複数向けの依頼
翌日宿屋で朝食を済ませ、ギルドへと向かう。
……朝食の代金は普通に支払ったけど、特に違和感なく食べれた辺り凄いよね。
特別美味しいわけではないが、結構な数の種族相手に料理を作ったりしながらも味付けにムラが無いというのは凄いと思う。
これは苦手だと思う味も無かったし。
……それだけの実力があるからこそ全種族対応でやってけるんだろうなあ。
ちなみに宿屋の主人であるホンゴ曰く、前日に代金を支払って朝食を注文しておけばついでにモーニングコールもしてくれるとの事だった。
料理が出来上がったらモーニングコールをしに行くので待ち時間無く朝食を済ませる事が出来るというシステムらしい。
尚、当然ながらモーニングコールも時間指定したければ出来るんだとか。
……まあ、クダが居るから遠慮したけど。
話を聞いている時のクダが何かを訴えるようにこちらを見ていたので、クダが居るからクダに起こしてもらう、と断った。
正解だったらしく痛くないよう加減しながらも思いっきり抱き締められたので多分良し。
わかりやすい態度はありがたい。
「何か良い依頼があると良いねえ、クダ」
「そうだねー」
ギルドの入り口をくぐりつつそう話して一歩を踏み入れた途端、目の前に立ちふさがる影があった。
綺麗な赤毛に小柄な身長の女性だ。
鼻が少し大きめなのはともかく、耳の大きさは人間らしくない辺り、恐らく人外なのだろう。
……鼻までは人間でもあり得るけど、身長と耳の大きさは人外だよなあ……。
「ねえ、あなた達。今あなた達、確かに良い依頼を探していたわよね?」
「え、あ、はい」
「そう、そう、そうなの! それならとっても良い依頼があるのよ本当に良い依頼が!」
「えっなになになに怖い」
小柄に似合わぬ圧でぐいぐい来られ、慌ててクダの方へと縋るように逃げる。
掴んだ腕がもふもふでちょっと安心。
「……えーっと、トロルドだよね?」
「ええそう、トロルドよ。名前はトラウ」
首をこてんと傾げたクダに、彼女は続ける。
「そして冒険者だろうあなた達にとっても良いお話が…………待ってそっちの人間の子反応が可愛いわね? ちょっと攫われる気とか」
「何をしてんだよテメェは」
「イッタ!」
トラウと名乗った女性が急にギラギラした目になってこちらを見つめた直後、男性の声が聞こえると共に彼女の頭にチョップが決まった。
見ればキノコが居た。
手足のあるキノコだ。
目や口などといった顔のパーツが存在しない、キノコでしかないキノコが居る。
「おう、悪いな人間と狐。悪気があったわけじゃねえんだよ。コイツは故意があったろうけどもな。ほれヤドリギ持っとけ」
「あーっ! 酷いじゃないハトリ! 折角可愛らしい人間、それも女の子だから攫おうと思ったのに! ヤドリギ持ってちゃ攫えない!」
「だから持たせたんだよ馬鹿野郎」
キノコの手によりトラウの頭からスッパァンという良い音が響いた。
というかヤドリギを持たせられたは良いがどういう何だ。
ギルドの入り口で何が起きているかサッパリわからん。
当事者のはずなのにここまでわからんとかあるか?
「あの、ところでどちら様で一体何用でしょう、か……」
「ああ、俺はテングタケのマイコニド……要するにキノコ系魔族であるハトリだ」
「人間の喜美子と管狐のクダです」
「そうか」
んでもって何用かっつー部分についてだが、とキノコの笠部分が顔らしいハトリは言う。
「複数向けの依頼ってのがあるのは知ってるか?」
「初耳ですね」
「ま、ランクがオパールなら新入りだろうからそうなるか」
鑑定でこちらのランクを見たらしいハトリに、一先ず壁の方行くか、と言われたので大人しくついて行く。
入口付近で騒ぐのが良くないのは事実だ。
……さっきのトラウって人は何か危なそうな気配だけど、ヤドリギ見て残念そうにしてるから多分大丈夫、かな?
人じゃなくて人外だけど。
トロルドというヤドリギを苦手とする種族って何だろう。
トロールならがらがらどんの絵本で存じ上げているが、アレは巨体の化け物だったはずだし。
……あ、いやでも昔アニメで見たフィンランドの妖精は二足歩行のカバ感あったし、北欧土産で貰ったマグネットは天狗鼻の老人だったし、もしやトロールって見た目のバラエティが豊かだったりする……?
トロルドがトロールの別名、かつ魔族と魔物の区別の為にと呼び分けられているなら納得だ。
いやトロールについて詳しくないので、だからどうしたという感じだが。
攫おうとしてくる理由がわからんままでしかない。
「複数向けの依頼っつーのは、受ける側の人数に指定があるヤツなんだよ。一定数越えてねえと受けらんねえ依頼だな。んで、エメラルドランクでその複数向け依頼があるわけなんだが」
「…………人数が足りてないとか?」
「おう。六名以上が条件なんだが俺を含めて現状五名でな。依頼自体は俺らの内、エメラルドランクを受けれるヤツが受ければ良い。重要なのは人数だからな。ただエメラルドランク以下であっても一緒に受けた、そしてクリアしたならその分の報酬が手に入る。あとランクアップ用の実績。どうだ?」
「うまい話過ぎません?」
「へえ」
キノコの笠なので表情がサッパリ、というか表情自体がサッパリ無いハトリだが、頷く際のその声は感心したような声だった。
「人間はこういう時、疑心暗鬼になって拒絶するか、良い話だと一発でノる事が多いんだが……そこでちゃんと話を聞いた上で考えようとするってのは賢いな。偉い偉い」
また人外に頭を撫でられた。
というかハトリはテングタケと名乗っていたし、これ大丈夫なんだろうか。
いやまあ素手で触ったらヤバいのはカエンタケくらいだろうし、食べさえしなければセーフだろうけど。
……でもテングタケって、有名なベニテングタケよりも毒性強いって話があったよね。
もしかしなくとも強い人なんじゃと思って鑑定をしてみれば、冒険者ランクがBのルビーランクだった。
こいつぁ強ぇ。
「まあ確かにうまい話ではあるが、俺に含まれるイボテン酸程ってわけじゃあねえよ」
うまい。
イボテン酸に掛けるところが二重にうまい。
座布団をあげたいくらいうまいがテングタケ系はうまいからヤバいのだ。
いや、食べた事は当然無いけど。今後も無い予定だけど。
「適当に時間ありそうなの捕まえて参加させるってのはよくあるもんだ。そもそもランクが低かろうがあんまり関係ねえしな」
「そうなんです?」
「例えばオパールランクのヤツがエメラルドランクで討伐依頼出てた魔物を討伐した。この場合どうなると思う?」
「え? えーと、依頼は受けてないし討伐依頼は基本的に受けてから……」
「んーとね、主様」
こちらの両肩に手を置き、クダが言う。
「例えばそこのボスがすっごく頭良くて困ってるから駆除したいって依頼だったとして、そのボスが依頼受けてない低ランク冒険者に倒されたとするよね?」
「ふむ」
「スライム討伐みたいな種族指定だけの討伐依頼ならともかく、そういう特定の相手を指定した依頼の場合は証拠さえあれば依頼を達成した扱いになるんだよ。寧ろそういうのはランクが足りてなくても依頼達成になる」
「寧ろ?」
「だって低ランクでも実力があるならさっさと上のランクに行って仕事こなしてほしくない?」
「あー……」
頭が良いなら低学年を真面目にこなすより飛び級してもっと良いトコ行ってレベル高い勉強を! みたいな事か。
確かに実力ある人にはさっさと上に行ってほしいというのはわかる。
オンラインゲームでも新アカ作ったなみたいなプロの動きする低レベルが居たりして、正真正銘低レベルなこちらとしては超怖い。
頼もしいけれど見た目詐欺を見ている気分になる。
「そういう雑さ……良い言い方をすんなら臨機応変さってヤツだな。それがあっから問題はねえんだよ。問題は受けようとしてる側の人数が足りるかどうかだけだ」
「……その、複数人で行かないといけない依頼っていうのは?」
「近くの森にマンドラゴラが集団で生えてるらしくて危ねえんだと。薬にもなるから採取したいんだが、マンドラゴラってぇのは魔物でもある。討伐とは違うから採取扱いになるが、アイツは抜くと生き物がショック死しかねねぇ悲鳴を上げるんでな」
「それ死にません?」
「あらかじめマンドラゴラに音を遮断する魔法掛けりゃ問題ねえよ。万が一があっても冒険者用の服なら騒音をある程度遮断出来るよう魔法が付与されてるだろうしな」
「成る程」
内容は知らないが、クダが何も言わないという事は付与されているという事だろう。
外に出たら戦闘用の服に着替える魔法が自動発動するやり方を教えてもらったので今は私服のニットワンピだけど、魔法の仕組み的には外に出れば勝手に魔法が発動して着替えられるはずだし。
……着替えた状態を魔法に登録させればアイテム袋にその服が入ってる限り魔法での着替えが可能、って本当にファンタジーっていうかなんていうか……。
まあ便利だし、町の登録さえしちゃえばその町を出入りする時に自動発動するようセット出来るというのはありがたいが。
「…………ん? あれ、でも魔法で音を遮断できるなら六人も要ります? そんなに数が多いとか?」
「違う違う」
じっとヤドリギを見つめて残念そうな顔をしていたトラウは攫う事を諦めたのか、へらりとした笑みを浮かべた。
「マンドラゴラって抜くと二本の根っこで全力ダッシュしちゃうのよね。引っこ抜く際の葉っぱを掴んでれば良いんだけど、暴れるから逃げられやすいの。しかもちょこまかすばしっこくて面倒だから、数が多い方が確保しやすいっていうか」
「一匹逃がすとその一匹を捕まえるのに手間がかかるからな」
成る程。
……不審な感じも無いし、多分こっちじゃスタンダードな依頼なんだろうなあ。
今日はこれをやるぞという目的があったわけでもないし、丁度良いかもしれない。
「じゃあ、私達も参加……しようと思ったけどクダはどうする?」
「クダは主様がオッケーならオッケーだよ! 人間と違って人外は基本的に嘘吐かないしね!」
「人間と違ってて」
確かに人間は嘘を吐くけど。
「いや、人間が嘘吐きっつー以前に人外は嘘吐いてるかどうかが結構わかるんだよ。同時に相手にも嘘が通用しないってのは当然のように把握してる。通用しねえ嘘を吐く意味あるか?」
「無いですね」
「だから嘘を吐かねえってだけだ。嘘に鈍感な人間は本当かどうか判断つかねえし、他もそうだと思ってっから嘘を吐くけどな」
「おおう……」
言われてみればそうかもしれない。
犬だって食べ物の中にどう薬を入れようと察して吐き出すもんな。
あれはつまり嘘に聡いという事か。
「ま、参加してくれるってんなら俺らも助かるぜ。他にはアルラウネのルウネと、人間が二人。男がマーロで女がフェイオだ」
「成る程…………」
あれ、そういや奴隷使いって人間種族からは全力で嫌われるジョブじゃなかったっけ。
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「な……っ! 奴隷使いではないかソイツは! ふざけるな! 幾ら人手が必要だとしても奴隷を連れている奴隷使いと一緒に行動する気はない!」
やっぱ全力で嫌われるジョブらしい。




