人外にも怖い対象は居るらしい
よくわからないので、とりあえずルウネとクダを引き寄せてこそっと聞いてみる。
「あの、何か駄目なの? ケンタウロスとトロルドって仲悪い種族?」
「んー、仲が悪いとかは無いわよ。ケンタウロス自体に悪印象があるわけでもないし」
ただ、
「あのケンタウロス、重種みたいだから。どうしても体が強張っちゃうんだよね」
「ジュース?」
どういうこっちゃ。
「言い間違いとかじゃないよ」
こちらが理解していないのを察してか、クダが説明を始める。
「あのね主様、馬って結構種類があるんだ。多分主様は軽種しか知らないんじゃないかな」
「軽種ってあの、走るのが速い馬?」
「そうそう。で、馬には他にも種類があってね。中間種とか重種が居るの。重種っていうのは農耕馬とか騎馬とかを担当する大きくて力持ちな馬のこと」
「犬でいう大型犬ポジション?」
「それそれ」
成る程わかりやすい。
馬なんて競馬か乗馬しか知らないし、どちらも縁が無いので知らなかった。
「そして重種の馬は、動物の馬ですら一トン超えも珍しくないって言われてるんだ」
「だからケンタウロスとかになるとより大型で……正直、ちょっと怖いのよね」
頬に手を当て、ルウネは溜め息を零す。
「穏やかそうだったけど……」
「重種は基本的に穏やかよ。それでも体が大きいから、うっかりが致命傷になりかねない威力なの。しかも馬は横に目がついてるから後ろの方も見えるけど、ケンタウロスは前方しか見えないせいで後ろが死角になっちゃって……」
「後ろを通ろうとしただけで反射的に蹴り飛ばされる危険性があるんだよね」
「大柄な種族は多いんだけど、そういうのはどうしても……ね」
「ありゃま」
それは確かに怖い。
普通の馬に蹴飛ばされるだけでも致命傷を負いかねない威力なのに、あの巨体だ。
人間よりずっと強い人外達であろうとも、同じ人外だからこそ実力がハッキリわかって怖い、というのがあるのだろう。
「蹴られたら私だって、そう、この私だって流石に死ぬかもしれないわ。トロルドは結構頑丈だし、日の光が天敵ってだけでそれ以外には結構耐性もある。更に服の効果で日の光も克服したけど、だからといって暴発しかねない兵器の傍に居たいとは思わないっていうか」
「兵器て」
「俺やルウネなんかは物理的な死が遠いタイプだから潰れてもわりと平気なんだが、それでもやっぱりああいう大型種は恐ろしいぜ。人間だっていつ振りかぶられるかわかんねえデカイ棍棒向けられたら怖いだろ」
「そりゃ怖いかもしれないけど……」
というかトラウとハトリまでいつの間に輪に入っていたんだ。
「ええと……あの人放置してて良いの?」
「お前がこそこそ話してるから混ざりに来ただけだよ。あとお前はこそこそ話のつもりだったんだろうが、人外は人間より耳が良いのも多いから普通に聞こえてると思うぜ」
「えっ」
「まあ気にすんな。聞こえるこそこそ話よりも聞こえねえこそこそ話の方がタチ悪いだろ」
確かに想像の余地がある分不明瞭な方がタチ悪い気もするが、そういう問題か?
「あと重種なら人外にも苦手とされてるっつーのは自覚持ってるよ。本能的でどうしようもねえ部分だからな」
視線を向ければ、ケンタウロスは仮面の向こうから頭上に伸びている背の高い耳をこちらに向けていた。
仮面で向こうの視線は読めないが、耳の動きからすると恐らく聞こえている。
……それでも何も言わないのは、それが事実って事だからかな。
そうも怖がる相手だろうかと思ってしまうのは、人間種族ゆえだろうか。
他より弱いのがデフォルトなので相手が強過ぎても気にならないなら良い事だが、相手を舐め腐る癖があるから平気だという人間らしさの部分では無いと思いたい。
・
重種なケンタウロスである彼は、イーシャという名前らしい。
イーシャが参加してくれたお陰で人数をクリアしたので、六人でぞろぞろと町の外を歩く。
……六人って言っても、私しか人間居ないけどね。
手足のあるキノコが歩いていたり、スカートのような花の下に伸びている根っこが動いて移動したりという姿は何ともファンタジー。
他の誰も気にしていない様子から、こちらではこれが通常なのだろうが。
……あれだよね、タイムスリップしてきた武将とかが車を鉄の馬呼びして大騒ぎするみたいなアレ……。
現地の人からすれば日常でしかないけれど、現地じゃない人からすると目を疑う光景みたいなヤツだ。
帰れはしないだろうから、新入り現地人として早めに慣れたいところ。
……慣れたいって言っても根本的に常識が違い過ぎるから流石に時間掛かりそうだけど。
ここは日本人の適応力に期待しとこう。
「んじゃ、ここらでバラけっか」
森へ到着して早々に、ハトリがそう言う。
「別行動?」
「あー、キミコはマンドラゴラ採取初めてか?」
「うん」
敬語は要らないと言われたので、敬語無しのまま頷く。
「ならバラける前に説明だな。まずマンドラゴラはこの辺にあるこの草」
ハトリはしゃがみ、地面から生えている緑の草を掴む。
「コレがマンドラゴラな。引っこ抜くと生き物をショック死させるような悲鳴を上げるから先に魔法で音を遮断。他の冒険者や野生動物に害があるかもしれねえから、掛けるのはマンドラゴラにだ」
「ふむふむ」
魔法のやり方は未だに着替え魔法くらいしか教えてもらえていないが、必要となれば後でクダに教えてもらえるだろうから今は説明を聞くのに意識を集中。
というか下手すればショック死って中々にハードル高くないだろうかソレ。
「更に、引っこ抜いた直後は釣り上げられた魚かってくらいに暴れるから、しっかり持ってねえと手から逃げる。逃げるとアホかっつー速さで走り出すから、まず逃げないよう複数態勢だ」
しかし、とハトリが言うと同時、ハトリのすぐ隣の地面がもこりと盛り上がる。
「「分身や分裂が出来る場合は、こうして人手を確保するっつー手もある」」
ステレオ状態でそう言ったのは、二人のハトリだ。
片方は先程からマンドラゴラの草部分を掴んでいるハトリで、片方はたった今土から生えた方のハトリ。
「…………分身?」
「暴言混じりにトラウが言ってたろ、マイコニドは地中から分裂出来るんだよ。分離してたって同一個体だぜ。キノコが根っこで繋がってるようなもんだからな」
「まあこうして地上を歩くように根っこを切り離してたら同一であり別の個体になるわけだが、元は同じだ」
わからん。
「主様主様、しめじって食べた事ある? 料理した事は?」
「ある」
「あれって元は根っこが繋がってるよね」
「あー」
確かに剣山みたいな生え方をしているイメージはある。
小型の山みたいな感じ。
「でも食べる時はあれをバラバラに千切るでしょ?」
「千切るねえ」
「ソレ」
「えっ…………あーそういう事!? 成る程!」
確かにしめじを調理する時はバラバラにほぐすので、根っこが繋がっていたりはしない。
でも元は繋がっている物だ。
バラバラにしようと、そこが変わるわけではない。
「ん、でも元が同じで今は根っこが繋がってないから別、っていうのはわかりましたけど……」
「敬語」
「っていうのはわかったけど、でもそれだと戻れなくない?」
「そりゃあな」
「そういう時は片方仕留めて終わる」
「自分で自分を!?」
「まあ俺らキノコだし」
「どっちも本物だからどっちが死んでも問題はねえんだよ」
「いやでも」
それは流石に命に対して酷い扱いなのではと言おうとし、キノコだもんなあ、と思い留まる。
一房に七本八本の身がついてるバナナみたいなものだ。
……一房買って一日一本食べたとしても、残りの六本七本は普通にまだ存在してるわけなんだよね……。
しかも本体の木から外された房とは違い、ハトリは生きているキノコ。
今までも分身をした事があるのだろう事実を思えば、一つでも生きてりゃまあ幾らでも繁殖出来るし、みたいな事なのだろう。
「…………マイコニドはそういう生態って納得した方が早いヤツかな、コレ」
「おお! お前随分賢いな!」
「マイコニドの生態を普通に知ってたりそういうもんだって幼少期に把握してねえと受け入れるにはかなり時間が掛かるってのに!」
「それが俺らマイコニドの生態だから人間の死生観持ち出されても意味ねえんだが、今初めて知った上でしっかり理解して受け入れる人間なんてレアだぜレア!」
「さっすが奴隷に懐かれ済みな奴隷使いってぇだけはある!」
「「よーしよしよしご褒美に撫でてやろうな!」」
「撫でられるのはともかくとしてどさくさ紛れにマンドラゴラ引っこ抜いてるよ!?」
悲鳴を上げたのだろう、ファンタジーでお馴染みのマンドラゴラ。
しかし音を遮断されている事もあり、その断末魔は聞こえなかった。
……にしてもマジで魚みたいにビチビチ跳ねてる……。
中々のビチビチっぷりだったが、マンドラゴラを掴んでる方のハトリの手が思ったよりしっかりと確保していたらしく、逃げられないままマンドラゴラは静かになった。
事切れたように脱力している。
「おっといけねえ」
「ついうっかり」
「まあこうやって引っこ抜く要員と逃亡防止要員で組んで、この辺りにのさばってやがるマンドラゴラを確保って感じだ」
「確保したマンドラゴラが脱力したらもうアイテム袋に入れられる状態だから、嵩張らないようさっさと入れとけよ」
頭をわしゃわしゃ撫でられつつそう言われても。
「じゃ、私はルウネとかしら? ルウネが居れば蔦で確保可能だものね。近縁種だから逃げる方向とか察知上手いし」
「確かにトラウは力が強かったりもするから、それがベストかな」
トラウとルウネがあっさりとペアを組んだ。
「……マンドラゴラと近縁種?」
「スライムと上級スライムみたいなものだから、殆ど別物だけどね。女はアルラウネで男はマンドレイク。そして知能が足りなくて魔物枠なのがマンドラゴラ。そんなわけで素材にマンドラゴラが必要な時、量が多くなければハトリが見せたみたいな分裂の応用で成分大して変わらない私達の一部を提供っていうのも出来るんだけど……だからってこうも増えちゃうと困るから」
「成る程」
材料目当てで採取というよりも生態系維持の為に採取という感じなのか。
「んー」
「うわ」
二人のハトリに頭を撫でられ続けていると、クダによって後ろに引っ張られる。
そのままぽふんとクダの胸に頭がヒットし抱き締められた。
「クダは当然主様と一緒が良いけど、クダの場合分裂してやってた方が効率良いかな? 主様は見学してる?」
「いやそこは参加させてよ」
幾ら奴隷使いと言っても突っ立ってるだけとか普通に嫌だ。
「幾ら戦力にならなそうでも、本気で役立たないかどうかは実践させてから判断して欲しい」
「良いんじゃない」
ここまで無言だったイーシャが、こちらと目線を近付ける為か上半身を屈めてそう言う。
あまりに顔の位置が上過ぎてよく見えていなかったが、こうして目線が近くなると、口元は結構柔らかい印象だ。
目元は仮面に覆われて見えないものの、口元だけでも何となく表情はわかる。
……うん、少なくともタンポポ顔なサンリやキノコ顔なハトリよりはわかるね。
二人も声色で大体わかるが、馬耳と口があるだけでわかりやすさが段違い。
「キミコ、だったよね。良かったら俺もキミコの近くで採取してて良いかい? 蹴らないよう気を付けるから」
「あ、うん。それは全然」
こちらもイーシャの死角に入らないよう気をつければ良いだけだし。
「クダもそれで良い?」
「クダは分裂すると小さくなっちゃうから、主様を守ってくれる人が増えるのは全然良いよー」
よし、クダがオッケーなら問題無い。
そう思うと同時、ハトリに肩を掴まれた。
「そんじゃあ重種は頼んだぜ」
「重種のケンタウロスって人外から見てそんなに怖い印象なの?」
声がめちゃくちゃガチだったが、人間から見た奴隷使いも多分このレベルで距離を置かれているんだろうなあ。




