ギルドに登録
ギルドの受け付けは複数あったが、その中の人外が受け付けているカウンターへと向かう。
そこに居るのは、タンポポの顔をした人だった。
……ヒト、か?
タンポポがめっちゃ見て来る。
ヒマワリに見つめられる太陽ってこんな気持ちかなと思う程にタンポポがこっちを向いている。
腕っぽい部分もタンポポの葉っぱなので話しかけて会話が出来るのか心配だが、まあいざとなればクダも居るから多分大丈夫だろう、と思いたい。
そう腹を括って声を掛けた。
「あの、冒険者として登録をしたいんですが……」
「はい、了解しました」
タンポポなお顔からは性別がわからなかったが、声色からすると女性らしい。
「それではこちらに登録用の魔道具がありますのでこちらに手を入れてください」
葉っぱそのものにしか見えないヒラヒラした手がカウンターに置いたのは、大口を開けたサメの模型。
当然ながら小さいサイズだが、手を入れたら手首から噛み千切られそうなデザインだ。
「……あの、お姉さん……?」
「申し遅れました、私はタンポポの森人であるサンリと申します。自慢は細いながらも歩行出来る二本の足。まあ正確には足ではなく根なのですが。どうぞよろしくお願いいたします」
「あっはい」
独特のテンポを持った人だという事はわかった。
「ところでサンリさん」
「サンリで構いません」
「サンリ、あの、これに手を突っ込んだら噛み千切られそうなんですが」
「ご安心を、軽く採血して血液情報を登録するだけなので痛みは一瞬です。血を採取出来れば自動で回復魔法が発動し綺麗に元通りの肌へと戻しますので噛み跡も残りません。安心ですね」
そんなすぐ戻るから爪ちょっと切らせてねみたいに言われても困る。
「…………サンリの場合は大分植物寄りっぽいんですが、その場合は?」
「体の一部を採取して登録するだけなので、手の先を少々切ります」
「極端な事言うとそれって唾液とかでもセーフなヤツです?」
「唾液でも汗でも髪の毛でも涙でも排泄物でも構いませんが、それを言うと大体の人間が引くので一番拒絶されない物を選んだ結果こうなったと言われております」
「血が一番セーフだったんだ……」
「人によっては唾液を採取されたりするのを嫌がるそうで」
まあ確かに潔癖症だったりすれば唾液採取は厳しいか。
己は別に潔癖症でも無いが、実際目の前で唾液採取しますねーと言われたらちょっと困惑するし。
「ああ、痛みであればほぼ感じないよう設定されていますのでご安心を。寧ろ心地良いチクチク感となっていますし、サメが口を開けた時には回復しているので視覚的にダメージを負う事もありません」
「うぃっす」
血が出る程噛まれても心地いいチクチク感レベルの方が怖い気もするが、貫く痛みがあったらあったで拒絶する気しかしないので大人しく手を入れる。
大丈夫、ローマの真実の口に手ぇ突っ込む観光客の気分になればいけるいける。
「…………はい、血液採取完了しました。これでジョブなどが設定可能となります」
「あの、聞きたいんですけど」
「何でしょう」
無事に無傷でサメの口から取り出せた自分の手を確認しつつ、問う。
「適性ジョブの設定って、どういうものなんですか? 基本は冒険者ですよね?」
「確かに設定が面倒なので冒険者設定にしている方も居ますが、冒険者の中でもこのジョブ、と設定する事でギルドからの支援魔法が発動します。これは所属した方にのみ発動する魔法で、発動するとそのジョブ関係が上手くいくようになります」
例えば、
「例えば剣士であれば、剣筋を察しやすくなる、などですね。勿論これは本人の才が無さ過ぎたり気のせいだと拒絶するようなら無意味となりますが、積極的に受け入れていくと専門の師が居るかのように伸びやすくなります」
「おおー」
「まあそこまで効果が高いわけでは無い為、設定しなくとも良いのですが。適性値が高ければ高い程そういった支援魔法は無用の長物扱いになりますし。ただ適性分野を伸ばした方が才能と一致するというのはありますね」
そう言ってサンリはサメから表示されたホログラムを葉っぱの先で操作する。
「さてあなたの適性分野ですが……あ、すみませんお名前を聞いてもよろしいでしょうか。設定します」
「喜美子です」
「了解しました。種族は人間で間違いありませんね」
「わかります?」
「人間は人間らしいのでわかりますよ。キミコは人間にしては随分大人しい様子ですが」
サンリの顔はタンポポなので表情も何もあったもんじゃないが、チラリとこちらの背後から抱き着いているクダを見たのは何となくわかった。
意外とわかるもんだ。
「キミコの適性ジョブは奴隷使いとの事ですが、どうされますか。未設定で冒険者のままにする事も可能ですが」
「あ、いえ、それで」
「でしょうね」
さらっと言われた。
「……あの、サンリ? でしょうねっていうのは?」
「普通の人間の場合、間違った印象が植え付けられている為に奴隷使いというジョブに対して嫌悪感を示します。キミコにはそういった様子が見受けられませんでした。寧ろ動揺すら無い辺り、既知であったと判断します」
あと、と葉っぱの先でこちらの後ろに居るクダを示す。
「先程から寄り添っているそちらは妖怪ですね? 彼女の様子を見る限り、キミコを好んで寄り添っている様子。魔法を得意とする狐系の妖怪が相手の場合、人間如きが使うような魔法で心を奪う事など出来ません。ならば、それだけ良い主であるという事でしょう」
「今褒めるような事言いながら人間如きて言いました?」
「申し訳ありません、つい本音が。ですが愚かなところも人間の可愛らしい魅力ですよ」
「フォローになってないです」
でも自然から見た人間だと考えると否定出来ないのもまた事実だ。
自然から見れば、自分達で作った物によって他の種族を巻き込みながら甚大な被害を出している人間という生き物は、さぞや滑稽な愚か者に見える事だろう。
犬が尻尾ずっと追いかけてるのを見る人間が犬に対して馬鹿だけど可愛いと思うような、ああいうアレなのかもしれない。
「……キミコはこういう時、怒らずに納得するのですね」
「へ?」
「一般的な人間であれば、失礼だと叫び憤慨したように苛立ちを叫ぶものなのですが。自分が全ての中心とは思わず他の種族の視点も考えた上で理解するその度量は良い事です」
うん、とサンリはタンポポの頭部を頷かせる。
「流石は奴隷使いの適性持ちなだけはありますね」
「……革命家ってヤツですか?」
「おや、そこまで御存知でしたか。革命をしろとは言いませんが、その広い度量は是非維持するか、より広大にするかして欲しいものです」
そう言って、サンリは再びサメをこちらへと差し出す。
「では奴隷の方の登録も必要ですのでこちらに登録を。主がわかっていれば奴隷の方に何かあった場合、すぐ発覚しますので」
「主様はそういう事するタイプじゃないけどね」
「まあ形式ですので。あと明確にキミコの所有物として登録されるという羨ましい特権もありますし」
羨ましいってどういう事だ。
「歪んだイメージに染まらず革命家らしく上に立つ者の才を持った人間、というのは滅多にいません。そもそもそれだけ物事を理解しようとする人間も居ません。そんな人間に可愛がってもらえる、つまりこちらからも人間を触ったり出来る機会に恵まれると思えば実に羨ましい……」
とりあえず人間が全力で愛玩枠扱いされているのはよくわかった。
というか人間がトップに据えられているのは人間のプライド云々と説明されたが、猫の一日駅長的な要素も含まれているんじゃないのかコレ。
・
冒険者としての登録と奴隷使いとしてクダを自分の奴隷と登録し終え、一段落。
「では登録料の百ゴールド、確かにお受け取りしました」
「……登録料、登録し終わってからの支払いなんですね」
「前払いでも構いませんが、中には支払う僅かなお金すら無い人も居ますので」
そういう場合は支払いをひと月待つ事となっています、とサンリは言う。
「そこらの掲示板にある依頼を受ける際も契約金が必要となります。要するに手数料ですね。そちらもお金が無いようであれば最初のひと月は待ちます。ひと月以上経過している冒険者でありながら手数料分が無い場合はそこらでバイトなり薬草摘んで来るなりしてギルドを経由せず稼ぐ必要があります」
「でも、最初のひと月での分を返さない人が居たらどうするんです? 失敗続きとか、失踪とか」
「失踪の場合は登録済みなので次に顔を出した際わかります。そして失敗続きの場合ですが、失敗が続く、あるいはしばらく依頼を受けず仕事もしていない場合はランクが下がります。スタートはGランク、通称オパールランクなのですが、それ以下となるとHランク。通称クズランクと呼ばれます」
「うっわ」
Hなクズとか絶対嫌な位置。
「そして数年に一度ギルドカード……先程お渡しした身分証明ともなるカードを更新します。更新しない場合は破棄されますので、再び登録料を支払って登録となります」
免許証か?
「クズランクになろうとも真面目に依頼を全うすればランクは上がります。ただしそれすらしない、出来ない場合はギルドから登録が破棄されます。先程の登録料などギルド負担のまま失敗が続いた場合もこうして破棄される場合があります。その際、もう一度登録しようとするなら前回時支払わなかった分の金額と新しい登録料までしっかりと支払わなくては登録不可となります」
「わあ……」
「他国のギルドへ移動したとしてもギルド同士で情報交換が為されていますので、登録にはやはり同じ金額が必要となります。犯罪者の場合も情報が共有され、犯罪者として登録されているので血液採取の時点で罪人かどうかはわかります」
マジか凄い。
「え、あれ、でも犯罪者って事はどこにも登録してない人の場合もあるんじゃないんです? その場合は採取した血液が登録されてる犯罪者と一致、っとはならないんじゃ……」
「女性を対象としたインキュバス、男性を対象としたサキュバスが居ますので問題ありません。彼らは対象の夢に入れるので、夢の中で相手の体液を得る事が可能です。もっとも痕跡を辿って相手の夢に入るだけなので、場所の特定や捕縛には利用出来ませんが」
「インキュバスは女性の夢にしか、サキュバスは男の夢にしか入れないけど、その代わり対象が同性愛者でも問題無く相手の好みに合わせた姿や状態になれるからねー。体液確保のエキスパートだよ」
「成る程……」
サンリとクダの説明に納得した。
確かに体液採取に関してはエキスパートだろう、その種族。
「さて、登録に関してはこれで終了しましたが、キミコは詳しい説明が必要でしょうか」
「正直こっちの常識すら足りてない状態なので掲示板やらなにやら全部に説明欲しいです……」
一般的なファンタジーと思えば定番だろうし、多分わかる。
ゲームとかでもよくあるので察する事は出来る。
でもここは進行形で現実なのだ。
……フィクション知識で間違ったまま動く事程怖いもんはないからね!
熊を前にしたら死んだ振りとかああいう定番のデマは死因になりかねない。
「クダも一応は知ってるけど、本職に説明してもらった方がわかりやすいだろうしね」
背後のクダがそう言ってうんうんと頷く。
こちらからすればクダの知識も充分に頼もしいが、やはり本職の人に詳しい説明をしてもらうというのは大事だろう。
「了解しました……と言いたいところですが、ここでの説明となると受け付け業務が滞りますので、他の職員からの説明でもよろしいでしょうか。他の受け付けもありますが、世間話で長話をしていると認識されると面倒ですので」
「そんな誤解されるんです?」
「人外であれば様子や会話から内容を察しますが、人間は何故かすぐ怠けやサボりと解釈します」
「ああ…………」
人間だって千差万別だが、アレルギーを好き嫌いとしか思わない人間が居るのもまた事実。
つまりまったくもって否定出来ない。
サンリだと顔がタンポポで表情が伺えない分、その辺りの判断も難しそうだ。




