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護身用(ヤベェ粉末)



 無言で成り行きを眺めていた皆だったが、一番に動き出したのはクダだった。

 クダは耳と尻尾をゆるりと揺らしてすんすんと鼻を動かし、首を傾げる。



「主様経由で嗅いだ事のある匂いだけど、クダと会う前に話したりした?」


「いえす」



 アソウギにお金を両替してもらった後に会ったのが彼らだ。

 突然の手品と花のプレゼントでご飯を食べる元気をくれたのを覚えている。



「でも色々怒涛の展開が多くてすっかり忘れてて……ここに来たのも偶然だから申し訳ないな」


「あれ、そうなんだ」


「俺達は別にそれでも良いけど」


「「結果的に約束守ってくれたならそれでオッケー!」」


「まあそもそも約束とかじゃ全然無いけどさ!」


「見に来てねって俺達が勝手に言っただけだからね!」



 テンション据え置きで真顔をされると音声と画面が一致してないみたいな気分になるが、どうもこれが彼らのデフォルトらしい。

 そういえば最初に会った時も笑顔があんまり得意じゃないとか言っていた。


 ……ウサギって見慣れると表情豊かだしボディランゲージも豊富なんだけど、見慣れてないと本当に無の表情だからなー……。


 実家のリズム(ウサギ)も最初はどうすれば良いかわからなかったくらいだ。



「おうーい、お待たせしたヤギの丸焼きとヘイキューブと小皿のサラダとミートパイとネズミの……何しとるんじゃウサギ共」


「あ、店員来ちゃった」


「いっけなーい」



 パ、と手を離した双子はそのままぴょいっと飛び降りた。

 流石ウサギなだけあって、危なげない着地である。



「俺達基本的に場所借りて魔法無しのエンターテインメントを提供してるだけだからさ」


「手品関連ならともかく、ここのお客さんに絡んでるの見られたら最悪出禁食らいかねないし」


「それに俺らはもう食べ終えてるから」


「偶然とはいえ再会して話出来ただけでも嬉しいしね」



 ニッ、と双子は笑う。



「「それじゃあね主様! 今度来る時は手品やってる時間に来てくれると嬉しいな!」」


「いや待って!? 私の名前主様じゃなくて喜美子! 喜美子だからー!」



 慌てて叫んだが、双子は既に跳ねるような動きで外へ出てしまっていた。

 素早ぇ。



「ふうむ……結局どういう何事じゃ?」



 グリスは大きなお盆に載せた料理をテーブルへと置く。

 内容的にテーブルの上が凄いカオスだ。



「いやあちょっと、こっちに来てすぐの時に彼らにお世話になって」


「ほほう、あやつらにか」



 にまりと笑ったグリスは顎に手を添える。



「約束をしても破る事の多い人間が、約束もしていないのに偶然とはいえ来てくれた……うむうむ、それはさぞや嬉しかろうな。手品以外で客に絡むなど迷惑客扱いするところじゃが、今回は大目に見てやるとするかの」



 ……ううーむ。



「……人間、そんなに約束破る?」


「口約束で金の貸し借りをした時など大概破るじゃろう人間。ちゃんと覚えていた上で返してくれる人間なぞ稀じゃぞ。大概は忘れるし、仮に覚えておっても返す返すと言いながら返さん」


「ああ、あるある。よくあるわよねソレ」



 トラウがヤギの肉を素手で千切りながらしみじみ頷いた。



「その結果妖精枠な私達は人間襲って悪者にされる、っていうのがあんまり共存進んでなかった頃の定番だって親に聞いたわ」


「他の種族にも居るが、妖精もまた約束事を重視するタイプじゃからの。アタシは妖精では無いから約束というより奪い奪われが基本じゃが、あやつら毎回アタシらの頭が足りんのを良い事に詐欺染みた契約させよるのがなあ……オーガなどは財産結構持ってるからと狙いおって」


「ねえクダこれ人間の私が聞いても良いヤツ?」


「クダ達人外はそういうの隠してないから別に良いよ?」


「うん、聞いた人間がキレる事多いくらいだね」


「なぁーる」



 クダとイーシャがそう言うならそんなもんなのだろう。

 実際人間はよくわからんとこから怒ってくる人も居るので否定出来ないし、大人しくミートパイを食べるとするか。


 ……呟き系サイトでも誰だお前みたいな人が急にキレて荒らしてくる時あるもんねー。


 こっちの人生だしお前に言って無いんだから良いじゃんいつまでも漫画読んでたら云々とかやかましんじゃ、と言ってやりたくなる。

 そうやってコメント返しをすると戦いになるので基本は静かにブロックだが。

 それでも、ブロックされるとこっちの何が悪いのかとかわかんないし謝罪のしようが無いふざけるな、みたいな事を自分のとこで言ってる人が時折居るのは微妙な気分になる。

 ブロックしておいて見に行くこちらもこちらだが、そもそも会話出来る知的生命体と認識出来るような言葉を用いてないから会話出来ないと判断して先手を打ってるだけ、と言ってやりたくなったものだ。

 言ったらそれはそれで要らん火種になる気がしたので止めたが。


 ……うーん、根深く覚えてるとか私も中々根強いというかねちっこいというか……。


 数年前なのに苛立ちなどを無駄に記憶しているのは良いのか悪いのか。

 多分確実に良くないと思う。





 食事を終え、酒場を出る。

 この酒場が宿屋でもあるなら良かったが、そうではないので普通にホンゴが経営する宿屋まで帰らなくては。

 いや数日分として部屋取ってるからそれで良いんだけども。


 ……にしてもトラウ、本当によく食べてたな。


 結果的にマジでヤギをまるっと三匹分食べていた。

 イーシャも数キロ分ありそうなヘイキューブを食べていたが、こっちは大柄さを考えると栄養価足りるか心配になるレベルの内容なので大丈夫。

 馬の内臓的には栄養価が高いと逆に厳しいらしい。

 ただ、トラウは小柄さもあるので意外性が強かった。


 ……うん、これに関してはそれぞれの支払いで良かった!


 こちらの支払いはミートパイとネズミの丸焼き、そして追加で頼んだフライドチキンのみ。

 本当はお酒も頼もうかと思ったのだが、ハトリとイーシャが飲まないなら止めておこうか、と自粛しておいた。

 トラウは気にせずガバガバ飲んでいたが。



「そんじゃあ気を付けて…………クダが居るとはいえか弱いんだから気を付けて帰れよ、キミコ」


「ハトリ今突然名指しにシフトしなかった?」


「トラウは襲う側だしイーシャはうっかりやらかす側だ。どっちも襲われる気がしねえ。対してお前はか弱い人間だろ。殴られたら死にかねねぇんだから、クダが居るとはいえ気をつけろよ」


「殴られたら誰でも死ぬんじゃ……」


「キノコ相手にそう思うか?」


「私も殴られるくらいなら普通に平気よ。流石に切り裂かれた上に服の守り無しで日の光に晒されたら死ぬと思うけど」


「俺は棍棒で殴る側だし、仮に殴られても……うん、相手によるかな。流石にさっきのオーグリスとかに本気で殴られたら痛い気がする」


「クダ分裂で避けれるし、場合によっては化かしで避けれるから余裕!」


「強いな人外……」


「人間が弱いんだよ」



 ハトリにぽんぽんと頭を撫でられる。

 平均だと思っていたが、人外基準だと人間は相当に脆いらしい。


 ……まあ人間も動物に対して骨脆いなーって思う事はあるし、そのテンションなんだろうなあ……。



「あ、そうだ護身用にこれやるから持っとけ」


「え?」



 何かを差し出されたので手を出せば、何かが入った袋が乗せられた。

 匂袋のような巾着サイズ。



「これは?」


「今日分裂した時の俺を始末したヤツ」


「んな!?」


「だって同じヤツが増え続けても面倒だろ。普段なら魔物に食わせて仕留めるけど今日はそういうんでも無かったし。一応人間の前でやるのは酷かと思ってささっと済ませたんだぜ」



 どういう気遣いだ。

 というか気遣いなのかそれは。



「あー……人間だと感覚がわかりにくいか。人外だと割り切りが早い分適当に納得するから楽なんだが…………」



 笠部分を軽く掻いて、ハトリは言う。



「つまり人間で言うところの爪切りみたいなモンだ。中に入ってんのは仕留めた俺を粉末にしたモンだが、人間的に言うなら切った爪の粉末」


「それはそれで渡すにはどうなのってチョイスだよ!?」



 猟奇的なヤバさは無くなったが違うベクトルのヤバさが顔を出してないか。



「まあテングタケだから嘔吐、腹痛、下痢、痙攣、運動失調、幻覚、視力障害、興奮、頻脈、発汗とかの症状出るし、上手い事使え」


「使えないし使い道が無いよ!」


「魔物仕留める時とか使えるぞ。まあ相手の体格によって必要量変化すっけどな」



 ……何か頭痛くなってきた……。



「……とびっきり人間にだけは渡しちゃ駄目な部類の物じゃない……?」


「そこで駄目ってわかるヤツだから渡したに決まってんだろ。駄目なモンってわかってりゃ馬鹿な使い方はしねえ。即座にどう使おうか、死にはしない程度なら気の食わねぇヤツに……って考えるヤツは駄目だな。そういう人間には渡せねえ」


「信頼は嬉しいけど! 今日会ったばっかりなのに信頼が重い!」


「キノコの粉末が入った信頼なんざそう重くねえだろ物理的には。大体、信頼どうこうに日にちなんて関係あるかよ。信頼以前に利用価値があるかないか探る為にと時間掛けるのは人間のするこった」



 毎回毎回否定したいのに否定出来ない事を言うなあ、人外は。





 それじゃあ、とハトリ達に別れを告げて街灯が照らす中を歩く。

 何だかすっかり真っ暗という感じだが、酒場やらが流行っている辺りを見ると酒飲みには始まりの時間といったところだろうか。

 あと昼間には見かけない姿の通行人も多い。


 ……ルウネが光の無い状況だと眠気を感じるみたいに、夜じゃないと活動しにくい人外も多いのかな。


 吸血鬼とかそれっぽい気がする。

 トラウのように幾ら服の効果で日光が大丈夫とはいえ、やはり生活する時間帯の基準が違うという根本的な部分もあるだろうし。



「んー……」



 斜め前を歩くクダの背。

 当然のように視界へと飛び込んで来る、ふわふわしている大きな尻尾。



「……クダ、帰ったらブラッシングとかしようか?」


「えっ良いの!?」



 クダは尻尾をぶんぶん振り回しながらキラキラの目で振り返った。



「良いのっていうか、私がやりたくなっちゃった。昨日は私の髪を乾かしてもらったしね。……あ、その辺も魔法でどうにかするから要らない?」


「ううんやってもらえるならやって欲しい! 魔法でも出来るけど、一瞬で終わっちゃってあんまり楽しくないもん」


「そういうもの?」


「美味しい料理を食べるのと栄養は摂れるけど食事を楽しむ感じじゃない保存食品を食べるの、どっちが良いと思う?」


「あー成る程そういう感じか……」



 カロリーメイトのような栄養バーをもそもそ食べるよりはカツ丼とかを食べたい。

 仕方がない状況ならカロリーメイトがあるだけありがたいが、欲を言えばカツ丼気分。

 ならばカツ丼が用意されるというのは嬉しい事だ。


 ……クダ結構説明上手だよね……。


 この世界初心者にはとても助かる。

 いやまあ、こちらの世界では人間が無知であるという前提なのか人外は皆説明上手な気がするけど。



「でもブラッシングってこっちじゃどういう扱いなのかな」


「主様のところだとあんまりしないの?」


「しないっていうか、獣人が居なかったから。ペットのブラッシングなんかはしてたけどそのくらい。あとは自分のブラッシングだね」


「こっちでもそのくらいだよ。好意を示す為にやる事が多いかな」



 獣らしい爪と肉球ともふもふがある指をくるりと回しての説明に、成る程、と頷く。

 昨日こちらの髪を乾かしてくれた事や朝に髪を梳いてくれたのはそういう意図だったのかもしれない。


 ……申し訳ないからって断るよりも、やってもらいつつこっちもやってあげる、くらいの方が良かったりするとか?


 わからん。



「クダとしては今後も主様のお世話をしたいから、出来れば髪を梳いたりはこれからもさせてもらいたい部分だなー」


「あれっ声出してたっけ」


「出してないけど表情と匂いからそういう考えしてるかなって」



 凄ェな人外。

 そのくらいなら読み取れる人間も居るだろうが、付き合いが短い状態でしっかり見抜く辺りが人外らしい。


 ……実際動物は人間よりずっと優れた部分を持ってたりするから、不思議でも無いんだけど。


 泣いてる飼い主に寄り添う犬とかよく聞く話。

 それに加えて会話が出来る分スムーズに恩恵に預かれて、寧ろお得が多いくらいだ。



「じゃあ、これからも頼んじゃおうかな。その代わり出来るだけクダのブラッシングもするつもりだから、やって欲しい時は言ってね。あとやり方も一応、ペット用のはわかるけど管狐用のはアレなので、不満とかやって欲しいやり方とかあったら教えてクダサイ」


「うん!」



 わあい、とクダがこちらの腕にクダの両腕を絡める。

 身長差のせいで酷くバランスが悪く思えたが、こちらが歩きにくくないよう調整してくれている辺り流石だ。



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