何この場違い感
「なんっで断んだよ!」
「受ける理由がねえからだよ馬鹿野郎」
地団駄を踏んで海底の砂を巻き上げる赤のアソウギに、原種は酷く面倒そうにそう返した。
瞼が無い目なので表情を読み取ったりが難しいが、瞼があれば胡乱気な目で見てたんだろうなあと思う声色。
「我は戦うつもりがねえ」
「いいや、そんなはずはない」
赤のアソウギは目を爛々と、剣呑に光らせる。
まるで好敵手を見据えるように。
「俺は戦闘種族だから、戦う事に特化している存在はわかるんだよ。貴様は戦うべく生まれた存在だとな。そうであれと生まれたならばそうであれ。俺と戦い死力を尽くせ!」
「お前と戦う為に生まれたわけじゃねえだろ」
原種が身じろげば海底が蠢く。
砂が巻き上げられているだけなのに、そう思う程の動きだった。
動きによって、原種の下に潜んでいたらしい空気の泡がごぼごぼと水面へ上がっていく。
「我が戦うのは雷を操る戦神だけだ。他と戦う気も無けりゃあ理由も無い。我はただ、いずれ来る運命を待つ」
……ふむ、
「…………あの、さっきもあの原種そんな事言ってたけどどういう……」
「んー、要するに神話の話になるのよね」
いまいち話についていけないのでコソッと聞いたら、エルジュがそう教えてくれた。
「ヨルムンガンドが出て来る神話では、ラグナロクっていう……まあ大戦争が発生するの。神と巨人の間で。それでどっちも殆どが滅ぶのよね」
「わあいラグナロクだあ……」
正直言ってあまり意味を知らないままゲームとか漫画に出て来るラグナロクという単語を適当に認識していたが、思った以上の世紀末。
神と巨人が大戦争とか人間滅ぶヤツじゃんソレ。その時空に人間居るか知らないけど。
「で、それは過去に起きた事なのか今後起こる事なのかが不明なの」
「…………んん?」
「要するに、神話関係の方々は伝承で構築されている存在という事なんです」
同じくらいの背丈になっているリャシーは、妖精だからか周囲が海水に満たされているこの状況に少し落ち着かないようだが、それでもギルド職員としての誇りなのかそう説明する。
「伝承があれば存在出来ます。ただしその分、伝承に縛られるわけですね」
「俺達ケンタウロスが毒に弱いっていうのもソレがちょっとあるかな。優れたケンタウロスは大体毒で死んでるから、ケンタウロスは種族的に毒に弱い。それに負けるって定められちゃってる感じ」
「……それこそ何かさっきから原種が言ってる運命みたいな?」
「はい」
「そうそう」
リャシーとイーシャがうんうんと頷いた。
「そしてヨルムンガンドという存在は、ラグナロクで雷神と戦い相打ちになって死ぬ事が定められています」
「そのラグナロクだけど、過去にあったかもとか未来に起こるかもっていうのは?」
「俺達もそれ知りたーい」
「話がとっちらかってよくわかんないもん」
「既に起きたのと未来に起きるってのじゃ随分違うんじゃねえのか」
ミレツとニキスの言葉に、シュライエンもそう零す。
「そこが神話の難しいところなのですが……起きたかどうかが不明なんです」
「不明って?」
「まず大前提として、神話にあるように、その存在自体に運命が定められています」
「あ、何か聞いた事ある」
アレは確かギリシャ神話だったか。
矛と盾による矛盾話のアレコレの類似話で見た覚えがある。
「何者にも捕まらない運命を持つ狐と、どんな獲物でも逃がさない運命の猟犬。狐が悪い事をするから猟犬が狩ろうとしたけど、狐が捕まるのも猟犬が獲物を取り逃すのも、どっちも運命に反するからって石に変えられるヤツ」
「そう! そういう事なんです!」
リャシーが声を弾ませた。
「つまり運命とはそのくらいに絶対的不変のもの。未来は幹から伸びる枝の数同様かなりの道がありますが、運命自体は定まっているわけですね。その人が世界を救うという運命を持っていたならば、どのルートを辿るかはその人次第としても、世界を救う事が運命として定められているという事です」
「成る程」
つまり未来から来た猫型ロボットのアレだ。
野比さん家ののび太くんは郷田さん家のジャイ子さんと結婚する未来だったが、子孫がその結果貧乏になるから過去変えて、と言ってくる。
当然のび太くんはソレやったら君が消えるんじゃないのかと言ったけれど、目的地に到着するまでの移動手段は何でも良いんだ、と返される。
目的地は一緒なのだから、と。
……つまりアレって、子孫の彼が生まれる事自体は運命として定まってるって事だよね。
ただ郷田さん家のジャイ子さんと結婚するか、源さん家のしずかさんと結婚するかという未来部分が定まっていないだけで。
「…………おい大将、勝手に納得すんな。他のヤツも納得してるみたいだが学の無え俺にゃサッパリだぞ」
「あ、ごめんシュライエン。要するに屋敷からギルド行く時、どの道通ってもギルドまでの道さえ選べばギルドに行けるし、カトリコに空から送ってもらってもエルジュに移動魔法で送ってもらっても良いって話。ギルドに行くっていう部分は変わらないから」
「……腹を満たすってのが運命なら、パンを食おうがスープを飲もうが残飯搔っ込もうが構わねえって事か」
「まあ言っちゃえばそうなんだけど、残飯掻き込むのは主として構うかな。余った分を食べる分には良いけどゴミ箱に入ってる残飯を想定はしてないよね?」
「………………」
「今はご飯あるからちゃんと普通のヤツ食べてよ!? 想像の方も出来るだけそっちに寄せよう!?」
顔を逸らされたので慌ててそう告げるも、シュライエンは微妙な顔のまま視線を逸らし続けていた。
何だ、そんなにも根っこ部分にそんな思考回路が染みついてるとでも言うのか。
おのれ偏見。
……実際、偏見こそが最大の敵だもんねえ……。
人種差別も偏見の産物で、その結果が革命家達の活動だ。
そもそも皮を引っぺがせば肌色が白でも黄でも黒でも、同じ真っ赤な血と筋肉の繊維とあと脂肪やらがあるだけだろうに。
そりゃ消化出来る物や食べる物によって構築される細胞はちょっと違うかもしれないけれど、少なくとも一皮剥けば人体模型と同じ顔が出て来るなんて、考えなくてもわかると思う。
「えーと……話を戻すと、とにかくヨルムンガンドの原種は雷神と戦って相打ちに終わるんだよね」
「はい、そう定められています」
「そう定められているだけで、過去にあったか未来に起こるのかわからないと」
「突然過去にそういった事があった、となるかもしれませんし、過去に起きても神話が残り語り継がれている為に滅びずこうして生きているのかもしれませんし、単純に未来でラグナロクが起きるかもしれないし……と、定まっていないんです。そこは」
「ああ……そういえば神様って伝承系の存在だから語り継がれる限りはご存命で、語り継がれている限り寿命も無限みたいな物だって言ってたけど、同時に語り継がれてる限りは滅びが無い、みたいな……?」
「その通りですマスター様! なので神話内で死んでいても、伝承が残りその存在を語り継ぐ物や場所、逸話があればそれだけで存在出来てしまうのです!」
「その結果がラグナロク起きたかどうか問題かあ……」
「起きていようが無かろうが、俺はこうして海底でだらだらとして毎日を過ごしてただろうがな」
……あっ、聞こえてらっしゃったので……?
振動に近い原種の声が、こちらの会話へ応えるようにそう告げた。
赤のアソウギが戦え戦え言ってるのをいなしてたからこっちの声なんて聞こえてないものかと。
あ、でも蛇って振動で音聞くらしいからソレかな。
……いや、でもこのカゴの中に空気の膜が固定されてるから音の振動は……とはいっても外に居るガルドルや赤のアソウギとは会話出来てるわけだしなあ……。
「お前様、あまり魔法や神話の存在に対して物理的な事を考えるな」
表情からこちらの考えを察したらしく、カトリコがそう告げる。
「物理は人が扱える物質についてしか解明出来ないものだから、ああいうのには当てはまらない。物理を鼻で笑うのがああいうのや自分達だ」
「カトリコ……自分で言っちゃうのソレ?」
「事実だろう。そもそも物理とは物の理。ああいうのは物ではなく、真の理であり真理だ。そこにあるという真実だけだぞ」
「ああ、うん、何となくわかった……」
何となく感じるとか、虫の知らせとか、第六感とか、悪寒が走るとか、そういう部類の存在という事だろう。
物質的に存在してるからと思って物理で見ようとしても無駄だぞ、という事か。
……まあ確かに見えるから理解出来るのかは別だもんねえ。
見えれば解明出来ると言うならフグの卵巣漬けがどうして無毒化するのかも解明されているはずだろう。
調べないとわからない事で、調べてもまだわかっていないのだから、ただ目で見た物が真実とは限らない、という事。
いやだから何で原種がこっちの会話を聞いてただけでこんな哲学考えなくちゃなんないのさ。
我ながら脱線癖が酷い。
「というか、あの、ラグナロクが起きてたかどうかがわかってもその状態で居るというのは?」
「ラグナロクの際、我は陸に上がると決まっている」
「まあそうでしょうね」
雷神が海の中に突っ込んでくるとは思えないし、かといって海に雷を落としても海面にしか走らない。
だから意外と海中の中の方が安全だったりするんだとか。
まあ神様の雷って考えたら、そんな物理的なアレコレが通用するかはわかんないけどさ。
「我が陸に上がれば、その動きに合わせて津波が人里を洗う。今でこそ海の中だから効果を失っているが、空と大地は我の吐く毒に覆われる。しかもその毒は、雷神を殺すと定められている毒だ。それを陸に上がらせてどうする」
「ああ……それはどうもしないというかどうも出来ないというか……」
「動けば災害となるなら、動かず眠っているのが一番良い。我の主張がわかったか」
「よく理解出来ました」
大き過ぎるとその存在自体がヤバい、みたいな事か。
確かにちょっとしたつむじ風は髪型をボサつかせるくらいだけれど、それが大きくなった台風なんかは最悪人の命を奪う事も出来てしまう。
大きいというのは、そういう事だ。
「理解出来ても戦わねえ理由にはならねえだろ!」
「充分な理由だろうが……」
赤のアソウギの言葉に、原種は酷く面倒臭そうに息を吐いた。
また海流が発生してる。
「我が戦うのは雷を操る戦神だけだ。陸に上がるのもラグナロクの時のみ。そして戦うならば殺し合い、相打ちとなる。それが我の運命だ」
「ハ!」
赤のアソウギが鼻で笑い、宣言する。
「ならば俺にも適性はあるぞ。鬼と扱われるが仏教の守護神でもある阿修羅、俺こそはその一人である!
雷神では無く、語り継がれるは雷を操る軍神に射殺される話であれど、しかしまごう事無き戦神! 雷神とまでは行かずとも、魔法に匹敵する法力により雷を操る事など造作も無い!」
「クハ」
クハハ、とこれまで面倒そうな声色だった原種が初めて笑った。
「そうか、雷を操る神により死ぬ種族である部分が同一なのか、お前。通りでしつこいわけだ。戦闘種族は同じような者とは特に殺し合いたがるからな」
腑に落ちた、と長い舌がしゅるりと覗く。
「だが、お前に雷が操れるのか? 本当に?」
「阿修羅は正義の神。人物名では無く種族名であるが故につい戦いに没頭して神の座から追われる者もそれなりに居るが、根本は正義の神だ。正義とは裁き。神の裁きは雷となる事もあるだろう」
「クハハハハ!」
原種の笑いに、グラグラと揺れる感覚を覚える。
海流が津波と言わないまでも大変な事になっているようだが、ここはカゴの中だからそこまでダイレクトな影響は受けないはず。
巨大化している赤のアソウギに抱えられているのもあって安定しているはずなのに揺れを感じるという事は、笑い声自体が圧になっているんだろうか。
「ったく、好き勝手に解釈しやがる! これだから極東の方の神話は愉快だ! 名を変え姿を変え逸話を変え立ち位置を変え、それら全てを内包しながら語り継がれるその異端さ! 並みじゃねえな!」
「神話の存在に並みを求める事が愚かだろうがよ」
「クハ、それもそうだ」
何かよくわからないけれど、カゴの外、頭上の方で凄い会話が為されているのはわかる。
何? 今から新しい神話でも誕生するの? 私神仏習合どころじゃなく色々ごった煮な日本人だから受け入れちゃうぞ?
「良いな、久々に機嫌が良い。随分と面白い馬鹿野郎が来やがった」
「ハ、戦う者は馬鹿にしかなれんと知らんのか。戦わぬ事が正義を生み、戦う者は勝者にはなる事が出来ても正しくは無い。何せ正しさとは手を取る事にあるからな。正義が戦いに目を眩ませればそれまでというのが阿修羅の運命だ。目が眩めば死ぬぞ、馬鹿のように」
「面白い。良いぜ、戦ってやる」
ぐばり、と原種の口が裂けた。
否、ただ口を開けただけなのだが、まるで山が中腹辺りからぐばりと裂けたようにしか見えなかった。
うーんサイズ差。
「だが、我らが戦えばここら一体は更地になるだろうな。我は人間に対し愛着も無いが、それをすれば他のヤツが茶々を入れかねん」
「俺は人間を愛しているからそれは困る。しかし、俺はそもそも修羅道に生まれ修羅道で戦う種族。争いに満ちた世界へ連れてってやるよ神話の蛇。あちらの一昼夜はこちらの世界の百年だが、こっちの世界での一日分しかバイト先に休み入れてねえからそこらは調節しなくちゃならねえがな」
「ここへきてケチケチと世知辛ぇな」
「うっせえ」
謎に仲が良さそうな会話してるし。
さっきまでの微妙な態度何だったんだ。
バトルのシーンになると途端わかり合う少年漫画世界の住人かお前達は。
……戦闘種族って言ってたし、そうなんだろうなあ……。
二次元でよくある、対峙すれば分かり合えるアレ。
戦士によくあるヤツだけど、ヨルムンガンドと阿修羅でやってる辺り絵面が凄い。
もう完全に赤のアソウギが抱えてる私達の入ったカゴが場違い過ぎるのが申し訳なくなってくるレベル。
「しかし、一昼夜だろうが何だろうが、雷を扱える戦神と戦えば我は死ぬし貴様も死ぬ。そういう運命になってんだぜ。相打ちに終わる、ってな」
「あー……そうか。そこが面倒だな。どうせなら何度も何度でも殺し合いたいところだが……」
「…………あのさあ」
もう何か完全に見学気分になってアイテム袋から取り出した水を飲みつつ、声を掛ける。
「思ったんだけど相打ちなら決着つかなくても相打ちになるんだし、死ななくても相打ちにはなれる事ない?」
敬語はもう知らん。
大きな二対の目が一気にこっちを見たしクダ達ですらもビビって何故か私の背後に隠れたが、今はあまり気にならない。
何だろう、圧倒的過ぎて丁寧に接しようが雑に接しようが死ぬじゃんってなってどっかぶっ壊れたかな。
でも元から危機察知能力死んでるからそんなもんか。
っていうか殆どが私の背中に隠れ切れて無いけど良いのかな。
そう思いつつ水をもう一口。
「……ハン、まあ一理あるっちゃあるな」
こちらを剥き身の心臓をチクチク刺しているかのような圧で見てきていた原種は、圧を緩めてそう言った。
「我の毒はこうしていればわかる通り、海水で無効化出来る。我相手に、死体の我が相手だとしても退こうとしなければ耐えられるものだ。定められている以上、我の死体を前にしたとしても退けば毒が命を奪うが……退かずにそのまま海水で流せばどうにでもなるだろ」
「ああ、少なくとも相打ちが決まってんなら勝敗が決しないってのも相打ちだからな。良い考えだ。それなら何度でも戦える。しかし次にどうにかするのは時間の問題……確実に長期間楽しんで時間の事なんざ忘れかねんぞ俺は」
「ならそこに丁度良いのが居るだろ。オスもメスも居るからどっちかを選べばいい」
「……成る程」
何かぞわりとしたような。
シュライエンなんて普段はスキンシップを嫌う癖に果敢にもクダ達の間をすり抜けて私の真後ろに隠れていた。
もしかしなくても今の、人間のオスとメスって意味だな?
「首領、ちょっと良いか」
「害が無いなら」
そう返せば、赤のアソウギはカゴを支えていない前の右手親指で自身を指した。
「お前の寿命が続く限りで良いから一発俺と奴隷契約しろ」
「は?」
何言ってんだコイツ。




