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アイテム袋の原理



 花粉を完全に排除する為の雨は数日間振り続け、本日ようやく久々に晴れた。

 実に素晴らしき晴天哉。

 何かもう青空が爽やか過ぎてくしゃみが出そう。



「っていうか、地面全然ぬかるんでないね」



 屋敷を出れば門があるのだが、そこまでの道は石が点々と置かれているタイプ。

 庭は芝生が生えているけれど、この辺りは土が見えている。

 その土をブーツのつま先で軽くなぞっても、つま先は綺麗なままだった。

 ぬちょりと土がくっついた様子も無く、実にさらりとしている。



「舗装されてる道もあるけど、町じゃ(なら)されてるだけで地面剥き出しのとこも多いのに」



 門をくぐって屋敷の外に出て確認しても、やはり地面は乾いている。

 全然湿っていなくって、昨日まで連日雨だった事も悟らせないレベルだ。



「天候操作可能だからねー」


「いやいやクダ、流石に天候操作でも地面をこうも綺麗に乾かすのは無理じゃない?」



 私だって流石にそのくらいは知ってらい。



「幾ら晴天にしたって、午後になってからならともかく午前中の今はまだぬかるんでるはずだし。あとぬかるんで一気に乾いたならボソボソに乾燥した土になってそう」



 雨上がりに見るので知っている。

 ぬかるんでると靴の底に泥がこびりつくのでまた困るのだ。

 まあ普通の靴同様玄関のところに置いておけば翌朝には新品同然レベルでピカピカに磨かれていたり、ちょっと古くなってたりするとマジに新品の靴が置かれてたりするので、実はそこまで困ったりはしてないけれど。

 実家では親が、実家を出てからはストーカーさん達が靴の世話をしてくれたので小学生の時くらいしか靴を洗った記憶が無い。


 ……いや、小学生の時の記憶も親が洗ってくれてるのを見て、ちょっとやり方教わってるくらいだな?


 色んな人に支えられて生きてきているのがよくわかる。

 支えられまくりの人生とも言えるが。

 実は私、自分でやってる部分かなり少ないんじゃなかろうか。


 ……とりあえず、クダが見限らないでいてくれる限りは人間としてセーフだと思っとこ。


 アウトになったら破滅という形で見限られて人生のエンドロールが流れる事だろう。

 それまでは大丈夫だと思いたい。



「まあ実際、天候操作ってだけじゃないからねー」



 そんなクダは、毛と肉球に彩られた獣らしい足にある鋭い爪で乾いた土に線を引いた。



「こういうのは上級スライムが雨が止んだ直後に出動するの」


「え、上級スライムが?」



 上級スライムの知り合いと言えばムイラだが、出動ってどういう事だろう。



「まずあの大雨は、花粉を洗い流す為だったよね」


「だね」



 イーシャの言葉に頷く。



「室内なら湿気で床に落ちて埃と混ざってる花粉を拭き掃除で片付けるなり、魔法で綺麗にするなり出来る。でも外で雨に混ざって落ちた花粉は、どうなるかな」


「…………あっ!? 流石に全部が溝行きになるわけじゃないからこんだけ晴天なら湿気もサヨナラして花粉がふわふわ復活!?」


「そういう事」



 いつも通りに仮面をつけているイーシャの頬が緩み、口角が上がった。



「それに地面がぬかるんでると困るのは、俺達人外も同じだからね。勿論困らないし気にもしない人外は居るだろうけど、俺の場合蹄鉄つけてても蹄に泥がこびりついちゃうっていうか」



 はふぅ、とイーシャは耳を後ろに伏せて溜め息を吐く。

 爪の中に土が入ってめっちゃ嫌、みたいな事だろう。



「だから上級スライムを出動させるんだ」



 カトリコがそう言った。

 本日カトリコは服屋仕事だけれど、ギルドへ行く途中までは道が同じなので、時間が合えば一緒に行く事にしている。



「雨が上がってすぐ、上級スライム達があちこち、それこそ庭にまで入ってきて過剰な水分を吸収する。勿論、水分内にある花粉もな」


「…………」



 脳内に浮かぶのは、消しカスから生まれるねりけし。

 小学生の頃によく作った覚えがある。



「……それ、大量に水分補給したら巨大スライムが発生しない?」


「する」



 やっぱするんじゃん!



「まあ水分内の花粉はスライム自身で消化出来るし、そうでなくとも分解可能だから問題は無いぞ」


「分解?」


「花粉や埃、その他諸々が混ざった水分を上級スライムは吸収するわけだ。土の中には色々混ざっているわけだからな」


「まあ、そうだね」



 馬糞とかだって掃除されはするけれど、馬糞が触れた土はそこにあるわけだし。

 となればその土には馬糞の成分がちょっぴり混ざっていても不思議ではない。

 服だって醤油を零したら染みになる。



「だから上級スライムは、吸収した水分を濾過して綺麗な水だけを排出する事が可能だ。そういうものは水道関係に回収される」


「濾過水……」


「俺達とかあんま気にしないけど、種族によってはいくら綺麗な水でも元が雨水、しかも地面に沁み込んだりしてたのはちょっと、ってのは居るからねー」


「それこそ旅をしてる最中ならそういった水でも重要な飲み水になるけど、ちゃんとした水が流れてる町中でそこまでする必要性は無いわけだしね」


「成る程」



 ミレツとニキスの説明に頷く。

 確かにサバイバル中ならありがたい恵みだけれど、別に水に飢えてる状況下でも無いのにわざわざ……というのはあるだろう。

 震災時は水害なんかもあるからそれらの水を吸収して安全な水にしてくれるのはありがたいが、そもそも震災が無いのが一番だ。


 ……っていうか日本に上級スライム居ないしね!


 アレとかコレとかソレとかの震災時に上級スライムが居てくれたらどれだけありがたがられる事か。

 妖怪から神様へ華麗なるジョブチェンジを果たしたアマビエ様の如く、上級スライム様と崇め奉られてたかもしれない。



「そして上級スライムが吸収した花粉は、そのまま消化する事もあるみたいだけど……確か虫人(むしんちゅ)用に確保したりもするんだったよね」


「ええ、その通りです」



 ニキスの言葉に、今日は情報屋を休みにしたらしく同行しているガルドルが頷く。



「花粉団子を食べる虫人(むしんちゅ)も居ますので、そういった種族用の確保ですね。保存しておけば食用花粉が不足する事もありません」


「食用花粉……」



 凄いワードだ。

 少なくとも人間だけの世界では聞かないワード。


 ……あ、でもサプリとかだと花粉もあり得るのかな?


 少なくとも栄養価は高そうだ。

 植物系にとっての子種という説明を思い出すと途端にゲロゲロとなるが。

 エロ漫画でもコアなヤツにしかなさそう。

 しかしコアなヤツにならありそうなので、日本の性癖の広さを実感する。

 まあ日本人って(いにしえ)からハーレム物書いたりネカマ日記書いたり日常ブログ書いたりオタク呟き書いたりしてたみたいなのでそんなもんか。

 平安時代から変わってねえ。



「にしても、保存っていうのが凄いよね」


「凄い、とは?」


「大体はアイテム袋の応用でかなりの量を保存出来る上、時間も経過しないんでしょ? とんでもない発明……っていうか、魔法だと思う」



 ルーエに貰った高級品らしいアイテム袋を撫で、そう零した。

 ゲームの中なら当然のようにあるし、時間経過で劣化する系はゲーム進行に大きく影響をもたらす。

 なのでアイテム袋自体に違和感は抱かないけれど、リアルな時間が経過する現実世界として考えると、それはもうとんでもない事だ。

 これが地球で作れたら世界くらい手中に収められるかもしれない。

 勿論大量生産されればそんな事は無理だろうけれど、可能性はある。



「でもこれ原理どうなってるんだろうね。やっぱり秘匿されてたりするのかな」


「いや全然。普通に公開されてるよー」


「されてんの!?」



 クダの言葉に思わずそう返す。

 えっ、それ公開して良いヤツ? 本当に? 秘蔵レシピとかだったりしない? ゲームじゃ中盤か後半入った辺りじゃないと作成不可能なヤツじゃないの?

 まあ大体は周回で持ち越せたりするが、そうじゃないとコンプとかが難しい。

 つまりそのレベルで大事なアイテムだろうに、普通にあっさり公開されているとは。



「まあ、公開されてても良いっていうか……ねー」


「公開されても俺達じゃ理解出来ないっていうのもあるからね」


「そうなの?」



 微妙な表情で笑い合うクダとイーシャに首を傾げる。

 大概の事はわりと笑って大らかにスルーしがちなこの二人がそんな表情をするなど珍しい。



「恐らくだが、理解出来るのはエルジュくらいだろうな」


「俺もついこないだ図書室で見つけたけど読めなくて、エルジュに質問したら意味不明な説明で返されたぜ。小難しい事言われてもまだ読める文字そこまで増えてねえ俺にわかるかっての」



 カトリコの言葉に続いたシュライエンは、ケッ、と卑屈な言葉を吐き捨てる。

 ちなみにエルジュはお留守番で、リャシーは朝食後すぐに出勤した。

 目的地は同じだけれど、食後ちょっとのんびりしてから行く私達と、食後すぐに出れば丁度良いくらいのシフトになっているリャシーでは別行動の方が良いという結論だ。

 まあ別に出る時間が別になったところでお仕事終われば一緒の時間過ごせるしね。



「……そんなに?」


「教えましょうか?」



 しゅるり、とガルドルが舌を出す。

 声色はからかう時のような、笑っている時のもの。

 つまり理解出来ないだろうという前提で言ってるなコレ。



「よし来い」


「ではまずアイテム袋などに用いられる魔法ですが、アレは時間を止める魔法ではなく空間を作る魔法です」


「ん? うん、空間拡張だよね?」


「まあそうなのですが、空間拡張、かつ内部の空間を全くの別物に変化させているわけですね」


「…………ほう」



 早速わからなくなりそう。

 いやでもゲームじゃあるある。あるか? あってもそういう難しい設定系あんま理解出来ないぞ?



「そして物の時間の停止ですが、これはその変化させた空間自体が停止しているわけです。なので停止魔法を使うまでもなく、その空間自体が止まっている」


「……ああ、うん……?」



 未来から来た猫型ロボットが用いるストップなウォッチみたいな事だろうか。

 いや多分コレが停止魔法の分類になるので違う気がする。


 ……つまり打ち切り漫画は停止魔法で、何も書かれてない白紙がアイテム袋の空間魔法……?



「最初から時間の概念が無い世界なら動いたりしないよね! みたいな?」


「おや、流石の聡さですね。その通り」



 シュシュ、と空気が抜ける音がする。

 多分笑っているんだろう。

 表情が動かないのでわからないけれど、声色からすればご機嫌なようだ。



「なにせ、これは物の劣化を止めようというもの。物の劣化が何故起こるのかと言えば、それは時間が経過するからです。スタートしてしまうから劣化してしまう。しかし、始まらない。あるいは止まっていれば劣化はしないのです」


「ほぉん……?」


「一回も解凍されずに冷凍されたままなら当時の姿のままで残っていたりするでしょう?」


「あー、確かに」



 冷凍マンモスみたいな事か。

 ああいうのって生前に限りなく近い姿で保存されてるって言うもんね。


 ……コールドスリープなんかもそういう系かな。


 冷凍して生命活動を一時的に停止させ、後の世で安全に解凍すれば実質タイムスリップだよネ! みたいな。



「確か腐食はえーと……細菌やカビなんかが付着して、それらが物質を消化吸収して腐食させる……要するに虫歯のボディバージョンみたいな事だっけ?」


「ええ、雑に言うとその通りです」



 漫画に冷凍マンモスが出て来て何となく調べた時の知識が残ってて良かった。

 かなり雑な解釈をしたものだが、雑とはいえ一応合っていたらしい。



「ですから、それらが活動出来ない状況下であれば良い。時間の概念が無い空間であれば時が進む事は無く、そういった細菌類も活動出来ません。

 ……まあ、そもそもアイテム袋に生き物は入れられないのですが、細菌類は生物でありながら色々と判断が難しくって。作り手が細菌類をどう認識しているかによってアイテム袋へ入れる時に細菌だけ拒絶されて知らない間に無菌状態となるか、時間こそ停止するけれど細菌ごとアイテム袋の中に入るかはまちまちです」


「そこまちまちで良いの? 重要じゃない?」


「判断が難しい部分ですし、いまいち認識出来ない部分ですからね。まあどっちでも極端言っちゃえば活動出来ないようにしちまえば良いだろ、という雑さもあったようです。主にそういった魔法部分を担当するのはエルフですし」


「ああ……意外とごり押しな雑さを持つ種族……」



 脳筋ならぬ脳魔法って感じ。

 脳まで筋肉というか、脳まで魔法で出来てるんじゃないかというくらいには魔法でごり押しタイプ。

 森の中の美しき精霊な見た目をしながら中身はまあまあ雑い。


 ……まあ、雑に見えても魔法自体は繊細みたいだけど。


 つまり言動は雑だしやってる事もごり押しなのに出来上がる品はやたらと完成された物、みたいなちょっと変わった職人さんポジション。

 見るからに職人だけど言動からするとまさかこんな人が職人なわけ、と思いきやマジに凄い職人だった、というイメージ。

 結局職人だけど、何かこう、そういう感じなんだエルフは。



「そしてそもそも時間を動かさなければ良いのでは、というのは鳥の卵などを参考にしたようですよ。鳥の卵は温めなければ活動しませんからね。

 勿論殻に付着している菌類は生きているので問題ですが、卵をそれまで温めていない、かつ菌類を死滅させるべく加熱すれば人間でも古い卵を食する事が可能です」


「つまり加熱しなくても平気な種族は平気と」


「まあそこまで内臓弱くはありませんので。消化出来ない栄養素とかで無ければ」



 シュライエン以外がうんうんと頷いた。


 ……卵についてはわからなくもないけど。


 日本は生で食べるので期限が短いけれど、外国は加熱前提なので結構期限が長い。

 勿論あまり長く放置すれば殻に付着しているだろう菌類の問題が出る為、期限は設けられるんだろうけれど。

 日本のは生食用に殻もしっかり綺麗にされているが、放置されてたら日常生活に潜む菌が付着するだろうからまあ納得の期限。



「そんなわけで、まず時間経過をさせないようにすれば長期保存が可能なのでは、となったわけです。しかし空間拡張と内部の時間停止魔法を併用するのは厳しかったようで、じゃあもう中に時間停止した広い空間作っちゃおうぜ、となったらしく」


「そこでいきなりぶっ飛んでるよね」


「力が強いと雑になりがちなんですよ。とても大きな巨人だって国一つ潰すくらいならわりと可能でも、誰も傷つけずにたった一人だけを捕まえてその人差し指をへし折れ、ってなったら普通に無理ですからね」


「例えが怖い」


「でもそうでしょう?」


「まあそうだろうけどさあ……」



 銭湯で一緒になった二人の巨人、グラーズとルゴナを思い出す。

 あの二人からすれば私なんて着せ替え人形サイズだった。

 それより大きいとなれば、私のサイズなど最早シルバニアなファミリーレベルだろうか。

 その指の一つだけをピンポイントで、とかめっちゃ厳しい。

 沢山ゴマがある中の一粒だけを指で摘まんでね、みたいなものだ。

 普通に他のゴマもめっちゃ巻き添えると思う。



「あー、つまりピンポイント過ぎると逆に細かくて難しいって感じ? それなら逆に大きいのを一発ぶちかました方が楽みたいな」


「そういう事です」



 まあ確かに赤ちゃんの爪サイズな小さな折り紙で鶴を折れと言われても難易度が高過ぎる。

 しかし逆に全身を使わないと駄目だろうなというサイズの折り紙なら、まだ頑張ればどうにかなるだろう。

 そう思えば、いっその事空間作っちまおうぜとなるのもわからんでは……、



「いやそれでも難易度高いよね空間作りって」


「いえ全然」


「全然!?」


「防御魔法なんかは周囲を覆います。例えば洞窟内で周辺を炎に焼き尽くされてても大丈夫な空間を作るわけですね。足場もしっかり確保されているわけですし」


「ええ……? でもそれ空間作りでは無くない……?」


「まあそうですが、これの応用でやっているようですよ。何せ防御魔法は、先程のような密閉空間で炎により空気が無くなったとしても、空気が無くなる前に防御魔法を用いる事が出来ていれば内部の空気は持ちます。何なら呼吸が薄くなる事もありません」


「えっ何で!?」


「ですから、防御魔法は使い方次第では最早別の空間を作り出しているに等しい効果を生み出せるのです。それを応用しての空間魔法ですね」


「なんか……凄いって事しかわかんないような……」



 ガルドル以外が私の言葉にうんうんと深く頷いた。



「そうですか? 水中に潜る際、陸上の魔法使い等は魔法で空気の球体を作り、その中に入って水中活動したりしますよ。海底にいらっしゃるご先祖様に顔を見せに行く際よく見ましたが、アレも防御魔法の応用です。しかも呼吸はずっと可能」


「あっそっちだとわかりやすい! 確かにああいう系で酸欠になるイメージあんまり無いね!」


「でしょう? そういったアレコレを用いて時間が停止した空間を内部に展開し、物質の劣化を防ぐわけです。ちなみに布自体に仕込まれている魔法やら刺繍やら諸々で発動しているので、破れたりしたら効果を失いますよ」


「え、つまりうっかり攻撃当たってズバッとされたら中に入れてる荷物が洪水起こしたように出現コース?」


「あー、初期の頃あったなーソレ」



 クダがのほほんと肯定した。

 マジであったんかい。



「木の枝に引っ掛けて袋破けた結果自分の荷物で圧死しかけたのとかも居たから、外部の攻撃なんかを完全に防ぐ仕様にもなってるの。だから内部の容量で値段変わるけど、どのアイテム袋買っても耐久度は同じだよ」


「何ソレ凄い」


「ただ別に持ち主にまでその効果が出るわけじゃないから、マグマ地帯で中身が無事なアイテム袋だけ落ちてるって事もあるねー」


「何ソレ怖い」



 ソレ遺品だよね完全に。



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