遅れて来る異世界転移の実感
「まず、奴隷使いだと発覚したのが問題だ」
「あの、その奴隷使いっていうのはどういう……」
向かいに座るルーエは無言のままニッコリと微笑んだ。
「ま、悪いものではないさ。私達人外からするとね」
「人間からすると……?」
「悪、という事にされている」
……されている……?
「特に権力者程、奴隷使いを嫌う傾向にあるのさ。その結果奴隷使いの印象は歪められ、奴隷商人とイコールである生き物を生き物と思わぬ外道……という扱いになっているね」
「私の適性外道!?」
「本来は全然違うよ」
動揺するこちらに対し、ルーエはけろりとそう答える。
こっちは思わず涙目になる程の衝撃だったというのに、ここでそうものんびりした反応なのは年の差故だろうか。
見た目は美形の人間っぽいが、寿命の話からすると反応速度は亀とか恐竜とか、ああいう感じと思った方が良いのかもしれない。
「奴隷使いというのはね、実際は人の優れている部分を見る事が出来る存在の事なんだ。そうして相手の優れた部分を磨き、伸ばし、そして人々を纏め上げて率いる事を得意とする」
「それだけ聞くと国王適性みたいな……」
「いや、国王は血で選ばれるから適性の中には表示されない。建国者なら表示されるけど、奴隷使いは人を率いるのが得意というだけで領土の管理とかは出来ないタイプが多いから別だよ」
「あー」
何となくわかる気がする。
ゲームでも街づくり系は大体おかしな事になるタイプだという自覚はあるのだ。
「ただ奴隷使いは、兵士を纏める軍師とはまた違うタイプでもあるんだ。交流したり商売したりは出来るけど、誰かの下につくかと言われると違う、という感じかな。主に市民を纏める事も多く、革命の影には必ず奴隷使いが居た、という話もある」
……あー、革命って事はつまり……。
「国が崩れる可能性があるから、王家とかその関係者からすると天敵って感じ……?」
「だから市民からの好感度ダウンの為に、奴隷使いに対する印象操作が行われたんだよ。今じゃあ奴隷使いの適性がある人間自身もそういったイメージを持っているせいで、間違ったイメージのまま奴隷商人になったりしてね」
「それ大問題じゃないです!?」
「大丈夫、人間がどれだけワガママを言っても癇癪を起こしても、私達人外からすれば可愛らしいものだから」
ん?
「あの、それってどういう」
「人外からすると、人間は酷く脆くてか弱い生き物なんだ。まあ、人間はその事に自覚が無いけれどね」
とても愚かで可愛らしいよ。
ルーエはそう言って微笑んだ。
……愚かと可愛らしいって両立するのかな……。
でも何だろう、ルーエから感じる視線はとても温かいというか、生温いというか、犬好きな人が犬を見る時みたいな気配がする。
糸目でわかりにくいが、多分そういう感じの見られ方をしている。
「要するに、イメージ通りに外道な奴隷商人になっても人外は普通に抵抗して逃げられる、という話さ。人間が扱う程度の鎖ならどうにでもなるし」
「どうにでもなるんだ……」
「あ、ただ犯罪者の場合は正式に奴隷として売られる場合があるよ。人外で捕まってるのが居たらそういうタイプ。正式な奴隷だから契約で縛られてて、人間相手でも抵抗出来ないようにされてる」
まず奴隷制度が存在してる事に驚きだ。
いやまあ、奴隷使いなんてジョブがあるならあるんだろうけど。
「さて、問題はキミコが奴隷使いであると国王達が知ってしまった事だ」
「それやっぱ問題なの?」
「国王達ですらも奴隷使いの本当の素養については知らない……というか印象操作がかなり昔に行われてね、今を生きる人間達の知らない時代の話なんだ。人外は長命だったりで当時を知っている、もしくは親が子孫にしっかりとそれらを伝えたりしているから、人外はそこを知ってるんだけど」
「あ、ああー……」
思い返せばあの時集まった視線は人間からのばっかりで、人外だろうなというビジュアルの人達はそういう視線を向けて来なかった覚えがある。
歪められたイメージで敵意を向けてくる人間と、本来の意味を知ってるから敵意を向ける相手じゃないとわかってる人外、という差だったのか。
「…………言っておくけれど、私はまだ四百代だからね。勤務歴は二百年前後とはいえ、そこは勘違いしないでほしい」
「突然なんですか」
「人間はエルフの見た目から年齢を知る事が出来ないらしいし、適当な噂を鵜呑みにする事があるから……六百代と思われるのは嫌だと思って」
それそんなに違うんだろうか。
平均寿命が八十年くらいの自分からすると、百年を超えてるなら全部同じくらいに思える。
勤務歴は江戸幕府に比べれば短いが、年齢として考えると江戸幕府が始まってから終わるまでを見届けられるくらい生きているという事になるし。
「人間の寿命で言うなら四十代なのに六十代と思われたくない」
「あー! 成る程! それは嫌だ! その二十年は大きい!」
学生からすれば大して変わらない差だが、社会人になるとその差がどれだけ大きいかわかる。
そしてその時間がどれだけ早く流れていくかもわかるが、そこを間違われると辛いを超えて敵と認識するしかなくなってしまう。
成る程重要事項。
……って事は、勤務歴が二十年くらいって事なのかな? エルフ的な時間の流れで言うと。
そう思うと寿命が八百年くらい、というのも人間でいう八十年寿命とほぼ同じでわかりやすい。
いや桁が違う以上全然別物だけど。
「こほん」
そう思っていると、脱線している事に気付いたのかルーエは一度咳払いをした。
「とはいえ本来の事情を知ってても、王家としては奴隷使いなんてアウトだろうけどね。何せ革命を発生させるかもしれない存在だ」
「確かに」
「そんなわけで、キミコは今命を狙われている」
「エ」
「芽が出る前に種を燃やした方が楽で安全で安心という考えになるだろう? 人間は」
「お、おおう……」
わからんではない理論だが、こちらに向けられていると思うと恐怖しかない。
「まあ、そういう考えに人間が陥りがちだからこそ、どこにだって私達人外が必ず居るのだけどね」
それは、つまり、
「助けてくれる、って事?」
「助けは逃げた先で人間ではない存在に求めなさい。私は逃がすところまでしか出来ないからね」
そう言い、ルーエは指先を振る。
それと同時に部屋の中にあった棚が開き、紙切れが机の上へと飛んで来た。
広がったソレは、地図だった。
それも世界地図ではなく、日本的に言うなら一つの県を拡大したような地図。
市で区切られているタイプのアレだ。
「まず、この城はここ、中央にある」
ルーエは中心、城だとわかるシルエットを指差した。
「城の関係者は大体ここでの生活だ。そして壁の向こうには貴族達の町がある。王家の関係者が出入りするのはここまでだね」
「へえー」
設定が漫画みたいだし図がバームクーヘン型でわかりやすい。
「そして貴族達が住む町の向こう、壁を越えた先には町民達の町がある。一般の人達が住まう地域。貴族と町民は殆ど関わる事など無いから、町民側に行くだけで安全は確保出来るはずだよ」
「でも人相書きとかあったりは」
「適当な遠くに転送しました、とでも言えば良いのさ。私は昔からここに居るし、ここに居る人間は寿命的にも私より後輩な者ばかり。そもそも種族やらが雑多な町民達のところになど行きたくない、という人間が多いから、わざわざ探そうなんてしない」
そういうものなんだろうか。
でも確かに、服さえ着替えればどうにかなる気もする。
種族が雑多だと言っていたし、人種的な意味でバレるという事は無さそうだ。
「で、その町には沢山の種族が居る。人間は勿論、獣人もエルフも魔族も、だ。あ、魔族は共存種族だけれど魔物は共存不可能な種族だからそこは誤解しないようにね」
「そこがどう違うのかわかりません」
「魔族は魔王の支配下に居ない。魔物は魔王の支配下に居て、魔王配下の証である魔石を体のどこかに持っている。時々動物に近い魔物も居るけど、動物は魔力を持っていないから区別はつくよ」
「魔力を知らない場合は」
「私の体感ではキミコも魔法を使えるはずだから大丈夫さ。もう少し人数が多いところで観察していればすぐわかる」
急に雑。
「で、これ」
ルーエが指を振ると、机の上に袋が出現した。
同時にガシャリ、と重い音。
「それがお金だから持っておいき。あとこっちが質量関係無く入れる事が出来るアイテム袋。見た目は少々古いけれど品質に問題は無いし、入れる事の出来る量や入れたものの鮮度を維持する力は町での市販品よりずっと良いよ」
なにせ貴族御用達のヤツだから、とルーエは微笑む。
「キミコがこちらに持ってきたその荷物を入れれば嵩張らずに済む。主人登録を済ませれば盗まれもしないから安心おし」
「いやいやいやいや何が何だか!」
ルーエが指を振ると同時に自分と袋の間に何かキラキラした糸が結ばれたのが一瞬見えたが、怒涛の勢い過ぎて何が何だか。
「そもそもコレ高級品ですよね!?」
「巻き添えにした上、こちらの事情で敵意を向けられてしまったんだ。そのお詫びとしては随分安いよ」
そう言われるとぐうの音も出ない。
実際まだ実感が追い付いて来ていないとはいえ、異世界に来てしまったわけだし。
……というか最初に部屋のカーテン閉めたのってこういうのが覗かれないようにって事なんじゃ……。
気付いてしまった事実が怖過ぎるので気付かなかった事にしよう。
そう思い込むだけでいくらかメンタルが平和に保てる。
「良いかい、キミコ」
よくお聞き、とルーエは言う。
「私はこれからキミコを魔法で町へと転送する。申し訳ないけれど、私達は異世界人を元の世界に戻す事が出来ないんだ。だから、巻き込んでしまったキミコをここから逃がすにはそれが早い」
そう言い、ルーエはアイテム袋と言っていたRPGでお馴染みのアレだろう袋をこちらの腰に取り付けた。
「まだ昼前という事もあって、人が多く居ることだろう。まずは人外に助けを求めるんだ。人間であるキミコに言いたくは無いけれど、人間は酷く自分本位で自分勝手だから、自分に利がないと助けてはくれない」
それはよくない、とルーエは首を横に振る。
「申し訳ない事にすぐ用意出来る金は貴族用の大きなお金しか無くてね。これは人外に頼んで両替してもらってくれ。人間は金の価値をわかっていないと見るや否やすぐに奪おうとするから駄目だ」
ルーエはこちらの肩に手を置いた。
「金額や価値についても人外にお聞き。物々交換が主流だったから価値がわからない、お金は金銭に興味のない親戚が町へ行く自分にくれたんだ、と言うんだよ」
先程までのゆっくりした空気はどこへいったのかと思う程、つらつらとそう説明される。
しかし、ここでようやく聞こえて来た遠くからの足音に、理由を察した。
「……気付いたようだね」
言ってルーエは扉、ではなく壁を見る。
足音が響いてくる方角だ。
「エルフは人より耳が長い分、耳が良いんだ。恐らくは早々に奴隷使いであるキミコを始末、あるいは勇者が思い通りに動かなかった時の為の人質にするつもりなのだろう」
「そうなの!?」
「私の信用が無いのも事実だから、信じて欲しい、とは言わないけれど。でもすぐにここから逃がす必要はある。こちらの世界について、もう少し伝えておきたかったところだけど……まあ、田舎出身だから、とでも言えば人外は教えてくれるさ。人外しか居ない場なら異世界出身という事も言って良い」
人間が居る場では言わない方が良いけれど。
「人間の耳に入ると、よくわからない動きで尾ひれ背びれがついた噂になりかねない」
「よくあるヤツだ……」
呟き、己は気付いて肩を跳ねさせる。
足音が、扉の前で止まっていた。
「ここまでだね」
ルーエがそう言うと同時、己の周囲にぶわりとキラキラした光が舞い始める。
「きっとキミコが知る世界と常識も風景も何もかも違う世界だとは思う。けれどまあ、そこは人外に頼って頑張っておくれ。奴隷使いの適性があるキミコならば、人外ウケも良いはずだから大丈夫さ」
「そこ適当じゃないかなあ!?」
「大丈夫大丈夫。私が今までの立場や経歴含めて奴隷使いの適性を持つ異世界人をどこかへ飛ばす事に対しお咎めなんて受けないように、キミコだって上手く行くとも」
頑張りなさい、という言葉の直後、光が一層強く瞬いた。
・
「おや、遅かったね」
ルーエはキミコを飛ばした一瞬後にノックも無しで入って来た人間の子供にそう声を掛ける。
子供という年でも無いのだろうが、百五十で成人となるエルフからすれば全人類未成年みたいなものだ。
仔猫や仔犬が可愛らしい保護対象であるの同様、エルフから見た人間もそれと同じ。
「ああ、先程の奴隷使いの適性を持った異世界人なら遠くへ、ここじゃない場所へと飛ばしたよ。そういうつもりだったんだろう?」
無言で頷く子供に、やっぱりか、と内心で吐息する。
異世界人だろうと、キミコもまた可愛らしい子供なのだ。
勝手な思い込みで子供が子供を始末するところなど見たくない。
例え身勝手なエゴであろうと、人間という種は酷く愚かで幼いからこそ、可愛らしい守るべき対象なのだから。
・
光が落ち着いた事に気付き目を開け、喜美子は驚きに何度か目を擦る。
「マージかぁ……」
目の前にあったのは、いかにもファンタジーでございと言いたげな町並みと種族がごっちゃになってる多種多様な通行人達。
腰に提げられた重みも無いアイテム袋を手で触って確認しつつ、呟く。
「何か、遅れて異世界転移の実感来たなあ……」
さて、ここからどうしよう。