塊なのだが。
ひとまずの百万ゴールドはあるので、今後を思うとそれ以上を崩さずに生きて行けるようにならねば。
……ま、速度上がってもクダが全然気にせず一緒に歩いてくれたのは嬉しかったし良いか。
というよりも普段の己の足が遅く、それにつき合わせている可能性もある。
実際動物って普通に足はっやいもんなあ。
「んー……」
前を歩いていたクダは鼻をすんすん鳴らしてこちらを向く。
「匂いするから多分この辺だよ、主様」
「依頼人さんの匂いとか知らないはずなのにわかるの?」
「特定の為の特徴聞いたら、魔物倒した際の血が両方にこびりついてて赤く染まってるって言ってたでしょ?」
「ああ、うん、言ってたね……」
アイスピックが正常な使い方されている可能性はそれにより完全崩壊したのだった。
ナイフもそうだがアイスピックも完全に武器として使用されてましたわ。
「染まる程なら魔物の血の匂い、それも古さがある匂いがすると思って。数日経過してるのか他の匂いも結構混ざってるけど、この辺だと思うな。近くに咲いてる花の香りが強くて位置の特定がし辛いのが難点だけどね」
「じゃ、地道に探そっか」
「良いの?」
何故かクダがきょとりとした目でこちらを見る。
「命令すればクダ、頑張って探すよ?」
「いや別に、キツめの匂いをもっと嗅げっていうのはパワハラでスメハラだろうし、地道に探すくらいなら私でも出来るしね? あとそもそも依頼受けたの私なんだよクダ」
「クダは主様の奴隷なんだから全部任せてくれれば良いのにー」
「任せるところは任せるつもりだけど、無理をさせる気は無いんだって」
言いつつクダの頭に手を乗せてわしゃわしゃと撫でれば、クダは気持ちよさそうに目を細めた。
・
そういえば、としゃがんで草を掻き分けつつクダに問いかける。
「ボーパルバニーって何?」
「あれ、主様それも知らない? スライムは多少知ってそうだったのに」
「スライムはファンタジーでお馴染みだから知ってるけど、ボーパルバニーは知らないよ」
初日に食事を奢ってくれたヨルムンガンドのガルドルが食べていたのは覚えている。
そういう魔物が居るんだなあと思ってあの時はスルーしたが、聞いておけば良かった。
……まああの時は冒険者になるとかも考えて無かったし、ある程度を把握するので精一杯な状態だったしね。
精神的にも結構プレッシャーが大きい時だった。
それもあってクダには契約を押し切られた感があるが、今こうしてお世話になっているのを思えば結果オーライだろうか。
「ボーパルバニーっていうのはああいうの」
クダが指差した方を見れば、小さなウサギが血に染まっていた。
えっ何アレ怖い。
「この辺りに居るボーパルバニーは小さいから大丈夫だよ、主様。幼児だったら危ないけど相手が人間でも大人だったら噛み殺しにはこないから」
「噛み殺しに来るの!?」
「それがボーパルバニーだもん。でも大きいならともかく、この辺りの個体は小さいから危険は少ないよ。依頼が出てたボーパルバニーはそろそろ大人も殺しそうな程に大きくなってるみたいだけど」
「…………特定個体の討伐的なアレですか」
「ソレですねー」
合わせて敬語を使って来たクダは楽し気に笑みを浮かべる。
か弱い人間としては超怖いとしか言いようが無いのだが、ウサギを狩る側である狐からすれば大した脅威でも無いらしい。
「ちなみに本当に大人を殺しているようならスピネルランクの依頼だけど、大きさが人間を殺せるサイズだから被害が出る前にって事でエメラルドランクなんだと思う」
「とにもかくにも触らぬ神に祟りなしって事かあ」
「クダは主様が望むなら狩るよ?」
「いや狩らんで良いよ別に。人間に攻撃はしてこないだろうサイズのボーパルバニーでも怖いくらいだし」
「あ、いやいや人間に攻撃は仕掛けてくるよあのサイズでも。一撃で喉を噛み千切る程の致命傷にはならないだけ。あと武器があれば追い払うくらいは出来るサイズってだけ」
「ねえそこは早く言って!?」
しかも一撃で噛み千切る程じゃないという事は、喉狙いの攻撃を仕掛けてはくるということでもある。
つまり喉を何割か噛み千切られてるけど生きてます、みたいな死んだ方が苦痛少ないんじゃないレベルの怪我を負わされる可能性もあるという事で。
「クダ!? ちょっとクダ大丈夫なんだよね!? ここ安全!?」
「主様は人間だから大丈夫だって。クダもクダの方に向かってくるのは仕留められるし」
「私の方に向かって来た場合は!? 人間だから大丈夫って人間だからこそアウトじゃない!?」
幾ら魔法が使えると言っても付け焼刃だし武器は無い。
あるとしても硬貨が入った袋かテングタケの粉末が入った袋かの二択。
鈍器か毒かってどういう二択だ。
……でもクダが大丈夫なら大丈夫、なのかな。
短い付き合いだが、クダは色々と教えてくれる。
ここで騙し討ちして仕留められるよう動いたりはしないだろう。
というかやる利点が無い。
……や、一応お金は持ってるから仕留める利点はあるっちゃある?
しかしこちらの奴隷、つまり主従関係になった以上、主としてある程度の要望に応える気はあるのだ。
わざわざそんな手間を掛けるよりも普通に言った方が早いので多分無い。
「あ」
そう思いつつ草を掻き分けると、先程のボーパルバニーのように血の色に染まったアイスピックが転がっていた。
血の色というか、既に酸化している為か酷くさび付いているように見えるけれど。
「クダー、アイスピック見っけたー」
「クダもナイフ見つけたよー!」
拾ったアイスピックを掲げて告げればクダの方も見つけたナイフを掲げたので、後はこれを持って帰ればミッションコンプリートだ。
ついでに受けた採取依頼の採取物も来る道中で採取し終わっているしあとは帰るだけ。
そう思って立ち上がった瞬間、先程とは違うボーパルバニーが一直線にこちらへ向かって来たのが見えた。
……いやデカッ!?
フレミッシュジャイアントを連想させる大きさに、思わず身が強張る。
素早く飛び掛かって来たボーパルバニーがこちらの喉に飛び掛かって来たのを、走馬灯でも見るかのようなスローモーションで認識すると同時、
「うひゃっ!?」
背後から伸ばされた大きな手に肩を抱かれて後ろへ引かれると、もふっとした大きな何かに受け止められた。
それと同時、目の前に跳んできていたボーパルバニーの首が頭上から伸びて来た口に噛みつかれ、絶命したのが見えた。
「……危なかったな、嬢ちゃん」
ペ、と吐き出されたボーパルバニーはこちらの肩を抱いている大きな手とは別の手に受け止められた。
……あ、今声掛けられたの私か。
それに気付いて見上げれば、大きな女性がこちらの顔を覗き込んでいた。
普通の目ではない、虫のような単眼が八つ。
「ええと……動けなかったのでとても助かりました、ありがとうございます」
「は?」
お礼を言ったはずが、何故か怪訝そうな顔をされた。




