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シロナガスクジラの化け物みたいなサイズ



 アソウギに抱えられたカゴの中は意外に快適だった。

 揺れを少なくする魔法もあるのだろうけれど、下に敷かれている分厚いクッションのお陰で歩く際の揺れにガタゴトする事も無く風景を楽しむ余裕があった。

 馬車や古い車なんかは揺れが物凄くてお尻痛くなったりするが、これは随分と心地いい。

 分厚いクッション、というか敷布はベッド扱い出来るんじゃないかというふかふか感だし。


 ……まあ、巨人から見た敷布だろうしねえ。


 巨人サイズのタオルを畳んで入れればこのくらいになりそうな気もする。

 実際そうなのかは知らないけれど。

 そんな事を考えながら車に乗っているかのように変化する風景を眺めていて、ふと気づく。



「巨人街、畑無くない?」


「そういえば無いね」



 クダも巨人街には詳しく無いらしく、耳をピコピコさせながらふんふんと頷いた。



「極東の巨人系は人間脅して食い物寄越せって言ったりするけど、こっちは共存してるからそういう系でも無いんだよね? どうしてるんだろ」


「いや、っていうか極東の巨人ってそんな感じなの?」


「うん」



 口元を微妙に引き攣らせているイーシャの言葉に、クダはあっさりと肯定する。



「神系じゃなくて妖怪系が多いから、そういう事しがちかな。妖怪は人間と共存もするけど、基本的には恐れさせるのが本分だから」


「「何で?」」


「危ないところに行かなくなるから、かなー」



 アソウギが大きくなった際に渡されたバスケットの中から適当なパンを取り出し齧り、クダは続けた。



「例えば山道があるとして、夜にそこを通ろうとする。でも明かりも無いから獣とかで普通に危ないんだよね。足挫きかねないし」


「夜目が利かないと尚更そうだろうな」



 カトリコがうんうんと頷く。



「だからあそこに行くのは危ないよ、って語られるの。恐怖によって怖い幻覚を見た人が化け物の話を人々に聞かせて、その伝承と人々の恐れによって本物が生まれる。そんなわけで妖怪としては、人に害を為す事こそが生まれた理由っていうのも多いんだー。ひたすら驚かせたりね。一応人を外敵から守るのが本分の妖怪も居るけど、大半は驚かせ系」


「あー、確かにそういう伝承系多いよねえ……」



 マジでただ驚かせるだけの妖怪も結構居る。



「あとスリをしてると腕に大量の目が発生するとか、百年大事に使った物が化けるとか、はたまた百年を目前に捨てると化けるとかだっけ?」


「恩返しで化けるのも居るからねー」



 私の言葉に、うんうんとクダが頷いた。



「妖怪は多種多様だよ」


「確かお金を増やす妖怪も居るとか」


「流石情報屋ミッドガルド。その家を裕福にさせる座敷童とか居るよー。あと山姥とかも、人喰うのも居れば産後のアレコレ手伝ってくれてよく働いてくれたからって事で尽きない反物くれるのが居たりね」



 改めて聞くと本当に多種多様だなあと実感する。

 というか山姥の尽きない反物、昔アニメか絵本とかで見た事があるような。

 確か、やっぱり善意による善行を為すと報酬が貰えるし、欲張らずにその報酬を分け与えれば皆豊かになれるんだなあと思う話だった。

 お婆さん一人に全部押し付けた村の人達がさらっと恩恵に預かってるのはどうなんだ、と今なら思うけれども。


 ……昔は大団円エンドでホッとしたけど、今思うと老婆一人に任せる村の人達って……。


 一応荒くれ者二人が付き添いしてたが、その二人は途中でビビって老婆を置いて逃げて行った。

 なのに最後は老婆が貰って来た反物で村の人達がハッピーエンド、というのは、何というか村の人達の棚から牡丹餅感が凄い。

 もっと皆で仲良く頑張れと思う。


 ……んん、でも、私も大体皆に任せっきりだしなあ……。


 その村の人達に対してとやかく言えない立場だった。うぬぬ。



「おい!」



 赤のアソウギの呼びかけに、思わず身が跳ねた。

 耳が痛くなる程では無いが、巨人姿となっている今のアソウギだと声も結構大きいのだ。



「一応さっきから海に向かっちゃいるが、こっち方面で合ってんだろうな?」


「ええ、合っていますよ。海の方へ行けばすぐです。魔法で空気の膜を作り沈めば。……そうですね、今のアソウギの足でしたら海に足を入れて五十歩程沖へ向かえば、目の前ですよ」


「そうか」



 ……今のアソウギでも五十歩必要って……。


 と思ったが今の時点でまあまあ歩いているのでそんなものか。

 まあ、あまり港近くに居ても問題があるのだろう。

 原種のヨルムンガンドって凄く大きいようだし。





 海は遠かったし広かったし深かった。

 何というか、荒れた地をそれはもう広い範囲巨人に渡したんだろうなと思う距離だった。

 これ、人間の足だったらあの門から海に行くまでに数日掛かる可能性もあるんじゃないだろうか。

 そうして到着した海に、赤のアソウギは躊躇い無く潜った。

 ビーチ感溢れる浅瀬とかではない、ガチですぐさま深いタイプの海なのに、だ。

 まあ今の巨人姿なアソウギには足湯程度の深さだったようだが。


 ……それでもあっという間に海の中だもんなあ……。


 たった数歩でアソウギの全身が沈む程の深さになった。

 それだけの距離というのもあるのだろうが、このサイズを内包する辺りやはり海は深くて何か凄い。

 ちなみに私達はエルジュが素早く張ってくれた魔法のお陰で水圧も呼吸も問題無い。



「…………赤のアソウギさあ」


「あ? 何だよ」


「私達が空気穴から入ってきた水で溺死するとかの心配しなかったのかって部分、聞いても良い?」


「魔法に長けてるエルフと術に長けてる狐が居るんだからそんなもんどうにでもなるだろ」


「まあそうね」


「実際エルジュがやんなかったらクダがやってただろうしねー」


「成る程」



 赤のアソウギのけろっとした表情と、エルジュとクダの当然顔。

 つまり人間の私とシュライエンだけがビビったわけか。


 ……うん、いつものいつもの。


 私は結構な勢いで肝が冷えたし、シュライエンは喉から引き攣った音を出しながら顔を青ざめさせて私の服を掴んでいたが、まあいつも通りだ。

 最近聞かない限り説明が全力で省かれ始めたような気もするが、聞けば答えてもらえるし良いとしよう。

 少なくとも守ってもらえてるのは事実だ。


 ……いきなり上から抱きかかえられる犬とかって、こういう突然の襲撃感を感じてたりするのかなあ……。


 種族が違うだけでこのレベルの思いもよらないアレコレが発生するので、実家に居たペット達にも同じことをしていたかもしれないとちょっと反省。

 いやでも皆は私達があんまり理解してない事をわかってるはずなのでつまりわざとか。人外本当そういうとこね。



「お……見えたぞ原種!」


「待ってください待ってください」



 空気の膜を作っていないのに全然平気そうな赤のアソウギが前方の岩みたいな影に表情を明るくさせれば、蛇部分によってカゴ内をそれなりに占拠しているガルドルが待ったを掛けた。



「アレでもまだ結構距離があるんですよ。あと二十歩程です」


「あ? …………ふん、そうらしいな」



 目だけを動かした赤のアソウギは、海底にある他の物との大きさや距離を計算でもしたらしく納得したように頷いた。

 どのくらいの距離があると判断したかは私にはサッパリだけれど。



「じゃあ、行くぜ!」



 こちらを気遣ってか流石に走りはしないものの、先程に比べれば駆け足で赤のアソウギはその岩のような物との距離を縮める。

 一歩二歩三歩、十歩十一歩十二歩と距離を縮め、十九歩の時には殆ど目の前だった。

 ニ十歩目の時には、目の前にとてつもなく大きな何かが居た。

 十数メートルはあるだろう赤のアソウギでも見上げる程の大きさ。

 最早山にしか見えないソレは、しかし遠目から見た時に何となくの形は見えていた。

 この壁のようなものは、ガルドルのご先祖様である、原種のヨルムンガンドなのだ。


 ……いや大き過ぎるよね!?


 国をぐるりと一周出来るのも納得の大きさというか、このサイズを内包出来る海の懐の広さに感服するばかりだ。

 流石父なる海で母なる海。

 もう何かあまりの大きさに感想が迷子になってしまった感がある。



「コイツが原種か……成る程、なら早速」


「いや待ってください先に挨拶を。戦うかどうかとかはその後でお願いします」


「……チッ」



 赤のアソウギは前も見た通り中々に血気盛んらしく、ガルドルに待ったを掛けられて舌打ちをした。

 それでも一応待ってくれる辺りがアソウギらしさと言えるだろう。


 ……まあ、私の時も助けてくれたしね。


 多分戦いに関してだけブレーキが外れるタイプなんだと思う。



「では、少々声を掛けて来ますので開けても?」


「今は蓋を固定して空気の膜を安定させてるから、移動魔法で外に出すわね」


「お願いします」



 エルジュが何だかあっさりと凄い事をやってのけ、ガルドルは外の海へと出た。

 寒いのは苦手でも海の中では大丈夫と言っていた通り、十メートルの長い体をくねらせてすいすいと目があるんだろう高さまで泳いでいく。



「ご先祖様、ご先祖様! 末代のガルドルです! 起きてくださいご先祖様!」



 ガルドルの呼びかけの目の前の山のような何かはしばし無反応だったものの、数分程するとぐおんと動いた。

 否、恐らく原種ヨルムンガンドからすれば軽く身じろぎした程度なのだろうけど、近距離で山のようなサイズの何かが動くのを見るとぐおんと動いたようにしか見えない。



「…………うるっせえな」



 低い、音というよりも振動に近い声が聞こえた。

 海底の砂を巻き上げてその巨体が身を起こし、しかしすぐにこちらを見下ろす。

 距離が出来た事で、先程よりも顔の全体像が把握出来るようになった。

 ガルドルのような、否、ガルドルよりもずっと蛇らしい顔をしている原種はこちらを見る。



「………………何の用だ、末代。テメェ無駄に頻度高く来やがって。今までのは五百年置き程度だったぞ」


「それは先代達が気遣っただけでしょう。僕はあなたが知っている情報を得る為にも頻度高めに話しかけてるんですよ。常に海底に居るとはいえ、長年生きて来たご先祖様の知識は有用な情報が多いですからね」


「また面っ倒臭えのが生まれちまったよなあ……」



 しゅるり、と原種の舌が覗く。

 その動きだけで海流が発生したのが見えた。

 赤のアソウギがしっかり持ってくれているから大丈夫だけれど、そうじゃなかったらこのカゴが流されそうな勢い。

 サイズ差ってのはそれだけで暴力に近いんだなあと実感する。


 ……まあ、蚊とかの小さい虫もうちわで飛んでくもんね。


 そう考えるとああいう小さい羽虫のガッツは凄い。

 戻ってこなくて良いのに余裕で戻ってくるし。



「……で、何の用だ。我は寝る以外にする事なんざねえぞ」


「奴隷になったので主である旦那様の紹介をしに」


「知らねえよ……」



 溜め息によって先程より大きな海流が発生した。



「テメェが何しようが何になろうが、我には何も関係が無え。好きに生きて好きに食って好きに活動して好きに番うなり仕えるなりしてろ。わかったら帰れ」


「挨拶くらいはしていかれませんか。僕は紹介と自慢をしたいのですが」


「何でわざわざ無駄に多い子孫の周りのヤツを紹介されなきゃなんねえんだよ……勝手にやってろ」


「……無駄に多いと言われますが、子孫は僕以外わりと数が少なくなりましたよ?」


「だから何だ」



 苛立っているわけではなく、ただひたすらに面倒だと告げる声色で原種は言う。



「それは我に関係のある事なのか? 我の運命に関わる事か?」


「いえ、まあ、そうではありませんが」


「ならば興味もない。どうでもいい。好きにやっていろ。それで世界が滅ぼうとも、ラグナロクが起これば我も運命を全うするだけだ」



 よくわからないけれど、とりあえず原種にはいまいち会話をする気が無い事だけがよくわかった。

 まあ元から会話というよりも一目見ると圧巻ですよという感じだったので、一目見れた時点である意味目的達成ではあるのだろう。

 実際、富士山が目の前で動くような迫力だし。



「おい、テメェの話は終わったか? 終わったんなら俺の番だ!」


「…………」



 ふぅー、と原種が溜め息を吐いた。



「最近のは喧しいのしかいねえのか?」


「そんな事はどうでも良い。原種のヨルムンガンドを見れる機会なんてそうそうねえからな……!」



 赤のアソウギは好戦的に爛々と目を輝かせ、額の石すらもぎらりと輝かせて告げる。



「俺と戦え! 神話の蛇よ!」


「嫌に決まってんだろ帰れ」



 あ、そこ一瞬の逡巡も無く断るんだ?



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