巨人街
巨人街へは行った事が無いけれど、どちらの方角にあるかは知っている。
前に銭湯へ行った時、丁度巨人街との間くらいにあるとかなんとか言っていたので、多分そちらの方角だ。
何でもこの町全体の一角が巨人街となっているんだとか。
「とはいえ、巨人ってあのサイズでしょ? 十メートル越え。時々あっちの方角の方に動く巨大な影を見たりはするけど、そこまでわちゃわちゃしてる感じのイメージ無いよね」
「巨人街はかなりの土地が配分されていますから」
「あ、そうなの? ガルドル」
「ええ。まあ正確には自分達で耕すなら使って良い、という事にして人間には開墾が不可能であり人外でも持て余しそうな荒地を与えたそうですが」
「それ良いの!? 駄目なヤツじゃない!? 反乱起こらない!?」
「あれだけサイズが違いますからね。一回で掘り起こせる量や幅が文字通りに桁違いなんですよ。要するに人間からすれば持て余すだけの土地は、巨人からすればちょっと頑張ればどうにでもなる程度の土地という事です」
「わあお」
確かに子供にとって公園の砂場はどれだけ掘っても底へ辿り着かないイメージ。
しかし大人になってからちょっと本気を出せば、底があるのはわかるだろう。
サイズ差というのはそのレベルで大きいし、どころか大人と子供を超えてペットボトルと大人くらいのサイズ差がある。
そりゃあ広い荒地を耕して自分達が住みやすい空間を作るというのも苦では無かろう。
少なくとも、人間達でやるよりはずっと。
……あ、でも砂場って最近は無いんだっけ?
あまり公園を見ないし滑り台なんかはまだあったりするので印象に残っていないが、今は色々な遊具が消えているという。
それで子供が怪我をするから、というのが撤去理由だ。
まあ子供の遊び場が無くなるという話も、極端に言ってしまえばもっと昔の場合遊び場すら無かっただろうから、そのレベルに戻ると言えるのかもしれないが。
古き良き時代に戻ってコマ回しでも極めるのだろうか、未来の子供達は。
過去が本当に古き良き時代だったかは知らないけどね。
……フランスだって大昔は人糞がそこらの窓から放り投げられてたって言うもんなあ……。
その結果のハイヒールと香水。
臭いを誤魔化す為の香水に、町中へと撒き散らされた人糞を踏まないようにというハイヒール。
うーん美しいイメージの二種類が途端に泥臭い。
ってか単純に臭いのを隠す為なんだろうけど。
「ちなみにだけど、巨人街の方では大体家屋内に空間拡張魔法が掛けられてるの」
「あ、そうなの?」
「ええ」
原種のヨルムンガンドはエルフからしてもあまり見れないレア度らしく、珍しく一緒に来たエルジュが微笑む。
「だって建物自体を大きくしたら周囲の邪魔になるでしょう? 日当たりとか」
「ああ……」
ビルを建てたりすると近隣住民の方から苦情が出るアレですね。
場合によってはベランダから見える光景が台無しになった、とかもある。
「だから内部を広げてるのよ。人里離れた場所なら巨人サイズの家を用意しても良いんだけど、人里近くだと文句言われちゃうものね」
「言うだろうねえ……」
「何なら自分が住むからその大きな家を寄越せとか言うヤツも出るんじゃねえか」
「めっちゃありそう」
シュライエンの言葉にうんうんと頷く。
やっぱり同じ人間だと実感をもってやらかしそうなヤツがわかるよね。
あんまりわかりたくない部類の理解だけど。
同じ種族である事を恥じた方が良いレベルの暴論に納得しちゃいけないと思う。我ながら。
「まあ、巨人と言っても家の中でのお仕事が多い方々ですからね」
巨人街では人間社会でも小人扱いされるサイズで居るのは虫扱いを受けるレベルで危険だから、という事で私の血を吸い同じくらいの身長になったリャシーがそう言う。
いつもは精気だけれど、精気はつまり気力みたいなものなのでアレを吸われると元気が無くなるのだ。
そういうわけで血を渡したのだが、思ったより吸われた気がする。
……献血した事無いけど、小さいペットボトルくらいは持ってかれた気が……。
つまり200mlは持ってかれた可能性が高い。
リャシーもつい飲み過ぎたと言っていたし。
……微妙に血が足りてない気がするなあ。
月に一回あるアレの時もちょっと貧血気味になる方だが、そこまで情緒不安定にもならないし頭痛がするとかも無い。
要するに症状は軽めなのだが、それでもなんだか覚えのあるだるさ。
やっぱこれ血吸われ過ぎたね。
……まあ造血丸薬とかいう謎の薬飲まされたお陰でわりと大丈夫だけど!
クダが飲ませてくれた薬は極東式の物らしく、エルジュやガルドルが興味津々でサンプルとして幾つか分けてもらっていた。
何でも大昔、忍びや武将が思ったより出血酷い時などに飲むんだとか。
勿論出血が止まってから、らしいが。
……出血したままで造血量増やしたって出血量増えて終わるもんねえ。
それはわかる。
「例えば巨人は鍛冶師だったり、漁師だったりが居ますよ。あと土地の開墾担当の方もいらっしゃいますね。こういう方々は家に居るわけではありませんが、町中ではなく町の外で活動する事が多い方々です」
「成る程」
鍛冶をする巨人というのはわりとイメージにある。
ゲームとかで鍛冶をするポジションの人が大柄なイメージだからだろうか。
ドワーフは小さいイメージだけれど、それ以外の鍛冶師となると大柄なイメージが定番。
神話とかでも大きい体の神が鍛冶担当してたりするからかもしれない。
「他にも見張りをしてらっしゃる方もいらっしゃったりするんですよ」
「あー」
そういえば前に銭湯で会った巨人の片方、目が沢山あるルゴナも見張り番の仕事をしているとか言っていたような。
目が沢山あるからどこかの目が寝ても他の目は起きてる為、寝ずの番が出来るんだとか。
・
巨人街へ入る際には門番に許可を取る必要があるらしく、その門番はついさっき考えていたルゴナだった。
「おや、お久しぶりですね、首領」
「どうもです、ルゴナ」
「人間はあまり近寄らないというのに、わざわざいらっしゃるとは何か急用でも?」
「急用じゃないけど、何か色々あってガルドル……ええと、彼、ヨルムンガンドのご先祖様を見に……?」
正確には顔を合わせに行くのだけど、ガルドルの言い方によりイメージが殆ど展示品を見に行く感じ。
だって圧巻とか言うから。
責任転嫁してそう考えていれば、こちらに視線を合わせる為か沢山の目がある膝を地面についたルゴナはふむふむと頷いた。
「成る程、観光ですか。アレは確かに中々圧巻ですから一度見る価値はありますよ」
「まあそうなんですけど、あっさり観光資源扱い……」
「ふふ、流石にそこまでは言いません。巨人街は作りが大きいので問題ありませんが、ヨルムンガンドが身じろぐとすぐに津波が発生しますからね。油断すると人間が沈みかねないので、そんな相手を観光資源にするのはハードルが高過ぎます」
「ねえ今更なんですけどこれ私達見に行って大丈夫なヤツです?」
「ヨルムンガンドの血筋が居るようなので大丈夫でしょう。彼、基本的には海底でぼーっとしているだけですし」
これは本当に大丈夫という事なのか、それとも人外特有の雑さによる大丈夫判定なのか、さてどっちだ。
どっちだったとしても皆が守ってくれるだろうから大丈夫だとは思うけれど、それはそれとして突然の絶叫コースは勘弁だ。
まあ人外に人間の絶叫ポイントを説明しても伝わらないだろうけどさ。
……私も人外の絶叫ポイントが意味わからない可能性高いもんね。
だってチョウチンアンコウのオスにとってメスに噛みついて同化して精巣だけになるアレはロマンチックの定番扱いだった。
人間からしたらただのホラーでしかないが、種族差というのはそういうものだ。
割り切っていこう。その方が楽だし。
「ところで観光でしたら……ああ、阿修羅が同行しているのですね。なら足役は不要ですか」
「足役」
そういえばさっきもガルドルがそんな事を言っていたような。
「足役って何です?」
「まずあちら、巨人街の方をご覧ください」
貴族街へ繋がる門と似た、しかしそれより圧倒的な大きさの門の向こうが示される。
沢山の目がついているルゴナの指先が示す方向を見れば、人形サイズになった上で人里に迷い込んだのではと思うような大きさの町が広がっていた。
……改めて見ると諸々がデカイ……。
アラビアンナイトで有名なシンドバッドは巨人の島に他の人と遭難した結果他の人が順番に捕まっては串焼きにされながらもどうにか生き延びて逃げ切ったが、よくまあそんな事出来たなあと思うレベルで広い。
いや大前提として食人する巨人がそうそう居るわけじゃ無いだろうし、居てもちゃんと食べても良い人肉だけ食べてるだろうけどさ。
……食べても良い人肉ってワードを受け入れてる辺り、私、うん……。
ちょっと人外の考え方が定着してきている気がする。
ともかく、巨人街はとてつもなく広い。
それこそ移動には凄まじい時間が掛かりそうな程に。
……動物視点でプレイするゲームとかも学校のフィールドとか物凄く広かったもんなあ。
「広いでしょう?」
「うん、広いです」
「ここからすぐそこの家まで行くなど自分からすれば十歩くらいでしょうが、首領のサイズからすると」
「すぐそこがすぐそこじゃないです」
車でも余裕で数分は掛かる距離だよ。
「そう、だから身長五メートル未満の方々の場合、足役の巨人が必要となるのです。五メートル未満だと歩くのに慣れていない幼い子供くらいの歩幅ですからね」
五メートルもとんでもなくデカイのにまさかの子供サイズ扱い。
やっぱ巨人は桁が違う。
……まあ、長命種族も寿命の考え方の桁が違うしそういうもんか。
「それに、安全面を考えても足役に乗せてもらった方が良いですから」
「安全面」
「足元をうろちょろされると踏み潰しかねないので」
「わあい……」
確かに夏場は転がってるセミをうっかり踏んでしまった事があるので何も言えない。
しかもあのセミはまだ死んで無かったのでセミファイナルが発生してヤバかった。
地雷を踏んだ人はきっとああいう焦燥感を味わうんだろうなと実感したものだ。
まあセミファイナル中のセミがこっち突っ込んできた瞬間、どうも背後をこっそりついてきてたらしいストーカーさんがブランド物だろう手提げバッグによる一撃で仕留めてくれたが。
ハイヒールとしゃらりとしたドレスがよく似合うキャバ系のお姉さんだったが、お礼を言う間も無く去るその背中はとても頼もしいものだったのを覚えている。
丁度背景が夕焼けだった為、色々な物が相まった結果少年漫画みたいな格好良い背中だった。
「ですので足役と呼ばれる案内担当の巨人がケースに入れて運ぶわけです」
「ケース」
「こういう」
取り出されたのは夏休みや百均でよく見かけるような虫かごだった。
ただし人間が余裕で入れるサイズの、だが。
……ビニールプールよりも大きいんじゃ……。
そして深い。
蓋もついてるのが尚不穏さを醸し出している。
「……何故、このカゴに……?」
「他にもトレイや低めに編まれたバスケットなどあるのですが、手すりとなる部分が低いとちょっと傾くだけで落ちる危険性がありまして」
「十メートルの高さから!?」
正確には十メートル越え、が持つので恐らく胸元辺りからの落下であり十メートル未満かもしれないが、それでも人間なら死ねる高さだ。
とても高い位置から飛び降りても意外に生きてて二度と歩けなくなりながらも生存する人とか居たりするが、当たり所が悪ければ階段から落ちるだけでも死ぬのである。
「あと観光目的の方の場合、興味本位に身を乗り出して真っ逆さまの場合も」
「あ、ああ……観光地で写真撮ろうとした人が山や崖から落ちるヤツだ……」
そういう時こそ自撮り棒を上手く使うなりして欲しい。
というかそもそも写真よりも命を優先しろという話だろうけれど。
「なので安全面を考えるとこのカゴが一番なんです。空気穴はあるし、持ち運びしやすいし、揺れても壁があるから問題無いし、透明な壁なので外を見る事が出来る。
万が一カゴが落ちたとしても蓋がしっかり固定されているので放り出されはしませんし、衝撃吸収の魔法が掛けられているので安心です」
「成る程……」
確かに犬猫もキャリーバッグに入れている方が犬猫にとっても他人にとっても安全、というのはあるだろう。
恐らくそういう事だ。
「ですが阿修羅が居るようなので、このカゴを預けて任せるコースですかね。あ、一応聞きますけど他のカゴが良いとかはありますか? 安全面として一番オススメなのは今見せたカゴですが、他にも色々ありますよ。安全面を保障出来るかと言われると出来ませんが」
「安全なヤツが良いかな、そこは」
「うんうん、クダもそこに賛成」
ぐり、とこちらの肩に頭を擦りつけながら、クダは尻尾をゆらりと揺らす。
「七十五分の一クダとして主様に同行したりするけど、サイズ差あると歩くだけで結構揺れがくるからね。慣れてないとバランス取るの難しいかも」
「え、そうだったの? 何かごめん」
「ううん、クダの場合は主様の胸の中に納まってるから大丈夫。でも肩の上みたいな平らなところに座ってると揺れると思うな」
電車の揺れみたいな物だろうか。
確かにアレはつり革などの支えが無いとぶっ倒れるし。
「じゃ、早速原種のヨルムンガンドに会いに行こうじゃねえか!」
赤のアソウギの声が大きくなり、影が差す。
見れば、赤のアソウギはルゴナよりも大きくなっていた。
「……えーと」
シュライエンだけビビった猫みたいになって私の背に隠れたが、他の皆はまったく動じていない。
先程から阿修羅なら云々とも言っていたし、ガルドルも阿修羅族は体躯が可変と言っていたっけ。
……それにしても、
「体躯が可変だからって、そんなにも大きくなれるもの?」
「阿修羅はそもそも修羅道に生息してるからな」
ふん、と鼻を鳴らしてしゃがんだ赤のアソウギはそう告げる。
「常識がこっちの世界とは違っていて、身長だってこれでもまだ小さくなってる方だぞ。俺達の平均身長、1由旬なところをここまで抑えてんだから」
「何その単位」
「雑に言うと十数キロ」
「距離の単位の方のキロ!? 身長で!?」
「十代前半のキロ数なのにそうも驚くか?」
「充分過ぎるよ!」
成る程桁違いというのがよくわかる。
そりゃ仏教系のイメージからすると奈良の大仏様も大きいし、観音様も大きいイメージ。
西遊記の孫悟空なんて釈迦如来様の手の平の上から逃げきれなかった程なので、仏教系のイメージがある阿修羅もまたそのくらいのサイズなのだろう。
……ヨルムンガンドと言い、結構大きい人多いなこの世界……。
地球基準からするとめちゃくちゃファンタジーだこと。
「良いからさっさとカゴ入れほら! 入れてやるから! 俺は一刻も早く原種のヨルムンガンドと殺し合いたいんだよ!」
「気遣いに殺伐さを混ぜないで欲しい……」
目がめっちゃギラギラしてらっしゃる。
「戦闘種族に何言ってんだ。それに何も本気で殺し合うわけじゃなく、全力を尽くしてお互いを潰そうとするだけだ! 強ければ死なねえ!」
「ええ…………」
拳握って熱量のある笑みを浮かべられましても、私別にバトル系少年漫画の登場人物じゃないのでちょっと理解出来ない。
「内乱とか起こすし人間同士で殺し合う事が多いけど、人間ってそういう一対一の戦いの場合はスポーツくらいの扱いだもんねえ」
今クダの口からさらっと凄い事を言われたような。
戦国時代とか諸々があるので否定出来ないけど。
「要するにそうやって戦いたいっていうのが戦闘種族の本能で、種族差の部分って思えば良いよ」
「思えるかなあ……」
「幾ら俺でもそこで納得したら人間として終わりじゃねえのかってのはわかるぞ」
まだ私の背後に隠れているシュライエンもそう言った。
「んー、でも戦闘種族だから……人間的に言うなら好物がそこにある感じかな? 同意が得られて戦えるっていうのは、食べても良いよって言われた感じ。それなら食べるよね?」
「成る程、それは食べるね」
「理解は出来るけど納得すんな大将!」
「いやでも種族差って言われたらどうにもならないよ。フンコロガシ虫人が糞を食べたとしても種族が違う私に何か言える事は無いように、そこはもう不可侵領域だし」
「…………大将、その例えはわかりやすいけど他にねえのか」
我ながら今の例えはわかりやすさを優先し過ぎてちょっとアレだったかなとは思う。




