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嫌われてるなあ奴隷使い



 ハトリがこちらを紹介した直後、人間の男……マーロだろう男に拒絶された。

 恐らくは鑑定でこちらのジョブを確認したのだろう。



「奴隷使いにも話の出来るヤツと話の通じんヤツが居るのは知っている。それでも俺から見れば大した違いは無いし、奴隷を扱っていないならばまだしも隣に居るのは奴隷だろう」



 反吐が出る、とマーロはこれ以上無い程の侮蔑がこもった目で顔を顰めた。



「奴隷使いは信用ならん。通りすがりの人間を無理矢理奴隷にするような頭のイカれた性格の持ち主と一緒? ふざけるな!」



 おおう、こいつは凄い嫌われてるなあ。



「すれ違うことすら厭うような奴隷使いと一緒に依頼を受ける気などない!」


「……私もそれに同意」



 フェイオだろう人間の女がそれに同意する。



「まだランクは低いみたいだけど、だからといって心を許せる対象ってわけでも無いしね。こっちを睨むようなその目も、まるでこっちを品定めしてるみたいで超不愉快だし」



 ……うわ、逆に新鮮な気すらしてきた!


 初対面の子供に泣かれる確率が高いくらいには目つきの悪い自分だが、こちらに来てからそこを指摘されてはいなかった。

 関わる人の人外率が高かった事と、最初に出会った城の人達は勇者かもしれないという印象があった事と、その直後の奴隷使い適性発覚云々で流されていたが、己の目つきは本当に酷い。

 自然とそうなる三白眼なので印象に関しては諦め済みだが、二泊三日の人外による可愛い扱いにすっかり慣らされド忘れしていた。


 ……そうだよね、同種族ならそういうのわかるもんね!


 人間から見たチワワは皆可愛くて顔が良いか悪いかとかわからんみたいなアレだ。

 何かもう久々の反応に感じられて逆に新鮮に感じてしまう。

 しかしそんなこちらの考えなど知らないフェイオは、不快そうに顔を顰めてこちらからハトリへと視線を移した。



「そんなのと一緒に依頼を受けるくらいなら私達は降りるわ」


「同じく、だ」



 人数合わせのはずがプラマイゼロになってしまう。

 どうするのかとハトリを見れば、



「おいおい、お前らだってオパールランクの時はあったろ。大体ジョブがどうとかで拒絶するってぇのは、相手の出身や仕事に対する偏見で態度を変える行為と同じだ。んな意味があるかどうかわかんねーとこを気にしてどうするよ。

 お前らも今後一人で護衛任務やらする事があるだろうに、そんなえり好みしてちゃ未来は狭いぜ。どれだけ無限に広がってようと、お前ら自身が拒絶してたら意味がねえ」



 表情の窺えないハトリはそう言った。





 マーロとフェイオは結局この依頼を降りて去って行ってしまった。



「いくら偏見であろうが、奴隷使いになるような人間の精神性など信用ならん」



 まあ、そういう事らしい。

 人外の人達に事情を聞いていたから良かったものの、このレベルで偏見キツめかつ拒絶というのは一般人には厳しかろう。


 ……拒絶や偏見でイメージそのままな奴隷使いになる人間も多いって聞いたけど、こういう事だろうなあ……。


 用意された型がそれだったからその型にはまるしかない。

 己の場合は根本的に常識が違う異世界から来たわけで、そういったしがらみは無い。

 それが幸いした、と言うべきだろうか。



「…………悪かったな、キミコ」



 頭を掻くように笠部分の上部分を指先で掻き、バツの悪そうな声でハトリがそう言う。



「そっちのクダがお前にわかりやすく懐いてるから、一般的な歪んだ奴隷使いとは明らかに違うって事がすぐわかると思ったんだが…………人間ってのは色眼鏡を外しやがらねえからなあ。紫外線までもは見れないとはいえ、随分カラフルに世界を見やがって」


「ああいやジョブが人間ウケ悪いの聞いてたから大丈夫」



 寧ろあのレベルで嫌われているという事を今の内に知れたのは良かったとさえ言えるだろう。



「でも結構酷い事を言われてたから、不快に思ったんじゃない?」



 緑の肌をしていて、腰からスカートのように花が咲き、その下は複数の根が絡み合いながら伸びている美女。

 アルラウネのルウネだろう彼女は、こちらの顔を覗き込みながらその髪を動かしこちらへ伸ばした。


 ……あ、これ蔦?


 頬を撫でるその髪は蔦で出来ているのがわかった。



「不快、には思ってないかな。正直言って嘘を見抜くのが得意じゃない人間種族としては善人面されて信用してたところを裏切られる方がキツいし、人外ならそういう偏見無い分いきなり拒絶はしない、どころか慰めようとしてくれるだろうなって思ったし」



 人間だってヒヨコの群れの中でいじめられているのが居たら、いじめられている方を助けて可愛がる事だろう。

 己ならそうするから、きっとこの人達もそういう選択をするんだろうな、とちょっと思っていた。

 実際誰もマーロ達を追いかけたりはせず、こちらに視線を向けている。


 ……変に期待し過ぎても良くないんだろうけどね。


 嘘はそう吐かないという彼らなら期待を裏切りはしないだろうが、必要以上の期待に対してはしっかりと現実を突きつけて来る事だろう。

 問題は人間種族の場合、その正論を裏切りと認識して敵意を持ちかねないメンヘラ的部分だが、


 ……ま、そこは私がそれなりに自分を律していればオッケーでしょ。


 第一仮に彼らがこちらを拒絶したとて、



「私にはクダが居るから」



 そう、だから、



「少なくともクダは私の味方をしてくれるだろうから、よく知らない人が勝手にこっちを嫌ってくる分には別に良いかなって」



 あちらが拒絶してくる事に対して粘着性を出す必要などない。

 関わりたくないと言われたなら、こっちだってドライに行こう。

 こちらから関わりに行く理由が無い以上、向こうから絡んでこない限りは平穏だ。



「生きてればお店に置かれてる最後のショートケーキを買っただけで次のお客に睨まれる事だってあるし、いちいち気にしてちゃキリ無いもん」


「もー! 主様ってば最高ー!」


「ぐえっ」



 横から思いっきり抱き締められて首を痛めるかと思った。

 もふもふな毛皮に包まれたふわふわの胸がクッションになってるので比較的痛みはマシだが、それでも強い勢いでタックルからのハグをされれば多少は痛い。

 しかしすぐに痛みが引いた辺り、服に付与された能力の効果が出てるんだろうか。



「そういうところで信じて貰えるなんてクダすっごく嬉しい! 本当すっごく嬉しいよ!」



 尻尾をぶんぶん振っているクダは、ニパッとした笑みを浮かべる。



「実際クダは見限るだけの人間性に落ちぶれない限りは絶対見限ったりしないからね!」


「わあ気合入れないとあぶなーい」



 クダのお世話っぷりによって駄目人間になりかねず、駄目人間になったら見捨てられるという事実よ。

 気合を入れて甘え過ぎないようにしなければ。



「……ま、キミコが気にしてねえってんなら良いか」


「寧ろハトリ達が気にしないの? あの人達……マーロとフェイオ、だっけ。あの二人立ち去っちゃったんだけど」


「あー別に良い良い。アイツらがオパールランクの時からよく一緒に依頼受けてっけど、アイツら俺が受ける依頼に同行して美味いトコだけ持ってこうとしがちだったからな」



 最初に要らねえ癖をつけさせちまった、とハトリは肩をすくめる。



「マーロはトルマリンランクで、フェイオなんざエメラルドランクにまで至ってんだ。俺が同行してやっての至れり尽くせりの中そこまでランクが上がっちまった。エメラルドランクからは小遣い稼ぎじゃねえ依頼も多い以上、そろそろ親離れの時期だろうよ」



 ハ、と鼻も口も無いはずのハトリは鼻で笑った。



「俺の場合は親じゃねえからキノコ離れってとこだろうがな。確かにキノコってのは密集しがちだが、人間を依存させるわけにもいかねえ。人間からすると美味く感じるが毒でしかねえテングタケって事を考えりゃ尚更だ」



 毒キノコっつっても、下手な中毒にさせたいわけでもねえからよ。

 ハトリはそう言った。



「でも結局人数が足りてないっていうのは事実よね」



 どうしようかしら、とトラウが唇に人差し指を添える。



「マーロとフェイオが嫌いってわけじゃないから、私は彼らに破壊をプレゼントする気なんて無いんだけど……ああ! せめて依頼を受けるくらいは不満を抱えながらも耐えてくれたら良かったのに! 依頼の実績や報酬を考えてもそっちの方が得なのにそれがわからない辺りが人間の愚かで可愛いところだけども!」


「トロルドは気に入った相手に富と幸運を与え、気に入らない相手には不運と破壊をもたらす事があるの。正直気分で致命的な程に態度変えて来るから気をつけてね。あとそのヤドリギはアイテム袋に入れてるだけでも効果あるわよ」


「あ、はーい……」



 自分自身を抱き締めながらのトラウの嘆きっぽい何かを完全スルーし、ルウネはこちらにそう告げた。

 多分これがトラウの通常運転なのだろう。


 ……にしてもヤドリギ持ってるってわかるんだ……。


 仕舞って良いかもわからないのでとりあえず胸元に差していたが、仕舞って良いなら良かった。

 そう思いつつ胸元だけが開いたデザインのニットワンピから覗く谷間に手を突っ込み、ヤドリギを取り出す。


 ……このニットワンピも露出が高いっていうか……。


 一日で大分慣れたが尋常じゃ無く丈が短いので、ニットである必要性はあるのかと問いただしたくなってしまう。

 能力付与で体温調節可能な為保温性の高い服である必要は無いし、保温性を求めるならこの露出はありえない。


 ……まあ私が布薄いのは無理って言ったんだけどさ!


 めちゃくちゃ透けてるようなのや何とは言わないが形がくっきり浮き出る系は無理だと拒絶した結果のニット生地である。

 能力付与とは関係無しにめちゃくちゃ肌触り良い辺りお高そうだが、奢ってくれたカトリコが値段を教えてくれなかったのでお幾らなのかは不明だ。


 ……うん、まあ、薄手の生地よりはわかりにくいってだけで何のとは言わないけど具はそれなりに主張してるんだけどね……。


 これがこの世界のスタンダードなので致し方なし。

 郷に入らば郷に従えと言うし、外国では土足だが日本では玄関で靴を脱ぐようなのと実質的には変わらない部分だろう。多分。というかそう思わないとやってられん。



「ともかく一人くらい攫ってこれば良いかしら」


「ふざけんなよトラウ。お前らトロルド、っつーか妖精は何でそう攫いがちなんだ悔い改めろ」


「だって数が足りないじゃない。ハトリはマイコニドなだけあって地中越しに分裂して分身を作ったりが出来るけど、結局のところハトリだものね。人手にはなっても人数換算されないんだから居る意味が無いったら」


「お前の言い草が相当に酷いって自覚はあるか」


「はいはい、二人共いつものノリでやり取りするのは良いけれど、あんまり無駄に時間を使うのはオススメしないよ」



 手を叩くように髪の蔦を叩いて二人を止めたのはルウネだった。



「具体的な案とか出せないの?」


「……兄貴なら家に居るだろうから、兄貴でも引っ張り出すか?」


「あ、お兄さん居るんだ」


「おう、居る居る」



 思わず零すと、ハトリは軽く肯定する。



「タケリタケの兄貴が」


「タケリタケってテングタケに寄生したヒポミケス属じゃないっけ!?」


「キノコはな」



 つか詳しいなキミコ、とハトリは意外そうな声色で言った。



「マイコニドの場合は時々そういうのが混ざるってだけで寄生とはまた違うから安心しろ。人間だって時々色素薄いのとか手足がたりてねえのとか生まれるだろ。あれと変わんねえよ」


「それはそれで良いのかわかんないんだけど……」



 手足がたりないって結構な問題じゃないだろうか。

 まあものの例えだろうからそう大問題でも無いのだろうけれど、


 ……タケリタケて……。


 地味に有名なキノコであり、テングタケなどの系統にヒポミケス属が寄生するとタケリタケの形状になるらしい。

 そしてタケリタケは名前の通り、男性器そっくりな形状をしたキノコ。

 元が毒性のあるキノコの場合は毒性もそのままなのでヒポミケス属が食べれるかは元のキノコ次第と言うが、それ以前の問題だろう。

 え、呼んで大丈夫なビジュアルなの?



「人数が足りないなら協力しようか?」



 声がすると共に影が差した。

 振り向けば、すぐ後ろに三メートル以上は確実にあるだろう大男が立っていた。

 上半身が人間で下半身は馬というファンタジーの定番種族、ケンタウロスだった。





 身長差的に目線が馬部分に集中してしまうが、随分ガッシリした体つき。

 馬といえば競走馬みたいなイメージなので、シュッとしたイメージとは何だか違う。

 大分ゴツイというか、有名な世紀末覇者が乗ってる馬みたいなゴツさだ。


 ……これ前足掠っただけで死ねるな……。


 そのレベルで足が屈強。

 しかし己のせいで足りるはずの人手が足りなくなってしまったので、ここで参加してくれそうな人の登場というのはありがたい。

 流石にタケリタケさんご登場はいかんだろうし。



「ハトリはどう……ハトリ?」


「……おお、まあ、うん、何だ……お前人間なのに肝座ってんな」


「えっ何が?」


「わかんねえなら良い」



 よくわからない事を言いつつハトリは手をひらりと振る。



「こっちとしても人手が足るっつーのは助かるが、お前らはどうだ?」


「私は構わないよ」


「私も構わないけど……さあ」



 トラウは大きなケンタウロスの顔、正確には目元を隠すようにヘルム感がある仮面をつけているので、その仮面を見るようにしながら口を開いた。



「一応聞くけれど、暴れたりはしないわよね?」


「後ろに回って突然腹を触られたりしたら蹴っちゃうかもしれないけど、わざわざそんな事をするつもりは無いよ」


「なら良いわ。こっちだって重種ケンタウロスの死角になんて回りたくないもの」



 あれ、こっちはこっちで人外特有の微妙な関係性だったりするのかな?



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