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お背中失礼



 そろそろ日が暮れそうな頃、集合してからハトリが代表して皆が採取したマンドラゴラの数を数える。



「……トータルで数えりゃ目的の数達成してんな」



 こいつは驚きだ、とハトリは零した。



「思ってた以上にマンドラゴラが繁殖してた事もあって、こりゃあ野営はしねえでも夜に帰って朝に来てっつーのを三日くらいはやる必要があるんじゃねえかと思ってたんだが……とんでもねえスピードで片が付くとは」


「確かに、ちょっと不思議なくらい」



 手ではなく髪である蔦を口元に持って来て、うーん、とルウネは不思議そうに首を傾げる。



「マーロ達と一緒に何度か似たような依頼をこなした事は私もあるけど、あの二人と一緒の時を想定してその計算だもんね」


「採取数が明らかに桁違いよね、コレ」



 己とクダ、そしてイーシャが採取したマンドラゴラの山をつつきながらトラウがそう言った。

 分裂して別行動していた方のクダが思った以上の成果をあげてくれていたのもあるが、数の半分以上はイーシャの力強さによる功績である。



「どうやってこんなに採取したの? そういう魔法? そっちのクダが分裂してたのは知ってるけど、それでもこの量は厳しいと思うのよね」


「キミコのお陰だよ」


「うに」



 後ろに立っていたイーシャが身を屈めたらしく影が出来た、と思うと同時に背後から頬を掴まれぐにぐに揉まれた。

 手加減されているのは事実だし、己も犬相手とかでよくやっていた行為なので無下にも出来ん。



「「「…………っ!」」」



 ただし、目の前の三人組には思った以上に刺激的だったらしく毛を逆立てられた。

 いやルウネは蔦だから逆立たないし、ハトリに至っては髪も目も無いからアレだけども。

 しかしトラウとルウネが目を見開いた事と、毛だろうが何だろうが、毛を逆立てたような気配がしたのは察した。



「……あの、なんれすかこの空気は」


「いやだって重種が人間触ってるから……」


「見てるこっちが怖ぇんだよ。胃があったら爆散してるぜ」


「胃があっても爆散はしないけれど、人間なんてとびきり脆い生き物、手加減を一瞬ミスるだけでトマトみたいに潰れちゃうでしょ……?」


「いやいやいやそこまでか弱くは……!」



 無いと言おうとしたが実際体躯の違いが物凄いので言わないでおく。

 大丈夫と言って少し力を強められればアウトだろう。

 人間だってハムスター相手にガチ握りは出来んのと同じだ。


 ……手の中で握りつぶした事なんて無いけど、あり得る可能性だからこそ想像する事すらおぞまし過ぎるよ!


 そして目の前のハトリ達はそれに怯えている、という事だろう。

 まあ確かに私も可愛がっているハムスターが世紀末救世主の漫画に出て来る世紀末覇者みたいのに触られてたら超心配すると思う。

 そう考えれば気持ちはわかる。

 私ははイーシャがその漫画に出て来る山の巨体タイプと知っているから大丈夫だと思っているけれど、知らない人からすれば世紀末覇者ばりにヤバい絵面だろうし。



「……うん、まあ、多分人外の力でキュッとやられたら軽く捻られるとは思うよ。物理的に。でも手加減されてれば軽めのマッサージくらいだから寧ろ心地いいくらい。大丈夫」


「奴隷使いなだけあって許容量ハンパねえなキミコ……」



 ハトリに慄かれたがそこまでのレベルだろうか。

 こっちからすると人外は全部人間より強いっぽい事しかわからんので、どのレベルでヤバいのかわからん。

 電車も新幹線も飛行機も徒歩より早いよね、みたいなものだ。

 そしてどの乗り物だって直撃すれば人間は死ぬ。

 いちいちあれは強いけどあれはもっと強い、とか気にしてられん。



「んで、この採取量どうやった?」


「てきひゃいてきひょ」


「頬をぐにぐに揉まれてるせいでまともに発音出来てねえじゃねえか。イーシャ一旦止まれ」


「人外にすら怯えられる重種のケンタウロスなのに、それに怯えないどころか触らせてくれる人間が居る。この千載一遇のお触りチャンスがどれだけ大事かわかるかい?」


「…………仕方ねえ、クダ。お前がそこのご主人様に代わって説明しろ」


「はーい!」



 あ、それで全員納得なんだ。





 クダによる説明を終え納得してもらい、採取したマンドラゴラをそれぞれ仕舞い直して帰路を行く。



「説明とかしてたらすっかり日暮れ直前だなあ」


「あ、そういえば人間って夜目があんまり利かないんだっけ」



 思い出したようにトラウがそう言ったが、夜目が利かない程ではない。



「人間でも本当鳥目で夜は何も見えないって人、あるいは私みたいに目が慣れさえすればある程度は見えるっていう風に個人差あるよ」


「へえ、そういうものなんだ」



 興味深そうにトラウが頷く。



「人間に時々質問したりするけど、基本的に自分の感覚の説明を優先するからそういう知識的な事ってあんまり答えてもらえないのよね。勉強になるわ」



 ……まあ、うん、確かに普通は自分の感覚しかわかんないしね。


 トンネルの中で見えない見えない騒ぐ人は喧しいなあと思っていたが、どうやらマジで見えてないらしいと気付いた時は驚きだった。

 どうもマジで暗闇では何も見えなくなるらしく、間接照明が無いと夜中起きた時も碌に身動きが取れないんだとか。

 己からすると間接照明とかあんな豆電球的なの要るか? という感じだったが、アレが無いと夜中起きた時に部屋の中すら歩けないらしい。


 ……オシャレ目的じゃないんだなあ……。


 オシャレ目的の人も居るのだろうが、実用性重視で必要とする人も居る。

 やはり人の話をちゃんと聞くことで初めて知る事は多い。



「あ、でも日が暮れたらギルド閉まってたり」


「しねえしねえ。ギルドは普通に二十四時間営業だよ。夜に活動する種族や夜人間のヤツも居るからな」


「そうなんだ」


「あと単純に夜にしか依頼に来れねえ事情持ちの依頼人とか、夜しか出歩けねえ種族とか、昼は別の仕事してるから夜だけ冒険者やってるとか、そういう色々」


「おおう……成る程……」



 そういえばトラウも日の光は駄目とか言っていたし、そういう種族はそれなりに居るのだろう。

 仮に駄目でも服の効果でどうにかなりそうだが、それぞれ事情もあるだろうし。



「ま、ルウネなんかは植物だから光合成出来ないと眠くなるみたいだが」


「一応まだ大丈夫だけどねぇ」



 ルウネはそう言うが、声色は微妙に間延びしていた。

 確かに植物は光が無いと休眠状態に入るんだったか。



「トラウの場合は夜行性だから問題無しで、俺はキノコで菌類だからな。光もあった方が良いとはいえ、夜の活動が出来ないってわけでもねえからわりと大丈夫だ。確か狐と馬も夜は平気だったか」


「クダはそもそも妖怪だけど、狐も妖怪も基本的には夜行性だよ! 寝る時は寝るし昼に活動するのがメインなら昼に活動するけど!」


「俺は夜が平気っていうよりは夜も見えるって感じだね。そもそも睡眠時間が短いから夜行性だの何だのは無いし」



 何かよくわからんが種族差がそれぞれあるんだなあという事だけはわかった。



「あ、主様そこ石あるから危ないよ」


「うわっ、とと、あっぶなー。ありがとクダ」


「ううん。主様よりは見えてるから」



 確かに狐は猫目であり、クダもまた管狐なだけあってよく見えているらしい。

 お陰でコケる直前に気付けて踏ん張れたのでありがたい事だ。



「んー……」



 見ていたイーシャがこちらと目線を合わせようとしてか上半身を屈めた。



「眠そうなルウネの方は沢山の根がある分コケたりはしないようだけど、キミコは俺の背中に乗る? 足元危なそうだし」


「え、いや、乗馬経験無いから逆に危なさ増すと思う」


「ああ、確かに鞍は無いから危ないかも、か。人間部分にしがみ付こうにも座る位置とは遠いし。俺は蹄鉄つけてるから重い馬車くらい引けるとはいえ、慣れてない人間だと厳しいかな?」


「走るんじゃなく徒歩なら大丈夫じゃねえか。ある程度のバランスなら服の効果で何とかなるだろ。あとはつま先上げて踵下げる。馬の腹に添える足の力は下腿七割大腿三割。頑張れ」


「頑張れ!?」



 ハトリの言い分ではもう完全にイーシャの背に乗る事になってるっぽいのだが何故そうなった。



「落ちてもクダがキャッチするから大丈夫だよ主様!」


「何で皆ノリノリなの!? 初心者なのに重種ケンタウロスの背に! 夜に! 鞍無しで!?」


「相手がケンタウロスって考えりゃふらふら歩くせいで後ろに回るより許可取った上で背に乗ってる方が安全だろ」



 そういうもんか?



「俺らとしてもか弱い人間がいつ蹴られるかわかんねえ位置歩いてるよりはそっちのが安心だ」


「じゃあはい、抱っこ」


「わあい力持ち……」



 ルウネの蔦によって脇を持ち上げられ、ひょいっとイーシャの背に乗せられた。

 イーシャもまた全然気にしてないし。



「というかこれどこに座れば良いの……」


「そこで良いよ。背骨のへこんでる部分。一応振動無いよう気を付けるけど、不安なら髪握ってて」



 イーシャの顔の位置が高過ぎて気付いていなかったが、改めて見るとイーシャの髪は長かった。

 後ろの下の方で二つに結ばれていて何となく手綱っぽい。


 ……ギリシャ神話の彫刻かって言いたくなるガタイなのに下の方でツインテールとは……。


 ちょっとビックリ。



「ポニーテールじゃないんだね」


「そりゃ俺ポニーじゃないし。普通に馬のテールだよ」


「あ、うん、そっちじゃなく髪型」


「ああそっち」



 喋りながら、イーシャはゆっくりと歩き始める。

 最初は結構な揺れだったが、思ったより安定感があった。

 というか重種だからなのかは乗馬初体験なので不明だが、想像していたよりもお尻の安定感がしっかりしている。

 サイズが大きい分、安定するスペースが広いという事なんだろうか。



「髪は一つ結びにしても良かったんだけど、そうすると誰かを背に乗せる時に思いっきり鞭みたくなりかねなくてさ。こうして歩くだけならともかく、走るとアウトでしょ」


「あー……」



 言われてみると確かに危ない。

 ツインテール状態だからこそ、もし走ったとしても髪がこちらに直撃はしないだろう。

 この髪型はそういう事か。


 ……というか今更だけど、マイクロ丈のミニスカートで普通に乗馬してるのがなあ……。


 こちらの世界だからかまったく気にされなくてこちらも意識していなかったが、思い出すとアウトだろうコレ。

 完全に見えてるが、元々しゃがんだだけで中身見えるだろうという丈なので今更過ぎる。

 しかも周囲に居るのは人外なので気にしないだろうし、気にする感性も理解してくれなさそう。


 ……クダなんて戦闘用の服着てるから上に着物羽織ってるだけで下すっぽんぽんだしね!


 もふもふで見えないからこちらもあまり気にならないが、それで良いのか。

 まあもふもふ部分に服を着るのは違和感であり、能力が付与される事と人間が苦情を入れるから着てるだけ、というのが強いみたいだし良いのか。

 言っちゃえばイーシャだって下半身である馬部分は素っ裸なわけだし。


 ……馬部分にどんな服着ろってんだか。


 そう思えばまあ気にしなくても良いだろう、多分。

 下着は水着とでも思えば良い。

 夜だから見えない云々については夜目が利くっぽいメンツなのでアレだが、多分大丈夫。

 手をついてさり気なく隠してるし。



「あ、主様それだと踵下げ過ぎ。足は水平意識でふくらはぎ使ってホールドって感じでね。安定感無くなるからー」


「うぃっす」



 とりあえず今は初めての乗馬に意識を割かねば。

 イーシャがかなり気遣って調整してくれているとはいえこちらは乗せてもらっている側だし、横幅の分だけ足を持っていかれてるのでせめて最低限は気をつけよう。



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