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物の価値



 朝食を終えてからギルドへ向かう途中、路地裏に変な動きがあるのを見つけた。

 何となく覗いてみれば、豊満な胸元がガッツリ空いたシャツをお召しになっているエルフの女性。

 そして明らかに彼女へと絡んでいる三人の男だった。



「……クダ、あれ何してるかわかる?」


「んーっとね」



 クダは耳を路地裏の方へと向ける。



「あのエルフが身に着けてるピアスとか腕輪とかが見るからに高級品だから寄越せって言ってる」


「えっ」



 それってカツアゲじゃないのか。

 思わずクダを見ると、クダはきょとんとした顔で首を傾げた。



「どしたの主様」


「いや、いやいやいや、それ駄目なヤツでしょ。放っといたら駄目なヤツだよね!?」


「人間の三匹……じゃないや。三体くらいならエルフでも素手で首を折るくらい出来るから大丈夫。それによくあるよ、このくらい」


「よくあんの!?」



 エルフはダークエルフを含めてもまだ二人しかまともに会話した事が無いが、それでもすらりとした細腕である事は知っている。

 骨と最低限の肉と皮で出来てんのかなこの腕、と思う程に細いのだ。

 その細腕で人間の首くらい余裕で折れるというのは、人間だってやりようによっては人間の首を折れるというか折れてしまうから殺人事件なんてものが発生するのだが、それはそれとして驚いた。

 が、それよりも重視すべきはこんなカツアゲが日常的にあるとされる部分だろう。



「よくあっちゃ駄目でしょうよカツアゲは!」


「でも主様、食べながら歩いてる時に動物の犬がわんわん吠えて足元に絡んできて手に持ってる物寄越せってねだってきたらどうする?」


「可愛い」



 実際の野良犬は痩せ細ってたり凶暴性があったり寄生虫や病気やらの可能性があって危ないし怖かったりするが、手入れされたポメラニアンくらいを想像すると最高可愛い。

 想像の中なら可愛い系に変換しても許されるだろう。



「あれはソレ」


「ソレかなあ……!?」



 獣らしい爪で路地裏の方を示されるが、アレってそんな可愛いものだろうか。

 例え外国だろうが母国だろうがあんな無理み溢れる野郎共に絡まれ囲まれ持ち物寄越せと迫られたら自分の場合泣きかねん。

 泣けるかどうか怪しいレベルで恐怖だ。


 ……こっちの世界はまだ助けて誰かって叫んだら人外が駆けつけてくれるだろう部分が救いだけども……!


 そうじゃない場合はマジで無理レベルの恐怖。

 多分あり得ないだろうが人外にあんな絡まれ方をしても怖いだろう。

 でもやっぱり同じ種族というのもあって人間のチンピラに囲まれるのも普通に恐怖の対象でしかない。



「人外からしたら人間なんて蹴ったら蹴り飛ばされるだけだし、可愛いものだよ? 何かあげても結局その場しのぎにしかしなくて他の誰かに頼りっぱなしな生き方はちょっと、どうかなって思うけど」



 でもそこも人間の可愛いところだもんね、とクダは笑う。

 それ多分人間種族の中でもヒモって名称で呼ばれる分類の生き物じゃないかな。


 ……そりゃ野良猫とかがねだるなら可愛いもんだろうけどもさあ……。


 人間がやってるとチンピラのカツアゲでありヒモ野郎でしかないのでちょっと。


 ……いや、うん、まあ、己も日本で生活してた時は微妙にヒモな素養はあったけど、うん、アレに関しては向こうが自主的にやってくれてただけだし……。


 思い出した己の心当たりから目を逸らして蓋をする。

 子供に泣かれる目つきながら変なのを引っかけるのか、よくストーカーが出来たものだ。

 そんな彼ら彼女らが勝手に生活費払ってくれたり荷物の受け取りしといてくれたり掃除洗濯料理など済ませてくれたり服が古くなったら新しいのに替えてくれたりをありがたく享受していたが、うん、あれはまあ、色々あって話し合って合意になったものだから多分セーフ。

 今はもう関係無いし多分セーフだ。

 それより今は被害に遭っているエルフ女性についてだろう。



「……クダ、あのエルフの人を助けに」


「あ、いかなくてだいじょぶだいじょぶ。駄目なら断るし駄々捏ねるならメッて叱るし、別にあげても良いかなーって思ったらあげるよ。ほら」



 ほらと言われたので路地裏に視線を戻せば、エルフの女性は仕方なさそうな笑みを浮かべて宝石か魔石のような物があしらわれた髪留めを外す。

 それを男達に渡せば、男達は既にその髪留めで得られる金やその使い道に意識が向いているのか、実に悪そうかつ楽し気な笑みを浮かべて去っていった。

 良いのかアレ。



「主様も野良猫にパンの何もついてないトコあげたりした事なーい?」


「…………まあ確かにあるけどもさ」



 あるけども。



「価値、違わないかな」


「人外の場合、人間とは価値観が違う場合も多いから。金銀財宝が大好きな種族も居れば、石ころとの区別がいまいちつかない種族も居るんだよね」



 腰の後ろで腕を伸ばすように手を組んだクダは、下からこちらの顔を覗き込むようにして笑う。



「それに価値としては与えて良いのしか与えないよ。人間だって動物に何かを与える時はそうするでしょ?」


「つまりあの人……エルフにとってはそのレベルって事かあ」


「だねえ。ところでその人こっち来てるよ」


「ええ、来てるわよ」


「えっ」



 聞こえた声にクダに向けていた視線を改めて路地裏へと移すと、紅を引いた唇を笑みの形にしたエルフがそこに居た。





「うふふ、可愛いのねアナタって! 通りすがりかつ遠目だっていうのに私を気遣って助けようとしてくれたその精神もまた素敵だわ! ああいう時、大半の人間は素通りするのに! そして無謀な正義感じゃなく、ちゃんと助ける事が出来るだろう人外に頼ろうとしたのもグッド! その判断で人間の生存率って変わるものね!」


「首もげる首とれる首首首」


「あら、ごめんなさい」



 ガッと頭を掴まれたと思ったらそのままわしゃわしゃぐわんぐわん撫でられて褒められたが、思ったよりも力が強いというか皆結構強めなんだけど回転が広くて首がヤバい。

 小回り程度の回転ならまだしも遠心力が発生するような撫でられ方をすると頭もぐらんぐらんするので慌てて告げたところ、パ、と手を離された。



「でも嬉しかったのは本当なのよ、人間ちゃん。年端も行かない子供なのに頼もしいのね」


「成人してる二十四です」


「確かに人間の成人は十五だって聞くけど、エルフの成人は百五十だもの。百にも満たない人間なんて赤ちゃんみたいなものだわ」



 ふふ、と彼女は微笑んでこちらの頬をぐにぐにと摘まむ。

 ってかこっちの成人て十五なのか。


 ……聞いたっけ?


 駄目だ数日と言える程の時間も経ってないのに色々怒涛過ぎて聞いたか聞いてないかサッパリ記憶に無い。

 異世界なので仕方ないが、初見情報が多過ぎる。



「私はエルフのエルジュ。人間ちゃんは?」


「喜美子、です。こっちはクダ」


「奴隷であり管狐のクダだよ!」


「へえ」



 そこまで言って良いんだろうかと思ったが、人外だからなのかエルジュは頷き一つでさらっと流した。



「じゃ、キミコ。腕を出してちょうだい」


「腕?」



 言われるがまま腕を出すと、エルジュは自身の腕に嵌まっていた腕輪を外した。

 それに何か呟くと腕輪が光り、こちらからも発生した謎の線で結ばれる。


 ……え、待ってこれ何かルーエがアイテム袋くれた時とデジャブ感が……。


 そう思い至るや否や、エルジュは笑みを浮かべたままこちらの手首にその腕輪を通した。



「…………あの」


「あげるわ、ソレ」


「いやいやいや! 求めてないです大丈夫です身に余りますこの豪華めな装飾品は! 返しますんで!」


「でももうキミコで主人登録しちゃったから外して捨てても気付いたらキミコの視界にひっそり佇む事になるわよ?」


「呪いのアイテム!?」


「どっちかというと落とし物回避の為の魔法かしらね。盗まれても置き忘れても安心仕様」


「安心かなあコレ!?」



 突然渡されても超困る。

 敵意も悪意も無いんだろうって事はわかる。

 クダが反応せず笑顔で見守ってる辺り、恐らくは親戚の人が姪っ子とかにプレゼントあげるノリなんだろうなあというのもわかる。

 でも親戚でも無ければ子供でも無いのでわあいと手放しで喜ぶわけにもいかんジレンマ。

 手放しで喜べる時期はとうに過ぎている。



「それにコレ、さっきのチンピラが寄越せって言ってたけど渡してないヤツですよね!? そのレベルで大事なんじゃないんです!?」


「え、別にそこまででも無いわよ? 似たようなものなら屋敷に沢山あるもの」



 さては金持ちかこの人。

 人ってかエルフだけど。



「じゃあ何でさっき……」


「あの子達は換金出来る品物を欲しがってたから、適当に作ったあの髪留めの方が良いと思ったの。金と宝石だし。でもこっちの腕輪は魔石が仕込まれてるし、日常生活や冒険で活用出来る魔法も刻んである。装備として使うならともかく、売るくらいなら装備の価値が無い見た目だけの物の方が良いでしょう?」



 わからん。



「あのね主様、こういう魔法が掛かってるのだと換金所に持って行く時に手間が掛かるの」



 ちんぷんかんぷんの顔をしているのがわかったのか、クダが解説に入ってくれた。



「宝石や金ならその物質の価値で良いけど、魔法が仕込まれてる場合は数や種類、質によって値段も需要も変わるから。あと売る先の店によっても需要が変わる分、値段も差が激しくなっちゃうんだ」


「…………野菜ならそのままの値段で良いけど、料理になるとピザかラタトゥユかは結構な差があるし、屋台と考えると客層によっても需要が変わって吹っ掛けれる値段が変わるみたいな……?」


「そうそう!」



 成る程、そう変換すれば何となくわかる。

 確かに屋台もフルーツそのままとかは安いが、多少なりとも加工された物の場合は手間賃や材料費分の値段が嵩増しされて売られていた。

 そしてしっかりした利益が必要となる店と考えた場合、その差は実に顕著だろう。

 お店によってメニューの値段が違うとかはザラなので、売る先によっても変化するだろうし。


 ……となると、確かに換金目的のチンピラには手間が少ない方が……良いか?


 そもそもチンピラに渡すなという問題な気もするが、まあ本人というか本エルフが気にしてないみたいなので多分良し。

 価値観が違うのだろう多分。



「で、それはわかったけど何で私に腕輪なんです? これエルジュのですよね」


「助けようとしてくれたお礼」


「お礼が高い! そんな美人局や当たり屋みたいな尋常じゃない額は請求した覚えも無い! そもそも助けようとはしたけど助けて無いし一歩目を踏み出しもしてない!」


「助けようとした判断が嬉しかったのよ。ちゃんと自分の力量を把握した上で無謀をしなかった部分もね」


「そんな程度で甘やかされたら駄目になるんで! 本当! 結構です!」


「ふふ、大丈夫よ。駄目な人間も可愛いけど、そう思える人間はそうそう駄目にならないタイプだから」



 額を指先でコツンとされたが、納得出来んのはこちらが子供なのだろうか。

 いやでも本当筋通って無いから違和感。



「…………やっぱりこれ、価値が釣り合ってないと思います」


「大丈夫大丈夫。昔装飾品作りに嵌まった時、ノリで作ったハイスペック腕輪ってだけだもの」


「手作り!?」



 いや違うハイスペック腕輪って何だ!

 そう叫ぼうとしたが、ええ、とエルジュが笑みを浮かべたまま頷いたので言葉が途切れた。



「作るのに嵌まると、ちょっと凝りたくなる時ってあるでしょう?」


「まあそりゃあるでしょうけど……」


「コレはソレと同じなの。魔石だけなら適当に魔物を狩れば良いし、魔法は自分で刻んだもの。魔法を刻むのが手間だから数や質の分だけ値段が跳ねあがるんだけど、そこは自前だからロハ」



 ロハて。



「人間で言うなら石に好きな模様を掘って腕輪状にしたものって感じだから、本当に気兼ねなくて良いのよ」


「……本当です?」


「ええ、本当。売ればお金になるのは事実だけどね」



 そのお値段が怖いのだが。



「ちなみにさっきの子達に渡した金と宝石は錬金術で作ったものだから実質無料みたいなものよ。大丈夫」


「それはそれでアウトなのでは!? えっ、あの人達しょっ引かれません!?」


「ちょっと前……百年と少しくらい前だったかしら? に、とある国の王様が錬金術師を集めて情報を秘匿させたのよね。それで錬金術に関しての知識が人間の中では滅んじゃったから、見抜ける人なんて当時を知ってる長命種だけだから大丈夫」



 だからそれはそれでアウトじゃないのか。



「というか情報を秘匿させて知識が滅ぶってどういう……」


「人間って欲深いでしょう?」


「まあそうですね」



 否定はしないし出来ない。



「だから、物質が存在する限り無限に生み出せる宝石や金を欲しがったの。そしてそれを自分だけの物にしたかった」


「…………価値ですか」


「そうね」



 エルジュは腕を組んで豊満な胸をリフトし、優しく微笑む。



「宝石が溢れていたら、ありふれた物になってしまって価値が無くなるわ。王様は宝石を欲しがったけど、価値がある物だから欲しがっていた。だからこそ他の人間の手にそのジェネリック宝石が渡るのを避けた」


「ジェネリック宝石」



 何となくわかる。



「ただまあ知識の秘匿って、要するに次へと知識が続かないって事でもあるのよね。秘密を持ってる人が秘密を抱えたまま死んだら、その内容を知るなんて出来ないでしょう?」


「……確かに、ゴーストとかにでもならないと出来ないですよね」


「結果、受け継ぐ先が居なくて錬金術師は全滅。人間世界から錬金術は失われました」



 というお話、とエルジュは両手の平を見せるように広げた。



「もっとも集められたのも秘匿させられたのも人間の錬金術師だから、人外は普通に知ってたり知らなかったりするんだけど」


「えっそうなの!?」


「誰も言わないし、趣味やお小遣い稼ぎ程度にしか作らないけどね。だって作れるってわかったら第二の錬金術滅亡が発生するでしょう?」


「人間種族……」



 先人の行いから学ばずに繰り返すところが実に人間らしいし、実際にやりそうなことだ。

 否定出来ない事実や学んだ歴史などを思い出して頭痛がしてきた。



「もっとも作れる人間が居ないのもあってジェネリック宝石かは見分けがつかない扱いになり、換金所でも普通にお金にする事が出来るようになったのでした。

 正確には見分けがつくし人外ならわかるのも多いんだけど、ジェネリック宝石自体あんまり作られないのもあって同じ価値で良いか、って扱いでね」


「わあいガッバガバ」


「分解しても成分から何から宝石の物に変換してあるお陰で人間の知識じゃ判別つかないし、良いんじゃない? それに錬金術が人間社会から廃れて行ったのも良いことよ、きっとね」


「……というと?」


「人間の欲は幾らでも増幅するから、金や宝石じゃ足りなくなるでしょう? でも金や宝石が欲しいから皆錬金術をやるようになる。きっと農家も剣士も誰も彼もが。

 そうして大量に生産された結果金や宝石の価値が下がって、生産量が減った野菜などの一般的な生活必需品の価値が上がる。後は戦争が起こるだけ。価値に差があれば、その時点で火種になるものよ」



 成る程。



「確かに金には価値があるから金目当てで戦争が起こる事もありますけど、野菜がそれだけの価値を持った時、野菜を取り合って戦争が起きかねませんよね。しかも金は仮に無くても大丈夫だけど、野菜となると生きる為の栄養素的にも……」


「ふふ、そこでちゃんと想定出来るところが偉いわキミコ! 野菜は野菜だって思考が根付いてると、その存在が無くなった時にどれだけ厳しい状況になるかがわからないものなのよね。

 金が無ければ生きて行けないと言う人間も居るけれど、食べ物が無い方が生き物はよっぽど食べていけないでしょうに。買うお金が無いのと買う物自体が無いのは大違いだわ」


「そんなひと月にも満たない先すら見えないのも人間の可愛いトコだけどねー」



 うふふあははとエルジュとクダが微笑み合っているが、人間としては恥ずかしい限りだ。

 可愛がってもらえるのはありがたいが愚かさを愚かなまま放置するとヤバいという事実だけが浮き彫りになってる。



「ま、そういう事だからその腕輪は受け取ってちょうだい。冷静に把握出来て歪んでも居ない奴隷使いなんて珍しいもの。出会えた記念、ってことで」



 言って、エルジュはこちらの額にキスを落とした。



「それじゃあ、また会えるのを楽しみにしてるわね!」



 エルジュはそのまま当然のように去って行き、こちらの手首に残るのはドレスとかに合わせるのが似合いそうな立派な腕輪。


 ……人外って人間に貢ぐ趣味でもあるのかな。


 しかし人間も猫カフェとかでキャバ嬢相手にするみたく湯水のようにお金を使うし、猫好きな人はバッグに猫用おやつを入れている事も多々あるわけで。

 ああいう感覚だと思えば理解出来なくも……いややっぱ理解難しいな人外。



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